12 メイドマスターX

 天国か極楽か、はたまた地上の楽園か。

 目が覚めて初めに目に入るものが美少女だったとしたら、それは幸せだといえるんじゃないだろうか。

 そいつがゴスロリで、電脳の女神で、涙目鼻水垂らしながら俺に馬乗りになっていなければ、だが。


「じぃぶぁだぁざあぁぁぁん!!!」

「────っ! ……えっ、なに、俺死んじゃったの? もしかして、死神デス?」

「なに言ってるんですがぁああ、あなたの女神さまエレクトラでずようぅ!」

「ああ、やっぱ死んだのか……しょうがない」

「寝ないでください! 二度寝しないでください! 納得もしないでください! せっかく昨日いただいたお供えで神界に召喚したんだから、話聞いてぐだざいよう!」

「えっ!?」


 起き上がってみてみれば、たしかに俺の部屋ではなかった。

 初めてエレクトラと出会ったあの真っ白な部屋だ。


 ついでに言えば、エレクトラの顔を見たのもあれ以来だ。ずっとスマホでやり取りしていたから、銭に汚い性根の腐った腹黒イメージがあったが、たしかにこんな感じの美少女だったわ。

 今となっては美少女(笑)って感想しか出てこないが。


「ああ、エレクトラか」

「……ぐすっ。なんでエレクトラって言ってるのに、やっぱり死んだと納得したんですか」

「え、そんなこと言ったっけ?」

「やっぱり私のこと女神だとおもってないんですね! よりによって死神だなんて! うわぁあああぁあああぁああああん!」

「いやいや、まてまて。寝ぼけてたから、しょーがないだろ! 死神とか思うわけないって」

「……ほんとです?」

「どっちかっていうと疫病神だろ」

「ぎぃ……」

「どこから音出してるんだよ」


 起き上がってみると、俺は天蓋付きの黒いレースやらヒラヒラやらで満たされたベッドで寝ていたらしい。やたらでかくて、クッションとぬいぐるみだらけで、いかにもエレクトラの趣味といったベッドだ。


 ほかには初めて召喚されたときに見た玉座があるだけで、相変わらずがらんとしている。

 エレクトラは空から落ちてきたテーブルとティッシュの箱──これもゴスロリデザインだ──からティッシュを引っ張り出してちーんと鼻をかんでいる。


「はっ! そんなことより! 大変なんです!」

「なにが」

「私の、私の神格ゴッドランクがぁ……」


 エレクトラは消え入るようにそう言うと、そっとスマホを俺に見せる。


「6、て書いてあるな」

「6でぎゅう……」


 またビタビタと涙を流し始めるエレクトラ。


「え、下がったの?」

「昨日、柴田さんにいただいたお供えの力で部屋に新しい家具を置こうとスマホだしたんですが……」

「待て」

「あ、しまいましたっ」

「おまえ、この空間は俺と会う時に使ってるだけで、普段はいないつったよなあ? なんで俺のお供えで部屋の模様替えしてるんだよっ!」


 がしっとエレクトラの小さい顔をつかむ。女神の顔を鷲掴みだ。


「いたたたたたたたた、いたぁい! 帰宅部なのにどうしてそんなアイアンクローが痛いんですか!!」

「廃人ゲーマーの握力舐めんなよおおお!」

「取れちゃう! 顔が取れちゃいます!」

「いい機会だからお前の化けの皮を剥がしてやるよ! どーれ、その可愛いお顔の下には、どんだけド汚い本体があるんだろうなあぁ!」

「うぎぎぎぎ、いいじゃないですか! ちょっとぐらいいじゃないですかあ! 柴田さんだって、ネットゲームで課金して家をカスタマイズしてるじゃないですかああぁああああ!!!!」

「……ちっ」


 それを言われると反論しづらい。

 レアな家具欲しさに課金ガチャ回しまくったり、30時間周回マラソンとかしてるからな。

 ためらう素振りを見せた俺に、エレクトラは好機到来とばかりに勢いづく。


「家に設置してるNPCだって、課金ガチャでゲットしたメイド服着せてるくせにですよー!!!!」

「  な  ぜ  知  っ  て  い  る  」

「ひぃっ」

「ギルドの連中にも教えていない第二の家セカンドハウスの秘密を、なぜ知っている」

「あ、あわわわわヤブヘビってしまいました」

「どこまで?」

「い、命ばかりは‥…」

「……ど・こ・ま・で」

「さ、最大規模の敷地に総勢20名のメイドさんをはべらしていて、衣装はもちろんのこと、彼女たちに適用されているボイスやモーション、髪型もすべて超レアもの。ご近所ばかりかワールドサーバの住人にまで『メイド御殿』と呼ばれ、イベントに合わせて毎回屋敷を改築、メイドさんも水着や浴衣、ハロウィンコスプレ、振り袖などに衣替えすることで見物客も来るぐらい有名で、訪問者数はのべ50万人を突破、まとめブログでもたびたび風物詩として記事にされ、その所有者は『謎の紳士X』とされていることぐらいしか知りませんっ!!!!」

