41 マイニング・イン・ザ・シティ

 土が水の中に沈んでいく。

 俺はそれを割り箸でかき混ぜる。

 浮いてきたゴミと泥水を捨て、また水を足して撹拌。


 それを何度も繰り返していると、底のゴミと泥のなかにキラキラと光るものが見える。


 俺はその中で一番大きい金色のチェーンの破片をつまみ上げた。ネックレスの一部だろう。

 ポケットから磁石を取り出して近づけるが、それは反応しなかった。メッキなら磁石にくっつくはず。

 つまりこれは金。


 泥の中には透明の結晶もあった。

 それをつまみ上げて、テーブルにある雑誌の上に置いてみる。

 透けている雑誌の文字が高い屈折率のせいで潰れてまったく読めない。結晶が小さいので肉眼だとはっきりしないが、たぶんダイヤモンド。1カラット。


「よし……!」


 俺は再びバケツに水を足してクルクルと回す。

 次第にまた金属や、宝石らしい粒が見える。

 とりあえずそれらしいものを全部つまみとっていく。


 こういった粒はすべて指輪やネックレス、時計といった宝飾品から剥がれ落ちたものだ。

 このあたりの繁華街なら人通りも多いし、こういうのが落ちているのではないかと朝からせこせこ土を集めていたわけだ。

 ずいぶん昔、親父からなんとなく教わったことを思い出してやってみたわけだが、まさか本当に見つかるとは自分でも驚いた。


 ただまあ、道のど真ん中に座り込んで土をほじくるにはかなりの勇気がいるし、法律的にどうなんだってところだが、はっきり言ってバイトじゃお供えパワーに使う金がぜんぜん足りない。もう売れるようなゲームやマンガは金に変えちまったし。


「……なにしてるん?」

「っ!」


 ビックリして振り向くと、バニャが不審そうに俺とバケツを見ている。


「いや、なんでもないぞ! ちょっと掃除をだな……」

「それさっき、道で集めてた土だよなぁ~?」


 あ、見られてたー……。

 テーブルの上の貴金属やら宝石を見て、なんとなく察したらしく、ため息をついた。


「金いんなら貸すし、変なことやめろよな。警察沙汰シャレなんねぇ~ぞ?」

「だ、大丈夫だって、ほんと」

「ネバネバと関係あんの?」

「いやないない! ちょっと欲しいゲームがあってな」

「ふぅ~ん……」


 すごいジト目で見てくる。


「あ、それより今日コミックの発注だったよな? あと冷食の在庫を確認しないとだな!」


 俺はテーブルの上の戦利品をかき集めると、いそいそとエプロンを付けて仕事を始めた。



☆★☆★



 休憩時間。

 俺は休憩室でスマホをいじっていた。

 道端で貴金属を集めるのはバニャに見られたので、これっきりにすることにした。れっきとした落とし物なわけだし、あまり派手にやると本当に警察沙汰になるかもしれない。

 金に限界があるなら、飯をお供えしていたみたいにほかの方法でお供えパワーを稼ぐしかない。エレクトラは相変わらず店のPCあたりをうろついているようだし、調べても大丈夫だろ。


 いろいろと神事関係のサイトを見ていて目に留まったのが、奉納舞というやつ。ようは神様に踊りをささげるわけだ。あと同じようなので歌ってのもある。


 しかし、歌にダンスってアイドルかよ。

 俺が歌って踊って、お供えになるのか?

 なんかヒャーピャーポワーとかいう音楽にノって、鈴振るようなやつ。

 どこかで習えるのか?

