-Phase.05- 学校をよりよい場所にしよう!
32 カフェインNo.3
「エレクトラ、様子はどうだ?」
「お昼の一件を除いて、
「……そうか」
「当事者たちがまだ学校に来ていないので、静観するといったところですかね」
「ふーん」
ホームルームでは2週間溜まっていた連絡事項が足早に告げられた。
校内のお報せや、授業の遅れを取り戻すためのプリントが次々と配られていく。そういえば期末試験ももうすぐだな。
もしマンガの世界みたいに順位が発表されるなら、ここでダントツの最下位になるってのも目立っていいんだろうが。
「あとですね、柴田さん……」
「ん、どうした?」
「お昼に
「ああ、でも思ったほどヤバい雰囲気じゃなかっただろ? 無茶な気もしたけど、あのとき戦ってダメージを与えたのは、効果あったみたいだな」
「たしかに、
「わかってるって。お前もいるんだし、うまくやるから心配すんな」
珍しくエレクトラの返信が止まる。いつもは矢継ぎ早のマシンガントーク(文字)なのに。
が、俺がどうしたと聞く前に笑顔のスタンプが送られてきた。いつものガッタガタのやつだ。
「……そうですね! 柴田さんこそ、まさに驚くほどの活躍ぶりですからね! やはり私の目に狂いはありませんでした」
ウソくせえ……。
「そうだ! これを期に柴田孤軍奮闘と改名されることをお薦めしますよ?」
「いや、そこは獅子奮迅だろ! なぜボッチぽいニュアンスなんだよ!」
「ふっふふー! ──あ、それと私のランクアップで気になることがありまして……」
「なんだ? また使えない能力に目覚めたか?」
「使えないとはなんですか! 柴田さんをやり込めるには十分ですよ!」
「やり込めんなよ」
「──なんと言いますか、自分でも使い方がわからないんですよ」
「……なんだそりゃ?」
「さっきからずっと柴田さんに向けて
「おまえ! なに勝手に実験してくれちゃってるわけっ!?」
俺は思わずスマホをカバンに叩き込む。
「あ」
「おやや?」
その拍子にふわっと半透明のエレクトラが俺の前に現れた。
俺が無言で下を覗き込むと、エレクトラが素早くスカートを抑える。
「もうその下りはいいです……」
「レディーに対する礼儀かなと思って」
「迷惑な紳士ですね」
俺はスマホを取り出して、電源を切る。
「あっ」
すっとエレクトラの姿が消えた。
もう一度電源を入れると、半透明のエレクトラがまた姿を現す。
「ホログラフのテレビ通話機能だぞ、よかったな」
「……変態紳士の柴田さんは喜ぶでしょうが、私にまったくメリットありませんね」
「お前の上司は家電に余計な機能ばっかり増やすタイプだな。あと俺を変態紳士と呼ぶんじゃねえ」
俺はため息を付いて、プリントを流し読みする。
「ん……」
6月の校内行事予定表だ。
すでに半ばが過ぎてしまっている。これが少なからず俺のせいだと思うと、罪悪感を覚えるが……。
「6月第一週:生徒会長選挙 期日公示と立候補の受付」
「6月第ニ週:生徒会長選挙 立候補者による演説および討論会」
「6月第三週:生徒会長選挙 投開票」
俺は補足として追加されたプリントをめくった。大きな文字で「選挙管理委員会からのお報せ」と書いてある。
「立候補者の選挙活動および投開票は、期末試験後の7月第一週以降に延期します。立候補者の受付のみ本日(6月19日)より開始します」
そう言えば去年の今頃にも、そんなことがあったっけ。
俺はセルフ蚊帳の外だったが、ハデにやっていたような……。今の生徒会長が選ばれたときだよな。
ああ、なるほど。
校門での挨拶活動。
なぜ院華子以外の生徒会役員が出てこないのか、合点がいった。
あれは顔を売るためだ。生徒会の皮を被って選挙活動をするための建前。けっこうセコいことやってんじゃねえか。あのパッツン女。
「エレクトラ。院華子の
「ちゃんと計測したことはありませんが、2000は確実かと」
「俺の10倍か」
間違いなくこの学校で最高の
和を巻き込まずに、俺だけが注目される方法。和の
☆★☆★
俺は放課後、生徒会室へと向かう。
