35 睡蓮マキャベリズム
「……あれ? ここどこ?」
「ようやくお眠りですか、柴田さん。毎晩毎晩、遅くまでピコピコしすぎじゃないですか?」
「ピコピコて……昭和か。で、またお前、俺をボッチ部屋に呼び出したの? どんだけさみしがり屋さんなんだよ」
「アハハハ」
「……なにを隠している」
「あいかわらず警戒心が強いですねー……。野良猫でもそろそろ懐くころですよ?」
「いや、なんかいつもと違うくね? 前より部屋が広いっつうか、ふわふわしてるっつうか」
「あのーですね……。お昼の謎機能が、これみたいです」
「は? どういうこと?」
「あのホログラフ通話機能とは別に、どうやら夢で柴田さんとお話できる機能といいますか、私の神域に召喚しなくても、こうやって顔を突き合わせてお話できるようになったみたいですね」
「……いっっっらねええぇぇ~~~!!! 心底いらん! ボトルガムの包み紙ぐらいいらん!」
「なにをおっしゃるんです、包み紙はいりますよ! なかったら街中がのっぴきならないことになりますよ! あと余っても付箋とか使えますし! いらないなんて聞いたら、みんなドン引きですよ!?」
「だって俺、噛んだガム飲み込む派だから」
「……さらにドン引きです。柴田さんの胃袋はゴミ箱と同義なのでしょうか」
「お腹減ってた時のクセが治らない……」
「あっ……。一番リアクションに困るやつですね……?」
よく見るとエレクトラの黒ゴス服もデザインが違う。
細かいことはよく分からんが、頭のカチューシャ? ボンネット? が明らかに前よりごちゃごちゃしてるんだが。
「夢だといろいろ曖昧になるんだなあ」
「え? 柴田さんはくっきりはっきりあいかわらず風采の上がらないご様子ですが?」
どの口が言うんだ、このポンコツ……。
「いや、お前の服、デザイン変わってるんだが?」
「あっ……えへへ!」
はっ!
「お前ぇ~~っ!! また勝手にお供えパワーで買い物したのか! それ、いくら使った! ふざけんなよ、俺のバイト代!!!!」
「ち、ちょっとですよ! ちょっと! ほんの少しです! 型紙買って自分でコツコツ作ったんです! 柴田さんに責められるほど散財なんてしていませんよ!!! 近づくのは止めてください!!! 撃ちますよっ!」
「……なにを?」
「なかなかお気に入りの服って見つからないんですよ! それで自作したんです! これ以上近づくと、本当に撃ち抜きますよ!」
「……だからなにを?」
自作って本格的なコスプレイヤーのやることだろ……。
女神はどうした。パートタイムか?
「で、どうすんだよ。
「どうすればいいのでしょう?」
「俺に聞くな」
「主神に連絡を取ったのですが不通でして……」
「お前んとこ、上司も部下も仕事できなさそうだもんな……」
「ちょっと柴田さんっ! 言葉には気を付けてくださいよ! 私、どうなっても知りませんからね!」
「ホウレンソウできない上司とか、どうでもよくね?」
「う……それはちょっと……思ったり思わなかったり」
「とりあえずさ、一回会ってみろよ。物わかりのよさそうな爺さんだったぞ?」
はっきり言ってエレクトラと上司の神様のことなんざどうでもいいが、俺の前に現れるのは勘弁してほしいからな。そのたびこっちはチビりそうになるし、ぶっ倒れるし。絶対、あれ命吸われてるわ。
「そうですか。うーんうーん……」
頭を抱えて考え込むエレクトラ。その様子がすごくバカっぽい。
「……なあ、俺もういいか?」
「え、そんなぁ~。もっと一緒に悩みましょうよ! こっちのほうが私の月々のパケ代少なくて済むんですよ」
「お前の家計簿なんて知るか!」
「もう少しだけ起きていましょうよ~?」
「いや俺今も寝てる最中だけどね!? 夢の中で無理やり付き合わされてるんだけどね?」
