26 伝説プレモニション

「おーす」

「おー」


 いつもの朝と同じく、電車で男衾おぶすまと合流。

 そう言えば、こいつと電車で会うときも魔鬼フラクを何度か見かけたな。

 今日はいないが、あれはこいつが引き寄せたものなのだろうか。

 雰囲気からして俺のやつと似たような感じだったんで、そこまでヤバくないんだろうか。あとでエレクトラに聞いてみるか。


「攻略動画の視聴回数めっちゃ伸びてんな~」

「まとめブログで紹介されたからかもな」


 昨夜のゲーム内での成果などを話しつつ、学校へと向かう。

 うっかり口止めするの忘れてたせいで、バニャがログインしてきて速攻で俺のバイト話をバラしやがった。おかげでギルメンからボス戦中にさんざん冷やかされた。


「おはようございます」


 校門では相も変わらず。生徒会のいん華子はなこが朝の挨拶をやっている。

 始めた頃から挨拶活動に参加する生徒が徐々に増えて、今じゃズラっと華子の横に並んで同じように頭を下げている。なんかのイベントコンパニオンかよ……。


 いつもならそこを避けてさっさと昇降口へ向かうのだが、俺はあえて院華子の前まで行った。


「華子ちゃん、おはよう!」

「あら、おはようございます」


 華子はちらっと俺を見てスマイル。

 それ以上は相手しないぞという様子で他の生徒へ挨拶をする。

 そーかい、そーかい。


「このあいだは、二人っきりで話せてとても楽しかったよ!」


 ざわ……。


 周囲にいた生徒たちがぎょっとした顔で俺を見る。

 華子は涼しい顔で、微笑む。


「柴田くん、言動には注意してくださいね」

「あれー? 俺なにか変なこと言ったっけ?」

注意されたいんですか?」

「それは勘弁してもらいたいなー! 反省してまーす」


 俺はわざとらしく笑いながら、その場を退散した。

 ざまあみろ。

 調子こいて一人で俺を待ち受けるから、そうなるんだ。綺麗事を言いながら本当に傷ついている人間を助けないなら、こっちは利用だけでもさせてもらう。俺の起点マーカーレベルの養分になるがいいわ。


男衾ぶす、おまえ院と同じクラスだよな」

「どうした」

「席近い?」

「いや」

「話したことは?」

「あまりないな」

「まあ、お前から人に話しかけるなんてないわな」

「面倒だからな」

「もし院が俺のこと話題にしたりしたら、教えてくれね?」

「……そういえばこのあいだ、お前とあまり付き合うなと言ってた気がする」

「なんて返した?」

「『嫉妬か?』」

「ブホッ」


 たぶん、男衾はジョークのつもりだったんだろうが、華子に通じたのかどうか。

 俺は笑いながら男衾の肩を叩く。

 男衾はずーっと真顔だ。


「その調子でやってくれ。面白えから」

「まかせろーバリバリ」


 こいつは俺とタメを張るダメ人間だ。いや、場合によっちゃもっと酷い。どれだけ学業優秀だろうが、そういう部分は変わらない。

 ときおり、怖いもの知らず過ぎで心配になるけど。


「柴田っ!」


 下駄箱で俺を呼ぶ声が。

 真打登場。



☆★☆★



 朝っぱらから眉村たけるはそれはもうご立腹だった。

 昨日の放課後どうなったのかやまとには聞かなかったが、この怒りっぷりを見るに体よくあしらわれたのだろう。

 可愛い可愛い妹ちゃんがかたくなに俺様の言うことを聞かないということは、あのクソ野郎に騙されるか、脅されているに違いない!といったところか。


「ちょっとこい」

「い、嫌だね」


 足はガクガク、手はブルブル、声は震えているが、ここは踏ん張るしかない。

 群衆の目前でやることに意味があるし、人気ひとけのないところじゃ何されるかわからないからな。


「用があるならここで話せよ」

「おまえ……」


 どれだけ怒ってても、野次馬の目は気になるってか。

 さすが好感度を大切にする学園の王子様は違うわ。


「じゃあはっきり言うけどな、妹に付きまとうのをやめろ」

「付きまとう? なんのことだ?」

「休み時間に妹を連れ回してるだろ! それをやめろって言ってるんだ」

「眉村君、人聞きの悪いこと言わないでもらえるかなあ。俺は和をんだ、ジュース飲もうよって誘ったの! そしたら和がオッケーつって一緒に自販機までいったんだよ。それのどこが付きまといなんだよ? お昼も食べようよって誘ったら、和がオッケーつったんだよ! それで二人で弁当食べたの。付きまとい? は~あ?」


 俺は眉村を煽る。

 眉村は黙って俺に詰め寄ると、すごんだ。


「馴れ馴れしく妹の名前呼ぶなよ。鼻折るぞ」


 他に聞こえないよう小声で俺を脅す。

 こっえぇぇええぇぇえええ!!!!

