73 生徒会長、鳴子榊

 現生徒会長・鳴子なるこさかきは、薄笑いをしながら渡されたスマホ画面を見つめた。


「これ、もう使えるの?」

「使えます。このあとデータの送受信と集計ができているかテストする予定ですが」


 俺と一緒に来た電算部の部長が、そのスマホ画面をタップする。


「このフォームに学年とクラス、出席番号を入れれば登録完了です。あとは候補者の名前を選んで投票するだけです」

「他人のなりすましとかは大丈夫なの?」

「端末と紐づけしていますから、一台のスマホで一人しか登録できませんし、既に登録されている場合、システムのほうで重複チェックを入れるので無理ですね」

「もう一台スマホを用意して登録していない生徒のぶんを使えば、なりすましは可能だよね?」

「可能ですが、敷居は高いですね」

「ふむ」


 鳴子が自分の学年クラスと出席番号を入れて、タップする。

 データ送信されたあと「名前を確認してください:鳴子榊」と表示が出て、「はい」「いいえ、違います」と選択ボタンが表示される。


「その問題は投票用紙でも同じじゃないですか? 投票する気のない生徒の用紙をほかの人間が使っても同じことは起こりますよ」


 俺が口を挟むと、鳴子はうなづいた。


「それはそうだね」

「手っ取り早いのは教室で投票用紙を配って記入させて、その場で集めるのが一番だとは思いますけど」

「いや。そういうシステマティックなのは、うちの学校の「自由意思」という伝統に反するよ」

「そうですか」

「柴田くんも僕の後継を目指すなら、気に留めておいてほしいところだな」


 よく言うわ。

 お前が選挙操作しやすいからだろうに。


「他意なく言わせてもらうとですね、前回の投票率は校風の「自由意志」を尊重するとはいえ、低すぎたと思うんですよ。もう一つの伝統、『自主独立』が欠けてるんじゃんじゃいかと」


 俺の言葉を聞いて鳴子は顔を上げると、にやりと笑った。


「なかなか言うじゃないか」

「だから他意はありませんよ。これは生徒会じゃなくて、生徒たちの問題です」

「たしかにそうだ」


 鳴子がスマホの確認ボタンで「はい」をタップすると、「投票する立候補者を選んでください」とメッセージが出て、「院華子」「眉村尊」「柴田獅子虎」の三つの名前が表示される。


「いいだろう。投票用アプリを採用する」

「ありがとうございます」

「……竹下君、自信はある?」


 鳴子が電算部の部長に念を押す。

 いかにも技術者といった顔つきの部長がうなずく。


「単純なアプリなので大丈夫でしょう。投票日当日は部員総出でモニタリングします。選挙管理委員会からも、人手を割いてもらうことになりますが」

「わかった。放課後、選管の準備総会があるんだが、そこで説明してくれる?」

「わかりました。半ペラになりますが、概要説明のコピーを用意しておきます。100枚あればいいですか?」


 電算部部長がノノさんのほうを見る。


「140枚は準備してください」

「ああ、そうですね」


 選挙管理委員会は、生徒会を中心に各クラスの委員長から構成されるのだが、それに加えてクラス副委員長がボランティアとして参加することがある。この副委員長ってのもうちの学校独特のシステムなのだが、男女二名のうちどちらかがクラス委員長、もう一名が副委員長になるという決まりだ。どうやら大正時代の女性運動からの流れらしい。

 ともかく、全学年60クラスから2人ずつとなれば120名、それに予備として20って勘定だろう。そのあたりをすぐ理解する電算部の竹下部長も頭の回転が速いのだろう。


「あと、それに連動してというかですね、こんなことも考えているんですけど」


 俺が箇条書きにした紙を出すと、鳴子はそれに目を通す。


「すでに各関係者とは交渉中です」


 企画って呼べるほどのものじゃないが、とりあえず思いついたことを書きなぐってある。目的は投票率を上げ、選挙に関心のない層から票を集めるためだ。華子や眉村が人気と組織票の正攻法で行くなら、こちらは非正規戦で行くとでも言おうか。


「これは柴田くんが考えたの?」

「いろいろな人にアドバイスをもらいました」

「見かけによらず。君は随分と顔が広いんだね、柴田くん」


 そんなわきゃないのは百も承知だろ。

 クソボッチのクソコミュ障だっての。

 まあ、言わんとするところは別だろうけど。


「なかなかの情熱家だ」


 鳴子がノノさんに紙を渡す。

 ノノさんはそれを受け取ると、すぐに俺のほうを見た。


「関係者と交渉中だとおっしゃいましたね?」

「はい、そうですけど」

「選挙活動は明日からです。これだけの内容を詰めるには、かなり時間がかかるはずですが」


 鳴子の言わんとすることはそういうことだろう。

 顔が広いってのは、「こっそり活動してただろ」っていう皮肉だ。

 笑わせるわ。

 お前だってこの程度のことは、いくらでもやってただろうに。


「いやあ……。これは得票のための活動じゃないし問題ないと思ったんだけどなー、甘かったなー」


 俺は困ったように頭をかいた。

 もちろん演技。

 狸と狐の化かし合いといこうじゃないか。


「僕はただ選挙を盛り上げたいという一心で思いついただけなんで、会長にダメと言われれば諦めますよ、もちろん、ええ」

「……」


 ノノさんはとくに何も言わない。

 あえて鳴子を無視して、俺は無表情なノノさんに愛想笑いをする。


「他の立候補との公平性もあるんで、生徒会のほうで進めてもらえればなーと思ったんすけど。……やっぱダメっすよね、紛らわしい行為は」


 ほら。

 食いついて来い、鳴子。

 手柄をお前にやるつってるんだよ。

 リスクゼロで転がり込んでくるんだぞ。

 生徒会最後の仕事で、裏方のまま終わるのか?

 お前はそんな良いやつじゃないだろ?


 普通なら自分の後継者になる華子を全力で推すもんだが、そんなつもりさらさらないよな。俺が立候補の受付にきたとき、嬉しくてたまらなかっただろ。面白くなりそうだと内心ほくそ笑んで、粉をかけた。

 すんなり華子に決まってしまうんじゃ、その手に入れた権力を振り回すことなんてできないからな。お払い箱になって、隠居扱いされるだけだ。


 俺が本気だと、眉村が体育会系の期待を背負わされていると分かると、今度はイジメでやまとが推薦されたのを面白がって受理する。平然とウソをつき、方便を垂れ、人の心を揺さぶって支配する。


 俺に、華子に、眉村に思わせぶりな態度をとって、やきもきさせて、自分の存在を刻みつけたい──この学校おもちゃでもっと遊びたいだろ。脇役じゃ、お前は気が済まない。人を矢面に立たせておいて、肝心要の手綱を握りしめて悦に入る。そういう人間だ。


「とんだ勇み足で、協力を約束してくれた人には迷惑をかけてしまいました。……これ、なかったことにしてください」


 俺は鳴子の前にある紙に手を伸ばす。

 鳴子が余裕を見せつけるように、俺が紙をつまんだところで口を開いた。


「どの程度まで話を進めたんだい?」


 ……釣れた。

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