15 鏖殺ソロプレイ


「歩きスマホは危ないですよ」


 チャリーン!


 うん、ポイント入ったね。

 1。

 これであと279回やればいいんだっけ?


「っっじゃねー!!! なんでここでそれ!?」


 ゴニョゴニョと小声で俺は抗議したが、ムダに自信たっぷりでエレクトラが返してくる。


「ふっふふー、私の深謀遠慮など、燕雀えんじゃくにはわかりますまい。柴田燕雀……ぷふ、落語家みたいですね」


 今度はツバメ、スズメかよ。

 たぶんエレクトラの言ってるのは、中国の故事成語が元ネタだ。「燕雀いずくんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや」。意訳すると「ザコどもに意識高い私の志なんて理解できんだろ」みたいな嫌味。いかにも中二病心がくすぐられる言葉なので覚えていたわけだが。


「す、すいません。歩きスマホは良くないですよね」


 律儀に反省してしまう眉村やまと


「いや、いやいやいや。そんな大層なことじゃなくてな」

「あまり使い慣れないアプリなので、つい歩きながら操作してしまいました」

「あー、AR系のゲームアプリとか?」

「地図アプリ……です」


 眉村和は恥ずかしそうに言った。

 あまり出歩かないインドア派だと、地図アプリなんて使わないのだろうか。俺は文字通りゲームで使ってるのでそのへんはわからないが。


「ど、どこか探してるのか?」


 ここはこういうふうに聞く流れだよな? たぶん。


「このへんに一人でカラオケできるお店が……」

「あっ……」


 そういうことかぁああああ!!!!

 エレクトラこいつ、こうなると分かってて俺を誘導したな!


 眉村和が心なしかもじもじしてるのは、先日俺が言った言葉のせいだ。破れかぶれというか、気が動転していた俺は眉村和に一人カラオケを勧めた。気晴らしになるんじゃないかと思って。


 コミュミジンコの眉村和が同じくミジンコの俺に話しかけてきたのも、そういう流れとなれば納得がいく。

 眉村和は思い立ってカラオケに行こうと家を出たものの、慣れない地図アプリに苦戦していた。と、それを提案した張本人である俺にばったり出くわす。


 そりゃ、話しかけてくるわ! 俺だって知らん顔できるわけない。くそ、どこまでが偶然で、どこからがエレクトラの陰謀なんだ?

 あの図書室の時点で狙ってたとか、怖いことじゃないだろうな!


 ……あ。

 記憶を辿ろうとして、地雷に俺は触れてしまった。

 いま唐突に。思い出した。


 図書室前でカラオケを勧める直前、俺は眉村和の手を握ったのだ。魔鬼フラクとかいうヤバイやつを避けるためだったけど、たしかに俺は目の前のこの少女の手を握った! ……すげえ柔らかかった。やわらかだった。

 音が聞こえるぐらい血が顔に昇った。


「うふっうふっ、どうですか、柴田さん。私は女神なのですよ。神算鬼謀とはまさにこのこと。敬わずにはおられないでしょう?」

「お前ころす」

「はれぇ!?」


 俺はスマホを切り、なるだけ平静を装って眉村和に言った。


「それで、どこの店探してるんだい?」


 俺はNPC。ゲームのNPCだ。そう思い込むことで心を平らにする。


「えっと……『ソロプレイヤー』というお店です」

「おっぷ」


 思いっきり俺の行きつけ!

 1階がネットカフェで2階がカラオケになってて、フリードリンクだし店の雰囲気もオシャレっぽいながら実はオタク趣味ってことで気に入ってるんだけど。店員が難ありだが、そこ俺の行きつけ!


「ああ、そこね! まあ、たいていのカラオケは一人でいけるけどね」

「そうなんですか」

「ただちょっと料金が高めとか、混んでる時間帯はダメとか店によって違うから専門店の方が気楽なのは確か」

「はい」

「ここからだと東口に出て陸橋渡って商店街の信号を右に曲がって細い道に入ったら左手にある看板がブルーだからそれを目印に」


 息継ぎなしで言い切った。


「わ、わかりました」


 いや、わかるわけない。俺の早口の勢いに押されて、眉村和も思わず返したというのが明らか。コミュミジンコだからわかる。


「じゃっ!」


 俺は立ち上がると足早に逃げ出した。


「あっ、先輩……」


 背後で声がしたが、俺は答えられなかった。

 わかってるわかってるって!

 わかってるけど、もう限界だから! どうしようもないから!

 もう怖くて怖くて我慢できないんだって!

 ミジンコがこれ以上縮こまったら消えちゃうから! マイクロどころかナノピコフェムトだから!

 これは戦略的撤退! 生存戦略!


「くそー、くそー、なんで俺はちゃんとできないんだよー」


 半泣きで小走りに敗走する俺。

 スマホを取り出すと、素早く駅からカラオケ店へのルートを検索し、メッセージにそのアドレスを貼り付けて眉村和へ送る。

 みんなネット越しに俺に話しかけてくれればいいのに! そしたらあたふたしないで済むから!


「走りスマホは危ないですよ~」


 画面上にあるシステムのポップアップになぜかエレクトラからのメッセージが表示される。


「ぐぐぐぬ」


 俺はウィルス対策アプリをタップして、スキャンを開始する。


「あ、ちょっと! なにしてるんですか! そんなもの振り回したら危ないですよ!」

「俺の人生とスマホ、お前の好きにはさせん!」

「柴田さんの人生がどうなっても構いませんが、スマホは渡しません!」

「クズかっ!」

「だって柴田さんと私を繋げる大事なものですから!!」

「えっ……」

「もし柴田さんに何かあったら、私はためらいません。我が身に変えてでも柴田さんをお守りします。私は柴田さんの女神ですから」

「お前……」


 ひどいこと言ったり、俺をひどい状況に追い込んだりしてるくせに、サラッとそんなこと……。


 ポン♪


『スキャンが終わりました。有害なアプリが97件見つかりました』


「お、お、お前ーっ!」


 エレクトラにちょっと嫌がらせできりゃいいや程度の火遊びがとんだ大火事だよ!


「言いがかりです! 有害かどうかなんて、そのアプリひとの気分次第じゃないですか!」

「2進法の世界に気分もへったくれもあるか! それにしても多すぎるだろ!」

「必要なんですぅー! 全部必要なんですぅー!」


 ほんとうに必要か、不必要かなんて俺に判断がつくはずもない。

 そもそもアンチウイルスアプリを使ったところで駆除できるかどうかもわからないし、例の精神がヤラれるのを保護するためにアプリを消す訳にはいかないだろう。まあ、それすらエレクトラのホラかも知れないんだが。


「……帰る」

「身も心も折れてしまいましたか」

「折れた」

「しょうがないですね、なら帰りましょう」

「いや、お前当初の目的忘れてないか」

「はっ、そうでした! つい柴田さんをからかうのに夢中で、私のランク……!」

「芯まで腐ってやがる」

「では柴田さん、気を取り直して」

「いやもう懲り懲りだわ。とりあえず家に帰って、低視聴回数のユー◯ューバーに応援コメント書く」

「それでは1回で0.1ポイントしか稼げませんよ?」

「徹夜してでもお前のランク戻すから、それでいいだろ」

「はあ、本当ですかね」


 試したいこともある。


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