 社交ダンスとか、ヒップホップでもいいんだろうか。

 こりゃいっそ、エレクトラに直接聞くべきか……。


 そう思っていると、カウンターのほうでバニャの声が聞こえる。


「ネバネバぁ~~!! 会いだがっだずぇ~! 昨日ぶりぃぃぃぃ!!!」

「バ、バニャちゃん、声大きい……!」


 和が来たみたいだ。

 なんとなく気まずいんだが。

 なんだろう、この気持ち。


「どしたん? あ、タイガーか!」

「え、ち、ちがう! 呼ばなくていい!」

「──おーい! ネバネバきてっぞぉ~!」


 あっちも気まずいんだろうなぁ……。

 たぶん勢いであんなことしちゃって、家に帰って一人になってから思い出して悶絶死にたくなるやつ。


 でもまあ、俺はなにもしてないから、そこまでダメージはない。ちょっと居心地悪いぐらい。


「よ、よっす」


 俺がカウンターに出ると、和はあからさまに挙動不審。

 目は泳ぎ、そわそわ落ち着きがない。


「こ、こんばんは……じゃなくて、こんにちは!」

「んなん~……?」


 バニャが和と俺を交互に見て、それから和に顔を近づける。


「あれれぇ~? なにかぁ~、おかしいなぁ~? もしかしてお前ら……」

「な、なにもないから!」


 和がバニャの顔をむぎゅっと挟んで俺を見る。


「そうですよね、先輩!?」

「あ、はい」


 俺と目が合うと、みるみる紅潮する和の顔。

 和さん、嘘つくのめっちゃヘタっすね。


「で、では!」


 逃げるように店に入っていった。


「あ、ネバネバ! 入店手続きぃ!!!」


 あとをバニャが追っかけていく。

 まあ、何もなかったていや何もなかったので、ウソはついていない。本当のことを言っているわけでもないけど。



☆★☆★



 バイト上がり、俺は着替えをすませてカウンターで和を待った。

 それで駅まで一緒に帰るっていうのがパターンなんだが、昨日の今日のことだしなあ。まあ、それには触れないよう、いつもどおりにしてればいいか……。


「おつかれぇ~っす」

「お前も帰るの?」

「あ~、今日はネバネバとうちでお泊りして遊ぶんだぁ~」


 にひひと笑うバニャの後ろで、和が所在なげな顔をしている。


「……変なことするんじゃねえぞ?」

「おめーと一緒にすんな」

「お、俺は何もしてねえし! あれは和が──」

「せ、先輩!」

「あっ……」

「ふぅ~ん?」


 ……俺も嘘が下手だった。


「まあ? まあまあまあ? 夜は長げえからぁ、ゆぅ~っくりお話を訊こうかのう? うへ、うへへ」

「あ、あの違うの。バニャちゃん、違うからね?」


 バニャは和の肩に腕を回し、店を出ていった……。

 なんかカツアゲされて連れていかれるみたいだ。


「ラ波感やばいですね。べつにどうでもいいですけど」

「べつにどうでもいいことで、さんざん俺をからかったやつがお前」

「あはは、そうでした! つい柴田さんの反応が面白くて面白くて!」

「てめえ……! でも、言うほど騒いでなかっただろ!」

「ふっふふー、知らぬがブッダとはこのこと。昨日の柴田さんは考え込みすぎて30分ぐらい歯磨きしたり、着替えでジャージ後ろ前反対だったり、お風呂で3回ぐらい頭洗ってましたよ? とても滑稽でした!」

「滑稽すぎるよ!」


 まじかよ……。

 俺そんな上の空だったのか。


 若干のショックを受けながら、店を出る。

 店の前にはバニャと和、そして二人はバイクにまたがっていた。


「うお! それバニャのバイクか?」


 当然ながらバニャが前、和が後ろに乗っている。


「中古だけど400ccだっぜぇ~! 18んなったら大型二輪取ってもっとデカいやつ買うやねん!! ──ネバネバ、メット被ったか~?」

「う、うん!」

「しっかり掴まれ!」

「こう……?」

「に゛ゃははは! そこ脇ぃ! もっと下ぁ!」


 なんか女子高生二人がバイクにまたがって密着してる姿ってエロいな……。俺だけ?


「んじゃ~な~!」

「トラ先輩、また!」

「あ、うん……」


 ひと吹かしするとバイクは走り去った。


「……」


 ゲーム好きで勉強ができて明るくて天然だが人当たりがよく、リーダーシップもあり働き者で顔も整っている。そしてバイクとか乗っちゃう意外性とカッコよさ。声は変だけど。


「バニャさんが男性だったら、柴田さんに勝てる要素ありませんね……」

「200%同意っす……」


 いやまて。

 あいつ女の子も好きなんだよな。

 えらく和がお気に入りみたいだし。

 VRMMORPGでバニャと仲のいいプレイヤーはたくさんいたが、あんなにあいつがべたべたするのを見たことがない。基本、来るもの拒まず去る者追わずってスタンスのはず。


 あれ、これマズくない?

 家に遊びに行くって、まさか和に限ってあり得ないが、いやでもしかし……。


「……柴田さん!」

「え?」


 エレクトラの声に反応する間もなく、俺は頭から袋を被されていた。

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