33 姫神コンフェッション
今日は学校の再開であると同時に、俺にとってはバイトの再開日でもある。
「お早うございまーす」
「オ~ハ~イ~オ~」
休憩室ではバニャが勉強中だった。
こいつらしい、なにやらカワイイ文房具を使っている。
「……キャラ崩れるようなことするなよ」
「は? あたしが勉強するの、おかしいってか?」
「お前は愛すべきアホだろ。八重歯あるし」
「てめ鼓膜破るぞ、パ~ンって!」
バニャは物騒なことを言いながらも、参考書の問題を解いている。
やっているのは英文。
「……あれっ? それけっこう難しいやつじゃね?」
「あ~? そうかぁ~? 学校の授業遅いし、こんなもんじゃね?」
「無理しなくていいんだぞ? 誰もお前が頭悪くてもバカになんてしないし、見捨てない。ズっともだょ?」
「うるるっせ~~~!!! そこそこいい成績だわ! つーか、勉強好きなんだよ!」
「えぇ……?」
「だって、楽しいじゃん」
俺はてっきり赤点で補習の常連、ギリギリ卒業後はよくわからん専門学校行ってフリーターでもするんだと思ってたが。
おまけに将来を考えて勉強してるとかでもなく、「勉強が楽しい」だと?
狂っとる。とち狂っとる。
「いろいろさあ、知らないこと覚えても~っと難しいこととか分かると、楽しくない?」
「いや、まったくぜんぜんこれっぽっちも」
「なん。ただのアホか」
「お前に言われると悔しい……! なに、これ、すごくなんか悔しいんだけど、この感情なんて呼べばいい? フレンドリーファイアー? バックスタブ? シェルショック?」
「知るか、ボケナス!」
「なんか、お前が別人に見える。怖い。ドッペルったとか、キャトルったとか、チェンジリングとか、SCP-069じゃないよな?」
「あ~さ? あたし学年模試で偏差値70あっけど。あとキャトルは家畜だから使い方おかし~し。どっちかつと、アブダクションだろ~」
「……う、うらぎりものー!!! 早くやつを収容しろ!」
「おめうっぜ!!! あっちいけ!」
バニャがガルルと唸る。
俺もガルルと返し、着替える。エプロンするだけだけど。
「……おまえさ~」
「……あん?」
「なんかあったら、言えよな。ネバネバのこともあっし」
「ほんとにヤベーときは頼むわ」
「おぉ、まかせとけ。バニャちゃんはみんなの
「アホ守護天使(偏差値70)、属性過多で胃もたれするわ」
尻を蹴られた。
☆★☆★
やっと慣れ始めたバイトをいきなり2週間も休んで、よく許してくれたもんだと自分でも思う。たぶん、バニャが上手いことやってくれたんだろう。
あいつには借りができた。
もちろんバニャだけじゃない。
店や他のバイトの人にも迷惑をかけたわけだし、早く仕事覚えて戦力にならないとな。金もいるし。
帰り道、俺は疲れを感じながらもいい気分だった。
夜の繁華街は騒々しくてあまり好きではなかったが、こうやって行き帰りしていると自分のホームみたいな愛着がわいてくるから不思議だ。
いままで人の視線が怖くて見れなかったが、少しだけ慣れてきた気もするし。
「ん……?」
前の人混みが割れていく。
みな左右に分かれ、こっちへ向かって来る老人を避けているのだ。
老人は白い杖を持っていた。それを左右に振りながら、意外とはっきりした足取りで進んでいる。サングラスをかけていた。
視覚障碍者なのだろう。
この通りは点字ブロックもないし、狭いから不便だろうなあ。
「やさばみことよ」
老人はそうつぶやいた。
急にあたりのネオンが消え、人の姿が消えた。
俺の持っていた傘やカバンもいつの間にかなくなっている。
「え……?」
これ
いや、
「エ、エレクトラ! ……おい、なんかおかしいぞ! エレクトラ!」
俺が呼んでもエレクトラは返事をしない。
ポケットをまさぐると、スマホがなかった。
「あ……!」
スマホ、店に忘れてきた。
充電して休憩室に置いたままだ。
エレクトラはこっそり店のPCにもアプリを入れていたので、スマホがなくても俺を監視したり、しょうもない話をしながら付きまとったりとかなり自由にやっていた。それですっかり気を抜いていた。
あれがないと精神がやられる。
いや、それよりこの状況はなんだ?
取りに戻らないと……!