「まあまあ。柴田さんの脳を物理エンジンの処理に使っているので、ちょっとばかり睡眠が浅くなって、思考力と記憶力が落ちて、体調が悪くなるくらいですよ」
「思ったのの5倍ぐらい深刻だが!? 俺は寝るぞ! ほら、さっさと通信か電波か知らんが、切れ!」
「もう、わかりましたよ。また明日にでもお話しましょう。ご~きげんよ~う……」
エレクトラが黒い蝶がデザインされたレースのハンカチを振る。
あれも新しいやつだ……。
☆★☆★
俺が生徒会長選挙に立候補すると聞いた和は、もちろん驚いた。驚いたどころか、それを通り越して顔が青ざめている。
「せ、先輩……これは大変なことになりましたよ!」
「うん、当事者だからわかってる」
「た、炊き出しとかします? あ! 私パスポート持ってきてないです!」
「どんな想像してるのか分からないけど、炊き出しもパスポートもいらないからね? 和さん、落ち着こ?」
「……す、すいません。取り乱しました。でも、ダルマはいりますよね?」
「ダルマもまだ早いよ!」
今日は晴れた。
蒸し蒸しはするが、池にも日光が降り注いで日に日に増えるスイレンの花がよく見える。薄い桃色や青紫の花は雫を乗せたまま、凛として咲いている。その名の通り、昼過ぎには眠るように閉じてしまうが。
去年は一人でこれを眺めたもんだ。
「それでまあ、なんていうか。男衾にはもう頼んだんだけど、和にも手伝ってほしいっていうか」
「……私?」
「無理にとは言わないけど……」
「手伝います」
「え? ほんと?」
「はい」
細かいことも聞かず、即答。
「なにか可笑しかったですか?」
「いや。ただ嬉しい」
「そう、ですか……」
なんか照れくさい。
和もそうなのか、思いついたように持ってきたサンドイッチをパクつきだす。
「先輩もどうぞ」
「ん、なんかこれまた新しいサンドイッチ?」
「それはマーマイトと言ってですね」
見た目はチョコペーストみたいなダークブラウン。バターと一緒にパンに塗ってある。しょっぱいの? 甘いの? ちょっとお行儀悪いけど、匂いを嗅いでみる。
「……なんか匂いが苦いんだが。焦げっぽいつうか、煮詰めた感じ?」
発酵してるような。何とも言えない独特の香り。
「そうですか? 私は美味しそうな匂いで好きなんですけど」
「うーん、だったらまあ……」
うっ。
俺にはダメだ……。
何とも言えない酵母?の発酵臭と強い塩気、それがパンという素材を通してストレートに鼻と舌を刺激する。
和が美味しそうに食べながらこちらを見ていたので、俺は笑顔で飲み込んだがこれ無理。早々に紅茶をもらって流し込んだ。
あとで調べたところによると、このマーマイトとか呼ばれるやつは「イギリスの納豆みたいなもの」って言われてるのを知り、納得。イギリス人でも好き嫌いが分かれるものだとか。
それをあえて持ってくるあたり、和も気兼ねなくなったのだろうか。そう思いたい。
☆★☆★
放課後、『ソロプレイヤー』のカラオケブースにて、第一回生徒会選挙対策会議が開かれた。
つっても、俺と男衾と和の三人だけど。
まあ、あとは……。
「ぉまっ~たせしましたぁ~! 山盛りラブラブチュッチュフライドポテトでぇ~す!」
「ただの冷凍だろ」
「レンチン」
「黙れ。そして食せ」
エプロン姿のバニャが俺と男衾の口にポテトをねじ込む。
「イタタ! 口の中に刺さって痛いから、やめて!」
「……うまい、テーレッテレー」
「ネバネバもほら、あ~ん!」
「自分で食べるから、あの……んむっ」
「さあ、しっかり食え。おかわりもいいぞ!」
目を白黒させながら食べる
「ほ~ら、お口いっぱいだねぇ~!」
いくらモグモグしても追いポテトが来るので、和の顔がだんだんと苦しそうになる。口の下にこぼさないよう手を添えたりして。
「もう……これ以上入らない…‥」
なんか……エロい。エロくない?
