第16話 地下格闘家Sさん<5>

なんとかミット打ちも終わった。


そして、息子のミット打ちが始まった。


息子は幼稚園の頃から、私と一緒にジムに通っていた。


「そんなんやったら、二度とバンテージなんか巻くな!ボクシングなんかやめてまえ!」


いつも、バンテージを巻いてからジムに行っていた。


ある日、ジムの駐車場に着いてから、行きたくないと愚図りだした息子。


気が長いほうではなかった私は、ついキツイ言葉を息子に浴びせかけてしまった。


その日を境に、ジムへ行かなくなってしまった息子。


あれから5年、今でも思い出すと胸が痛む。


そして今、私の闘う姿を見て何か感じてくれたらと、なんとかなだめすかして連れてきた。


5年の間、コンビネーションを打つ感覚を忘れて欲しくなかったので、息子の機嫌のいい時に、ミットを持っていたりしていた。


息子も久し振りだったけれど、なかなかいい動きをしていた。


今日の私の闘い振りを見て、何か感じてくれるだろうか。


ミット打ちが一段落し、次はスパーをし合う時間だった。


背中全面に刺青が入った、面構えのいい若者同士だった。


驚いた事にヘッドギアをせずに、バッチバッチにやりあっていた。


そのうち、ハイキックがまともに顔面に入り、若者はフラフラになり、うずくまり倒れこんでしまった。


改めて蹴りの怖さを見せつけられた。


息子の前で無様な姿は見せられない。


「じゃあ、やりますか!」


2分2ラウンド。


「ボクシングルールでいきましょう。」


私に気を使って言ってくれたと思うんだけれど、それはフェアじゃないと思った私は、キックルールでやりましょうと言った。


でないと、私がSさんに言いたい事が伝わらなくなると思った。


Sさんは14オンス、私は16オンスのグローブ。


そして、Sさんはヘッドギアを着けて、私はナシ。


ノーファールカップはお互いナシ。


後に、これが後悔する事に・・・。


「はい、いきま~す!」


ゴングはないので、ストップウォッチで時間を計っていた。


久しぶりの実戦。


不安がないといえばウソになる。


でも、現役の頃から、アントニオ猪木じゃないけど、いつ何時誰の挑戦でもうける!みたいな環境で生きてきた。


「今日、お前とお前、3Rな!」


ジムに行くと、有無を言わせず闘わなければならなかった。


そんな世界で生きてきたせいか、モードが切り替わると、すぐに戦闘モードになった。


Sさんの戦闘能力を見る為に、ジャブを数発打ってみた。


やはり、喧嘩慣れしているせいか、反応は中々のものだった。


私はどんな相手だろうと、頭を下げて、インファイトするしか出来ないボクサーだった。


蹴りに対応できるか一抹の不安はあったものの、染み付いたスタイルは変えようがなかった。


Sさんは、対ボクサーのセオリー通りローキックを多用してきた。


私も最初は、ステップバックしてよけていた。


でも、ローの度にステップバックしていたのでは、攻撃できなかった。


私の持ち味といえば、コンビネーションのスピード、とてつもないパンチ力・・・なんてあるわけなかった。


あるのは、いくら打たれても下がらず前に向かうファイトスタイル。


タフネスだけは自信があった。


だから、負けた事はあるけれども、KO負けはもちろん、ダウンすらした事なかった。


そのせいか、『肉を切らせて骨を断つ』じゃないけれど、避けるのが面倒臭くなり、わざと打たせている事もあった。


ローキックも、その悪い癖が出てきて、避けずにインファイトでパンチをだしていた。


そして、先程の後悔する事となる時がやってきた。


Sさんが出したインローキック。


ノーファウルカップを着けてなかったせいなのか、私の玉金が伸びすぎていたのかわからないけれど、玉金の端っこにカスってしまった。


これが痛いの痛くないのって、まるで、鉛玉を撃ち込まれたかの様なダメージを負った。


「ちょ、ちょ、タンマ!」


なんて言えるわけもなく、平然とした顔をしてやり過ごした。

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