40 非実在系泥酔女子中学生withフェイクキャット
土曜の早朝、俺は繁華街、ネットカフェ「ソロプレイヤー」のある通りでしゃがみこんでいた。
「いやー、すごかったですねぇ」
「……」
俺は道に敷いてあるレンガの隙間にマイナスドライバーを入れて土をほじくり出す。それを集めてはコンビニ袋に入れた。
肩からは「町内美化運動中」と書かれた自作のタスキを掛けている。
「まさか
「……」
あのあと帰ってからと言うもの、エレクトラはずっと俺の横でキャイキャイしている。
寝るまでさんざん俺を冷やかし、わざわざ駅の防犯カメラで1カメ、2カメ、3カメみたいな別アングルで撮影した俺と和のツーショットを送りつけてくる始末。完全にトゥルーマンショー状態。
俺は寝返りをうつたびに、あのときの和の感触やら匂いを思い出して心臓が止まりそうなほどドキリとし、自分の間抜けさに恥死しそうになるやらでいっぱいいっぱい。
エレクトラのからかいにリアクションを取るのにも疲れ果て、もう黙り込むしかなくなった。
「柴田さーん、無視しないでくださいよ~」
「……」
これ以上、どうしろとってんだよ。
エレクトラがしつこいので寝たふりをしたが、もちろん一睡もできていない。
目の下を真っ黒にしながら、俺は黙々と土を集める。
こういう街中の場合、隙間をコンクリートで埋めているものが多いのだが、メンテナンスのしやすさからなのか、予算の都合なのか、ここのレンガの隙間には土が詰まっていた。
ほじくってみるとゴミも混じっているので、自然と集まったものだろうか。この土を取ってしまってレンガが外れるとかしたら怒られかねないので掴んでみたが、波型レンガのおかげか十分固定されている。
もしかしたら、下はコンクリートに埋まっているのかも。
念のため上の方だけ取ることにしよう。
「しっぶぁたさ~ん?」
俺がひたすら無視を決め込んでいると、エレクトラはニヤニヤと笑って俺の前にしゃがみこんだ。
成長して女子高生ぽくなったその顔は、よけいに憎たらしい。
エレクトラはこれよみがしにスマホを取り出した。そしてボタンをタップする。
「……先輩……大好き……」
「……ひいっ!」
俺はドライバーを投げ出して思わず耳をふさぐ。
「お、おまあー!!! ろ、ろろろ、録音まで……!」
「そりゃボッチバタさんが告白されるなんて、一生ものの宝なんですから、くまなくデータを取ってありますよ? いずれ私に感謝することになりますって!」
「子供の成長記録かよ!」
データ、いつか消してやる。
「で、でぇでぇでぇ。柴田さんはいつお返事をされるのでしょうねえ?」
「……いや、それは……俺がそういうの言って、どうなるんだっつーか……」
「はあ~、ほんとヘタレですねえ。
「う、うっせえ!!」
きっかけつうか、こうタイミングってもんがあるだろうが!
あのときの流れでなにか返事できりゃよかったんだが、コーヒーぶちまけて雰囲気も台無し。和は爆笑して止まらなくなるし、俺もやっちまった感いっぱいなんだが。そこを思い出すと口の中に苦いものが湧いてくる。
てか、好きって言われて、俺もそういう気持ちを伝えたとして、どうすりゃいいんだ?
付き合う……ってこと?
まったく縁がなかったんで妄想しかないが、付き合うってことは手繋いで学校いったり、一緒にご飯食べたり、デートしたり、互いの家に遊びに行ったりとか?
それで二人きりになってくっついたりとかして見つめ合って……。
「うぐ……」
やべ、またドキドキしてきた。
いやでも、和の言っている好きがそういう意味なのかどうかもわからないし。博愛主義的なやつとか、ペット的愛着って意味かもしれない。いや、あんな「だいしゅきホールド」みたいに馬乗りになって……あれエロすぎだろ……いや、そうじゃなくて!
