70 ダレカレヨウブン
一見、「一般生徒」とひとくくりにされている浮動票にも、じつは分割できるカテゴリーがある。
部活の所属率は、だいたい6割。
残りの4割は、部活に所属していない、組織票に含まれない生徒たちだ。それが俺の言う「一般生徒」だ。
体育会系や文化系など、部活動ではっきり色付けできない彼ら彼女らは、どんな生徒だろう。バラバラで統一性のない、ただの寄せ集めなのか。なんの共通性もない塊なのか。
逆説的に考えれば、部活に所属していないという理由から、彼らの正体を探れるかもしれない。例えば────
受験勉強のため部活動をしていない生徒。
「帰宅部」と自称してしまう面倒くさがりの生徒。
ゆるい部活動、幽霊部員の生徒。
クラスや仲良しグループで遊んでいる生徒。
バイトや家の手伝いで忙しい生徒。
学校外での活動が中心の生徒。
学校がつまらない、部活に興味のない生徒。
そして集団にうまく馴染めず、孤立している生徒。
いつも人に囲まれている華子や眉村とは違い、俺はボッチコミュ障なおかげで外側からずっとこの学校と、生徒たちを見てきた。共同体意識や同調圧力から距離を置けた。
夢中に話のできる友人や、体育の二人組に誘ってくれるクラスメイトがいなかったおかげで、彼ら彼女らを観察する時間だけはたっぷりあった。
彼ら彼女らはいろいろな理由から部活という、一番わかりやすい学校生活を送っていない。マンガやアニメで人気の題材、青春を振り返れば語られる思い出。──そんな集団の熱狂からはじき出された生徒たちは、選挙投票だって適当かもしれない。
帰属意識の薄い組織の舵取りなんて、興味が湧くはずもない。当事者意識なぞ持てるわけがない。
俺のように投票すらしなかった生徒もいるはずだ。
これまで行われてきた生徒会長選挙の過去10年の平均投票率は、だいたい65%だ。日本の国政選挙より多少はましな投票率だが、俺はかなり低いと思った。
「今後の生徒会運営」という直接影響のあるテーマがあって、投票日も学校内にいるんだから投票率はもっと高くていいはずだ。
選挙を一つのお祭り、イベントとして見るなら、文化祭や体育祭とはいわないまでも、もっと高い参加率になるはずだろう。よほどのひねくれ者でない限り、文化祭や体育祭をボイコットするやつはいない。……まあ、俺なんだけど。
そして投票率65%という数字は、くしくも部活動をしている生徒の割合に近い。そのままイコールには出来ないが、大きく被っている可能性は高そうだ。
その根拠は、生徒会選挙の投票方法だ。
投票用紙は投票日の朝に各教室で配られ、昼休み終わりに投票が締め切られる。そして放課後には開票結果が全体集会で発表されるわけだが、朝から昼休みまでの限られた時間で、自主的に投票箱のある体育館まで向かわなければいけないので、投票を忘れたり、間に合わない生徒がけっこういるんじゃないだろうか?
体育館から遠い教室だと、各時限の休み時間に往復するのはギリギリだから、昼休みに投票が殺到することになる。
そうすると昼飯を食う時間までなくなりかねない。早めに投票を終えても、ボイコットした35%が先んじていれば、食堂には不人気メニューしか残っていないかもしれない。逆に行かなければ、食堂やコンビニの人気商品を手に入れるチャンスだ。
人の流れを見てそう判断する目ざとい生徒は、少なからずいるだろう。
弁当の生徒でも投票したあと、残りの時間で急いでかっ食らうことになる。
3年生なんて、生徒会が7月に発足しても月末には夏休みに入り、休み明けからは受験勉強漬けになる。12月に入ると学校を休む生徒すら出てくる。学校愛はあっても、学校生活という面で影響は少ない。
わざわざ自分の日常を犠牲にして投票しに行く義理を感じるだろうか。
なにもそういう明確な利害だけではない。心理的な障壁もある。
部活をしている生徒なら、先輩から釘を刺されたり、仲間と連れ立って行くこともあるが、部活をしていなければどうだろう。
去年、俺はボッチだし、どうでもいいので行かなかった。
リア充の生徒ならクラスメイトや友人が誘ってくれるかもしれないが、もしそのグループの関心が薄かったら、誰も投票に行こうと言い出さないだろう。個人的に気になっても、「周りは話題にしないし、まあいいか」で済ますかもしれない。
今回の選挙でも、華子と眉村の焦点は部活動予算だ。一般生徒にとってはなんの関係もない。──本当は大ありなんだが。
そんな連中が、35%もいる。全校生徒3000人のうち、1学年分と同じ1000人が参加していない。
その生徒たちは自分たちを部活動をしていない、4割の少数派だと考えていて、生徒会長選挙は自分に関係もなければ、影響を与えることもできないと考えている。
たしかに部活動をしている生徒をひとまとめにすれば全校生徒の6割だが、体育会系と文化系で分ければ35%と25%になる。じつは6割という多数派ではなくなるのだ。部活動ごとに細分化すれば、さらにその割合は小さくなる。
強固な繋がりこそあるが、それはいろいろな事情から帰宅部を選んだ一般生徒たちより多いと言えるのか? 多数決で優位といえるのか?
