71 柴田獅子虎 vs150

「えー……お集まりいただき、ありがとうございます……」


 拡声器から俺の声がする。

 普段の自分の声とは違うので、やたら気恥ずかしい。


「今度の生徒会長選挙に立候補する、柴田獅子虎ししとらです」


 一応はカンペを用意してきたのだが、ただそれを読み上げるってのもなんだし、できるだけ聴衆の目を見たほうがいいんだろうか。

 話した感じ、大石先輩も頼れそうだし練習だと思ってつきあってもおう。カンペの話は最後に持っていくとして、ここは出たとこ勝負で……いくか!


 俺は顔を上げた。

 公園の石でできたパンダだか何だかよく分からない生き物のベンチの上に立っているのだが、そこからの光景はヘタレな俺を圧倒するのに十分だった。

 さっきまで沸いてきた闘志がしおしおと萎みそうになる。


 100人以上の生徒が俺を見つめている。

 女子生徒が多い。大石先輩から聞いたが、「ついでに」吹奏楽部の部員の友達とかも付いて来ちゃったらしい。あとで分かるのだが、じつは150人超。おかしいと思ったんだよ!


 タオルで汗を拭いたり、横と雑談をしながらのリラックスした雰囲気ではあるが、みんなが誰でもない俺に注意を向けている。こんな数の人間が俺の話を聞くためにじっと待っているなんて経験は……母さんの葬式のときはどうだったかな……。思い出せないな。


 いや、現実逃避してる場合じゃない。

 とにかくしゃべり出してしまえ!


「まず、みなさんにお聞きします!──部活は楽しいですか?」

「たのしー!!!」

「サイコー!」


 笑顔で拳を突き上げたり、ピョンピョン跳ねる生徒もいる。

 そんなお調子者をみて、周りもきゃっきゃ言ってる。

 さすが文化系の体育会系。

 ノリいいわー。

 おかげで少しだけ緊張がほぐれた。


「……じゃあ。大変だな、と思うことはありますか?」

「練習!」

「音が出ないとき!」

「先輩が怖い!」

「だれぇ~、今のっ?」


 部長の大石先輩が腕組みして、振り返るとどっと笑い声が上がる。

 俺は抑えて抑えてというジェスチャーをして、拡声器に口を向ける。実はこの拡声器、吹奏楽部に借りたものだ。


「仲良くしてくださいよー。それは僕が解決できる問題じゃないんで」

「先輩は優しい!」

「よく言った!」


 また笑い声。


「……仲良くなけりゃこんな冗談も言えないですよ。ねえ、大石先輩?」

「私はみんなを信頼してるからっ!」


 満面の笑みでどや顔。

 陽キャっていうか、陽属性っていうか、さすが部長の貫禄って感じだ。こういう先輩がいたら、たしかに勇気がもらえるだろう。


「みなさんも大石先輩を信頼していますよね?」


 俺の問いかけに、生徒たちが明るい顔でうんうんとうなづく。


「──やりがいのある部活で、信頼できる先輩と毎日練習するのは大変だけど、すごく楽しいって皆さん思っているわけですよね。だから吹奏楽部のこれからも気になるし、次の生徒会長が誰になるのか、どうなるのかと思って、僕の話を聞きに集まってくれたんだと思います」


 声の震えが自分でもわかった。膝も気を抜くと抜けそう。

 落ち着け。焦るな。

 噛まないよう、わかりやすく、ゆっくりと喋るんだ。

 いざとなれば、横にいるエレクトラがカンペを出してくれているし、大丈夫だ。


「生徒会長の仕事っていうのは、皆さんのそういう楽しいを応援して、大変だなーと思うことの手助けをするのだと僕は思っています」


 ちょっと深呼吸。

 大石先輩をはじめ、みな聞いてくれている。

 失敗するとか、注目されるとかじゃなく、伝えたいことをちゃんと言おう。


「僕たちの高校生活は、3年間です。いまこうして毎日学校に通っていると長いように感じるけど、大人の話を聞いていると短いのかもしれません。みんなあっという間だ、と言います。──そんな3年間を精一杯に頑張っているみなさんがあとで振り返ったとき、『頑張ったけど、もう少し部費があれば、あれもできたのに』とか、『もう少し練習できる場所があれば、みんなでこうできたのに』と思わないで、後悔しないで部活に打ち込めたらと、それが自分の役目ではないかと、僕は思うんです」