「それで全部だよ、バカヤローーー!!!!」


 こいつ、ネットストーカーどころじゃねえ。もっとヤバイなにかだ。出会ってたった数日で、どこまで知ってるんだよ。


「いやああああぁああ!!! ストマッククローだけは、ストマッククローだけは許してください!!! おへそがもげちゃいますからあぁぁ!!!」

「マニアックな技知ってるな、お前」


 へなへなと倒れ込んで哀願するエレクトラ。

 いや、さすがに女の腹を鷲掴みにする勇気はない。


「……いいか、ぜってえ誰にもバラすんじゃないぞ」

「も、もちろんです! 私は柴田さんの女神ですから恩恵こそ与えれど、災禍なんてとんでもない! 柴田さんがお亡くなりになったあかつきには、オンラインとHDDのデータ全部キレイにふっ飛ばしてやりますよ!」

「その能力欲しいやつたくさんいるだろうなー」


 女神なのにその程度しかメリットないってのが問題なんだが。


「まあ、いいや。──で、6になったんだろ」

「はっ! そうですよ! 6ですよ! そこが今日の主題のはずなんです! なのに柴田さんときたら、予算を透明化しろだの、情報公開をしろだのと! ペレストロイカ! グラスノスチ! そんな場合じゃないんです! 6ですよ!」

「ぷっ、6死神デスよ」

「きぃいいい! 誰のせいだと思ってるんですかあぁあああ! 柴田さんが、柴田さんが神ポイントを稼いでくれないから、私の神格ゴッドランクがどんどんどんどんどーーんどんどーーーーーんどん目減りしていくんですよおおぉお! んあーーーーん!!!!」


 エレクトラは天蓋ベッドにダイブすると、手足を泳ぐがごとくジタバタさせて泣き出す。


「分かった分かったって。とりあえず、歩きスマホ注意するか、ビタミンB勧めりゃいいんだろ」


 想像するだけで嫌になるが、この際仕方ない。いろいろあってなんだか吹っ切れた気もするし。

 数日前の俺では考えられない前向き加減だ。いやヤケクソというべきか。


「でもボッチバタさんの話を聞いてくれる人なんて、どこにもいないじゃないですかぁ~!」

「お前、人に頼む態度……」


 容易く人の心を踏みにじっていくこいつの後ろには、殺意しか残らないんじゃないだろうか。そう思う。


「このまま神格ゴッドランクが下がり続けて0になったら、お前消えるんじゃね?」

「ヒィッ」


 一気にエレクトラの顔が青ざめる。


「だ、だだだだだだめですよ、柴田さん! そんなヒドイこと、許されてはいけないですよ。ねえ、そうですよね? ねえ、ねえ、ねえ! 柴田さんだってせっかく上げた起点マーカーレベル、もったいないですよね!?」

「いや、その禍々しい数字のお陰で俺はひどい目に会ってるんだが」

「いえいえいえいえいえ、だめですよ、だめです! 後ろ向きに考えるのは柴田さんの悪いところです。女神を見捨てるなんて、とんでもないですよ! ねえ、ねえ! ねえ!!!!! お願いですから、やると言ってください、やる……やるって……うえ……うええぇ」


 またベッドに突っ伏して泣き出すエレクトラ。

 スカートがめくれ上がってパンツ丸見えになってるのは黙っておこう。色気もクソもないが、指摘するとまた騒ぐからな。


「あー、泣くなって。とりあえず、色々試してみようぜ」

「柴田さんっ!!! さすがです! 私が見初めた人なだけはあります! そうと決まったら、さっそく現実世界に戻って作戦会議レッツゴーですよー!」


 一つエレクトラの良いところを挙げるとすれば、このムダに前向きなところだろうか。泣き叫んですぐに笑い出すようなヤツなので、後先考えてないってだけなんだが、それでも考えあぐねて悩み抜いて、石橋を叩いて渡らない俺からすれば、少し羨ましい気もする。

 が、こうはなりたくない。

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