夜のピクニック
隣乃 清鷹
第1話
「この坂すごい長いな、足がパンパンにナッティブル」
満天の星空が広がり、熊本港に続く滑走路のような道路を三人の若者が自転車で駆け上がっている最中、よんがよれよれの声でつぶやいた。
この坂を越えたら、もっといい景色が見える。そう期待を膨らませながらママチャリの重いペダルを踏み込む。
坂の頂上に着くと潮風が三人を向かえてくれたように、そのまま自転車は加速し港へ向かって駆け下りていった。海、山、星の瞬き、均等に配置してある黄ばんだ街灯全てが僕らをやさしく包んでくれた。
* * *
よんが釣りに行くようになったのは親父の影響でよく牛深港にイカ釣りに行ったのが始まりだった。
港の上を跨ぐ大きな道路についている街灯がなんとも神秘的だ。トイレや自動販売機なども整備されており、釣り場としてとても充実していた。口数が少ない親父はとくにこれといって話さない。
けれども、ただ釣りというレジャーを使って息子とのコミュニケーションを取る姿は純粋に嬉しかった。
「体冷えんごつ」
まだか、まだかと糸を見つめる幼いよんに親父はコーヒーと渋いジャンバーをそっと手渡してくれた。コーヒーを少し飲んだだけでほっこりした。
釣りに行く回数を重ねる度、いつしか釣れた喜びよりも、この夜のピクニックを楽しめれば坊主でもなんでも、それだけで幸せだった。
* * *
退屈な夜を抜け出して、友人パバロッティの家まで向かう。朝に強い奴の性格はとても落ち着いていて、準備が良く、少し捻くれているが良き友人である。そしてツンデレ。
到着するとパバロッティが自転車に釣り道具を積み込んでいた。
「今日は寝坊しなかったんだね」
「うるさいわい」
よんがパバロッティのわき腹を突っつき遊んでいると、友人つれこがやって来た。
「おまたー」
「よし行こうかね」
そう、つれことよんが言葉を交わし、目的地の熊本港へ向け出発した。
つれこはとても頭が良く、将来は医療の道に進むであろうまさに勝ち組である。そんな難いイメージとは異なり、ラフな性格で独自の効果音を声に発するなんともコミカルな友人である。
港までは自転車で一時間半という非常に長い距離であったが、夜風が心地よくて距離などなんともなかった。
しばらく雑談をしながら自転車を走らせ、釣具屋に寄った後というもの景色がずっと変わらない道路の片隅に、か細く光っている中間地点のコンビニエンスストア、希望の光デイリーヤマザキだ。
今夜のピクニックのお供をここで調達する。さあ、今日はどんなおかしを持っていこうかと考えただけでわくわくするのだ。もはや遠足といわれても反論できない。
各自自分のベストおかしを携えコンビニを後にし、星空が瞬いている空を見上げながら港まで自転車を漕いだ。
港に到着すると、フェンスがずらりと並ぶ道を横目に歩き、先端の街灯が灯る場所を陣取る。広大な海を独占できるお勧めのスポットだ。釣り道具をあさり、竿をセッティングしていく。だいたいいつも始めに海へ針を落とすのは、パバロッティだ。
堤防から各二本ずつ竿を出して魚が餌を銜えるのを待つ。そう、ひたすらにのんびりとした時間を堪能するのだ。人によっては苦痛と感じるかもしれないこの魚を待つ時間、これを待っていられるのも釣り人の才能なのかもしれない。
「今日の目標はいかがっすか」
パバロッティが小馬鹿にしたように言ってくる。だいたい奴が一番初めに何かを釣るのがまた悔しいところである。
高確率で小さなふぐを釣り上げ、あざ笑うかのように地面でふぐが踊り狂う。奴はふぐに何かと愛されているようだ。次につれこが釣り上げる流れが確立しつつある。
「大きいの一匹たいね」
よんが言うものの未だに口に出した目標を毎度達成できないでいる。そんな時だった。
「竿ドゥルル!来てるんじゃね!」
その日ヒット第一声をあげたのはつれこだった。浮きが浮き沈みを繰り返していた。
「あー!これっ、ドゥルルル」
興奮が収まらないようだ。釣られて二人とも笑っていた。上げてみ、とパバロッティが言いつれこが勢いよく竿を上げたが、魚にばれてしまった。
その後は特にあたりがなく、夜のピクニックを始めることにした。自転車のハンドルにランタンをぶら下げ、おかしとジュースの飲み食いを始めた。至福の一時である。
わー、フナムシだ、ヒィィィィィと勢い良く跳ねるつれこはまさに芸人の素質があると思った。くだらない話をただロケーションが違う場所でするだけでここまでわくわくするものだと毎度実感するのだった。
それからというもの更に行動範囲を広げ、三角港や塩屋漁港などにも釣り旅に出かけた。三角港は天気がいい昼間に木陰、もしくは屋根付の憩いのベンチに座りのどかな海を見ながらおにぎりを食べるのは格別である。
今回はここに行こう、と計画を立てるのがとても楽しくて仕方なかった。
月日が流れ、顎髭を剃る周期が短くなり、熊本を離れてから三人で釣りにいける機会が徐々に無くなっていった。
大人になるとお金が自由に使えることもあり、交通手段が車になってから自転車には乗らなくなった。
車ならもっと遠くまで行ける、その便利さが僕らの熱い何かを消し去りそうで少し寂しくなった。
地元に帰ってきたときは天草方面にまで行くようになり鯨亭という民宿を訪ねた。ここでは新鮮な海の幸を堪能することができ、とても親切な館主でまるで実家のおばあちゃん家に居るような気分を味わえる。その日は他のお客用に作りすぎたとたこのから揚げをサービスしてくれる太っ腹ぶりだ。
民宿外でゲートボールをするのもよし、海水浴をするのもよし、岩場で釣り、夜のピクニックをするのもよし、遊び方は無限大だ。
大人になってからこそ自然との関わりは大切なのかもしれない。満点の星空を求めて次の計画を立ててみる。
さて、次はどこへ夜のピクニックに行こうか、と。
夜のピクニック 隣乃 清鷹 @tonari_kiyotaka
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