22 ネイティブ・ランチ・ミステリア

『お昼なんだけど、よかったら一緒に食べない?』

『……わかりました』

『じゃあ図書室前で』

『……はい』


 うー……ん。

 これ、大丈夫なんだろうか。

 誘っておいてなんだが、眉村やまとはどういう気持ちで返事したのか、あまりに文字数が少なすぎて読み取れない。


「コミュミジンコの柴田さんが日進月歩なのは喜ばしいのですが、和さんのメッセージ、色気ゼロですね」

「べつに俺が気分良くなるために誘うわけじゃないから、そんなのはいいんだけどな。あとコミュミジンコって人に言われると悲しくなるからやめろ」


 嫌がってないかが心配。


「なに言ってるんですか、これだってコミュ障脱出の練習ですよ。柴田さんとは違って、和さんはポテンシャルがあるんです。今後、人付き合いもするでしょうし、恋だってするでしょう。そのときになってからでは遅いんですよ?」

「……まるで俺が人付き合いも恋もしないって言い振りだな、おい。こう見えて、ちゃんと就職するつもりだぞ」

「ネットゲームの先生とかですか?」

「そんな仕事ねーよっ!」

「あ、そうだ! 文字だけでなく、スタンプなどを使うよう勧めてはどうですか?」

「聞けよ!」

「おや? こんなところに、そんな方に最適の女神スタンプセット<春バージョン>が……! これは勧めなくてはいけませんね?」

「商売するな、商売するな」


 メッセージにエレクトラが描いたであろうガッタガタのヘタ絵が付いてくるとか、どんな嫌がらせだよ。やり取りするたびに、煽られてるのかと勘違いするわ。



☆★☆★



「よ、よう」

「こんにちは……」


 お昼休み。

 眉村和は図書室前で待っていた。カバンを持って。


「じゃ、こっち」


 カバンを持ってるのは、やっぱり自衛ってことなんだろうな。教室に自分の持ち物すら置いておけないって。

 そういえば。図書室でぶつかったあと1-Dの教室に眉村和のカバンを取りにいったけど、中空っぽだったな。あえてそうしていたのか、それとも……。


 俺は眉村和を連れて、図書室の建物を出た。


「こっち側にも出口があるんですね」

「ここまっすぐ行くと、食堂とプールの裏側に出るんだよ」

「へえ……」

「で、あっちが野外用コート。テニス部とかが使ってる」

「知りませんでした」

「じゃあ、第2グランドも行ったことない?」


 眉村和はこくこくとうなづく。


「あっちは部活でしか使わないしなあ……」 


 食堂の裏手を通ってプールとテニスコートの横を過ぎると、上りの階段が続く。その先に第2グランドがあるわけだが、これがけっこう急で長い。

 移動が面倒なので授業はほぼメイングランド、部活でしか第2グランドが使われない理由だろう。そのおかげで昼、このあたりに生徒はいないわけだが。


 階段の中腹あたりに踊り場があって、そこから細い脇道が伸びている。獣道みたいに見えるが、少し進むと飛び石があって、ちゃんとした道だとわかる。たぶんこの丘に学校が建設される以前に使われていた山道なんだろう。

 その道を少しばかり上ると、やがて小さな池にたどり着く。古びてはいるが、ベンチがあって手入れされている。


「すごい……!」


 ここもほとんど生徒がいないスポットだ。

 ただし昼休み限定。放課後、場合によってここは地獄と化す。


東屋あずまやがあるので、きっとお庭なんですね」


 俺がベンチに座ると、そう言って眉村和も横に腰かけた。

 えーっと、近くね? 大丈夫?

 いや、ほかに座る場所ないんだけどさ……。


「あれスイレンの葉っぱですね。夏になったら、お花が咲くんでしょうか?」

「そういや、去年咲いてた気がするなあ……」

「楽しみですね。──あっ……あの池の向こう」

「え?」

「クヌギの枝のところ……小さいフクロウ?」


 眉村和が指をさす先には、たしかにハトぐらいの茶色と白の鳥が止まっている。

 いや、近い近い! 顔が近いよ!

