14 アンクルサム・アングルセイム
「よ、よお」
「こんにちは」
ペコリと眉村
くそー! エレクトラのやつ、わざとだな。ぜってえわざとだ!
俺がベンチで座ってスマホを覗いていれば、眉村和も気づかなかっただろうに! こんなバッチリタイミングで偶然に目と目が合うなんて狙ってないとできないだろ! なんかわざとやってるみたいでキモいって思われるだろが! 自意識過剰? そうかもしれんが、それでも俺が意識してる時点で地獄なんだよ!
あいつ、あとでひどい目にあわせてやる。具体的には思いつかんが、悲鳴を上げて泣き叫ぶようなことだ!
──まあいい。
どうすりゃいいかわからんが、とりあえず黙ってスマホ見てりゃあっちもスルーして行ってくれるだろう。バリアだ、バリア! 唱える呪文はパーソナルスペース!
俺はひきつった笑みを眉村和に向け、それから元の作業に戻るようにしてスマホを覗き込む。
早く行ってくれ。早く行ってくれ。早く行ってくれ。早く行ってくれ。早く行ってくれ。早く!
「……」
「……」
眉村和の気配が俺の前を通りすぎる。
俺ともなれば見ていなくても、相手の気配を感じるなど造作もない。
……よし、行ってくれたか。なんとか今日も生き延びたぜ、ヒュー!──とか内心つぶやいていたが、俺の前にいるよ! 前で立ってるよ! 心の中で俺は楳◯かずおのマンガばりにギャーッと叫ぶ。
え、なんで立ち止まっちゃうの? なんで? ええぇ……。
「誰かと待ち合わせですか?」
「えっ、あ、うん──えん! いや、一人……」
あれぇ、眉村和は人付き合い苦手な俺と同類かと思ってたけど、意外とアクティブなの? ちょっと学校の顔見知りだからって、街角で出会って立ち話するとかどんだけテクニシャンなんだよ。私服で学校外で話すのって、何か恥ずかしくない?
くそー、やっぱ眉村兄と同じく約束されしコミュモンスターの系譜なのか!
「なら柴田さんはコミュミジンコとかですかね?」
エレクトラならこう言うだろうが、幸いに不幸にも俺はいまスマホを操作するふりしかできない。なぜなら気恥ずかしくて緊張しているからだ!
「あの、先輩」
「……」
「先輩?」
「えっ! 俺? え? 俺!?」
「はい」
ああ、俺は「先輩」だったのか。
眉村和が1年生で、俺が2年生だから、俺は先輩だったか、うん、そうか。
帰宅部だし、委員でも何でもないからほかの学年とも無関係だし、先輩とか呼ばれたことなかった。てか、今までの人生で先輩って呼ばれたことないわ。
「あの、いまお時間ありますか?」
「え! 時間!?」
はあ。限りなく、はあ。
自分で思うんだが、話しかけられるたび、いちいち驚くのが変人全開。眉村和は普通に聞いているのに、青天の霹靂みたいな反応。なぜなら──女の子に話しかけられたことがほとんどないからだよ!
「は、はい。すいません……」
「あ、いやいやいや」
そりゃ戸惑うわ。1フレーズごとにびっくり挙動不審な反応されてちゃ、会話にならねえもん。ちょっと自重しようよ、俺。
「時間、時間ってなんだっけ──ああ、時間があるかどうかといわれれば、ある。あるっていうか、あります」
「本当ですか?」
「え! 本当?」
またやっちまったぁ……。
眉村和は少し沈黙した後、ぽつりと言った。
「あの……気を遣わないでくださいね。もう終わったことですし」
ああ。俺のダメっぷりのせいで、余計なことを言わせてしまった。ダメダメだ。本当に自分が嫌になる。
「あいや、違う、そういうわけじゃなくて。上手く話せないっていうか、俺もともと変な人なんだよ。だから人と話せないし、ヘタクソっていうか、ちゃんと会話できないっていうか、だからそういう意味じゃないんだ、嘘じゃない。ただ俺が変なだけ」
「そう、ですか」
「あ、うん、本当に……」
「私も──あまり人と話すのが得意ではないので、自分は場違いなことをしているのかな、ってよく思います。いまも」
恐る恐る顔を上げて見ると、眉村和の顔は真っ赤っかだった。もうそりゃあ、完熟トマトなみに耳まで。
話しかけられてからずっと目線を逸らしていて気づかなかったが、あっちはあっちでかなり大変なことになってたらしい。うーん、これはコミュミジンコ。
今までの会話は、ミジンコ同士が触角を必死に空回りさせていたってことなのか。それすら互いに気付かずに。おマヌケすぎる。
