31 痛覚のハイドランジア
学校で起きた不可解な事件は、警察が出てくる騒ぎになった。
ニュースになり、ネットでも話題になった。
警察は、薬品や毒物による集団中毒と発表した。鼻やのど、食道の
その渦中で中毒症状が出なかった俺と和は、疑いを持たれた。
何度か任意で事情聴取を受けたが、その後警察からは何の連絡もない。
学校は、2週間臨時休校になった。
俺は打撲で全治3週間と診断され、俺にケガを負わせた野郎の両親が憔悴しきった顔で家を訪ねてきたが、親父は門前払いした。
そんな大騒ぎのなか、俺はといえば、2日目には起き出してVRMMORPG世界にどっぷりとハマり、ギルメンとボス攻略を続けていた。他にやることもないし、身体の痛みとかあの時のことを思い出したくないってのもある。
バイトを休むために軽く事情を話したバニャと、男衾には口止めをしていたので、誰も俺が事件の当事者とは知らない。のだが……。
「バニャちゃん! これどうしたらいいの! これっ! どうしたら! あ~~!」
「ちょ、おま、おちけつ! あたし殴ってっから! 敵あっちぃ~!」
いかにもビギナーという格好のプレイヤーが、バニャと団子になって騒いでいる。
俺は複雑な気分でその光景を眺める。
黒いロングヘアに魔導士装備のキャラは、魔法を使わずに杖で敵をぶん殴っている。
「だ~ら魔法つかえってぇ~!」
「でもこれ、すごく熱いから!」
「いやぁだから~、それ疑似感覚だから! バーチャルつってんだろ~!」
「で、電撃系魔法とか使ったら、ビリビリしない?」
「そら、ちょっとはビリビリするって! それも疑似だから、害ねぇから! つかえ!」
「わ、わかった! 撃つね?」
「はよ! はよ!」
ぱっと閃光が奔り、ザコモンスターを貫く。
魔法を放った魔導士は尻餅をついて、茫然としている。
「すごい……」
「魔法職は一発でけえけど、タンクや前衛が時間稼いでる間にどんだけ早く詠唱完成させるか、勝負だかんな? とろとろしてっと、DPS出ね~ぞ!」
「DPSって……?」
「あぁ~、そこからぁ? チュートリアル覚えてない? もうしゃあねぇなぁ」
フィールドでなにやら講義が始まる。
得意げに教えているド派手な髪の武闘家がバニャ、その前でぺたんと座り込んで真面目な顔つきで聞いている黒髪の魔導士が──眉村
「どうしてこうなった……」
あの事件で責任を感じたらしい和は、休校のあいだ俺の家に見舞いに通うと言い出した。しかし俺は断った。家を、見られたくなかった。
そこで諦めてくれりゃよかったんだが、どこでどう出会って繋がったのやら、俺がVRMMORPGに入り浸っているのをバニャから伝え聞いて、こうやってこっちの世界で監視することにしたらしい。
そういうわけで、和とバニャは二人仲良くネットカフェ「ソロプレイヤー」からログインしている。あそこには五感をカバーする高性能VR筐体に加え、今年発売したばかりの「第6デバイス」搭載機も数台置いてある。
売り込みでは
「で。その化物とやらは、退治できたのか?」
俺の横に座り込んでいる男衾が聞いてくる。
「いんや、対処療法的なもんだから今は収まってるってとこだ。根本から刈り取るのは……もっと準備がいる」
「ふむ」
この間の騒動で俺の
次は完全に祓わないといけない。討ち漏らしなくだ。
ちなみにエレクトラの
「ネバネバ、次行くぞぉ~!」
「……う、うん! でもバニャちゃん、ネバネバって呼ぶのやめて?」
和のキャラ名はネヴァン。父親方の婆さんだか、ひい婆さんの名前が元ネタだそうな。
「よーし、レベル上げにでも行くか」
俺は腰を上げて、伸びをした。
☆★☆★
学校が授業を再開した。
医者や学校からは休むことを勧められたが、俺は行くことにした。家にいても不毛なことばかり考えそうだし、和一人が登校するとまた悪目立ちしてしまう。
「おはようございます」
男衾と合流後、和が電車に乗ってきた。
「おっす……ふわ~あ」
「っふあ~」
俺と男衾が続いてあくびする。
それをジトッとした目で和が見る。
「昨日、先輩たち何時に寝たんですか?」
「4時……」
「よく起きられましたね……」
バニャに誘われてから和は毎日VRMMORPGにインしてきていたが、規則正しい生活は続けていたようだ。すっかり二人は仲良くなって、あれやこれやと冒険しているらしい。
「お早うございます」
校門では、
今日はいつにも増して、その横に並ぶ生徒の数が多い。
あとで聞いたところによると、学校生徒が多く登録しているSNSで「みんなで乗り越えよう!」「一緒に前に進もう!」なんて呼びかけがあったらしい。もちろんそれを言い出したのは華子だ。それに共感した生徒たちが、こうして参加したということか。
俺と和に気づくないなや、ぱたっと挨拶が止んで、生徒たちの目線が厳しいものになった。睨みつける視線、懐疑に満ちた顔、忌み嫌う表情。
「みんなで乗り越えよう!」ってのはどうしたんだ?
