-Phase.01- 学校生活を楽しもう!
04 電脳マモニズム
朝。
また朝が始まる。
正直言って、俺は朝が嫌いだ。
朝目を覚ますと何もかもが終わっていて、また最初から初めなければいけないような、落ち着かない気持ちになる。たぶんこんなこと言っても、誰も理解なんてできないだろうけど。
「ふぁーあ」
伸び一つして、カーテンを開ける。
「え」
俺の部屋のど真ん中に誰か、いや何かいる!!!!
「はっ……あっ……」
頭に薄汚れた袋を被った猿?が立っている。
毛むくじゃらなのだが全身びっしょりと濡れていて、壁に向かって立っているのだ。
「え? えぇ……」
なにか言っているようなんだが、声が小さいというか、すごい低い唸り声みたいなものでブツブツ言っている。猿じゃなく人……なのか?
俺は恐る恐るベッドから下りて、耳をそばだてる。
やっぱりよく分からないが──
ぼり……ごり……
言葉と一緒になにかを噛み砕く不気味な音がする。
ぼるり……きり……ご……り……
ていうか、知りたくないんだけど! 見たくないんだけど! でも間違いなく、その音、
「はわわわわわわわ」
俺が腰を抜かしていると、スマホの着信音が鳴る。
「もしもしーエレクトラです。おはようございまーすっ」
「もしもしおはよう俺だけどこれ何ぃー!?」
「さっそく視てしまいましたか。カメラを向けてください」
俺が震える手でスマホのカメラを向けると、
「あ、大丈夫ですね。ほっといてあげてください」
「俺の部屋ぁ!」
「心配しなくても、2,3日でいなくなりますよ」
「え、これ2泊もしていくのっ!? ボリボリ言いながら!?」
「それが昨日申し上げた、
「俺、朝っぱらからショック死しかけてるんだけどっ!」
「えー……」
明らかにめんどくさそうな声。
こいつ、ほんと頼りがいがない。
「ねえ神様でしょ、神様だよね!?」
「お供えがないと力が出ないです、トニー」
「トニーじゃないけどなんとかして! 俺朝一のトイレ行きたいの! するぞ! ここで!」
「では、お供えよろしくお願いいたしますっ」
ここだけ声音が高い。
電話に出るカーチャンかよ。
「金、金か! いくらだ!?」
「いくらなら出せます?」
俺は震えながら枕元の財布を覗く。
ああ、なんか
街の裏路地とか、学校の体育館裏とかで。
「さん……2000円ならっ!」
「3000円ですね、わかりました!」
「まって俺の昼飯」
「いきますよぉー!
スマホの画面から瑠璃色の炎が吹き出し、俺の身体を覆って形をなす。
「おおおっ……!」
昨日の変身か!
アレならやれる気がする。
オンラインゲームならこんな猿はザコ同然、俺は世界樹を蝕む邪竜から終末の獣まで、破滅級のバケモノを攻略してきた神タンクだからなぁ! ワンパンだよ、ワンパン!