「……その、場違いなのかどうなのか俺もわからないっていうか、自分のこともわからないし。なんか、みんな上手くやっているように見えるけど」
「ですよね」
「でもさ……眉村さんのお兄さんとかすごいわけで、あの人を手本にすればいいんじゃないの?」
「手本にして同じことをやっても相手の反応が違うというか、そもそも同じようにできないというか」
「ああ……なんていうか、キャラの説得力?」
「それです!」
なぜかそこだけドヤ顔でビシッと指でポイントしてくる眉村和。なにその欧米スタイル。角度も相まって、昔の米軍ポスターで「I WANT YOU」ってやってるアンクルサムのポーズにそっくりなんだが。
「ぶぼっ」
やべえ、虚を突かれた。
思いっきりツバがしぶき飛んだ。鼻から汁も出た。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲーッホッ」
「だ、大丈夫ですか?」
「だっ……ゲホゲホッ」
いやいや、思い返せば眉村兄妹はハーフなんだから、そういうジェスチャーも身についていて不思議じゃない。むしろしっくり来すぎてツボに入った。
「ゲホッ……ゲフ……ゼヒー……ゼヒー」
咳き込みすぎて吐き気がするレベルで苦しい。下を向いて収まるのを待とうとするも、アンクルサムが「I WANT YOU」って……。
「ブゴホッ! ゲホゲホッ!」
「もしかして、私なにか変なこと言いましたか!?」
俺のそういう心境が分かるはずもなく、戸惑いながらハンカチを出す眉村和。
ゼーハー言いながら俺は思わずハンカチを借りて口を押える。酸欠だよ酸欠。
「はあ、いい匂い……」
「え?」
しまったあ。
緊張と弛緩が入れ代わり立ち代わりスピードボール状態だったせいで、思わず心がダダ漏れてしまった。
「──────っ」
俯いた眉村和の顔がみるみる上気していく。
「い、いい柔軟剤使ってるんだな!」
「うちの柔軟剤は無香料です……」
「へ、へえ、じゃあこの匂いって、」
ダメだ!
この先何を言ってもダメだろ! 何を言っても地雷を踏む自信しかない! なんだよ、「いい柔軟剤使ってるんだな」って! CMかよ!
眉村和はもはや顔どころか首筋まで真っ赤。あれ、ほっといたら爆発するぞ! 俺の心も
あまりの緊急事態に俺の交感神経がピタリと咳を止めた。
「わ、悪い。汚くしたから、洗って返すな」
思わずポケットに眉村和のハンカチをしまい込む俺。
「あ……」
眉村和の困ったような恥ずかしげな表情。
しまったぁ。
洗って返すって言って、どうせ家でクンカクンカするつもりだろ!って疑いかけられるやつだ、これ! あー、もうこれどうすりゃいいんだ。ドロ沼! 底なし沼! 終わってるわ! 明日世界滅亡しねえかな!
途中ちょっと会話できたと思ったのに、ぜっぜんダメ!!! 助けて誰かっ!
──ぶぶぶぶぶ!
スマホが振動するのを見ると、エレクトラからの通話着信だった。
ああっ、女神さまっ!
「ふっふふー、あまりにも悲惨で見ていられないので、助けに参りましたよ~♪」
「全部てめえのせいだろ、レベ6チュートリアル女神が!!!」
感謝してみたものの。よく考えたら発端はこいつ。
「あ、気分を害しましたので切ります。どうぞコミュプランクトン同士でご歓談をお楽しみください」
「待って待って。助けて、エレクトラさん!」
「ふーむ、アイデアがなくはないのですが、どうしましょう」
「どうにでもして!」
「いい心がけですね、ニコっ」
表情描写を口で言うな。マンガか。
「よく聞いてください。これからお教えするただ一言で道は開けます。まさに
「ゴ、ゴクリ」
「擬態語を口で言うとか、マンガですか?」
「うるせえ!」
「──いいですか。一言一句違わないように、いま言ってください。少しでも異なると
「わ、わかった」
「では、まっすぐ相手の目を見てください」
「おう」
眉村和は俺がいきなり見つめたのでさらに戸惑いを見せる。
「では、大きな声で言いましょう」
俺はエレクトラの言葉を耳からそっくりそのまま口にした。
「歩きスマホは危ないですよ」
チャリーン!
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