74 お菓子と毒薬

「では! 文化部会発足と、柴田獅子虎ししとらくんの勝利を祈念して、乾杯っ!!!」


 よく通る声で大石さんが紙コップを掲げると、皆一斉に乾杯を復唱した。そして鳴り起こる拍手。

 俺は大石さんの横で、ここのところずっと練習してきたわざとらしい笑顔とともに頭を下げた。


 家庭科室に集まったのは、文化部の部長やその部員たち。

 これまで俺は選挙協力の交渉をしながら、各部長に文化系部活動の部会を作るよう提案していた。ちょうど体育会と対をなす形のものだ。

 文化系部活にも利害関係やら対立があるみたいだが、そのへんは動画研究会アニ研の部長がうまくやってくれた。


 吹奏楽部の大石さんを文化部会の会長にしたのもよかったみたいだ。あの元気はつらつぶりで乗り込んでいって一発かますスタイルに、今まで旗色をうかがっていた連中はたじたじだったとか。そこへ物腰柔らかな動画研究会アニ研部長が理を説くといったコンビネーション技だったらしい。

 吹奏楽部が俺を支持するということで、音楽系やダンス系の部活がそれに続き、動画研究会アニ研のおかげで漫画研究会や文芸部など創作系部活もすんなり参加の運びになった。


 吹奏楽部という文化系の最大派閥が部会の会長になることに異論もあったが、ようはグループとして分かれてるからモメるわけで、口実を作って一まとめにしてしまえば仲間意識ってのが芽生えてくるんじゃないかと俺は考えた。「同じ釜の飯を食った仲」ってことだ。


 それを思いついたのは、やまとの「イジメはなぜ起こるのか」って問いかけからだった。

 西野ミリアと眉村たける、和と水川苺花いちかたちの関係に、俺はうんざりした。今でもその嫌悪感は消えない。────そんなあっさり和解できるなら、なぜあれほど遠回りしてバカバカらしくも残酷な日常を送っていたのか。


 俺なりに本を読んだり、調べてみたりして感じたのは、仲間意識の強い集団ほどイジメが起こりやすいということだ。これはマクロの視点、環境の話で、さらに個々人の関係や資質というミクロな部分があるので、全面的とは言わないが、結論を言えば──和の考えは間違っていなかったのだ。


 そういう集団は、「自分たちの世界を壊しかねない異物」に敏感になる。そして異物を排除する過程で、共同体のルールを確認する。それが脆くて不安定であればあるほど、「私たち友達だよね」「あいつ、空気読めないよね」と強く確認作業を繰り返す。──やられるほうはたまったもんじゃない。和の言っていることが正しくても、俺はそれが許せない。が、ともかく。


 対立グループがある場合、一番の解決方法は共通の敵を作ることだ。利害関係であるにせよ、一度味方と見なせば人は他者を受け入れる。言葉の通じない海外で困っているときに日本人と出会えば安心するし、ネット上でオタク同士がケンカをしていても、「オタクは犯罪者予備軍」と言う者が現れれば、口をそろえて反論するだろう。


 大石さんを見るに、部活同士の小競り合いや、吹奏楽部だけ便宜を図るなんてみみっちい人ではなさそうだったので、任せてみようと思った。

 あの公園での演説のあとにしても、大石さんは他の部長のように、いっさい俺に部費の増額や練習場所の確保などの要求をしなかった。部員たちは言っていたが、大石さんの態度は一貫して「さあ、何ができるか見せてみろ」って感じだ。

 その漢(?)っぷりが、なんとなくVRMMROPGで俺の所属しているギルドのマスターに似ていた。

 もし大石さんがそれだけ度量のある人なら、吹奏楽部と言わず文化系部活全体の面倒を見ることもできるんじゃないだろうか。何人かの部長も同意してくれたのでそう決めた。


 先行きはどうあれ、ともかくも文化部会という俺の支持基盤ができた。華子の所属する茶道部などが不参加であるにせよ、今現在で8割が部会に加盟している。全校生徒のじつに20%から支持を得たことになる。しかも高投票率を期待できる。これはかなり強力だ。

 選挙直前でここまで漕ぎつけられたのは、男衾おぶすま動画研究会アニ研部長、そのほかの部長たちのおかげだ。俺一人の力じゃとても無理だった。


 そして文化部会発足記念のついでに、俺の決起集会をしてしまおうと言い出したのは弁論部の部長。いまは電算部の部長と選挙管理委員会の準備会に出席中でここにはいないのだが、あの人もなかなか食えない。


「はーい! 料理部特製のクッキーとポテチですよー」

「お一つと言わず、二つどうぞー!」


 談笑場となった家庭科室で、エプロンに三角巾をかぶった料理部が自家製のお菓子を配って回る。


「ねえ柴田くん、あの根暗トカゲからどうやって許可もらったの?」

「根暗トカゲ……?」


 料理部の部長が俺にお菓子の乗ったお盆を差し出しながら、歯を見せて笑う。


「鳴子会長のあだ名。あのいじわるそうな眼、トカゲっぽいでしょ~。なんかあったら責任は人に押し付けて尻尾切りするし、ピッタリじゃない?」

「ははは……」

「投票日は期待してね! 今までのうっ憤を晴らすから!」

「よろしくお願いします!」


 女子おっかねえな。

 気を付けないと、俺もどんなあだ名付けられるかわかったもんじゃない。


「エレクトラ、俺の起点マーカーレベルはいくつぐらいだ」


 エレクトラは横で俺のもらったクッキーを食っている。よく考えたら、現物は俺の手の中にあるわけだし、こいつの食っているお供えってのは「影世界」のものってことになるのだろうか。