「一緒に前に進もう!」はどうした?
その「みんな」と「一緒」に俺と和は入っていないんだろう。
授業の前に全校生徒がグランドに集められた。
校長が事件のことに触れ、カウンセリングを受けたい生徒だけでなく、少しでも不安を持つ者はいつでも相談に来るよう告げた。そこでも周囲の生徒たちが俺を見ているのを感じた。
緊急集会が終わり、教室に戻る道すがら俺は2年校舎のトイレに連れ込まれた。
「……なんだよ」
眉村
「お前のせいだ」
「……そうかよ」
「和に近づくな」
「本当に気づいてなかったのか?」
「……」
眉村は黙り込んだ。
それは後悔か? それとも都合の悪いことを言いたくないだけか?
お前は俺なんかよりずっと気配りができるはずだろ。仲間に囲まれて、味方だって多い。
自分の妹がイジメられてることにまったく気づかないなんてありえない。たったお前が一言言えば、済んだ話じゃないのか。俺なんかより、お前が守ってやればどれほど────。
「どけよ」
俺は眉村を押しのけた。
☆★☆★
雨が降り始めた。
昼休みになって俺と和は傘を指して、池に向かった。
青から紫へとグラデーションのかかるアジサイの花が雨に濡れて咲き誇っていた。
「うん、美味しい」
「冷たい緑茶もってきましたよ」
「ありがと」
和は夏服になっていた。二の腕の血管が見えるほど色が白い。
その姿が雨に消えてしまいそうに見えた。
道から二人の女生徒がやってきた。
……たまたま、じゃないだろう。
姿を見せたときから俺たちを見ていたからだ。もしかしたらあとを付けていたのかもしれない。
「……あんたたち、許さない」
一人が唇を噛みながら、そう言った。
和は表情を固くして膝の上の弁当箱を掴んだが、それでも下を向かなかった。たったそれだけのことだが、戦っていた。
「なに睨んでんだよ!」
俺と和の態度にいらだったもう一人が、足元の水たまりを蹴った。
泥水が跳んで俺と和にかかった。
「みんなまだ入院してるのに、なんでお前らが学校に来るんだよ!」
泣き声の混じった叫びだった。
友人か、恋人か、兄弟か。あの中にいた誰かなんだろう。
「お前ら……お前らが……」
もう一人がその手を握る。
俺は泥水を手で払って、鼻で笑った。
「……それで、わざわざ心が痛いですって言いに来たの? お友達になんてヒドイことするのー! えーんえーん、反省しなさいよーって? ハハッ、アホか」
二人の目の色が変わった。
「お前……!」
「頭悪くて笑えてくるわ。勝手に盛り上がってサムいんだよ」
「ふざけんなよ! お前らだろ! あんなこと……」
「うるせえなっ!!!!!」
俺は怒鳴って睨みつけた。
二人の肩がビクリと震える。
まだやり返されないと思っているのか。俺たちが手を出してこないと。おとなしくされるがままだと思っているから、そんなふうに驚くんだろう。
「……どいつもこいつも。人を平気で踏み潰していくくせに、なんでそんな痛がりなんだよ……」
俺が立ち上がると、和が手を掴んだ。
傘が落ちた。
「先輩……!」
「顔、覚えたからな。次にああなるのはお前らだ」
茂みの向こうに異形のものがあった。青黒い
そして俺の背後にも。
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