48 インシデンテ・ビブリオテッカ
「……しかし、よく雨が降りますねえ」
「そりゃ梅雨だからな」
今年は例年より梅雨入りが遅めだったらしい。
もうすぐ試験期間で下校時刻も早くなるし、その前に生徒会長選挙の準備をしておきたい俺は、図書室で資料集めをしていた。
「で、お供えパワーはいくらになった?」
「以前のものと併せて、トータル7万5000ですね」
「JKパワーすげえ」
VR世界とはいえ、
「目標の10万まであと少しですね! といいますか──昨日、柴田さんなにやら副収入をゲットされていましたよね?」
相変わらず目ざとい。
「ああ、あれな」
繁華街で集めた貴金属の下取りを露天商のお姉さんに頼んでいたのだ。
しめて6000円。
出所不明なのと、汚れや傷があったりしたのでかなり値が落ちたらしいが、俺にとってはありがたかった。お姉さんは気を遣って買取内容を説明してくれたが、高校生のお願いを聞いてくれただけで十分だ。
「お供えにするつもりだったけど、和とバニャの踊りが予想以上に稼いだし、二人のご機嫌取りに使おうと思ってな」
「しかたないですねえ。柴田さんの立場というものもありますから、ここは譲ってあげましょう」
エレクトラは顎に手を添えて、うんうんとうなずく。
今日もセーラー服だ。
「他人事みたいに言ってるが、だいたいはお前のせいだからな……?」
「……じつはお二人の踊り、私も録画してました」
「コピーください」
「驚きの素直さ&素早さですね」
飽きれ気味だったエレクトラの表情が、急に変わる。
「──柴田さん。
俺が拉致されて以来、エレクトラは警戒網を広げている。
俺としても有り難いのだが、お供えパワーをより多く消費するのが難点。
「うーん、いつもなら逃げるんだけどな」
華子の
しかし、今日はバイトもないし、さっき言ったように選挙戦まで時間が限られている。
「危険そうか?」
「このまえの戦闘でガス抜きはしていますから、
「ならいい。一応、逃げる想定はしといてくれよ」
「ラジャーです!」
和の
「やはり図書室に来ますね……」
エレクトラが言ってすぐ、
俺に気付いて足を止め、きつい視線を送ってくる。
立候補をしてからというもの何度も同じように睨まれているが、そのたびにドキッとする。俺が小心者のせいなのか、華子の目力のせいなのかはわからないが、慣れないもんだな。
「よお」
「……」
華子は少し迷ったような素振りを見せた。
珍しい表情だ。いつもの鉄面皮からすれば、わざとらしいくらいに見える。
胸に溜まっているものを捨てるように一息吐くと、俺の横に来て書類の背表紙を見ていく。俺と同じように学校活動関連の書棚に用があるらしい。
「……どいていただけます?」
「俺が先に見てたんだけど?」
「私は忙しいんです」
華子が肩で割り込んでくる。
俺より背は低いが、体幹の動かし方がいいのかあっけなく押し切られてしまった。
「ちょ、なんだよ!」
「私はあなたみたいに道楽ではないんです。邪魔しないでいただけますか」
「道楽じゃねえよ!」
「……学業にも熱心ではないようですし、なにより生活態度が最悪じゃないですか」
「生徒会長選挙に関係ないだろ? 校則にそんな条件ないし」
「バイトをされたり毎日充実されているようですけど、そういった思い出づくりに利用されるのは迷惑です」
「……なんで俺がバイトしてるの知ってるんだ」
一瞬、華子の目が泳いだのを俺は見逃さなかった。
「……生徒会風紀として問題のある生徒を調査するのは当たり前です」
「学校外のことでそこまでやるかっ!?」
「この学校を守るのは私です。あなたのような不逞の輩の好き勝手にはさせません」
「勝手に守ればいいけど、俺を睨みつけたりする必要ないだろ」
「いまその理由を言っていますが?」
キッと視線鋭く俺を見上げる。
俺みたいなヒョロヒョロとはいえ、よく男相手にこんな強気で凄めるな、こいつ。
「……あのさあ、まともな勝負になると思ってるのか?」
「たいそうな大口ですね。傲慢にもほどがあります」
「いやいや、違う! 俺が勝つって挑発じゃなくて、お前の圧勝だろって言ってんの!」
「……」
「お前からしたら、俺なんてザコだろ? げんに毎朝、お前の周囲に集まる人数と、俺の周りを比べりゃ、わかるじゃねえか。どう見ても、俺じゃなくて眉村が対抗馬だろ!」
「たしかに、そうですね。眉村君とは、正々堂々戦うつもりです」
「じゃあ、俺にも因縁つけるのやめて、平和にいこうぜ?」
「それはそれ、これはこれです」
「はあ? 意味わからん。そりゃお前にとっちゃ問題児だろうし、それが選挙戦に横槍入れてきたって腹が立つのか知れないが、いくらなんでも敵意むき出しすぎだろ」
なにせ
「生徒会で何千人もいるこの学校の生徒を相手にしてきた院華子さんだろ。お前みたいな特別な人間が、本気だすほどの相手か?」
「私は誰に対しても本気ですし、容赦しません」
今までと変わらない敵意ありありの目だが、なにか違和感が……。
「……お前って、そんなやつだったっけ?」
「どういう意味ですっ!?」
俺の言葉に食い気味で華子が詰め寄ってくる。
あれ。
院華子って、俺のイメージではもっと落ち着いていて、憎たらしいぐらい余裕ぶっこいてるお嬢様なんだが。
一般人が持つ名家とかエリートとかのイメージを団子に丸めて固めたような女。
そうだろ。
こういうやつって嫌いなら嫌いで、無視するタイプなんじゃない? 影響力もあるんだから、徹底的に村八分にするとか、そういう手を汚さないやり方を好みそうなもんだが。
同学年のキラ星ってことで、嫌でもこいつのことは耳に入ってきていたが、もっとスマートに対処してた気がする。
……そりゃ、よっぽど俺に腹を立ててるっていうならわかるが、1対1で接触したのって和の一件で話したときぐらいだぞ。それとも鳴子会長になんか吹き込まれたのか?
「いや、そういう必死なとこが、小物っぽいつーか」
「は、はあ!?」
眉村が俺に絡んでくるのはわかる。
自分の妹を巻き込んでおかしなことをやってるんだから。
しかし、こいつはなんでだ?
「俺を見かけるたび、あからさまにガン飛ばしてくるのが、ちょっとキモいつーか……」
俺は思わず言ってしまってから、口を抑えた。
「あっ、いや! 俺ごときにムキになるのがらしくないって意味で、身に余る光栄で気味が悪いっていうことな!」
「……」
今までに増して華子の顔が険しくなる。
そりゃもう、今すぐビンタされそうな勢い。
うーん、逃げよう。
「そ、そういうわけで……」
「……他には?」
「は?」
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