24 コールミー・ノット

「ジュース飲みに行こう、ジュース」

「せ、先輩……?」


 2限目の休み時間。

 俺は1-Dに早歩きで向かって、教室の片隅で本を読んでいる眉村やまとを呼び出した。

 ざわつく教室、好奇の目線。

 んなもん覚悟の上だ! こちとら、生まれた時から負けいくさなんだよ!


「き、昨日、紅茶もらったからお返しするわ」

「は、はい」


 カシャ。

 スマホのシャッター音。


「……」


 俺は振り返って、スマホをかざしていたやつを一睨みして、眉村和を連れ出す。

 後ろをついてくる眉村和は明らかに困惑している。


 たぶん性格からして、こうグイグイ来られるのはイヤに違いない。

 それでも下らない嫌がらせをされるよりはマシなはずだ。

 それに眉村和の魔鬼フラクの悪影響も減らせる。

 俺はお供えを欠かさない限りエレクトラがガードしてくれるらしいから大丈夫、なんだろうな本当に……!


 とにかく教室の連中と接触する時間を減らす。

 まず俺ができるのはそれだ。


 1年校舎を出てすぐのところに自動販売機がある。

 俺が小銭を入れると、パッと明かりが点いた。


「好きなの押して」

「ありがとう、ございます」


 眉村和はロイヤルミルクティーを選んだ。

 俺はコーラ。


「……えっとな、迷惑だったら遠慮なく言ってほしい」

「いえ……」

「俺、まえ言ったように空気読めないから。眉村さんが嫌なのかどうかわからないから、はっきり言ってほしい。でないと、続けちゃうし。嫌な思いはしてほしくない」

「め、迷惑ではないです! びっくりしただけで……ぜんぜん……」

「……本当に?」

「本当です……」


 紅茶の缶を両手で包んで、眉村和は目を伏せた。


「柴田先輩」

「はい」

「……いえ。なにもないです」

「そ、そう」

「……」

「……」


 気っまずーーーーい!!!!!

 やっぱこれ失敗だったわ!

 

 スマホとかで前振りしとくべきだったよ、俺!

 あらかじめ話すこととか考えておけばよかった。

 なんか勢い息巻いてきたけど、しょせんコミュミジンコ。こうなってもフォローする方法が……ん゛ー、わ゛か゛ん゛な゛い゛!!!!


 キーコーンカーン


 両者沈黙のまま、試合終了!

 これ、家帰ってシャワー浴びてるときに思い出して泣きたくなるやつだ!

 でも、がんばる!


 2年校舎はちょっとここからだと走らないと授業に遅れる。


「あ、じゃあ! ──あっと、それと、その、今日も昼一緒に食べない?」

「はい……! あの」

「スマホでまた連絡するから!」


 俺は小走りしながら、スマホに話しかける。


「エレクトラ!」

「はいたい!」

「さっきスマホで俺を撮ったヤツ、あいつのスマホのメッセージ監視しとけ」

「えー、またお供えパワー無くなっちゃいますよ?」

「あいつだけでいいし、チェックは昼と放課後でいいから」

「はーい!」


 盗撮する奴なんて、首謀者グループに決まってる。ほとんどはそれを意地悪く楽しんでる観衆オーディエンスだろう。まあ、どっちも等しくクソだけどな!


 あとは昼休み。

 飲み物忘れないようにしないと、今度こそ恥辱にまみれて溺死するわ!



☆★☆★



「いた……!」


 昼休み、俺と眉村和は昨日と同じ池に向かった。

 到着すると早々に眉村和はアオバズクを見つけて嬉しそうにする。


「暖かくなってきたなー。つーか、今日暑いわ」


 俺は上着を脱いで腕まくりした。

 6月だ。衣替えで夏服への移行期間は始まっている。今日家に帰ったら、半袖出そうかな。

 眉村和も階段を上って汗をかいたのか、ハンカチを出している。俺が借りたハンカチとはまた別のものだ。


「あれってアジサイですよね?」

「あー、そうだな」


 庭園の一角には、人の背ぐらいあるアジサイが青々とした葉を茂らせている。ギザギザのシソみたいな形をしているから、わかりやすい。毒持ってるけど。

 そろそろ咲き始める時期だ。


「アジサイって、日本原産なんですね」

「あ、そうなの?」

「父が言っていました」

「へえ、意外と海外出身の人のほうが日本のこと詳しかったりするのかもなあ」


 休み時間のあのぎこちなさがなんだったのかっていうくらい、穏やかな雰囲気。やっぱ野外って偉大だな~。人の心をおおらかにするね!


