62 暴(あらび)討伐 後編
「──柴田さん!」
俺の頭上で閃光が奔り、
黒い粘液が飛び散る。
見るとエレクトラが手をこちらに向けていた。
昨日もだったが、エレクトラが直に参戦してきたのは
「回避っ!」
「うわっ!」
追撃を俺は転がりながら避け、なんとか距離を取る。
「エレクトラ、いまのは新しい力か?」
「はい、どうやら昨日のランクアップでこれを」
「すげえな!」
そういえば
「ただ、一発撃つのにすごく時間がかかるんです! チャージ時間といいますか」
「でも威力はあるみたいだし、じゃんじゃん撃て!」
「お任せあれ!」
「──ギビョウ! スイキョウ! エレクトラへ攻撃が向かないよう動いてくれ!」
「かしこまった」
「なーんで! いっつも命令はギビョウが先なの~!」
「カミとして、ぬしとは序列が違うわ」
「へん! 神社があるからってチョーシのっちゃって! これだから
スイキョウが拗ねながら、どこから出したのかヒョウタンの栓を開けて中をぐびっと飲む。……まあ酒だろうな。
「お前らケンカすんな! その話はまたあと!」
「ちゃんと論功してよ~?」
スイキョウが矢筒から赤い矢を抜き、弓につがえる。
それに合わせるように馬が進路を変え、
「……明鏡止水」
ぎりぎりと弓を引き絞り、スイキョウが矢を放つ。
矢は
をんきみのぉおおおぉおおおおおおかしぶみえにえにとぉおおおおおぉぉおお
利いている!
「ちぃ~」
「……露払いご苦労」
スイキョウの乗った馬が
そのまま長い牙を立ててがぶりと噛みつき、身体をローリングした。ワニが獲物を仕留めるときにやるデスロールの空中版だ。
ぶちぶちぶちと音を立てながら、
れぇええええええぇっるえええええええええぇぇぇええええ
たまらず
ギビョウは一撃を貰って吹き飛ばされながらも、素早く体勢を立て直して翻弄する。
それに呼応するようにスイキョウの赤い矢が次々と飛んで爆散した。
やちこにはべりしへのかみをしれええええええぇぇぇえええええええ
狙いもなく、でたらめ滅茶苦茶。
ギビョウとスイキョウを近寄らせまいとするさまは、まさに
だが動きが大きくなるぶん、その攻撃をすり抜けて入り込む空白ができた。
俺はステップを踏むように、出来ては消えるいびつな空間の連鎖を縫っていく。
電柱のような巨大な触手が過ぎるたび、まつ毛が震える距離を。
次の刹那に、俺の首がもげそうなタイミングを。
────その暴風のなか、不思議と時間はゆっくりに感じた。
次に動くべき場所が解った。
まるでゲームでナビゲートされるように、枠で囲まれて光っているように俺には見える。
ただそれに従って行けばいい。
背後や頭上に振り下ろされる触手を気にする必要もなかった。
右足を進め、左足が追った。その二歩で眼の前には
つい、下らない言葉が浮かんでため息をつく。我ながら、もっとカッコいい決め台詞とか思いつかないもんか。
「歯には刃を。……ダメだ、面白くもなかった」
全力を込め、刺突を叩き込んだ。
刀が
その奥、黒黒とした肉塊の空洞のなかに、巨大な眼球があった。
そいつと目が合う。
口の部分がモゴモゴと動いたが、言葉になっていない。
「……なんか必殺技とかあればなあ」
俺は首をひねりながら、横移動。
「────
入れ替わるバッチリのタイミングで、エレクトラの雷撃が目玉を貫いた。
☆★☆★
轟音とともに、巨大な目玉が破裂する。
天ぷらを上げるような音がして、黒い肉が焼ける。いや、沸騰する。
強烈な電撃はまっすぐ
四方八方に広がっていた触手がピタリと動きを止め、次の瞬間に力なくバタバタと墜落していく。
そして最後に、煙を上げた肉塊がゴロンと倒れた。
そのまま微動だにせず、あの意味不明な叫び声も聞こえない。
俺は動かなくなった
あたりにはなんとも言えない、漂白剤のような刺激臭と、焼きすぎたスルメみたいな焦げくさい臭いが充満している。
「柴田さん、トドメを」
うしろでエレクトラの声がする。
俺は警戒しながら近づき、刀を振り上げる。
ぼろぼろになった肉塊の表面がもぞもぞと動いていた。
「……っ」
小さな目だった。
それがじっと俺を見つめている。
こいつを倒せば、終わる。
人に害をなすこともなくなる。
彼女が望んだように。
彼女が望んでいたものを打ち消して。
終わる。
現実世界に戻れば、二度と和と関わることはない。
俺は他人として。
和は他人として。
終わる。
現実世界に戻れば、あの男子生徒と和の会話が始まる。
何も知らないあいつが。
何も知らない和が。
今まで俺のやってきたことが終わる。
終わる。
終わる。
終わる。
終わる。
終わって、しまう。
世界がずぶりと沈んだ。
「柴ば……た……………さ………………………………」
その感覚は、現実世界から影世界へと落ちるのに似ていた。
目眩のようなゆらぎと、明滅。
深く、暗く、俺だけが落ちていく。
そこにもう一人の俺がいた。
袋を被った毛むくじゃら。
歯ぎしりをして、世界を恨む獣。
俺が呼び寄せた神のなりそこない、穢らわしく沈み続けるもの────
「いいのか?」
ぐにゃりと首を曲げ、
「また独りになってしまうぞ」
「……そんなもの最初から分かってた。いまさら何も変わらないだろ」
「俺のことを理解してくれると思ったのに」
「身勝手なこと言うな。人に期待を押し付けんなよっ」
「せっかく大人しそうで従順な女だったのに」
「和は優しいから、そう見えるだけだ。本当は俺なんかよりずっと強い」
「俺の言うことを聞いていればいいのに、反抗しやがって」
「和が納得していないなら、そんなもの意味がないだろ!」
「あんなに苦労したのに、さっさと他の男に鞍替えした」
「和の自由だろ。俺は関係ない! 関係なかったんだ! もともと俺がどうこなんてできるはずがないんだよ!」
「地味だけど顔は可愛いし、胸も大きかった。惜しい」
「俺は下心で助けたわけじゃない!」
「なんであんな女を助ける必要があったんだ」
「俺が決めたんだよ! 俺が好きでやっただけだ!」
「なんの見返りもないなら、いっそ助けないほうが良かった」
「黙れ! 下世話なことばかり言いやがって、それが俺の望み? お前が俺の願望を聞いてる? ────ウソだ! そんなものはデタラメだ!」
俺は刀を振った。
刃先が
しかし手応えは薄かった。
頭に被っていた布袋に切り目が入っただけだ。
「……あのままイジメられていたら、俺が独占できたのに」
切り目から
「ちがう……そんなつもりは……」
俺の手から力が抜けて、刀が落ちた。
膝から崩れ落ちる。
俺はずっとそれを心の底で望んでいたのか。
自分の孤独の牢獄に、和を引き込もうと。
牢獄のなかで和を縛り付け、思うがままに……。
「
世界が震えるような、強烈な雷鳴が俺をぶっ叩いた。
目を覚ますと、俺はエレクトラに抱えられていた。
「目が覚めましたか?」
「どうなってる……」
「いきなり気を失われて」
俺は刀を杖に立ち上がると、
やがて切り刻まれた黒い肉塊は腐り、爛れ落ち、消滅した。
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