クロノスタシス

8proof

クロノスタシス

「ねぇ、今度私とデートしてみない?」


深夜0時丁度、職場の振り子時計が鈍い音を立てた時、それを待ち構えていたかの様にタイミングよく彼女は言った。

滑らかに歯切れよく台詞を唱える様に。

私は彼女の提案に答える事も聞き返す事もなくただ、まじまじと彼女を見つめていた。

だってあまりにも唐突すぎないか?わたしと彼女は出会ってまだ1週間も経っていなかったのだし、その間にわたしと彼女の距離をぐっと縮める様な出来事も何一つなかったのだから。

 しかし私を見つめる彼女の目は冷やかしでも冗談でもなく至って真剣な話なのだと訴えていた。それすらもわたしをあっけにとらせた。

彼女とわたしがデート?どんな理由でなんの意味があるのだろう。不可思議。

うんともすんとも言わない私にしびれを切らしたのかあるいはそれを否定の意味と捉えたのか彼女は「ごめんなさい。忘れて」と徐に身支度を始めた。

私はその間彼女を見つめていたが彼女の方は頑としてわたしを見ない。

彼女の横顔からは落胆とも諦めともとれる色が浮かんでいてますます可笑しくなった。

この人は本当にわたしとデートに行きたいのだろうか。おふざけではなくて?

「お疲れ様」身支度を終えた彼女は足早に階段を降りてゆく。

パーマが少しとれかかった長い髪をゆらゆらと揺らしながら。

天井のライトが彼女を照らした瞬間——

「いつにしようか?」と彼女を呼び止めていた。それこそ台詞だった。

そう返すべきだと考えるよりも先に言葉が口をついた。

振り返った彼女は先ほどのわたしとほとんど同じ表情をしていた。

「えっと、その、デートいつにしようか」となぜか私がしどろもどろになった。

すると彼女はゆっくりと階段を上がってきた。ヒールの音が小刻みに耳に反響する。

私の手をとった彼女は驚くほど奇麗な目で私を見つめた。

あんな表情演技では作れやしない。

もし演技なら私はえらくけったいな人に捕まった物だ。

「うれしい」彼女はそう言った気がした。音は聞こえなかった。

ただ彼女の口のかたちが、瞬きが、そう物語っていた。


私は彼女を引き寄せた。近くで見る彼女はいつもと違う。彼女は夏だった。

あつくてせつない。あのころの、なつだった。

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クロノスタシス 8proof @furaru

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