 俺はカレーパンを取り出して食らう。

 水も買ってきたぞ。ぬかりはない。


 眉村和はといえば、昨日と同じようにサンドイッチだった。

 でも具はハムとツナマヨっぽい。まあ、俺にとって未知の食材がそう見えているだけかもしれんが。

 眉村和も俺の視線が気になったのか、カレーパンを見て微笑んだ。


「あは、カレー被りですね」


 えぇ……。

 なんかの符丁? 暗号? 「今からお前を残酷に責め殺す!」とかの暗喩じゃないよね?


「いや、眉村さんハムサンドとツナマヨじゃん」

「あ! これツナマヨじゃないんですよ!」


 眉をピッと上げて、ちょっと得意げ。

 お、レア表情。


「でもどう見たって」


 いや、よく見るとツナマヨが黄色がかってる。カレー粉?


「カレー風味のチキンマヨなんですよ」

「まじで」

「食べます?」

「お、おお」


 またしても一つ貰ってしまった。


「んじゃ、お返しに……あ」


 具が思いっきりちぎったほうに偏った。

 カレーパンって上手く半分にするの難しいよね……。


「あ、いいですよ!」

「そういうわけにもいかん」


 ルウの部分だけ無理に分けようとすると汚くなるから、もうこのまま渡そう。

 弁当箱に乗せられたルウ8割パン2割のカレーパンを見て眉村和がクスクス笑う。


「先輩、カレーなくなってますよ?」

「ははは……」


 俺は貰ったチキンマヨ?サンドイッチを口に運ぶ。


「ほんとだ」


 細かくほぐされたチキンとマヨネーズにカレー味。


「このマヨ、なんか違う」

「日本のよりサラッとしてますね」


 カレー粉もスパイスが効いている感じだな。美味い。


「カレーを貰いすぎたので、もう一つどうぞ」

「なんか、悪いな」


 今度はハムサンドを。

 こっちはハムとキュウリ。俺の知ってるハムより分厚くてすごく肉肉しいけど。いただきます。


「あ、ホースラディッシュソース入ってます。ちょっと辛いかも……」

「うん、おいしふ、んっ!?」


 鼻に来る! ツーンと!

 これ、ワサビじゃん!

 やっぱさっきのは「今からお前を残酷に責め殺す!」って符丁だったか!


「ホ、ホースラディッシュって……なに? 馬大根?」

「うまだいこん……」


 そう呟いて、ばっと眉村和は顔をそむけた。


 おい、肩がぷるぷる震えてるぞ……。

 笑ってるだろ。


「カラい……」

「イギリスではローストビーフとかにつけて食べる薬味です。ワサビに似てますね」

「さっぱりして脂身のハムによく合うな……」

「マスタードも捨てがたいですけどね」


 ホースラディッシュはチューブのワサビにも代用品として使われてるらしい。納得の辛味。

 サンドイッチでも、所変われば品変わるもんだな。

 食べ終わると眉村和がカバンからポ◯キーを出して、ブルルッと箱の封を切る。


「どうぞ……?」

「ありがと」


 ポリポリと食べながら、ここに来てから眉村和がちょくちょくハンカチで汗を拭くのが気になっていた。


 うちの学校は制服についても校則がゆるいので、俺にとっては面倒くさいだけだが、オシャレさんは個性を発揮できて楽しいらしい。

 学校指定ってのが上着のブレザーとズボン、スカートだけで他は自由といった感じなので、女子はとくにまちまち。

 ブラウスは色が薄ければブルーやピンクもOK、学年の色さえ合えばリボン・ネクタイのタイプすら好きに選べる。

 女生徒でもズボン履いてくるやつまでいる。

 逆もまあ……たぶん可能なんだろうか。見たことないけど。


 それは余談として。

 そんなゆるゆるなので衣替え期間も上着と半袖にカーディガンとか、ベストとかで寒い暑い両方に対応できるよう準備してくる生徒も多い。


 つまりは汗がでるほど暑いのならそのカーディガン、脱いでもいいんじゃないだろうか。

 いや、けしてけっしてスケベな意味ではない。


 それからもう一つ。


「あのさ……。明日の休み時間も……ちょっとジュースでも軽く気軽に飲まない?」


 言い方が変なのはわかってる!

 そこは流して!

 今後のためにも、はっきりさせときたいの!


