20 美少女クラシカル

 生徒会室では、一人の美少女が俺を待ち構えていた。

 前髪パッツンロングヘアーでお菊人形みたいだが、それが品よく似合っている。

 生徒会風紀、院華子いんはなこである。


「はじめまして、生徒会風紀の院と申します」


 来室した俺を院華子はにこりと笑って出迎えた。

 初めましてもなにも、俺は当然この人気者のことは入学当初から知っているわけだが。


「あ、どうも」


 思わず腰が低くなる。同学年、同い年とは思えない雰囲気というか、余裕というか、この落ち着きっぷりはなんだ?


「どうぞ、おかけください」

「はあ」


 古めかしい応接セットの革張りソファを勧められる。

 院華子も向かいのソファに腰掛けた。

 生徒会長とか、他の役員はいるのだろうか?


「今は私一人です。楽にしてください」

「えっ……? はい」


 俺がちょっと目線を動かしただけで、察するとか怖いんだが! なんだよ、こいつエスパーかよ。


「気になったことがありましたので、お伺いしたく思いますがよろしいですか?」

「……どうぞ」


 眉村兄との一連の出来事だろう。

 担任にもいきさつは話したし、向こうのお母さんにも会ったわけだから、正直もうこれ以上突っついてほしくない。が、眉村兄のあの不穏な感じが心配だというのもあるんで、院華子に話を通しておいたほうがのちのち役立つかもな……。


「こちらの写真ですが」

「……は?」


 スマホで撮影されたものをプリントしたのだろう、数枚の写真を院華子がテーブルに広げた。

 その写真のすべてに俺が写っている。私服で引きつった顔をしているが、間違いなく俺。場所は駅。そして必ず写真には俺の他に女の人が写っている。


「おっふ」


 そっちかーーーーーーー!!!!!!!!!!

 全部、このあいだの「歩きスマホは危ないですよ活動」やってる俺だ!


「こちらの人物は柴田さん、柴田獅子虎ししとらさんで間違いないですか?」

「あっ、あっ、あっ」


 え、なんで!?

 なんでこんなもの撮られてるの?

 学校からは遠い場所だし、人混みの中で1、2時間やっただけだぞ?


 片隅ボッチの俺の顔を知ってる生徒なんて一握りだろうし、しかも私服。万が一俺を知っていたとしても、生徒会の院華子まで届くって確率的にかなりなもんだろ!

 やばい、変な汗が止まんねえ。


「いや、これは違うってか、あの……」


 うん、第三者が見ればナンパしてるようにしか見えないよね! イケてない男子高校生が、ダセぇ私服で必死になってるようにしか見えないよね! 俺が見てもそう思う! いや、でも違うんですよ、聞いてください華子さん!


「まず確認しましょう。これは柴田さんですか?」

「……ですね」

「このときはお一人でしたか?」

「はい」

「時間は10時から11時頃ですね?」

「だと、思います」

「このそれぞれの写真に写っている人物とは、お知り合いですか?」

「いえ……知らない人です」

「皆さん、知人ではないのですね?」

「……そうです」

「写真から見るに、話しているように見えます。なにを話していたんですか?」

「日頃から思っていたんですが、歩きスマホは危ないなぁ、と……」

「続けてください」

「それで駅に行ったら歩きスマホをしている人がいたんで……注意喚起と言うか」

「この写真にある通り、一人ではなく複数人に声をかけて注意したのですね?」

「は、はい」

「つまり私的ながら活動を行ったといえますか?」

「活動……まあ、活動っていう自覚はなかったですけど、思い立って始めたという意味では、そうかも……」

「なるほど。それはあらかじめ準備をして行いましたか?」

「え、いや。ふと駅で思い立ったっていうか」

「突発的に始めたと」

「そ、そうです」

「声をかけて相手がどのような反応をするか、予測はしていましたか?」

「えっ? い、いや、そういうことは考えなかった、かな」

「実際に声をかけて、相手の反応はどうでしたか?」

「だいたいは……聞いてもらえなかったと……思います」

「つまり啓蒙活動として、成功ではなかったと考えられますか?」

「……あ、いや、成功とかそういうのは考えてなかったというか、注意することで意識してもらえればそれでいいかな……って」


 なんなのこれえぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 よくわからないけど、こういうのドラマとか映画で見たことあるよ! 主に法廷を舞台にしたやつで!

 なに、これ弁護士とか雇わないといけない事態になってる? 黙秘権とか使っていい?

 完全に挙動不審になる俺。

 相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままの院華子。


「では次にお尋ねします。なぜ女性にばかり声をかけられたのですか?」

「そ、それはたまたまっていうか。歩きスマホをしてた人が結果的にそうだったっていうか」

「歩きスマホをするのは女性だと?」

「……! いや、そうじゃなくて偶然そうなったって言いたいだけで、男でも歩きスマホする人はいると思います」

「わかりました」


 なにが気味悪いかって、こいつ会話の間ずーっと俺を見つめてくるんだよ。まったく視線をそらさずに。笑顔で。

 そういえば朝の校門でもそうだし、1年の入学時から見かけるたびにそうなんだけど、いつもこいつは笑みを浮かべている気がする。そんな印象だ。


 でもその笑顔、歯が見えないんだよ。

 笑うとき口を開けるのははしたないってことなのかもしれないが、それにしても異常じゃないか?


 だって高校生だよ? 俺の周囲だけじゃなくて、街や駅、なんならテレビやネットでみかける高校生──16や17の連中なんて、アホ面で大口開けてゲラゲラ笑ってるもんだろ。「箸が転んでもおかしい」って言葉があるくらい、なんでもかんでも笑い転げるもんじゃないの?


「学校側に連絡は入っていませんので、今回の件は私のところで留めておきます。個人的な活動といえど、学校の評判を貶めかねないことは謹んでください。また、これがあなたの主張されるような活動ではなく、迷惑行為だとしたら由々しきことです。強く自粛を要請します」

「は、はい! すいませんしたぁっ!」


 あれは自分でも記憶を消したい出来事だ。なにを抵抗するだろう。


「用件は終わりです。それともう一つ」

「はい?」

「眉村たける君との件ですが」

「……」

「くれぐれもこれ以上の騒動を起こさないようにお願いします。あなたの問題行動が続くようでしたら、生徒会わたしどもとしてなんらかの対応をさせて頂きます」

「……俺はなにもするつもりはありません」

「それは幸いです」

「こちらからも訊きたいことがあるんですけど、いいですか」

「ええ、どうぞ」


 院華子はやはり笑顔だった。

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