エレクトラと契約した翌日の昼休み。
俺のボッチ具合を食堂でエレクトラに同情されていたあのとき、後ろのサッカー部の連中がこんな会話をしていた。
『筋トレしまくってるから、オレ』
『なにげに学校のトレーニング室って、器具揃ってるよなあ』
『えー、そうなんだ』
『来る? 使い方教えるよ』
繰り返すが、俺はボッチだから学校内をよくうろついていた。
暇つぶしがてら、そうやって生徒の少ない穴場を探していたのだが、トレーニング室も見に行ったことがある。
そこは体育会系の生徒たちが独占していた。
全校生徒が利用できるはずなのに、「器具の揃っている」トレーニング室は無所属ではとても入れない「一見さんお断り」の雰囲気だったからだ。
学校の食堂は、部活の連中が厨房に近い便利なテーブルを指定席みたいにしている。昼休み開始と同時にスタートダッシュを決めた1年生が場所取りをしているし、一般生徒が先に取っても譲るしかない雰囲気になる。空手部の指定席を先取りする勇気なんて、誰にあるだろう。
限定の定食や人気のパンだって同じだ。
先輩に命令された後輩たちが死に物狂いでやってくる。そいつらの買う数はもちろん一人分じゃない。連中が買ったのと同じだけ、自分の分を買うために並んでいる一般生徒があぶれることになる。
第2グランドも部活以外が使うことはない。もし空いていて一般生徒が使おうとすると、部活棟から出来てきた連中にいちゃもんを付けられるからだ。テニスコートや武道場なんて、入るだけで睨まれる。
こうして、同じ「生徒」のはずなのに、同じことができない。公共と言いつつ、公でも供にもできない場所がいくつもある。
こうやって少し見方を変えれば主客転倒する立場なのに、誰もそこに踏み込まない。────なぜなら学校は閉じられた世界で、そこで生きていくためにみんな不条理と妥協しているからだ。そうするほうが賢いのだろうけど、俺はずっとそんな歪んだ世界を冷ややかな目で見ていた。不条理を押し付けるやつも、受け入れるやつもバカだと思っていた。
コミュ障ボッチの性根が腐った僻みだと言われれば否定はしないが、事実は事実だ。不平等がある。
選挙すら、そんな
浮動票はうまく利用し、煽っていく対象でしかない。用済みとなればゴミ箱行き。
身近にその実例がある。
現生徒会長・
調べていくにつけ、あの昼行灯のような男の不気味さの正体が分かってきた。
1回目の選挙には、眉村のように体育会系から推された立候補がいたらしい。その生徒が大本命だった。
それを鳴子は徹底的に叩いた。
表面上は部活動予算の無駄遣いを攻撃し、一般生徒に向けて学校設備の充実を約束しながら、裏では協力する部に予算の増額を約束した。
そうやって切り崩しをしながら、ほかにも様々な工作をした。
わかりやすいものを一つ挙げるなら、ダミー立候補。
対抗馬の一人が、鳴子の協力者だったのだ。
その彼は、たちの悪いことに名字が大本命の生徒と同じだった。さらに下の名前がどちらも一文字で、紛らわしいことこの上ない。もちろん、わざとやったに決まっている。
そのダミー候補者は、大本命とまったく同じ主張をした。
どうなるかは、誰でも想像できるだろう。
一般生徒は当然ながら、伝達のうまく行っていない大所帯の部活は混乱した。票が割れたのだ。
そうやって体育会系の票を削り、こちらになびかない連中と大本命の立候補を悪役にすることで浮動票を集めた。
結果、逆転勝利。
全体の投票率は70%、鳴子の得票率は45%程度だった。
2回目は、鳴子と華子を含む3人が立候補した。
華子の人気は今と同じくかなり高く、鳴子では華子どころか、もう一人の立候補者とすら僅差と噂された。
