49 パンいちパラノイア
「他には、私のことをどう思っているのですか?」
「え、いや、今のは言葉のあやっていうかだな……」
「この際。言いたいことを言えばどうですか? コソコソ逃げてばかりいないで」
「い、院さん?」
「さあ、ほら、言ってごらんなさい。陰気ヒョロガリキモオタク!」
妖しい笑みを浮かべながら、華子が俺のネクタイを鷲掴んで迫ってくる。
「あ、ちょ、やめ、やめてっ! 近づかないでっ!」
「どうしたんです? 女が怖いんですか? そりゃそうでしょうね、友達すらまともにいないんですから、女性に接することもまれでしょうし」
「お前が怖いんだって!」
「とはいえ、近頃はモテているじゃないですか。
「ちょっとまて、バイト先まで調べてんのかよ! いくらなんでもやりすぎだろ! それストーカー行為だぞ!」
「私は当て推量で言っただけですよ?」
「ウソだ! お前、明らかに知ってるだろ! なんでそんなことするんだよ」
「被害妄想はなはだしいですね。良いお医者様を紹介しましょうか?」
「その医者はぜったいヤブだ!」
「あら、どうしてです?」
「お前を治せなかったんだから、意味ねえつってんの! お前、頭おかしいだろ!」
「……っ」
俺の言葉に、華子がぎりりと歯がみする。
「────ひ、人のことを気持ち悪いだの、頭がおかしいだの。あなたこそ、非常識ですよ!」
「俺が非常識なら、世の常識なんて死んでるわ! お前、絶対変だよ!」
「へん? 私が?」
「お前が言えつったから言ってやるけど、お前相当変だぞ! このご時世に清楚系お嬢様キャラとか、喜ぶのは童貞かおっさんぐらいだろ! そんな澄ました顔してても、腹の中真っ黒じゃねえか! どうせ家に帰ったらパンいちで腹かきながらポテチとか食ってるくせに!」
「……童貞ってなんですか?」
「しょ、処女の男版だよ」
「……パンいちとは?」
「パ、パンツ一枚で半裸ってことだよ」
「……」
居直って俺が解説した言葉に華子は黙ってうつむいた。
「……はぁ……はぁ……」
なんか俺のネクタイ掴んだまま、肩で息してるんだけど、これ大丈夫?
言いすぎちゃった?
「わ、私が……」
「あ、あの?」
「女性を知らない男たちの欲望を誘うような演技をあえてしていて……家ではパンツ一枚のだらしない姿でいると……そう、あなたはおっしゃりたい……わけですね?」
「あ、あくまでも挑発だからね? 本気で言ってるわけじゃ……」
「許せません!」
華子が赤い顔をしながら、俺のネクタイをガクガクと揺する。
「あなた、どれだけ爛れた目をしているのですか! 朝の挨拶でも、汚らしい情欲で私のことを見ていたのですね! 毎朝毎朝、校門を通るたびに、私のことを……そのように……」
俺をにらみつける華子の顔はさらに上気して、息も荒くなっている。
こいつ……。
「ひょっとして喜んでないか」
「な、なぜ喜ぶんですか! あなたは、また私のことを汚いもののように見るんですか!?」
「また? またってなんだよ?」
「……1年生のときから、私を見るたび嫌そうな顔をしていましたよねっ!? 私のことを……く、臭そうだとか、う、う、うん………おトイレに行くとか!」
「は? なんだそれ?」
「言っていたじゃないですかっ! 1年の夏休み前、
「んー……?」
1年の夏前。
学校では男衾としか話してなかったし、生活の中心はVRMMORPGだったはず。
その頃っていえば……。
あ。
たしか俺、VRアイドルグループにハマってたな。
ゲーム内でライブしてたり、アイドル主催のクエストあったりで、結構盛り上がったんだよなあ。アバターアイテムもガチャ回しまくったし。このあいだ和とバニャに着せたやつ。
ただ、そのあとストーカーとかアンチとかで炎上しちゃって、ゲーム内での活動を辞めてしまった。今はもっぱらユー○ューブで活動してるが、そうなると遠い存在に感じて熱が冷めた。
そのころ、男衾に言ったっけなあ。
「リアルとかクソ! やっぱ2.5次元サイコー! 美人つっても院とかぜったい臭いわ。ウンコするし」
まさかして、あれ?
