18 生命兆候ハンカチーフ

「驚きましたねー」

「チビるかと思ったわ」

「動揺がダイレクト身体にキてますね」

「なんなんだよ、もう……」


 1限目の授業が終わったところだ。もちろん朝の出来事が気になって、授業で居眠りできるはずもない。

 生徒会に知り合いなんていないし、当然、いん華子はなこなんて話したこともないわけだが。なぜ? なにが目的だ? その疑問が堂々巡りだしている。


「柴田さん、すごいです!」

「あー、なにが」

「週末を挟んで急降下だった柴田さんの起点マーカーレベル、20越えですよ!」

「くっそ……」


 一瞬のやり取りだけで最高記録更新かよ!

 あの場にいたのって、2,30人だろ。教室で挨拶テロやったときで上がったのが4。今回は確実に5以上上がってる。たぶん、居合わせた生徒が口伝えに広めたのだろう。

 にしてもなんで院華子が俺の名前を知ってたんだ?


「あ……そうか」


 眉村兄の顔が浮かぶ。


「知名度が上がるつったって、負の連鎖じゃねえか……」


 俺は頭を抱えた。

 校内で起きた揉め事。一方は学内で圧倒的人気のイケメンサッカー部員、一方は教室の隅で辛うじて生きているモブ。しかもその揉め事の原因は、モブが主人公キャラの妹にケガをさせるという最悪のもの。


 院華子の耳に入らないはずがない。

 用件があるとしたら、それだろう。むしろ他になにがあるんだ。もし告白とか超展開だったら、俺はこの人生クソゲーを窓から投げ捨てるぞ。


「エレクトラ、お前なにか知ってる?」

「いいえ、私もノーチェックでしたから申し上げたとおり驚きましたよー。まさか学年一の才媛が柴田さんを呼び止めるだなんて、唾を吐きかけるためであっても想像できませんよね~」

「……俺は電柱かなにかか」

「人によってご褒美ではないですか?」

「俺にとってご褒美じゃねえよ!」


 卑屈なのは重々自覚しているが、俺よりこいつのほうが扱いひどくない?


「この起点マーカーレベルの上昇は、院華子が俺に声をかけたって話が校内に広まったせいだよな?」

「眉村お兄さんとの事例を見るに、十中八九そうでしょうね。スカウターアプリで見ないとわかりませんが、院華子さんのほうが影響力は大きいでしょうから効果も絶大というところでしょう。ただそれを置いても、柴田さんのポテンシャルが上がってるのは確かですよ」

「俺のポテンシャル?」


 なに、新たな能力ちからが覚醒しちゃったの?


「急下降と言いましたが、それでも起点マーカーレベルは12でした。さらに現在20です。──やってやりましたね、柴田さんっ! もう郵便ポストに憎しみを抱く日常なんて、さよならバイバイですよ!」

「いやだから。それは悪目立ちのせいだろ」

「そうとも限らないんじゃないですかねえ。まあ、悪役ヒールってのも大切な役回りですよ」

「それ主人公を引き立たせるやつ!」

「じゃあ、好敵手ライバルでどうですか?」

「いや……それは……流石に無理がある」


 眉村兄のライバルって、高校生モデルとか、U18日本代表の招集選手とかだろ。


「うん、まあ俺モブでいいわ」

「本心で言ってます~? 本当は羨ましいくせに~」

「ないわ!」

「ふっふふー、ウソですね。MMORPGであれだけ頑張ってタンクをして、評判を気にする柴田さんが、どの口で言うんですかね~?」

「ぐっ……絶妙に痛いところを……」

「強がっていても身体は正直ですねえ~、でへへへへ」

「その笑い方、絶対人前でするんじゃねえぞ」

「でもですよ、もし転生できるとしたら、眉村のお兄さんになりたいと思いませんか?」


 世界がひっくり返ってもありえないが、もし。もし俺が物語のように転生できて、もう一度生まれを選べたとしてどうだろう。

 眉村のようになれば、どこへ行ってもキャーキャー言われ、なにをしたってチヤホヤされ、人は好意的に受け入れてくれるのかもしれない。

 生まれ持った才能もある。人生イージーモード。立場が変われば人も変わるというから、俺は自信に満ちて後悔無く幸せな人生を送れるかもしれない。


 でも、選ばない。

 眉村でなく他の誰も選ばない。俺は柴田獅子虎ししとらをもう一度選ぶ。


「俺は……そんな簡単に俺自身をやめるなんてしねえ」

「えっ、なんです!? ちょっとカッコイイですね、柴田さん! 私が女神じゃなかったら、キュンキュン来てるかもしれません!」


 べつに友情・努力・勝利とか熱いものじゃなくて。負けたままリセットで逃亡なんて、ゲーマーとしてのプライドが許さねえ。


「あ、でもやっぱり巨乳褐色エルフに生まれ変わりたい」

「最悪です……ぶち壊しです……」

「なんとでも言え。男なら誰でも女に生まれ変わってみたい願望はあるんだよ!」


 キュート可愛い服でキャピってさ、「私はみんなのアイドルだからーっ!」「うおおおおおーーーー!!!」みたいなさあ! ちょっとはあるだろ!