 俺の焦りも知らず、眉村和は鳥を凝視している。


「あー、アオバズクだ」

「へえ。寝てるんでしょうか?」

「夜行性だから……目を開けても、池見ながらボーっとしてるな」

「ふふっ、可愛いですね」


 いや、お前のほうが可愛いわ!

 たぶん出会ってから初めて見る笑顔なんだが、さっきからずっとにこにこだな! 誘ったものの迷惑がられてないか心配だったけど、喜んでもらえたようで安心したよ!


「夏鳥だから、寒くなるといなくなっちゃうけど」

「へえ……! フクロウにも渡り鳥っているんですね」

「渡り鳥って冬鳥のイメージあるかもね」


 俺はコンビニ袋からコロッケパンを出してかじりつく。


「しまった。飲み物買い忘れた……。まあ、いっか」


 ゆっくり噛めば唾液出るし。

 それを聞いて、眉村和はゴソゴソとカバンを漁る。


「……あの先輩。紅茶ですが、よかったらどうぞ」

「え、あ、悪い!」

「ハーブティですけど」


 なんか透明の小ぶりな水筒。

 紅茶の中にミントとか浮いてて、すっごいオシャレなんだが。


 ていうか、これマイボトルだよな?

 コップとかないよな?

 直飲み……するの?


「あ……あとでまた貰うわ」

「あ、はい。言ってくださいね」


 俺の焦り、悟られていないだろうな!

 バレたら絶対キモいと思われる。それは死んでも避けなければならぬ。


「それ、自分で作ったの?」

「作ったって言うほどでも。ミント入れてるだけですから」


 朗らかに笑いながら、眉村和は包みを開ける。

 ちっさい弁当箱の中には、これまた小さくカットされたサンドイッチが詰めてあった。


「……ん?」


 サンドイッチとか女の子らしいなーと思ったんだけど、その挟まれてる具が見たことないモノなんだが。半分は鶏の照り焼きサンド?っぽいんだが、もう一つがピザ用みたいな細かいチーズと、なんつーか茶色い……ジャム? 奈良漬?

 もしかして、ちょっと個性的な味覚をお持ちなのか。


「あっ、手抜きなので」


 俺の視線に気づいて、眉村和が恥ずかしそうに隠す素振りを見せる。


「いや、なんか俺の知ってるサンドイッチと違うなーって……」

「昨日、うちローストチキンだったんです。次の日はその残りをサンドイッチにするのがお約束と言うか……」

「はー。ローストチキンって家で作れるもんなの?」

「父がイギリス人なので、オーブンがあるんです。それで大きい肉の塊を買ってきて、ローストするのが好きなんですよ……楽で美味しいからって」

「チキンって、もしかして丸ごと?」

「一羽まるまるです……。一緒にジャガイモ、玉ねぎ、パースニップとかローストしてます」

「……待って。パーニナップって、なに?」

「あ、そっか……。えっと、白いニンジンみたいな野菜です。甘いです。……日本語でなんて言うんだろう?」


 眉村和が慌ててスマホで検索するが、ガッカリした様子で読み上げる。


「……アメリカボウフウと言うそうです」


 よけい分からん。

 ボウフウって野菜に付ける名前じゃねえだろ……。


「聞いたことないわ……。それで、そっちのもローストした何か?」

「こっちは、チーズとブランストン・ピクルです」

「待って。ブランストンって、なに? ピクルって、ピクルス?」

「……あの、私もよくわからないんですけど。ブランストンっていうのは、作ってる会社の名前、かな。たぶんカブとか野菜と何かを混ぜたピクルス……? だと思います。イギリス人にとっては……定番の漬物みたいな存在、かなあ……」


 思わぬ方向から、ミステリアス少女の要素来た。

 でもよく考えたら、サンドイッチってイギリス発祥だよな。てことは、むしろあれが正統派なんだろうか。


「食べてみますか?」

「……じゃあ、ちょっとだけ」


 いただこう、イギリスの漬物とやら。

 眉村和がくれたサンドイッチを口に運ぶ。


「んむ……やっぱ酸っぱいね。でもチーズの脂っこさと合うな、これ」

「合いますね」

「飽きが来ない味だわ」


 ドロッとしたとんかつソースっぽい甘みのあるコクとピクルスの酸味があって、小さな野菜の破片?が入ってる。パリパリとした歯ごたえ。

 これ何か料理にかけてもイケるんじゃないだろうか。


「んじゃ、お返しに」


 俺はコロッケパンを半分もぎると、眉村和の弁当の上に置いた。


「えっ。ありがとうございます……!」


 女の子だなあ。

 ごくごくふつうの。


 そりゃコミュミジンコだのなんだのはあるし、誰だって変なところはあるが、こうやって話してみてもつま弾きにしたり、嫌がらせするような部分ってあるか?