「えーっと……待ってくださいね」


 もぐもぐと口を動かしながら、スマホを取り出す。


「おおっ、874ですよ!」

「予想はしてたが、効果絶大だな」


 全校生徒の20%ってことは、600人から支持を受けることになったわけだし、存在感も増えるだろう。しかし今までのやり方とは違って、期待の目で見られるってのは怖い。

 人は期待する生き物。その期待が裏切られた時、いともたやすく憎しみを向ける ──ああ。少しだけど、華子の言っていることがわかった気がする。


「あと、華子さんと尊さん両陣営の様子なのですが……」


 いま現在、選挙管理委員会の準備会、俺の決起集会とともに、華子と眉村各陣営でも決起集会が行われている。


「……尊さんのところ、大変なことになってますよ」


 エレクトラがスマホを俺に向ける。

 そこからは明らかにモメている声が聞こえてきた。てんでバラバラに言い争い、怒号に怒号をぶつける支離滅裂さは、紛糾という言葉がぴったりくる。


 この原因は、空手部主将・山崎のせいだ。

 眉村の決起集会に参加する顔ぶれはほぼ体育会と重なるので、俺は揉め事になる「タネ」をいくつか用意していた。サッカー部の父母会での金の流れの問題とかだ。

 それを山崎にこの決起集会でサッカー部と眉村にぶつけるように言っておいたのだが、ただそれだけでは足りない。どうやるかが肝心だと思った。

 そこで俺は山崎にある文章を渡しておいた。


 その文章の存在を知ったのは、VRMMORPGで対人戦闘をしている戦争ウォーギルドのフレンドからだった。彼らは対人戦闘のスキルや集団戦での戦術を磨くだけでなく、敵対勢力への引き抜きや扇動、スパイ工作すら行っている。

 戦争で街や領土の支配権を奪い合い、勝てばそこから莫大な税収と資源が得られるというシステムなので、ヤツらはガチだ。


 VRMMORPGのサービスが本格化してから、「クラインの壺症候群」というのが問題になっている。「クラインの壺」というのは、ドイツの数学者が考案した境界や表裏の区別ができない曲面のことだ。

 重度に長時間、VRMMOをプレイし続けることで現実とVR世界の区別がつかなくなり、心はゲーム世界にとらわれ、身体は遊離感や倦怠感、吐き気など感覚異常をきたす。だから、「クラインの壺症候群」。連中はそれを患うまさに「廃人」なのだ。


 彼らが敵対勢力に工作を行うとき、参考にしているのが「Simple Sabotage Field Manual」という海外の文書。そのマニュアルには、いかに組織を機能不全にして、潰すかという事が書いてある。

 いくつか、そこから引用してみよう。


「慎重さを主張し、早く事を進めるとのちのち問題が発生すると釘を刺せ。懸命な判断をするべきだと、”常識家”のフリをしろ」


「演説をしろ。可能な限り頻繁に、異常なほど長く。主張する論点は、長ったらしい逸話や個人的な経験を引用すること」


「会議ですべての項目を引っ張り出し、さらなる調査と検討を要求せよ」


「前回決定した議題を蒸し返し、再び議論させ、認否に疑問を投げかけろ」


「急務の仕事があるときには、会議を開催せよ」


「認否や指示、確認の手続きは何重にも増やす。1人でできる許可も3人が必要にせよ」


「重要でない仕事に完璧を求め、僅かな部分も修正をさせよ」


 これを作ったのはOSSというアメリカの組織。

 中央情報局CIAの前身だ。


 俺はこういう事がえんえんと書かれている文書を、山崎に送った。

 このごたつきを見る限り、うまくやったんだろう。部費────金目的で集まった連中だから、金のことになるとモメだすに決まっている。それがトリガーになって、他の不満も吹き出してくれるのが理想だ。


「……いくら今までのことがあるとは言え、酷すぎやしませんか」


 エレクトラがドン引きで俺を見る。


「火のない所に煙は立たぬって言葉があるだろ。自分たちのやってきたツケを払ってるだけだ」

「いっそ、柴田獅子身中の虫とでも改名されたらどうでしょうか」

「それは山崎のほうな」


 うまくすれば山崎の毒が回って眉村陣営は空中分解し、サッカー部だけになる。残りは俺と華子が食い荒らすことになるだろう。そこまでうまくいくとは思っちゃいないが、とにかく混乱して停滞してくれればいい────なにより、眉村が苦しんでいるのが最高だ。


「柴田君、紹介するよ」


 動画研究会アニ研部長が一人の女子生徒を伴って、俺のところに来た。


「天王寺です」


 女子生徒が頭を下げる。


「元風紀委員長だよ」

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