08 レベルキャップ・インフィニティ

「柴田さん、スマホの電源切っている間に、なにやらかしたんですかぁ~?」


 俺は黙々とタンクの仕事をこなす。

 もちろん、ネットゲームでのことである。


「1から。ダウンで連続拘束」

「わかった」

「りょ」

「おっしゃこいや~」

「あーい」


 さすがにシーズン終盤イベントの敵だけあって固さもダメージも半端ない。

 気を抜くと一気に瓦解しそうだ。


「ねえねえねえねえ、なんでぼっちの柴田さんが女子と一緒に歩いてたんですかぁ?」


 外部音声はカットしてるのにエレクトラのやつ、わざわざゲーム内で話しかけてきやがる。これゲーム内でハックしてるのか、ヘッドマウントディスプレイをハックしてるのか、どっちだ?


「ウッシャン、弁当頼む」

「うしろ置くねー」

「あり」

「あれぇ貫通してっかぁ~?」

「白金いける。銀アヤシイ」

「コンカッション注意。遠距離はかするだけで防具耐久削られるぞ」

「オゾい」

「これぇ~レアドロないと赤字だろ~」


 今回のイベント、敵が2体出るんだが10秒以内で同時撃破しないと片方が復活。なのに一体のHP削るのに20分。攻撃も大ダメージ範囲攻撃と、状態異常攻撃3連続、防具破壊してくる遠距離攻撃の三択とか、ひどすぎる。今のところどの攻撃なのかモーションで見分けつかないし!


「柴田さーん、応答せよー」


 前日からの突撃情報で面倒な敵だというのはわかっていたが、いまだ突破者ゼロなのも納得。公式掲示板はただいま絶賛大炎上中。難易度の下方修正もありうる。

 とはいえ、大手ギルドの前線組はすでに徹夜でやり続けて攻略目前らしい。ここでクリア者が出てくると、話はややこしくなってくる。難しくてクリアできないという大多数一般プレイヤーの不満に応じて簡単にしてしまうと、今度は重課金と物量作戦でクリアした廃人組から文句が出る。運営会社として、月額基本しか課金しない多数派を優先するか、特盛課金しまくりの少数派を優先するかのジレンマが始まる。


「どうして女の子といたんですかー? 隠し事してもバレますよー?」


 ニヤニヤしている顔が浮かぶような声だ。

 これ以上こいつに弱みを見せるのはなんとしても避けたい。無視だ無視!


「──あ、メッセージだ」

「え?」


 遅れて視界にスマホアイコンがポップする。

 このゲームはスマホを連動させてゲーム内で使うことができる。そのために高っかい対応機種を買ったのだが、こんな時に!

 一瞬気を取られたタイミングで、俺は範囲攻撃を防御し損ねてまともに食らった。装備のおかげで即死こそないが、HPをごっそり削られてしまった。

 もう1体が攻撃モーションに入るが、当然標的は引き付け役の俺。なんとかしのぐしかない。バカ高い回復薬をがぶ飲みすることで、ギリいけるか?


「回復撃つねー」

「あ、ウッシャン、いまダメ」


 俺のタンクが倒れたらパーティはじりじりと削られて全滅する。回復役ヒーラーはもちろんそれをわかっているので優先で回復してくれるのだが、タンクの次に敵に狙われやすいのがヒーラーなのだ。

 俺が防御し損ねるということは、カウンター攻撃ができていないということ。カウンター攻撃ができていなければ、ダメージを受けなかった1体目の敵意ヘイトは下がる。一方で回復魔法の詠唱は敵のヘイトを上げる。

 通常、敵の可視範囲外なら問題ないのだが、今回の敵は可視範囲がやたら広かった。というか攻撃を見るにこの戦闘ステージで安全地帯がない。

 つまりタンクとヒーラーの標的順位が入れ替わってしまう。


「あぁー!」


 どれだけ高性能防具でも、ヒーラーは防御より回復と補助に性能特化している。あっけなくヒーラーが遠距離攻撃で麻痺になり倒れた。

 なんとか立て直そうとヒーラーが戦闘不能から回復するまで2体を引き付けるが、大きくHPが削られている状態では無理だった。

 次に俺が


 入れ替わりでヒーラーが復帰してきたが、タンク役がいない状態では回復が追い付かずアタッカーが倒れ、またヒーラーが倒れ、復活した俺がさらに倒れてと即死レスキルのドミノがあっという間に起こった。


「これはキツイ」

「外道」

「タイガー、ごめん」

「いや、あれは俺のせい」

「絶対ぇクリアさせてはいけないゲームか~い!」


 全滅後の転移中にみんなが悲鳴を上げる。


「防具耐久が……」

「鍛冶職人大繁盛だな」

「ポロンがクラメンの装備修理しっぱなしって愚痴ってたな」

「本職アタッカーなのに出撃できなけりゃな……」


 俺はみんなの会話を聞きながら、スマホ連動アプリを起動する。

 メッセージ送り主は「眉村和」と出ていた。

 これ、やっぱり放課後の女子生徒だよな。他に俺にメッセージ送ってくるのって、1人と1柱だけだし。


「ちょい離席。空きメンツでタンクいたら気にせず行ってくれ」

「りょ」

「わかった」

「僕もフロー」

「メ~シぃ~」


 俺は離席状態AFKにして、メッセージを見る。


『昼間はありがとうございました。怪我は大丈夫です』


 ほっ。


『よかったです。ほんとにごめん』

『いえ、私もぼーっとしてたので、気にしないでください』

『何かあったら、連絡してください』

『わかりました』


 思い返してみれば、女子生徒の制服の紐タイはエンジ色だった。自分でも言っていたとおり、1年生だろう。

 顔は──俺が動転していたのと、女子生徒がメガネをかけていたからあまり意識していなかったが、ハーフっぽかった気もする。

 やはりあのサッカー部のイケメン眉村の妹なんだろうか。

 しかし眉村は栗毛で長身の一方、女子生徒は黒髪で小柄だった。というか、イケメンの自覚アリアリで、気取ってて、人見知り皆無、つまり濃縮ポジティブの眉村と、今日のあの女子生徒では雰囲気が真反対すぎるが。