「あ、あの、そういうつもりで言ったんじゃなくて、感謝というか。先輩の気持ちはとても嬉しいですけど、……あのときのことは忘れてください。ごめんなさい。……」
和が困った顔で黙り込む。
ああ~~!!!
ダメだダメだ!
悪い想像しかできない。
これまでの人生で良いことなんてなかったから、自分の可能性を信じれないよ!
やめよう。
あまり考えすぎるとなにも手がつかなくなる。
とりあえず、これは置いとこう。うん。
「それにしても……柴田さんがなにも言ってくれないのでと-んと見当もつかないのですが、この美化活動とやらはなにが目的なんですか? もしかして本当に町をキレイにしたいとかじゃないですよね?」
エレクトラは頬杖をついて、コンビニ袋を覗き込む。
「まあな……」
夜明けから初めて、かれこれ3時間ぐらい。
一つ一つレンガの隙間にある土なんて知れているが、通りの端からやり続けているとかなりの量になった。
すでにコンビニ袋1つ分はある。
そろそろ人通りも増えてきたし、腰も痛い。
今日はここで切り上げるか……。
「あー、腹も減ったなあ」
俺は立ち上がる腰に手を当ててストレッチをする。
「ん……?」
通りの向こうからトコトコと黒猫が歩いてくる。
昨日、バニャが餌をやっていた猫だ。
夜だったんでそれほど気にならなかったが、昼間に見ると真っ黒で目立つな。
猫は俺の前まで来ると、座り込んだ
いや、座り込むって言うより、伏せをして頭まで下げた。
「……!」
時が止まって視界が影に落ちる。
おいおい!
また
「主上、ご機嫌麗しく」
「えっ……!?」
黒猫が喋った。
「殊勝な心がけよ」
エレクトラが答える。
「あっ、ギビョウの爺さんか!」
なんだよ、驚かすなよ!
「昨夜は挨拶もせず失礼した。なにやら立て込んでいたようなのでな」
「あ、ああ、いや……」
「柴田殿。この界隈は我が領域なれば、困ったことがあれば申されよ」
「ど、どうも」
そう言えば昨日、バニャがここらに猫神社があるとかなんとか……。
てことは、ギビョウは本当に神様なのか。
たしか、土地を守る神様は
エレクトラから説明された
「ギビョウ、それがなんじの本来の姿形なのですね。ニャンコだったとは思いもしませんでした」
「僭越ながら申し上げれば。まことの猫ではありませんが、人はそう見えたようで」
「ふっふふー。来よ」
「
ギビョウが進み出ると、エレクトラがえいやとギビョウをひっくり返して、これまた黒い腹を撫で回す。これ子供が猫に嫌われる典型的なやつだ。
「ははぁ。なんじの毛並みはすべすべさらさらですね! これはよいものです!」
「……」
されるがままだが、なんとなく迷惑そうな顔してるのが笑える。
ん?
ギビョウ。
「主上、じつを申しますとお目通りを願いたい者がおりまして」
エレクトラにボサボサにされた毛並みを繕ったあと、ギビョウが言った。
「ほうほう。よきにはからえ」
「ありがたし」
ギビョウが振り向くと、影の中からパッカパッカと音がする。
やがて現れたのは、馬。
いや、馬の上に人が乗っている。
「馬でけえ!」
俺は思わず言ってしまう。
いや俺生まれて初めて間近で馬見たんだけど、でかいな!
動物園で遠目にシマウマを見たり、VRMMORPGで騎乗動物には乗っていたが、やっぱ肉眼での迫力は違う。
「あっへっへっへ~」
俺の驚きに喜ぶように、馬上の人物──女の子が笑う……んだが、なんか様子がおかしい。
てか、馬もおかしい。
馬なんだけど、足取りがバラバラっつうか、俺の想像している颯爽とした足運びではない。
例えるなら……千鳥足?
