34 詐称列車キキリキー
朝。
いつものごとく何を考えてるんだかわからない無表情で
「おーっす」
「おー」
まだ和が乗ってくる駅まで少しある。
言うべきかどうか今まで何度か悩んだきたが、俺は今日いま、あることを男衾に打ち明ける決心をしていた。
「……
「ああ」
「それが俺や和と関係してることも。この前のことも」
「覚えてるぞ」
「信じてるか?」
「お前が嘘をついてないならな」
嘘、か。
エレクトラに出会い、おかしなことに巻き込まれてからというもの、俺は
だんだん分かってきたことだが、
さらにそれが見えるのは、俺と縁浅からぬ人間のものだということ。
──毎回ってわけじゃないんだが、かなりの高確率で男衾が乗ってくると電車にへばりついている「やつ」がいる。
ときに窓に、ときにドアにと場所は変わるが、だいたいが電車の外側だ。
そしてそいつの姿というのが、ヤバい。
なんというか、俺や和の
それがべたーっと電車に張り付いているのだ。
これはもう間違いなく、男衾の
ただ『ソロプレイヤー』の帰り道に出会った爺さんに比べれば、怖さを感じない。いままでエレクトラが何も警告しなかったというのも、俺の予感を裏打ちしてるんじゃないだろうか。
不気味ではあるが、俺が連中に慣れてきたってのが大きいのかもだが。
「それがだな、お前にもいるんだよ」
「ほう」
「どう思う?」
「どんな姿なんだ?」
「なんつうか、『こけっこー』とか言いそう」
「ふむ……」
いまだにこいつが何を考えてるのか、何か悩みがあるのかさえ見当もつかない。思い上がってるつもりもないが、腐れ縁として力になりたいと思うのは本当だ。
「お前、なにかあるのか? ガラじゃねえけど、愚痴ぐらい聞くぞ」
「そいつは学校で見ることはあるか?」
「あ、そういやないな……」
「なる」
男衾は唐突にスマホを取り出して、タップする。
なんだ?
もしかしてとんでもない秘密をこいつは持ってるのか?
少なくとも中学時代はずっとつるんでいたし、家にもよく遊びに行った。家族はちょっと変わっているが仲もよさそうだった。学校生活だってこいつなりにマイペースで過ごしているように見える。
俺は禁断の扉を開けようとしてるんじゃないかと、少しだけ悔いた。もしこいつとの関係すら壊してしまうようなものだったら……。
「……」
男衾はスマホをポケットにしまい、ボーっと立っている。
えぇっ!?
スマホで何か見せるんじゃないの? そういう流れだろ?
なぜ「ちょっとリツイートしてまた会話に戻りました」みたいな顔してんの、こいつ?
「お前、マジで俺の話信じてる?」
「?」
なぜ同じことを聞くんだといいたげに俺を見返す男衾。
「いや、だからよ……」
俺が久しぶりに男衾にキレそうになったとき、駅に着いてドアが開いた。
「おはよう」
乗ってきたのは俺らとは違う制服の女子高生だった。
「柴田くん、久しぶり」
里中さんだった。
そう、中学時代の男衾ラッキースケベ事変。
スカートふうわり、はにかみニコリのあのブルー里中さんである。
たしか里中さんはうちの校区で一番偏差値の高い公立高校に進学したはずだ。中学卒業以来、会ったことなかったけど少し大人びて美人に磨きがかかっている。
「付き合ってる」
男衾が言った。
「は?」
は?
「中学卒業から付き合ってる」
いつも通りの何考えてるのかわからないメガネはもう一度言った。
その横で里中さんは、にこにこと幸せそうに微笑んでいる。
「え? 中学卒業って? え? もしかしてこの1年ずっと……?」
「ごめんね、柴田くん。隠すつもりはなかったんだけど、なんていうか……ね?」
里中さんが親しげな感じで男衾を見上げる。
なんだ、そのまなざしはぁ!
生まれてこのかた、俺はそんな今にもラブラブハートマーク飛びそうなもん、間近で見たことねえぞ!!!
流れ弾で殺す気かっ!
「あの、ちなみにどちらから……?」
「それは……秘密」
里中さんが恥ずかしそうにはにかんで、男衾の手を──。クソ言いたくねええ! ──男衾の手を握る。
「ね?」
これか。
これがスカートふうわりのあと、男衾に見せたブルースマイルか!
男衾に好きだと告白する頭のおかしい女が三次元に存在するなんて到底信じられないが、こいつが女子に告白するほうがもっとありえない。しかも里中さんの嬉し恥ずかしそうな顔。
はーい、じゃあ消去法しまーす。
……。
これ里中さんから告白してるじゃん! それしかありえないじゃん! 脅されてるとか、洗脳とかワンチャンないかなあ?
もーやーだあーー!!!
「はっ!!!」
はたと気が付いて窓を見やると、あのニワトリ人間がふわっさ~と手のところについた羽を広げながら消えていった。
てことは、男衾の嘘か願望も消えた……?
──もしかして。
毎朝、男衾は里中さんと電車で一緒なのか?
で、俺の駅に着く前に里中さんは隣の車両へ移動する。
これまで1年以上ずっとそうしてきたのに、俺はまったく気付かずにマヌケアホ面で電車に乗り込んできていたのか?
毎日毎朝毎電車。
仲間だと思っていた。けど。
「お前が可哀想で言えなかった」
男衾がきっぱりと言った。
「あれはすぐ別れるだとか、三次に興味はないだとか、クリスマスなくなれだとか言ってるわりに、恋愛ゲームとかマンガ好きだろ。それが痛々しくて言えなかった」
あー……。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁぁあっあっあっあっあぁぁぁっあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
たぶん俺がこんなに絶叫したのは、生まれてきて「おぎゃあ」と泣いた以来に違いない。
しかも通学電車の衆人観衆の前でだ。
でもそんなのどうでもいい! 知るか!
こいつ!
このクソメガネ!
スカートふうわりのあと、何もなかったって言ったじゃねえか!
「ほんとに? ほんとに?」って聞いたのに! 中学でも高校に入っても、俺と同様に一切そんな色気のある話とは無縁だと思ってたのに! おっさんになるまでずっとそんな感じが続くだろうと思ったら、俺だけお一人様の片道列車だったよ!
嘘か。
全部、嘘か!
俺はお前と同じ、ダメダメでヘナチョコのクソザコナメクジのネトゲ廃人だろうが!!!
どうして、よりにもよってクラスのみんなが密かに憧れていた美少女と……。
よくも……よくも……。
「よくもだましたアアアア」
「い、言わせろよ、せめて……」
俺の魂の叫びは、男衾の棒読みでつぶされた。
そのあと、和が乗ってきて初対面した里中さんとぎこちなくあいさつしていたが、俺の心はすでに空っぽだった。
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