 ばいんばいんボディでセクシーな服を着て、胸チラだのももチラだのしてウブな青少年を赤面させてやりたいとか! あるよね! ね!

 絶対あれ楽しいぞ!


「まあ柴田さんが女の子になっても、ね……」

「きさま、なにが言いたい!」


 俺の激昂も虚しく、汗をかいて苦笑いしているエレクトラの自作スタンプだけが送られてきた。



☆★☆★



 どうすればよいのか。

 もう一つ、頭痛のタネであるハンカチのことだ。──メインはピンク色なんだが、なんていうか桃色じゃないピンク。可愛いけど落ち着いたデザイン。眉村やまとに似合っている。と、俺は思う。


 いや、デザインの話はどうでもいいんだが、俺には激しく縁のない物体がカバンの中に入っているというだけで、得体の知れない緊張が這い寄ってくる。


 やっぱり返すべきだよね。

 それもできるだけ早い方がいい。半ば強引に奪い取ったような形で持ち帰り、「いい匂いするわ~はすはす」とかやってる疑いを掛けられないためには、今日が一番いい。

 2限目の授業中、俺は苦悩し、休み時間も身悶えしながらやっと眉村和にメッセージを送る。


『こんにちは。ハンカチ返したいので、昼休みに図書室来れますか?』


 何度も書き直したのに、これ。

 挨拶は「おはようございます」のほうがいいのかとか、要件をいきなり書くのはぶしつけじゃないかとか、昼休みって急すぎないかとか、図書室でいいのかとか、「来てくれませんか?」じゃなくて、「来れますか?」でワンクッション置いたほうがいいんじゃないかとかで──結果、これ。これ!


「いやー、これ以上の生き恥をさらしたくないという、柴田さんのジレンマが滲み出た1時間でしたねえ……」

「うん冷静に観察するのやめて?」

「取って喰われるわけでなし、山より大きい猪が出るわけでなし、柴田さんはなにをおビビリになってるんですか?」


 小馬鹿にした感じがありありと出ている。おビビリあたりに。


「いやだってお前、女の子だぞ」

「同世代の同じ人間じゃないですか。初対面でもなく、もう何度も会っていますよね? 相手が女神わたしならともかく、緊張する要素が見当たらないのですが」

女神おまえ程度に緊張してたら、小鳥がさえずっただけでショック死するわ……」

「その失礼な物言いを叱りたいところなのですが、さっきから汗の出方おかしくないですか?」

「は、ははっ……何……いってんの」


 自分でもなぜ今更なんだと思う。

 眉村和とは複数回会話しているし、町でも出会っている。色々と破滅的だったにせよ、コミュニケーションは取った。──いや、あれは交流コミュニケーションなんてレベルじゃなくて、接触コンタクトレベルだな……。

 それでも人間て慣れるもんだろ。


「いやなんか、前置きが長いつーか、ハンカチ洗濯してからずっと意識させられてたせいか、記憶再生がループしてだな、してだな、だな」

「し、柴田さん……?」


 じつは徹夜でゲームができたのも、半分は眠れなかったせいだ。残り半分はできるだけ考えないようにしたかったから。

 普段の俺なら、男衾おぶすまの出したスリップダメージ戦術に難色を示しただろう。なにせ長丁場で一番負担が来るのはタンク職だ。一つのミスでみんなの何時間もの努力が水の泡になりかねない。

 しかし、気もそぞろな俺はあっさり引き受けてしまったのだ。


「会って返さなきゃってのが現実的にどんどん近づいてくると──なにか……変な緊張感で心臓が、おかしな、おかしいな、おかしな感じ、にだな」

「柴田さん柴田さん、バイタルサインが変なことになってますよ! ともかく深呼吸、深呼吸してくださいっ!」

「はは、コキューってなんだっけ」

「息を吸って吐くことですよ!」

「すー……すー……すー……すー……」

「吐くの忘れてますよ!」


 俺、この先生きのこれるの?

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