「盗み聞きしてんじゃねーよ!」
「たまたまです! 本人のいないところで陰口など、恥を知りなさい! しかも……く、臭いなどと、いつのまに私の匂いを盗み嗅いだのですかっ! ……まさかして、ト、トイレまで覗いたのじゃ」
「まていっ! 勝手に想像を膨らませてんじゃねーよ! 被害妄想はお前のほうだ! 俺がお前の名前を挙げたのは一例であって、いわゆる全般的な話だ!」
「……つまり私が臭くて、
「あーめんどくせえ! お前、思ってたより頭悪いな! アホなのか? あと頻便なんて単語、よく知ってるな! おかしな性癖でもあるのかっ?」
「アホ……おかしな性癖……」
ブツブツと俺の言葉を反芻する華子。
なんか目つきがおかしい!
「あ、あはっ……。あなた、私のことどこまで知っているの?」
「な、なにも知らねえよ! 他人だし、興味ねえし!」
「ウソですよね? 私のこと付け狙って、ストーキングしているのはあなたの方でしょう? うまく盗聴器を隠しているようですけど、私にはわかります。────今回も選挙戦に立候補して、私を監視するつもりなんでしょう? 何もかもお見通しみたいな顔で……」
「おかしいおかしい! お前の言ってること矛盾だらけだって! 朝の挨拶ですら、近づいてないだろ!」
「あれは監視しているから、すべて知っているというメッセージですよね? 私がそれを邪魔しようとする日に限って、視線を送ってきたじゃないですか……」
はあはあと息を吐きながら、華子が迫ってくる。
「それはお前の勝手な妄想だって! 勘違い! 思い違い!」
「さ、さきほども私が図書室に来るのを分かっていましたよね!? でなければ、あんな余裕あるはずありません!」
「……そ、それは」
「やっぱりいぃぃ、そうなのです! 私をどこかから監視していたのですね!!!」
「近い近い! 顔が近い!」
「そうですよね。絶対そうです。そもそも誰とも仲良くなろうとしないのが不自然なんです。私を監視する邪魔になるから、誰とも接しなかったんですね!? 男衾君は私の教室に来る口実ですよね? いつも来るたび、私のことを見ていたの知っていますよ」
「お前は有名人だし、人だかりもあるから目立つだろ!」
「ずっとそうやって1年間私をいたぶっておいて、ついに事を起こすつもりでしょう? 興味のない生徒会長選挙に出ると聞いた時、すぐに分かりましたよ!」
「ちがーう! 俺は純粋に生徒会長を目指してるの! 和みたいにひどい目に遭ってる生徒をほったらかしにしてるお前ら生徒会が許せないんだよっ!」
俺は華子を突き飛ばした。
「……出任せばかり、よくそうもシラを切れますね」
「お前こそ、よくそんなおかしい発想できるな!」
「……いいでしょう。選挙戦で明らかになることです。あなたのように付け焼き刃で勝てるほど、私は甘くありませんよ?」
「分かってるって。だから、こうやって調べ物してるんだろ」
「動機が不純ですが、その態度は褒めてあげます」
「あーそうかい。俺はそんなつもりじゃないけどな! お前のことなんて知らん!」
「あくまで、勝負だと?」
「だから言ってるだろ!」
「なら賭けませんか」
「はあ?」
「私が生徒会長選挙に勝ち、あなたが負けた場合。あなたは眉村和さんと別れて、私の下僕になると」
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