廊下には「選挙管理委員会」と縦書きされた看板が立っていた。
ここに来たのは入学して以来、二度目。
先日、院華子に呼び出されたのが一度目だ。
まさかこんなことになるなんて、1年前の俺に言ったら心臓発作で倒れるんじゃないだろうか。いや、今でも倒れそうだわ……。
ドアをノックする。
「どうぞ」
女子生徒の声だが、院華子のものではなかった。
「……すいません」
俺がドアを開けると、部屋には生徒が二人いた。
一人は今応えた女子生徒。
「おお。きみ、柴田くんだろう」
もう一人の男子生徒はニコッと笑うと、古めかしい机から立ち上がった。「生徒会長」と書かれた席札が置いてある。
その男子生徒──現生徒会長が俺の肩をぽんと叩く。
「大変だったね、身体は大丈夫?」
「あ……はい」
「うーん。痛そうだね、その顔」
「もう治りかけてるんで、それほどでもないっす」
「そうか。それでこそ男だ。立派だな、きみは」
生徒会長は俺にソファを勧める。
俺が腰掛けると、その向かいに座った。
「コーヒーでいいかな?」
「あ、いや……」
「ノノ、僕もコーヒー」
「はい」
「ノノ」さんが紙コップにインスタントを淹れる。
「それで今日はどうしたんだい?」
「あのですね、選挙に立候補しようかと……」
「ほお! 生徒会長選挙に?」
「それでですね────」
生徒会長はコーヒーフレッシュのラベルをピリリと剥がす。それからフレッシュが落ちて、カップの中で白い渦になるそれをじっと眺めた。
「僕ねえ、これを見るのが好きなんだよ」
「はあ……」
「これがコーヒーのピークといえる。あとはただのカフェインだな」
生徒会長は使い捨てマドラーで白黒をかき混ぜてコーヒーをすする。
「それで、なんだっけ?」
「申込用紙をもらえませんか」
「ああ、そうだったね」
ノノさんがクリアファイルにまとめられた書類を俺の前に置いた。
「申込用紙と記入事項の説明、あと選挙のスケジュールや注意点がまとめられているので、目を通してくださいね」
「ありがとうございます」
これで用事は済んだわけだが、コーヒーを飲まないで出ていくってのも気まずいなあ……。
生徒会長は俺のこと知ってるみたいだけど、初対面なんだよな。そりゃ行事とかで見かけることはあったが。
こういう場面って、なに話せばいいんだ。
会話上達の本に「まず天気の話をしましょう。そこから会話が広がります」って書いてあったけど、梅雨に雨以外で何の話するんだよ……。
話すことも思いつかないので、俺はコーヒーを冷ましながら書類を確認する。ホチキスで止められた書類には、生徒会について校則からの抜粋してまとめてあった。
申込用紙の上には選挙管理委員会の判と、No.03という番号が書き込まれている。
「あの、生徒会長」
「なんだろう」
「もしかして俺、3人目ですか?」
「おお、よく気づいたね。柴田くんは観察眼が鋭いな」
「あの、他の人って?」
「それかあ……」
生徒会長は面白そうにノノさんの方を見る。
ノノさんはただ黙っている。
「柴田くんは誰だと思う?」
「一人は院さんですかね」
「……簡単すぎたな。もう一人は?」
「いや、俺そんな学校の事情に詳しくないですし……」
「時間をあげよう」
生徒会長はコーヒーを飲みながら俺を見やる。
「……」
「生徒会にとって一番厄介なのは誰だと思う?」
「……問題のある生徒ですかね」
「ははは、自分のこと言ってるの?」
「院さんには睨まれてますんで」
「面白いけど、違うな」
「……教師? PTA?」
「そういう当てずっぽうな答え方、失礼だと思わないかい?」
「……すいません」
「いや、謝るほどでもないよ。責めているわけじゃない」
「……生徒ですよね」
「絞り込もうか」
「……」
学年。
クラス。
学力。
男女。
──あとはなんだ? 一緒にいるグループ。出身中学。家の住所。血縁関係。卒業生。OB、OG……そうか。
「部活してる生徒ですか?」
「……それだ」
生徒会は生徒による自治運営組織だ。
3000人の生徒が相手といっても、校則と自治という権力を与えられた生徒会は強力だろう。個人で対抗できるはずもない。俺が院華子からの警告を黙って聞いたように。