「どうも~! お初……でっす!」
ピシッと片手を上げてるが、その女の子も身体が傾いている。
目は虚ろだし、口を半開きにしてヘラヘラ笑っていて、どうみてもシラフじゃないんだが……。
「みずから口上せよ」
「あーい」
よく見ると女の子はセーラー服を着ていた。白いカチューシャで長い前髪を止めている。
見た目は中学生くらいだ。
「あー、うーん……」
フラフラしながら片脚を上げるのだが……。
「あっ」
ぼてっと馬から落ちた。
これ完全に酔っ払いじゃねえか!
酔いどれの中学生とか、どんなキャラだよ!?
「あ、その、大丈夫っすか?」
思いっきり頭から落馬したのに、エレクトラもギビョウも動かないもんだから、俺は恐る恐る歩み寄る。
「……!?」
うつ伏せになっているのだが、スカートがまくれ上がってパンツ丸見え。
ピンクの可愛らしいやつです、はい。
「あへへへへへへ!」
いきなり笑い出す酔っぱらい中学生。
改めて考えると、文字面ヤバイな……。
少女はもぞもぞとスカートを引っ張り、俺を見上げる。
「お尻には自信あるんですよぉ、あははは」
「ははは……」
いや、怖いわ!
なんというか、狂気を感じる。
「んははは! よいしょお……」
身体をごろんと転がして仰向きになると、跳ね起きる……が失敗してまた倒れる。
「あは! あははははは!」
俺はあとじさった。
これ確実にやばいやつだろ。
俺のそんな混乱など気にかけず、ギビョウがため息をつく。
「早くせぬか。主上がお待ちであるぞ」
「あ~い、ただいまぁすぐさまぁ急々如律令でぇへへ~」
少女はのろのろと身体を起こすと、エレクトラににじり寄って、レンガ畳に頭をゴツっとぶつける。
すげえ音したぞ……。
「お初お目にかかりまする。わたくしスイキョウと申すものでございます。キライジンさまにおかれましては、お目通りいただき感謝の極み。
スイキョウと名乗った少女は黙り込む。
支離滅裂だが、もしかして次になに言うか忘れた?
「ぐう……」
寝てるのかよ!
よく見たら後ろの馬も転がって寝てるし!
馬って立って寝るとか聞いたぞ?
もしかしなくても、スイキョウって名前の意味は俺でも分かるわ。
「酔狂」だろ、これ絶対!
酔って狂うって、まさにそのまんま……。
「かように仕様のなきものでありますが、帰参をお願いいたしたく」
改めてギビョウがペコリと頭を下げる。
「苦しうない、よきにはからえ」
「ありがたきお言葉」
「ありがたきー!」
寝言のようにでかい声でスイキョウが叫ぶ。
すっと影が晴れて、ギビョウとスイキョウが消えた。
俺は現実世界で意識を取り戻した。
「エレクトラ」
「なんでしょう」
「……ギビョウの爺さんを見て、
今まで見てきたのと違って可愛い中学生だったのでちょっと期待したが、やっぱ人間とは違う。
「あいつら怖い……」
「そりゃ自称とはいえ神ですからねえ」
「あんなの子分にするとか、お前すげーな……」
「えへへ」
俺はコンビニ袋とドライバーを拾って立ち上がると、『ソロプレイヤー』に向かった。
今日の目的はこっちだったのに、とんでもないゲストが来たもんだ。
☆★☆★
「オハヨウゴザイマス」
「タイガーはっえ~な!」
バニャはすでに出勤していて、ドリンクの補充をしている。
「お前こそ働きすぎだろ」
「マネマネ欲しいのは、お互い様だろ~?」
「そりゃな」
俺は休憩室に入ると、備品のバケツに水を貯める。
シフトにはまだ時間があるから、その間にやってみよう。
「柴田さん、今日もバイトされるんですね」
「邪魔するなよ」
「ご心配なく! ここはPCが多くて快適なので、柴田さんにかまっている暇はありませーん」
エレクトラは鼻歌を歌いながら遊びに行った。
客のPCを覗き込んだり、イタズラしたりが楽しくて仕方ないらしい。くれぐれも俺以外に実害を出さないでほしいが。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
俺は水の溜まったバケツにコンビニ袋の中身を落とした。
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