そこで鳴子はどんな手を使ったのか、華子を説得して立候補を取り止めさせたのはすでに知るとおりだ。
華子が出馬しないとなって、とたんに選挙への関心は薄れた。鳴子ももう一人の立候補者も、地味だったからだ。
そういう「どんぐりの背比べ」に持ち込んでから、鳴子は唐突に華子を生徒会役員にすると公約して、推薦人演説まで華子に変更する。
選挙管理委員会は自分の息のかかった現生徒会だから、ルールを変えるのは簡単だ。元の推薦人を病欠にして、緊急の代役ということにしてしまった。
狙いは、気まぐれで飽きっぽい一般生徒を蚊帳の外に追い出しながら、華子の熱烈な支持者だけを一本釣りすることだった。
華子は中等部からの内部進学生で、総数は少ないが固い支持層がいる。
鳴子は外部生だったが、それ以外の生徒会役員はノノさんのように全員が内部進学生だったから、票の行き先は鳴子しかないというわけだ。
さらに前年、鳴子がやった「学校費用を無駄遣いする部活動」という印象付けが強かったので、選挙で部活動予算は争点にならなかった。立候補者も去年の逆転劇を見ているので、わざわざ対立構図を作って悪役になんてなりたくないだろう。
自分たちの支持する候補がいないため、体育会系はまとまらなかった。文化系はさらに消極的になった。
結果、投票率は歴代最低の40%。
その低い投票率のなか、鳴子の得票率は70%。一騎打ちでの圧勝ではあるが、全校生徒から言えばたった28%の賛成で生徒会長になったのだ。過半数どころか、3分の1以下の支持で勝ったことになる。
だがどんな形であれ、2期連続生徒会長という偉業を成し遂げた鳴子を止められる者はいなくなった。
華子を前面に出してイメージを作りながら、その裏で鳴子は生徒会を強化する策を打ち出していく。
遅刻生徒への対応でモメたのをあげつらい、風紀委員会を潰して生徒会に吸収してしまった。風紀委員会の予算はもちろん、生徒会につけられることになる。
部活動も予算面や施設利用で締め上げ、不信任決議の提出を潰すため、ときに懐柔した。
どっちにせよ部活動をコントロールするのが目的で、1年目に言っていた「部活動予算の無駄遣い」や「一般生徒のための学校設備充実」なんて謳い文句を忘れたかのように放置した。釣った魚にエサはいらぬと言わんばかりに。
もし華子が辞退しなければ。
もし残り60%が投票していれば。
事態は変わっただろう。
そうやって置き去りにされた生徒たち────
華子ですら、校門での挨拶に集まってくる浮ついた連中が一般生徒だと錯誤しているんじゃないだろうか。その横を無関心に過ぎ去っていく、リア充とは呼べない生徒たちに気づかずに。
だが、俺はべつにそんな物言わぬ可哀想な連中のために立ち上がるわけじゃない。彼ら彼女らだって、この下らない世界を作る片棒を担いでいる。無関心で和のイジメを放置し、無責任に俺の悪評を信じ込んだ。
それで当然だと思う。
ちょっとした芸能界ネタと同じで、一部が騒ぐだけのどうでもいいことなのだ。だから当然に俺も彼らの代弁者をするつもりはない。ただそのふりをして、一票を奪っていくだけだ。
そうして、俺を奴隷にするとか言ってる頭のおかしい女の鼻っ柱を叩き折る。妹を見殺しにしたクズのプライドを踏みつける。意地の悪い連中にひと泡吹かせる。
つまりは。
これまでやってきたことと、なにも変わりゃしない。
少数派だろうが、多数派だろうが────やつらは俺に利用される養分なのだ。
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