「……」


 俺の問いかけに、眉村和は困ったように黙り込んだ。

 やっぱり今日のはダメだったか……。

 なんだか変な感じだったもんな……。


「あ、いや、いまの忘れて! 気にしないでいいから、チャイ! チャイね!」


 昼休みみたいに人知れずというならともかく、あんな風に目立つのはそりゃ嫌だろう。連絡しなかった俺が悪い。


「……先輩!」

「はい!」


 なんとか流そうと四苦八苦していた俺に向かって、意を決したように眉村和が顔を上げた。しかし、それはすぐ苦しげな表情に変わった。


「私を、怪我させたからですか?」

「えっ?」


 予想外の問いかけに、俺が困惑する番だった。


「お昼を誘ってくれたり、休み時間まで……」

「ええ!? いや、違う」

「兄だってご迷惑をかけて家に来いとか、あんなこと……」

「それはしょうがないし、俺が悪かったし」

「さっきだってスマホで撮られたりしてましたよ!」

「わかってるよ」


 眉村和の顔はさらに険しくなる。


「先輩も悪目立ちしますよ? 嫌な思いするかもしれませんよ? いいんですか?」

「わかってるって!」

「ハ、ハンカチだって……失くしちゃったし……」


 思わず出てきた自分の涙に驚いたのか、眉村和は顔を背ける。


 この子のことだ、俺のハンカチを探し歩いたのだろう。

 出会ってから、あの日まで。


「まだ気にしてたのか。だから違うって言ってるのに…‥。伝わってないなあ」


 この間の非常階段でのアレ、俺にしてはけっこう勇気振り絞ったんだが?

 たぶん死ぬまで一生思い出しては、のたうち回る黒歴史に新たな1ページが、なんだが?


「だって『分かり合えない』から、しょうがないじゃないですか……」


 俺の言葉を引用してきたので、思わずムッとする。


「……それならさ。俺も聞くけど、なんで汗かいてるのにカーディガン脱がないの?」

「……!」


 和が驚いたように肩をすぼめる。

 こちらに背を向けたまま。


「手の包帯隠さなくていいって。それを気にして俺が誘ってるとかじゃないって、あのときも言ったつもりだったんだけど」

「で、でも先輩、いつも私が嫌じゃないかとか、迷惑じゃないかとか、聞いてくるじゃないですか……。さっきだって迷惑じゃないって言ってるのに、ぜんぜん信じてくれないし……」

「いやだって、迷惑かどうか確認したいし……」

「私、そんな上手にタイミングよく笑えないですよ!」


 和は顔を袖でゴシゴシしながら早口で言った。


「嬉しくてもどうしていいかわからないし、どうしてそんな事してくれるのかわからないし……!」


 ああ。

 コミュミジンコよ、お前もか。


 自分の気持ちのまえに、相手のことが気になってしまう悲しき生き物。


 なぜ自分が?

 どうして自分なんかに?

 嫌じゃない?

 怒ってない?


 っていう卑屈な自意識過剰。


「正直、俺も眉村さんが楽しいのかどうか、はっきり分かればいいのにって思うよ」

「なぜそんな気にするんですか……」

「だって……まだ出会ってそんな経ってないし……いや、たぶん慣れてきても気になるかも」

「先輩はずっと私を子供みたいに扱うつもりですか?」

「じゃあ、どうすりゃいいの……」


 俺の嘆きに眉村和は少し詰まってから、言い出した。


「な、なにか、まず形から入るのがいいと思います」

「……形? どういうこと?」

「よ、呼び方を変えてみるとか……先輩は先輩ですから、先輩らしく振る舞ってもいいと思います」


 俺に背を向けたまま、眉村和はそう主張する。

 先輩がゲシュタルト崩壊してない?


 しかし、呼び方……?


「ま、眉村……とか?」

「兄と一緒は嫌です。別にしてください」


 別って……それ選択肢一つしかないんだが!


「で、でも。それはちょっと……。馴れ馴れしくていかがなものかと……」

「な、馴れ馴れしくして……もいいじゃないですか……」


 少し怒ってる?

 なおも眉村和はこちらを見ようとしないのでわからない。


「ふ、ふうん……そうなんだ、いいんだ……」

「い、いいですよ……」

「……」

「……」

「……………やm…………『さん』つけていいよね?」

「……ダメ」

「それは……」

「……」

「……っ」

「……」


 俺が言わない限り、この少女の雄弁なる沈黙も終わりそうにない。

 それだけは語らずとも分かる。

 なら俺は「無理をしてでも」伝えなければならないんだろう。


「……やまと


 俺が死ぬ思いで名を呼ぶと、ようやく和はこちらを向いた。

 顔が赤い。泣いたせいではなさそうだ。


「……なんですか、トラ先輩?」


 ああ。

 恥辱にまみれて溺死。

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