男衾は何も感じないのか、ポテトをかじりながら横で「うめ。うめ」とか呟いている。
「ほんじゃま、ごゆっくりぃ~」
和で遊ぶのを堪能したバニャがやっと出ていった。
「……で、生徒会長選挙に出ることにしたわけだが。参謀諸君と意思統一を図りたい。聞きたいことはあるかね?」
和がおずおずと手を上げる。
「先輩は生徒会長になりたいんですか?」
「いや、そのつもりはない」
「えっ、じゃあ……」
男衾はともかく、和に本当のことを話すつもりはない。話したところで和のためになるものでもないし。
「目的はただ一つ、選挙で
「……」
どうやら和も眉村が生徒会長選に出ることは前から分かってたみたいだな。そういうのもあって我慢してたのなら、なおさらだ。
「といっても選挙妨害とか、誹謗中傷ってのじゃなくて、堂々と対抗する。勝てるはずないけど、あいつらがヒヤッとするぐらいはやりたい。だから本気でやる」
「あいつらがヒヤっとする」には、ある程度生徒たちの票を奪わないといけない。実数はともかく、そういう錯覚、危機感を持たせればいい。
そうすれば対抗馬として俺の注目度は上がるわけだし、効果的に
男衾がポテトを食いながら手を上げる。
「なにか策はあるのか?」
「正直、ない。……が、いくつか考えてる。それが使えるかどうかを知るには、情報が欲しい」
「ふむ」
「和はどこか部活に入ってるか?」
「いえ、入ってません」
「男衾は
「部費はどこも言いたがらないんじゃないか?」
「だからなんとなくでいい。今の部費で満足してるかどうかとか、他の部活とで配分は公平だと思ってるかとか。部活同士で交流とか多少はあるだろ」
「掛け持ちとかもいるしな。漫研、映研、パソ研あたりは俺個人で付き合いもある」
「じゃあ、俺の出馬に絡めてそれぞれの部長に話を通すだけでもいい。選挙公約として、文化系部活動を支援したいとか何とか言って」
「ならアンケートとか作るか」
「ああ、それいいかもな。ただまあ、選挙活動は期末試験後ってことらしいから、バレないようにな」
「わかった」
「それで、和」
「はい」
「眉村がなぜ立候補したのか、その動機とか分かるか?」
「いえ、家でも兄と話さないので。ただ、今年の初めから──運動部会やキャプテン会議、だったかな──そういう集まりで休日に出かけることが多くて、そのあとに選挙に出ることになったと母に愚痴っていた気がします。関係があるのかはわかりませんけど」
「できるだけでいいから、そのへんお母さんに聞いてくれないか? もしかしたら立候補したあとだし、またそういう会議で集まるかもしれないな」
「わかりました」
「いま二人に頼みたいのはそんなもんだな」
俺もいくつか調べたいことがある。二人の調査とそれを併せた結果で、どうしていくか策を練るつもりだ。
男衾も思案しながらドリンクを取りに部屋を出ていった。
生徒会からもらったプリントを眺めていた和が、ふと思いついたように口を開いた。
「あの、先輩」
「ん?」
「選挙用のポスターとか、どうするんですか?」
「あー……。そんなのもあるか」
「……顔写真とか入れちゃいます?」
「え? いやいや、俺の顔だろ? それはどうなんだろう……」
「目立つつもりなら、そのほうがインパクトあると思います!」
あれ?
なんか目キラキラしてない?
「でも写真つってもなあ……」
「私、カメラ持ってます」
「え?」
「父からお古をもらってるんです。ときどき触るぐらいなので上手に撮れるかはわかりませんが、うちに業務用プリンターもあります」
「えっ? えっ?」
「先輩、撮りましょう!」
ずいっと身を乗り出してくる和。
俺は思わず身を引いてしまう。
「……和さん、もしかして乗り気?」
「立候補の動機が嫌がらせというのは不純だと思いますが、楽しくなってきたのは
そんな笑顔で言われたらノーとは言えねえ……。さすがにコミュ障の俺でも空気は分かるわ。
「うー……わかった!」
「やった。じゃあレフ版とかも用意しますね!」
「あ、う、うん」
俺は戸惑いながらも、こういう表情が和のもう一つの顔なのかもと思った。もちろん、いつもの物静かなのだって和に違いないけど。
「うおぉ~! バイト終わったぁ~!」
ドリンクを持った男衾をひっ捕まえて、バニャが乱入してくる。
「さあ、ネバネバ遊ぶぞ! レベル上げいくぞ! いざゆかん、秘密の花園へ~!」
「あ、うん……!」
和とバニャが連れだってあわただしく部屋を出ていく。
「なあ、
「なんだ」
「俺、いまさらこの事態に心の底から怯えてるんだが」
「くくく、震えて眠れ」
「お前はそういうやつだよな! 分かってた!」
いつまでたっても覚悟なんてできないし、悩んで行ったり来たりしてるが、まあ俺はこんなもんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます