27 兄妹ランチボックス
昼休みが来た!
俺は期待と不安に胸を高鳴らせていた。
何と言ってもだな、何と言ってもだ。
誰かが俺に弁当を作ってきてくれるっ!!!
そんなことが俺の人生で起こるなんて、想像できるだろうか。いや、できない!
ああ、生きていれば良いこともあるもんだ。
そう思って席を立とうとした俺の前に、眉村
「どこ行くつもりだ」
「わかってるくせに聞くなよ」
俺はそのまま眉村の前をスルーしようとしたが、肩を掴まれた。
でかい手だ。同い年の同じ高校生とは思えない。
「……い、痛えって」
「妹につきまとうのはやめろ」
「だから……同じこと言わせるなよ」
「妹を怪我させて、まだ凝りないのか」
「それとどんな関係があるの? 理屈おかしくね?」
「迷惑してる自覚がないのか?」
「は?」
「お前は迷惑なんだよ。分かれよ。みんなお前を避けてるよ。気持ち悪いって。ネチネチしつこくついて回って、社交辞令も理解できないのか? 誰からも相手をされないで、それで平気だと強がって、そのくせちょっと優しくされるとつきまとう勘違い野郎だろ、お前」
……迷惑。
迷惑だと?
どっちがだよ。
お前がナルシスト気取っていい気分でいる間に、
お前がチヤホヤされて多くの人に囲まれている間、和は一人でどんな思いをしていたのか。誰にも言わず、誰にも言えず、ただ一人で傷ついていた人間の気持ちなんてわからないだろう。一人でいることが辛くて、誰かといることも怖くて。そんな惨めな人間だと自分を認めなければいけない苦しさが、たとえ一欠片でもお前に理解できるのか。
「……どっちがだよ」
「はあ?」
「どっちが迷惑か、お前はわからないわけ?」
「和は俺の妹だ。お前がゴチャゴチャ言える立場じゃない」
「お前……バカだろ。このシスコン野郎」
眉村の目の色が変わった。
俺の肩を強く握りしめ、胸ぐらをつかむ。
「もう一度、言ってみろ」
「気持ち悪いんだよ、シスコン野郎」
眉村の手が俺の肩から離れた。
ああ、これは殴られる。
思わず目を閉じた。
衝撃。
俺の頬が鳴った。
数瞬、それが拳ではなく、平手打ちだと気づいた。
宮原さんが立っていた。
その目は俺をまっすぐに睨みつけていた。
許さない。
そう書かれているようだった。
自分な大切なものを傷つけられた怒り。駆け引きも計算もない怒りだった。
ああ、宮原さん。ごめん。俺のせいでまた嫌な思いをさせて。
眉村の好物はカラアゲじゃなくて、ハンバーグだよ。玉ねぎやらニンジンやら野菜を細かくみじん切りにして入れたハンバーグに、ソースとマヨネーズを混ぜたオーロラソース。付け合せはフライドポテト。母親の手作りの特製ハンバーグ。
それがこいつの本当に好きなものだよ。
いつか話すことができたら、こっそり教えようと思ってた。でも、俺はボッチでコミュ障だからできなかった。ごめん。悪いと思ってる、本当に。君には俺にはわからない、眉村の良いところがわかってるんだろう。信じることができるんだろう。
それでも俺は、こいつを──
「先輩っ!」
和が教室に飛び込んできた。
眉村を押しのける。
「和っ!」
「……」
兄に一言も答えず、和は俺の手を掴み、引っ張った。
俺たちは教室を出た。
☆★☆★
「……和、ちょっと待て、靴が……」
「……」
俺は上履きのままだった。
校舎を出てメイングラウンドを横切り、池へと続く階段で和がつまずいた。俺も和もすっかり息が上がっている。
それでも和は立ち上がって無理に俺の手を引っ張ろうとする。
「ちょっと休憩、しよう」
俺が言うと、和も諦めたように階段に座り込んだ。
それでようやく気がついた。
「和、メガネどうしたんだ……」
「……」
和は答えなかった。
「……お弁当、持ってくるの忘れちゃいました」
「じ、じゃあ、一緒に取りに戻ろう。メガネも探そう」
和は首を横に振る。
俺は息を整えて唾を飲み込むと、立ち上がった。
「あー、腹減ったなー、ペッコペコだなー」
「……」
「俺、かなり楽しみにしてたんだよ。言われたとおりになにも買ってこなかったし、実は寝坊して朝も食ってないんだよなー。だからペッコペコなんだよなー。このまま午後の授業受けなきゃ行けないなんて困ったなー、夜まで飯ヌキはきついわー、どうしようかなー、あー困った」
「……」
「弁当あてにしてたのになー。和はどんな弁当作ってきたのか気になるなー。きっとまた俺の知らない未知の食材でミステリアスなもの作ってきたんだろうなー」
「……普通ですよ」
和がポツリと呟く。
「おう、普通。普通ってどんなの?」
「おにぎりとか……」
「ほんとに普通だな! でも具がイギリス風で驚かしてくるんだよな?」
「だから普通ですよ。おかかとか、シャケとか」
「なるほど、
「上手く言ってやったみたいな顔して見ないでください」
「あ、メガネ無くてもそれは分かるんだ」
「私は見えなくてもボケた人は気配でわかります」
「どこかで聞いたみたいな話だな! あと具も普通だな!」
俺がからかうと、和はムッとした顔をする。
「──だから普通だって言ってるじゃないですか……先輩の口にあわないかもしれないから……私のサンドイッチ、変な目で見てたし……」
「いや、俺これでも結構好き嫌いないぞ? なんでも美味しい美味しいって食べちゃう安上がりな男だよ?」
「それはそれで、作りがいがないというか……」
「はー、難しい! 君は難しいわ!」
「難しくないですよ……だって先輩が」
「あーわかったわかった! それもこれも腹が減ってるのが悪いんだ。食べたら解決するから、なっ?」
「……先輩と話していると、なんだか私もお腹が減ってきた気になりました」
ようやく笑顔になった。
「よーし、それはチャンスだ、行こう!」
「チャンスって変ですよ」
「そうかあ?」
「そうですよ」
俺たちは立ち上がって、校舎へと戻った。
☆★☆★
和の弁当は、女子トイレに捨てられていた。
わざわざご丁寧に蓋を開け、ひっくり返して。アルミホイルで包まれたおにぎりは一つ一つ靴型が付くくらい踏まれていた。
「……」
和はそれをなにも言わず拾い集める。
俺は女子トイレの外からそれを見守っていた。
集め終わると、和はトイレから出てきてにこりと笑った。
「コンビニ、行きましょうか」
「いや、待て」
俺がじっと和の持っている弁当を見つめると、和は慌ててそれを後ろに隠す。
「……先輩! ダメですよ!」
「いや、俺がここで食べちゃうとか男前なことできりゃ、カッコいいなと思ってるんだけど」
「心のなかを晒しすぎです! そんなの、ちっともカッコよくないですから」
「まあまあ、それは冗談だけど、どんなの作ってきてくれたか興味あるんだって」
「いいえ、明日また作ってきますから見せません。……初めてがこんなのってイヤだし」
「え? 最後もう一回」
「……言いません!」
和がふいと顔を背けた隙を見て、俺は弁当を取り上げた。
「あ、先輩! 怒りますよ!」
「いやー、見てるだけ見てるだけ」
「ダメですって!」
「見てるだけー」
俺は和をかわしながら、おにぎりのアルミを取って、潰れたのを食べた。
「いやー自分でも驚きだけど食べれるんだなー」
「先輩!」
「潰れてるけど、たしかにおかかだな。うーん、腹減ってるからよけい美味い」
「お腹壊しますよ!」
「自分でもマジでって思ってるけど、食えるもんだなー。もう一個食べちゃお!」
「ダメ!」
和が覆いかぶさるようにして、俺から弁当を取り上げる。
ああ、柔らかいものが背中に。
「そんな、身体張って食べてほしくない……」
「いや、和のほうが身体張ってるだろ」
「……セクハラですか?」
「違う違う! わざわざ俺に弁当作ってきてくれたって意味だって!」
「ともかく、私もお腹が空いたのでコンビニ行きましょう?」
「そうするかー。あ、でもメガネ」
「カバンは教室にあったので、スペア入ってます」
「これでボケなくても俺のことわかる?」
「どっちでもわかります」
真顔で言ったあと、和がクスクスと笑いだした。
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