 身長差は10センチ以上あるだろうから、威圧感が半端ねえ!


「お、お前こそ本気で気づいてないわけ?」

「……なんのことだ」

「誰も教えてくれないんだな。裸の王様かよ」


 これ以上長引くと、教師が来そうだ。

 俺は後ずさって、周りに聞こえるよう声を上げる。


「ともかく俺は強制なんてしてないし、妹さんは自分で決めてるってことだからさ……ほっといてくれる?」

「バカなこと言うな!」

「はいはい、遅れるからまた今度な!」


 俺は靴を履き替えて、手を振った。


 キーンコーンカーンコーン


 予鈴が鳴る。

 イベントが終わった野次馬たちも日常に戻っていった。



☆★☆★



「……どうしたんですか、トラ先輩?」

「いや、ちょっとスマホの調子おかしくて……はは」

「へえ」


 さり気なく俺がスマホをかざしていると、和が不思議そうに首を傾げる。

 休み時間、自販機前である。


 昨日、やはり和は俺とのことを眉村尊に問い詰められたが、突っぱねたらしい。詳しく話してくれなかったので細かいことはわからないのだが、朝の眉村の様子を見るにかなりきつく言ったに違いない。

 まあ兄妹だからこそ、和もそこまで強く出れたんだろうが。


「それであの、お昼なんですけど」

「お、うん」

「今日は何かコンビニで買ってきました?」

「え? いや、次の休憩でいくつもりだけど」


 うちは学校は購買代わりにコンビニがあるので、俺の昼食は食堂か、コンビニか、水かの三択である。だいたいは2限か3限の休み時間にコンビニで買っておく。並ばなくていいから。そんな話をなんとなく和とした記憶があるが。


「……じゃあ、今日は買わないでくださいね」

「ん?」


 それはつまり……。

 俺の疑問と疑念と疑惑に満ちた顔を見て、和ははにかんだ。


「の、飲み物もあります、よ……」


 そう言うと耐えきれないようにカバンを抱きかかえて行ってしまった。


 え?

 なに?

 あの伝説のイベント、発生するの? しちゃうの?

 俺に?

 眉村尊に発生するのは当然だとしても、俺に? この現実世界クソゲーで?

 俺は嬉しさより緊張で思わず缶コーラを握ってしまう。


「いやいや、またまたご冗談を……」


 変な期待はよそう。

 いままで期待して良かったことより、悪かったことのほうが多いんだから。下手に期待して痛い目を何度も見てきたはずだ。ここは最悪のケースを想定してだな、ダメージを最小限にすることこそリスク管理の基本だからな。


 でも和に言われたとおりに俺が昼飯も飲み物も買わないでいたとして、俺の期待してまっている事以外で、なにが起こり得るんだ? 俺だけ食わせない拷問? 餓死プレイ?

 まあ客観的に見てもだな、これは……。


「柴田さん、ニヤニヤして気持ち悪いですよ」

「は、はあ? ニヤニヤしてねーし! ねーし!!!」


 エレクトラめ、やはり見てやがったのか。


「とうとうボッチバタさんが、カッチバタさんになってしまうんでしょうか」

「なんだその硬そうなあだ名は」

「まあまあ照れなくてもいいじゃないですか。ここは素直にデレていいんですよ?」

「ツンしたこともねーよ!」

「いえ、ヤンのほうです」

「うるせえ!」


 そろそろ授業が始まる。

 俺は空き缶をリサイクルに投げ入れ、教室へと戻る。


「……で、どうだった?」

「和さんの起点マーカーレベルは、107です。予想より少し高かったですねー」

「まあ、誤差の範囲だろ。──で、俺は今いくつになってる?」

「えーっとですね、ただいま61です! ビックリです、急成長有望株ですねー!」

「順調だな。お供えも何とかなりそうだし」

「ときにー! 私の神格ゴッドランクも何とかしてほしいんですが?」

「多分、これ以上は魔鬼フラクを退治するしかないんだろ?」

「そこなんですよねー」

「たしか俺の魔鬼フラクを倒した時、3ポイントだったよな?」

「でした!」

「さすがにお供えパワーを使ってそれじゃ、効率が悪すぎる。たぶんそれ以上を倒してもたいしてお前のランクも上がりそうにないし、そのままなんとかできないか?」

「どうでしょうねえ。低レベル装備で高レベルの敵を倒すとなりますと……」

「時間がかかる、か」


 お供えパワーで時間は伸ばせるはずだが、他に手はないだろうか。

 金、なあ……。


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