「柴田さん、女の子をキズモノにしてしまったんですね! 見損ないましたよ!」

「あー……まあ俺が悪かった」

「冗談です。柴田さんは立派でしたよ?」

「……スマホのマイクか」

「察しが良すぎて怖いです!」


 眉村……さん?のスマホは、ポケットの中だったはずだ。だがレンズで見えなくてもマイクがある。あれで会話を聞いていたのか。図書室を出てからも食堂にいた生徒たちのスマホ、校舎の防犯カメラ、保険医の先生のスマホから覗いてやがったに違いない。


「お前、分かってて俺をつついてただろ」

「お、怒ってます?」

「いいや」


 俺はため息を付いてヘッドマウントディスプレイを外す。

 学校帰りにコンビニで買ってきたスナック菓子を開けて、つまんだ。


「お前、暇だからずっと俺のこと監視してるのか? それともそういう性癖?」

「なっ……! 柴田さんを盗み見て興奮するとか、考えるだけで髪が抜け落ちそうです!」

「おまえぇ! 今すぐ呼べ、お前のボッチ部屋に! 白黒はっきり付けてやるから!」

「ボッチ部屋っていうのやめてください!」

「……お前さ、なんか俺のこと疑ってんの?」

「いえ……そういうわけでは」


 俺は疑ってるけどな。


「じゃあ、違う理由があるんだよな」

「やだなあ、大したことじゃないですよ」

「言ってみろって」

「柴田さんが本当にもうお金持ってないのかなーって」

「鬼か!」

「鬼です」

「えぇ……」

魔鬼フラクのせいですよ」

「──あの猿のバケモノか」

「ああいうのは大したことないので、コスパが悪いですけど、強力なものが出てきたら神ポイントゲットのチャンスですからね」

「いや、でもレベル5の俺じゃどうしようもないだろ?」

「だから危険な場合は拡張オーグメンテーションで防御を固めて逃げることも考えないといけません。あと神気のこともあるので、スマホは切らないでくださいね!」

「忘れてた」


 なんか精神がヤられるんだった。あぶねえ。


「あ、私も忘れてました。柴田さんおめでとうございます! レベル6になりましたよ!」

「お、やったな」

「ポストとおそろですね!」

「ポストも照れて赤くなるな!」


 まだ郵便ポストと比較される呪いは続くのか。


「あれ? でも俺何かしたっけ?」

「眉村やまとさんの件で」

「ああ、あれでか……」

「はい」

じゃなくて、やまとって読むのな」


 ハーフらしくないな。まさに和風。


「素敵ですけど、女の子にしては珍しいお名前ですね」

「だな。……まあ、俺が言えたギリじゃないが」

「獅子虎なんて『強いもの合わせたら最強じゃね?』的な、カツカレーのようなお名前ですよね」


 怒るべきか微妙だなー。カツカレー美味いし。


「でも、俺べつに良いことをしたわけじゃないだろ。あれで上がるならマッチポンプになっちまうぞ」


 昔のマンガじゃないが、女の子を仲間に襲わせて、それを退治して手柄にするみたいなやつ。


「あれれ。こんがらがっていませんか。をしてというのは、私の神格ゴッドランクが上がることですよ。柴田さんの起点マーカーレベルには関係ありません」

「あっ、そうか。じゃあ俺の存在感が増したってこと?」


 眉村和と知り合ったから?

 アクシデントだったとはいえ、あの程度のやり取りで?


「そういえば、起点マーカーレベルって、上限いくつなんだ?」

「上限はないです」

「カンストなしとか、廃人が泣いて喜ぶな」

「業が深すぎますね」

「まさに自分との戦いだからな」

「言葉はそれっぽいですけど、ぜんぜんカッコよくないですよ? ──まあ、レベルに上限はないですが、時空的限界がありますので、無限ではないですけどね」

「ふーん、わからん」

「参考値として、男子高校生の平均がレベル16ぐらいです」

「……えっ?」


 いや、予想はしてたけどキツすぎない?


「だいたい家族と知人・友人の合計値ですね」

「ああ、そういう……」

「柴田さん、人は自分のためにしか泣けないんですよ?」

「うん、それ俺が言ったやつな」


 まあ、今日は凹みまくったけどあれで1レベル上がるなら、クラスで挨拶して回るだけでレベル上がりまくりそうだな。眉村和ほどの会話ではないので、半分の0.5だとしてもクラスで20レベルは固い! 学年だと……500! 全校生徒なら1500! 男子高校生の平均16とか、ぶっちぎるわ! もう赤いペンキかぶろうか悩まなくて済むな!

 でもうん……挨拶、なあ。

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