「少年、しばし時間をもらえまいか」
「!?」
いきなり声をかけられ、俺は飛び上がった。
目の前にさっきの老人が立っていた。
「……誰、ですか?」
「あなた様が
全身に鳥肌が立った。
見た目は普通の爺さんだ。それなのに寒気が止まらない。
やばい。これ、やばい。
「……」
俺はゆっくりと後ずさりする。
「御身に害を加えるつもりはない。ただ、話がしたい」
「は、はなし、話って……」
「あの
「お、お爺さん? 俺はあいつに無理やりやらされてるだけで、あんたたちと……敵対するつもりはないですよ? もしあいつをやるってんなら、俺、手伝わせてもらいます! とっちめてやりましょうよ!」
老人はくつくつと低い声で笑った。
「
「え? ……えっと、神のなりそこない、とか。人が呼び寄せるこの世界の穢れとか──あっ、いや! これは俺が言ったんじゃなくて、エレクトラが言ってたんです! あいつ悪いやつですよね! 俺はね、ただ脅されてるだけっていうか……」
「
「か、神さま……?」
「あなた様に付く
「いや、そ、そう言われても害が出るんじゃ、困るんだけど……」
「人の世のこと、我らには分からぬのでな。
「頼むって……」
「さりとて先日の
和が……あの願望を持った。それを
「で、でもそれなら、モテたいとか、友達がほしいとか、コミュ障を直したいとか、もっと聞いてほしいお願いが、あると思うんですよ」
「さて……。自らに望み、人を頼り、愚痴する如きものを、我らが聞き届ける甲斐はあろうか」
普段からぶつくさ文句を言うようなものを聞くつもりはない。
どうしようもない悩み。
切望するような願い。
「……『困った時の神頼み』ってことですか」
「いまの世に
嘘。
そういえば、エレクトラは
嘘といっても、自分に嘘をつくこと。本心を偽ること。
それは奥底にある本心を押し殺すこととも言える。
それを聞いたってことか?
いやでも、本当に望むかどうかなんて、自分でも分かるわけない。ろくでもないことを思いついて、でも別のところの心が否定することだって……。
「──魔が差した。人は我らにかこつけて、そう言うが」
「……もしかして俺があの
「あれも我も、またあなた様の
「言伝……? 伝言?」
「どうか媛神にお伝え願いたい。帰順したいと」
「……え? は?」
「エレクトラ様を、我が
☆★☆★
気がつくと俺は道で倒れていた。
「おい、兄ちゃん大丈夫か?」
「……あ、はい」
俺が起き上がろうとすると、呼び込みのお兄さんたちが手を貸してくれる。その横から露天商のお姉さんが傘を差してくれていた。
「どっか調子悪い? 救急車呼ぼうか?」
「すいません、大丈夫っす。ちょっと寝不足で」
「怪我してるみたいだけど」
「あ、これ治りかけなんで、マジで平気っす」
俺が立ち上がると、みんなしてカバンや傘を拾ってくれる。
「おっま、どうしたぁ~!」
ソロプレイヤーから出てきたバニャが驚きながら走り寄ってくる。
「いや、なんかコケた……」
「も~、なぁにしてんだよ~。店戻って休憩しろ、疲れてんだわ」
「バニャちゃんとこの店員さん?」
「んそ~なんだよぉ! 新人でさぁ。みんな、よろしくね?」
バニャが俺の背中をバシバシ叩く。
「ど、ども。よろしくお願いします」
「声ちぃせえわ!」
バニャがツッコミを入れる。
俺が頭を下げると、みんな安堵したように笑いながら持ち場へと戻っていった。
「スマホ忘れたんで追っかけたら、びっくりするわ~」
「わりぃ」
「お前、ほんと大丈夫なん?」
「今のはちょっと気が抜けただけだって」
「マジのマジかぁ?」
「マジだって」
「お前、いろいろ無茶しすぎじゃね? ……あ、いや、今の忘れろ」
「……和から話、聞いたのか」
「んまあ無理矢理になぁ~。
「いやまあ、和のことはきっかけってだけで、けっこう俺の問題だったりするんだわ」
「ほぉ~ん」
なにやらしたり顔のバニャ。
「なんだよ……」
「まぁ、コミュ障同士お似合いか~」
「お前、勝手にまとめるなよ。俺と和はそういうんじゃなくてだな……」
「いやぁ、やっぱおめ~にゃもったいないな! はぁ~……ネバネバ可愛いもんなぁ。顔赤くして困ってる顔とか、こう、なんか、ゾクゾクくる」
「キマシ……え? おま。
「やぁ~、あたしあんま恋愛とか?興味ねぇけど、ネバネバならいい気が……」
「いやいやいやいや! そんな告白されて、俺どんな顔すりゃいいの? すっごい複雑な気分なんだけど! え? お前? そっち方面ベクトル傾向?」
「あへへへ、なんかぁ~自分でもわかんねぇけど、男でも女でもいける気がする。どっちでも楽しそうつ~か、自分のお気に入りを区別したくないっつ~か」
「……なんか、具合悪くなってきた」
「まぁまぁ、んじゃ戻ってコーラでも飲もうぜ!」
今日一番のショックなんだが!
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