「……あれ?」
期待に胸を膨らました俺のワクワクはあっさり裏切られた。
変身どころか、まったく変わってない。
「おい」
「なんです」
「昨日のアレ、早く」
「いや、ムリですよ。あれ見た目だけですし、体験版ですし、本来は全身フル拡張なので5分20万円です」
「たっか! たっか! お前ボッタクリかよ!」
しかも見た目だけって、それただのオシャレ
「でしたら、1回1000円のガチャもご用意してますっ! 1万円で11回引ける連続セットがお得ですよ! 大当たりでなんと100万円分の神クーポンが」
「当たり排出率はぁ!?」
「……0.03%デス」
つまり1万回やって3回しか当たらない。さらにその確率周辺に収束する試行回数は100万回以上……。
「お前、電脳の女神じゃなくて課金の女神になれよ! もしくは拝金主義の女神!」
「それぐらい拡張って大変なんですよ! どれだけ高性能なレア武器だって、素材がなければ作れないじゃないですか!」
「超納得だけど、なんとかしろ! してっ!」
「柴田さん、いいですか? 落ち着いて腰を見てください」
「なに?」
自分の腰を見ると、ジャージのゴムに赤い割り箸みたいなのが挟まっている。
いや、赤いというか見慣れた朱色。
オンラインゲーム内で俺のダークエルフが装備している大小の二刀──大の銘を
そのレプリカっていうか、ミニチュアっていうか。
1/12アクションフィギュアに持たせたら、ちょうどいいサイズ感。
「俺は一寸法師じゃねえぞ!」
「柴田さん、早くしないと消えますよー、あと10秒ぐらいです。9、8、7……」
「もうぅぅやだぁああ!」
俺は割り箸刀を引き抜くと、ヤケクソで斬りかかる。リーチが短すぎて斬りかかるって言うほどの動作でもないんだが。コラ! コツン! って感じでショボいことこの上ない。
猿は身動きしなかったので、あっさりと当たる。
ミニな刀だが、威力は抜群だった。
まさに一刀両断。
「……」
猿は無言のまま、黒い煙を上げてぱっと霧散する。
「こっえぇぇええ……」
握っていた割り箸刀も煙のように消えた。
同時にスマホからチャリーンとやけに明るい音がする。
「おめでとうございます柴田さん、
「なんだ神ポイントて」
響きがいかがわしい。
「昨日言ったじゃないですか。私の
「ああ、歩きスマホとかのやつな」
「です!」
ん? そういえば。
俺にレベルがあるってことは。
「お前の
「え……?」
「あるの?」
「ええ、まあ……」
「……いくつ」
「だ、だめですよ。神を値踏みしてはいけません。不敬ですよ!」
「俺より上?」
「ま、まあ、いいじゃないですか」
なぜ隠す。
いくら新しい神といっても、ITな現代社会で「電脳を司る神」とか相当な影響力がありそうなもんだ。なのに信者とか氏子がいるわけでもなく、お供えも皆無とかおかしくないか?
初めの拡張こそ凄かったが、ハリボテだし。ボッタクリだし。胡散臭いし。
そういえば契約でモメたとき「眷属」だの「主神」だの言ってたから、もしかしたら電脳の女神ってこいつだけじゃないのか?
ほかにも眷属──つまり使い走りの女神がいるなら、こいつがド新人で低レベルだとしても不思議はない。
ここは脅すより──
「はははっ、なるほどね」
「なにがおもしろいんですか?」
「いや、人のことをゴミだのムシケラだの言ってさー、自分は氏子の一人もいなかったんだろ?」
「た、たしかにそうですけど、それは私のせいじゃなくて……」
「ご利益なし存在感なし魅力なし。まーさーにー、ペラペラの二次元だったわけだ」
「二次元じゃないですよ! むしろ神は多元です! 有史前より人々はその
「でもお前パシリだよね?」
「ぱっ……!」
「
俺があざ笑うと、エレクトラが必死な声を上げる。
「泣いてませんよ!」
「いや
「垂らしてませんよ! 悪質なウソはやめてください! 分かりやすく人の形をとっているだけで──」
「
「し、しししし失礼な! 許しませんよ! 罰を与えますからね!」
「うわーこわーい。鵜の女神だから、魚でも吐いてくるのかなー。生臭ーい」
「私はいい匂いですよ! フローラルなグッドスメルですよ!」
「グッドスルメ? たしかにイカ臭かったよ?
「ザコじゃないです! ザコじゃないです! いー! 謝ってください!」
「やーい、ザァーコ。クソザコナメクジヒモムシバッタランクいち~」
「私は7ですから! あっ」
「…………ふーん」
俺はジャージを脱いで制服に着替える。
「あ、あの柴田さん?」
「……そっか、ラッキーセブンか。5よりは上だなー」
「あの……」
「ポストよりも上だしなー」
「怒ってます?」
「んーん、怒ってないよぉ。たださぁ……」
「た、ただ?」
「7が5をあざ笑うって、ど~なのか~なあ~」
「ひっ」
ぷつ。
「あ」
通話切りやがった。
あいつ、発言の端々から大したことないとは思っていたが、やっぱりビギナーじゃねえか! ゲームで言えばチュートリアル終わったばっかだろ!
猿のバケモノ倒して3ポイントてことは、歩きスマホ注意で何ポイントもらえるんだか。
しかも、そのポイントが焼け石に水って言うなら、あいつのランクアップに何ポイントいるんだよっていう。
「はぁ……」
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