個人でなければ、集団はどうだろう。
全校生徒が投票権を持つ生徒会選挙で、それは大きな意味を持つんじゃないだろうか。
俺はここへ来る前、念のため生徒会について生徒手帳にある校則で調べてみた。
そこには今渡された書類にあるような生徒会の意義や規定、選出方法などが書いてあった。そのなかの一つの項目を思い出した。
「生徒会の不信任決議:
生徒会発足から90日以降、その活動に異議のある本校生徒は50人以上の同意署名をもって不信任決議案を提出することができる。提出された生徒会は役員以外の生徒による選挙管理委員会を設置し、1週間以内に全校生徒の投票による不信任決議を行わなければならない。有効な投票のうち2/3以上の賛成が得られた場合、生徒会は即刻解散し、生徒会長選挙を行わなければならない」
生徒会長選挙だけではない。それ以外でも生徒による投票があるのだ。しかも、その内容は生徒会が気に食わないとなれば、投票で解散させることができるというもの。うちの学校の生徒会は権限が大きい分、暴走の抑止策も講じてあるということなんだろう。
とは言っても。
男女や学年、クラスといったまとまりはただの枠であって、何か目的があるわけでもない。ただ分別されただけで、共通する意識ってのも薄そうだ。
じゃあ部活動は?
それは目的を持って自主的に集まった組織だ。
所属する生徒たちは男女や学年、クラスを越えた繋がりを持つ。先輩後輩による上下関係と、共通する目的や趣向を持つ集団。それは組織票を生み出せる。しかも良い成績を残している多人数の部活動は、相当な影響力を持つと言えないか。──そう、サッカー部のように。
「……二人目は眉村
「ヒントが多すぎたけど。まあ合格としよう」
生徒会長は手を叩く。
眉村尊が和のことにあまり干渉しなかった理由。ひょっとすると、これなのか? 院華子と同じく生徒会長選挙に出馬することを以前から想定して、あいつは行動していた。だから悪い印象を与えるようなことはしたくない。──もしそうだとしたら、胸糞の悪い話だ。
「眉村くんもなかなか面白い人物だよ」
そういうことなら、生徒会が意思統一しやすいクラブを警戒するのも合点がいく。でも逆にクラブから生徒会に対して、どんな思惑があるんだ?
眉村尊が二人目の立候補者というのは生徒会長の言葉から誘導された答えであって、俺の中では繋がっていない。
「きみはなぜ生徒会長選挙に出ようと思ったの?」
「なぜって言われてもですね……」
生徒会長はバンッ!と俺の広げていた申込用紙に手をついた。
「っ!!」
びっくりしたあ!
生徒会長は笑顔で申込用紙を手元にすっと引く。
返答次第では渡さないって脅しか。
「……目立ちたい、ってことで許してくれませんか」
「ダメだな」
この人────。
ずっと笑顔って意味では院華子と同じだが、その下にあるものが違うように思う。院華子の場合は、相手に好印象を与えたいとか、自分の思惑を悟らせまいとするポーカーフェイスの一種だ。日常でもわりと見かけるたぐいのもの。営業スマイル、媚売り、平常心、強がり、ハッタリと言い換えてもいい。
だが、この男のは違う気がする。この目は、見たことのある嫌な目だ……。
「……院さんのやり方が気に食わないっていうかですね」
「眉村くんの妹さんの件か」
「……そうですね。院さんだけでなく、この生徒会、この学校に不満があると言えば気に入ってもらえますかね」
「私怨かな」
「私情ですよ」
「ああ」
面白げにうなずくと、生徒会長は申込用紙から手を離した。
「ここだけの話だけど、僕は君を応援したくなってきたな」
「そりゃどうも」
「困ったことがあれば、手を貸してあげよう。いつでも相談に来るといい」
院華子というカリスマの陰に隠れた、一見ぱっとしない男子高校生。顔は整っているが、「良い人そう」の一言で終わりそうな人畜無我。それがこれまで俺の漠然と持っていた印象だ。
現生徒会長──
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