23 神魔ポリグラフ


「なあ、エレクトラ……」

「あ、柴田さん柴田さん! 新しいアプリ実装しましたよ!」

「えっ? まだ増やすの、悪質アプリ?」

「悪質とはなんですか! これ、けっこういい感じですよ? 柴田さんがスマホでしゃべっても、私は文字メッセージで返答するっていう省エネアプリです。パケットも少なくていい感じに仕上がりました!」

「あー。それはいいな」

「ふっふふー、でっしょう?」

「はたから見れば、俺はさらに痛々しく見えるけど……」

「元からゼロのものはそれ以上減りませんよ~?」

「誰のせいだろね!!!」

「まあまあ。今からテストもかねて試しましょうよ。それで、なにかお話ですか?」


 俺は文字打ち込みをやめて、エレクトラの入れたアプリを起動する。


「──あのさあ、お前、わざと今まで俺に言わなかったのか?」

「えーっと、どれのことですかね」

「そんないっぱいあるのかよ……!」


 うすうす気づいてたけどな!

 俺との下らないおしゃべりはいつまででも続けるのだが、肝心なことは話さない。隠しているというより、気が回らないってのが確率高そう。聞かれなければ答えないというか。


魔鬼フラクとかいうやつな、あれは人に取り憑いてるのか?」


 図書室や非常階段で見た黒い塊のようなもの。それと、俺の目の前にたびたび姿を現す袋をかぶった毛むくじゃら。

 どちらも特定の人間と関係しているように見える。前者は眉村和、後者は……俺だ。


「なかなかのご慧眼です。侮れませんね、柴田さん」

「どう見てもお前の態度は舐めプだけどな」

「まあ……取り憑いているというかですね……」

「お前はあれを退治しろつってるよな。つまり、退治したほうが取り憑かれてる人間にとっては良いってことだろ?」

「説明したら、聴いていただけます?」

「いまさらメンドくせーとか言わないって」

「本当ですかぁ~?」

「信じるかどうかは別だけどな」

「はぁ。あいも変わらず疑い不快ですねえ」

「イヤな造語作るのやめて?」

魔鬼フラクというのを簡単に言えば、なりそこないの神です」

「あんな気持ち悪いのが、神?」

「だから、なりそこないですよ。土に生まれ、永遠に沈み続ける存在です」

「よく分からんが、とにかく悪いものなんだろ?」

「穢れていますね。ですが、ただ彼らはそこに存在し、引き寄せられるだけです」

「俺や……眉村和が引き寄せたのか……?」

「ええ。あれらは偽りの神であるがゆえに、嘘を好みますから」


 嘘。

 騙すこと。

 知りながら、伝えないこと。

 嘘を吐くと連中は現れる……?


「じゃあ嘘をつくなってか? そんなの無理だろ。罪のないささいな嘘とか、人を傷つけないための嘘だってある。自分を守るための嘘だって……ある、だろ」

「そりゃそうでしょう。嘘をつかない人なんて稀ですから」

「じゃあ、なんで俺や眉村和だけが……」

「ただ感応したからですよ。孤独な人が感応しやすいというのはありますが」

「たまたま、偶然?」

「嘘というのは孤独なものです。一人でそれを抱え込まないといけないものです。真実を話すわけにはいかないけれど、誰かに分かってほしい。柴田さんの言葉をお借りするとですね、『分かり合えないのが当たり前なのに、なんとかしたいってさ』……でしたっけ? その寂しがり屋さんの想いがうま~くあれらと通じちゃったんですねえ」

「……やめてください! 本気で恥ずかしいからやめてください! 訴えますよ!」


 今まで眉村和との会話について何も言ってこなかったから、エレクトラなりのやさしさだと思っていたら、とんだ勘違いだよ!