 大石先輩が拍手をすると、みながそれに続く。

 俺はそれにひどく戸惑った。

 俺はちゃんとしたことを言えているのだろうか。伝わっているのだろうか。


「2年生、3年生のみなさんはご存知でしょうけど、今の鳴子なるこ会長は部活に対してかなり厳しい方針を採っています。でも、それは一生懸命に部活をやる人たちのためでしょうか? 頑張る生徒を応援しているでしょうか? ──院華子いんはなこさんは現生徒会役員ですから、鳴子会長と同じ路線です。眉村尊まゆむらたける君はいうまでもなく、サッカー部、体育会系の部活を代表しています。

 どちらにせよ、このままだと何も変わらない。みなさんがおかしいと思っているところは、放置されてしまうでしょう。

 吹奏楽部はわが校でも伝統のある部活だと、大石先輩から聞きました。今いる1年生、そして来年、再来年入ってくる新入生のためにも、変えていかなければならないと思います。それは吹奏楽部だけでなく、学校の全生徒のためです。部活動だけでなく、毎日僕たちが過ごす学校の問題なんです。──僕も、みなさんも、同じこの学校の生徒で、これから入ってくる後輩たちに責任があるんです。先輩たちから僕たちが受け継いだものを、渡していかなくちゃいけないはずです。

 なんでこんなことになっているんだろうって、後輩たちがガッカリしないように。この学校、この部活に入ってよかったって思えるように、いま僕たちの学校を変えなければいけません。なんとなくで生徒会長を選んでしまったら、取り返しのつかない1年間、2年間、3年間になってしまうかもしれません。僕はそんな後悔をしたくない。みなさんと同じ在校生として、良かったと思える思い出を増やしたいんです」


 上ずりながらも、なんとか話し切った。

 俺は虚脱感に襲われながら、ゆっくりと頭を下げた。


「──どうか、僕に力を貸してください」


 俺の頭に拍手がぶつかった。

 どれくらいが拍手してくれているか緊張していてわからないが、ともかくも最後まで聞いてくれた。深く息を吐く。


 俺は顔を上げると、もういちど拡声器を持ち上げた。


「暑いのに、ありがとうございました。冷たい飲み物持ってきてますんで、みなさん持っていってください」


 すかさず男衾が向こうの陰に置いていた台車を押してやってくる。

 歓声が上がった。

 いやー、ノリがほんといい。


 透明ビニールのゴミ袋を敷いた段ボール箱のなかには、氷に埋もれた500mmペットボトルが入っている。うちでせっせと親父が溜め込んでいる物資である。念のため多めに持ってきておいてよかった……。


「はい、どうぞ」


 俺はベンチから飛び降りると、冷えたジュースを一本ずつ掴んで生徒たちに手渡していく。このへんはバイトの接客で慣れていたので、うまくできる。


「ほんと、練習場所とるの大変なんですっ!」

「生徒会がなかなか許可してくれなくて!」

「全体練習とかもそうだし、パート別だって仕方なく廊下でやってると、いちいち文句言いに来るんですよ!」

「新入生用に貸し出しの楽器も買いたいのに、予算が足りないです!」

「みんなからカンパも集めてるけど、それだけじゃ……」


 みなが口々に訴えるのを、俺は神妙な、もっともらしい顔で聞いていく。

 予想通り、かなり不満がたまってるな。


「柴田君、勇猛な名前と違ってなまっちろい子だなーとか思ってたけど、やるわねっ!!!」


 大石先輩が俺からお茶を受け取りながら、鼻の穴を広げる。

 俺は思わず吹き出しそうになる。


「どもっす」

「まだうちの部としてキミを応援するか、みんなに意見を聞いてからなんだけどね!」

「ええ、分かってますよ。具体的な話もまたお聞きしたいですし」


 大石先輩がにっこりと笑う。


「まあ、安心しといてっ!!!」


 バーンと背中を叩かれた。

 大石先輩の担当楽器はトランペットらしい。

 うーん……なんとなくわかるようなわからないような。

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