 まあ、男受けが良くて女受けの悪いやつとか、その逆とかもいるが、当てはまるか?


 時間はかかるかもしれないが、たぶん眉村和は誰とでもこうやって話せるはずだ。太陽と月のように、みんな兄の光が当たる眉村和しか見ていないのか。


 眉村和はサンドイッチを食べながら、コロッケパンを見てにこにこしている。


「ん? どしたん?」

「あ、なんでもないです……」

「コロッケパン、ダメだった? もしかして焼きそばパン派?」

「あはは、どちらも好きですよ。──誰かと半分こするなんて、小さいころ兄としたきりだったので」


 さらっと心にクるエピソード……。

 俺はまだ男衾とアイス分けたりするからなあ。あとネトゲもあるし。

 俺はボッチだのなんだのと言いながら、自分から行かなかっただけ。眉村和は……どうなんだろう。


「……」


 それにしてもさっきから。

 喉乾いた。

 朝からなにも飲んでないし。コロッケパンと、塩気の強いチーズ&ピクルスのサンドイッチってのが、また拍車をかけるわけでね。

 まあ、我慢する、か。


「先輩、デザートというか、よかったら」


 眉村和がキッ○カットをくれた。

 チョコ来ちゃったよ、チョコが!


「甘いの、好きじゃないですか?」

「い、いや、けっこう甘党。お菓子大好き!」

「そうですか。どうぞ」

「サンキュウ……」


 んあまーい。

 おいしいんだけど、喉が。俺の喉がよー……。


 眉村和はコロッケパンを食べ終わると、こくりとマイボトルで紅茶を飲んだ。

 しまった……!

 どうせもらうなら、さきに飲んだほうが傷浅かったんじゃない?


「ん、キッ○カット美味しいね……」


 ウェハースが残り少ない口の水分を吸収し、チョコが融けて広がる。

 さっき──放課後のこの場所は地獄と化すと言ったが、理由は部活で使う第2グランドにある。


 ある日のこと、俺がこのへんをブラブラしていると、空手部の連中がしごかれているのに出くわした。うちの空手部は全国で強豪と名が知られているらしい。

 その名に恥じぬ練習風景といおうか、それはもう厳しいもので、あの長い長い階段を延々とダッシュで上り下りさせられるのだ。慣れていない1年はヘトヘトのバテバテ。それでも3年生が竹刀を振り回し、2年生が罵詈雑言で脅しながら走らせる。


 3年生は第2グランドの入り口で怒声を上げているわけなのだが、限界を超えてこらえきれなくなるのだろう、1年生たちが目を盗んではこの池にやってくる。


 まず水道を見つける。

 が、栓が取られているから使えない。30秒ぐらいそれを必死に回そうとするのだが、無理と悟って目を走らせ、1秒ぐらい池の水を見つめる。あとはためらいなく……。


 初めて目撃した俺はドン引きだったが、真の地獄絵図はそのあと。

 そりゃね、汗が止まるまで全力ダッシュさせられて瞳孔開いた連中が、息をするのが先か水を飲むのが先かってレベルでガブガブ池の水飲んでりゃね、身体がびっくりするよね。

 あたり一面、カエルの大合唱だよ!

 運動部の連中は、この池を「ゲロオアシス」と呼んでいる、とか。


 いまなら少し連中に同情できるかもしれん。

 いや、でも俺が意識しすぎなんじゃないだろうか。間接キスなんて日本人しか気にしないとか海外の反応系ブログで見たんで、眉村和もきっとそうじゃないだろうか。


 よし、ここは。


「紅茶、もらっていい?」

「すいません、気が付かなくて。私……ばっかり……」


 言いながら眉村和は気づいたのか、顔がみるみると赤くなっていく。

 やっぱりそうだよね!

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