 思い出しただけで10回ぐらい死にそうになるんだから、やめてほしいわ……。


「──それと柴田さんには見えていないだけで、他にも感応している人はけっこういます」

「なんで見えないんだよ」


 見えるのも嫌だけどさ。


「それこそ縁です。魔鬼フラクと感応したように、それもまた巡り合わせです。つながりの浅い人間は柴田さんにとってはモブですから。モブの名前や家族構成なんて気にしないのと一緒です」


 俺は自分のことをモブだと思っている。

 そんな俺が他人をモブ扱いしてるから見えないんだなんて、言われるとは思わなかったが。


「柴田さんは隣のクラスの生徒の名前、知っていますか?」

「自分のクラスすら怪しい……」

「目に入っても見ていない。耳に入っても聴いていない。それはあってもなくても同じですよね」

「そこまではっきり言いきれるもんじゃないだろ」

「人はしょせん二つの目と耳、鼻口一つしかありません。万象をることなど不可能ですよ」

「はあ、いろいろと納得いかねえ……。ボッチが嘘をついたら運悪く悪霊に取り憑かれましたーって、なんだそりゃ」

「取り憑いているというなら、それはむしろ人間で、あれらは柴田さんや和さんの嘘を受け入れているだけですけどね」

「引っぺがせないなら同じだ。それをお前は退治しろって言うんだろ?」

「あれらが育つと穢れが広がりますからね。神にとって、自分の縄張りが荒らされるのは気に食わないものですよ」

「野良猫かよ」


 神ちっせえな、おい。


「神にはその程度のことです。人にとっては、命にかかわることですけど」

「それが一番大事だろ、おまえ……」

「ご心配なく! お供えパワーが有る限り私が柴田さんを守ります! 和さんを口説いてるときだって、頑張ったんですよ?」

「く、口説いてねーし! なにを言っとるんだね、きみは!」


 あれはそういうのじゃない。

 そうじゃなくて、俺なりに精一杯の友達アピールだっての。


「そーですかそーですか。馬に蹴られるつもりはありませんので、言いますまい。──ともかく、柴田さんが引き寄せた魔鬼フラクは、おぢといって今のところ大した害はないです。……しかし和さんのものはあらびです」

「ヤバいんだな……?」

「自分と周囲に害為す者です。先には破滅しかありません」

「……今の俺で倒せるか?」

「はっきり申し上げますと、厳しいです。眉村和さんの起点マーカーレベルはおそらく100以上ですから、魔鬼フラクもそれに近いかもしれません」

「はあ!? まじではあ!? そんなバカな話あるかよ!」


 目立ちたくもないのにちょっかいかけられて、勝手に注目されて嫌がらせされたあげく、わけのわからないのに破滅させられるって。


「お前、男子高生の平均16とかいってたよな? それどころじゃないブッチギリのレベルで、あんな子が……!」


 なぜ、そんな目に。


「……神って、なんなの?」

「人は善悪を求めますが、私たち神にはどうでもいいことです。ただ因果があって、清浄か汚穢おわいかを神は見ます。柴田さんの想像される神は別物なのですよ」

「お前を見てるとすごい説得力あるけどさ! なにかないのか?」

「なぜ私を見てなんですか! ──まあ倒せはしませんが、上手く叩けば力を弱めることはできるかもしれません。時限爆弾の時計を止めるといいますか、時間稼ぎです。それをするにしても、お供えがまったく足りませんがー?」

「わかったよ……なにか考える」

「それと昼間のごはん、よかったですよ」

「え?」

「ああやって和さんの気持ちを安らかにしていれば魔鬼フラクの活動も鈍りますし、和さん自身も嫌がらせに耐えられるんじゃないでしょうか」

「耐えるって、そんなこと普通はしなくていいんだよ……」


 俺は机の上に置いたハンカチを見た。

 昼休みの別れ際、眉村和がおずおずと出したものだ。


「先輩。これ代わりになるとは思いませんが、受け取ってください」


 茶色にグレーと紺のラインが入ったオシャレなハンカチ。それが丁寧に包装されて紙袋に入っていた。

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