-Ttutorial- 女神と話してみよう!

02 豊満メタモルフォーゼ


 ん?

 なんだここ?





          ────なにもない。






 真っ白な空間というか、床も天井も壁もない。

 近くも遠くも──遠近感がないというか、まったくもって見えないんだが、これどういうこと?


 いや変だ。

 変だろ。

 変すぎる。


 目を開けていれば見えるはずの、自分の鼻先も見えないし。

 手も、足も、それどころか自分の身体が見えないってことは。


 夢……か?

 さっきまでVRのMMORPGやってたはずなんだが。

 俺、寝落ちしたの?


 ……だとしたら、やっべえ。

 俺タンクなのに、あのままだとパーティが全滅するぞ! 「タンク神・タイガーバター」の評判がガタ落ちになるのは間違いない。


 ──あ、タンクっていうのは敵を引きつけておく役割のこと。壁とも言う。固い防御力で猛攻をしのいで、味方をアシストする頼れる仲間だ!


 なんとかして起きないとマズい。とてもマズい。

 さっさと起きろ、俺っ!

 どうすればいいのか右往左往して俺が焦っていると、目の前で光が炸裂した。


「うおっ、まぶし!」


 その光は凝縮し、やがて形になる。


 人間……? っていうか、黒尽くめのゴスロリ少女だ。年の頃は、中学生ぐらいか。ちびっ子だ。

 そのゴスロリ少女がブランコに乗って降りてくる。


 ブランコを吊っているロープはどこから出てるのか分からないが、黒いリボンやらレースが巻かれてやたらヒラヒラしている。


「ようこそ、我が神界へ」


 そう言って少女が取り出したスマホをタップすると、ドクロやら骨やら逆十字やらがデザインされた怪奇趣味な玉座がまたしても何もない空中から現れ、すとんすとーんと落ちてきた。そして天地が定まる。


 続いて同じようなデザインのティーテーブル、黒レースのテーブルクロス、その上にお茶の入ったティーセットと小洒落たお菓子の載ったスタンドが、カチャカチャと着地していく。


「よいしょっ……と」


 ブランコからぴょいと飛び下り、ゴスロリ少女は玉座に腰かける。それから肘掛けに頬杖をついてスマホを眺め、うんうん一人頷いている。したり顔で。その間、俺は棒立ち。


「おい……」

「ふうむ……」


 ゴスロリ少女がまたスマホをタップすると、今度はでかいモニターが頭上から落ちてくる。

 画面には、VRシステムのヘッドマウントを装着して椅子に座る俺が映っている。

 PCのカメラから見ているようなアングルだ。左上には現在時刻23:46という表示。

 さらにゴスロリ少女がスマホをタップすると、さっきまでやっていたネットゲームの画面に切り替わった。


「とりあえず、ゲームのほう落ちますね」

「え、はぁ? ちょっ」


 ゴスロリ少女が画面を軽ろやかにスイープすると、キャラをログアウトさせた。


「いやいや、勝手に落ちるなよ! まだ日課あるからっ!」


 ツッコミながらも、俺は動揺していた。リモートアクセスにしても、ラグ皆無のあの速さはおかしいだろ。いや、それともハッキングか?

 それとも拡張現実ARモードに切り替えて現実世界リアルでそれっぽく見せているとか?


「んんん?」

「な、なんですか!?」


 俺はいぶかしげなゴスロリ少女に顔を近づけ、その白いほっぺたをベロリと舐める。


「ぎゃあああああーーーーーー!!!!! なにするんですかーーーーー!!!」 


 ゴスロリ少女は玉座から転げ落ち、心底怯えた目で俺を見つめた。


「………スベスベだな」


 ゆで卵みたいにツルツルだった。もしくは薄皮剥いた桃。


「なな、なんなんなんなんですか、あなた! いきなり初対面の相手の顔を舐めるとか、特殊フェチにしても一度実行してしまうと終わりってことがあるんですよ!」

「ほんのり、しょっぱい」

「最低です! 最の低! カニバリズムとか、もはやサイコパスです!」

「ふうむ」


 服の袖でほっぺたをゴシゴシして、ぷんぷん怒るゴスロリ少女。


 舌の感触も、味もあった。

 とすれば、ARでもVRでもないのか?

 俺が持っているのは家庭用のヘッドマウントディスプレイシステムだ。つまり、視覚と聴覚しかサポートしていない。触覚や味覚があるってことは……。


 もしかしていま噂になってる電子EドラッグDプログラムPか?

 だとしても酩酊感が皆無というか、こんなゴスロリ少女が騒いでるのがトリップ?


「まったく!」


 ゴスロリ少女はティーカップに口をつけ、丸い砂糖菓子を頬張る。

 さっきから気になってるんだが、椅子すら俺の分はない。

 なんなんだ、この扱いは……。


「まずは自己紹介させていただきます。えーっと柴田……獅子虎ししとらさん? 御本人と比べて、ずいぶん強そうなお名前ですね」

「……悪かったな、弱そうで」

「おっと、失礼~。──私は、女神エレクトラと申します」

「……は? 女神? エレクチオン?」

「エレクトラです、エレクトラ!!! 女神! エレクトラ!」

「女神ぃ~~~?」

「なんですか、その心底うさん臭いものを見るような目は!」

「ネットでおとなしく相手の話聞くのは新生児までだろが!」


 俺が言うとゴスロリ少女はうざったそうにスマホを眺める。


「……はいはい、わかりましたよ! 電脳こっちの世界と現実世界リアル魂魄こんぱくが深く重複していて、なおかつ理性的というのが適正ありと思ってあなたを選んだのですが、ここまで面倒だとは! 面倒ですねっ!」

「面倒なのはお前だ!」

「えーっと、さっきやっていらっしゃったMMORPGのデータはと」

「おいこら、また俺のアカウントいじるんじゃないだろうな! 不正アクセス禁止法つって……」

「私はキライジンの眷属にして、電脳の女神エレクトラ。最も新しき神にして、古き者」


 ゴスロリ少女──いや、女神エレクトラはスマホ画面から顔を上げ、にやりと笑みを浮かべた。


「これは神話の始まりです」


 世界がまた白い光に包まれた。



☆★☆★



「ん……」


 俺はよだれを拭って起き上がった。

 目の前が真っ暗だ。

 見慣れた黒い世界ブラックアウト

 ヘッドマウントディスプレイがスイッチオフになっているときのものだとすぐに分かる。やっぱ俺寝落ちしてたのか……。こんなことじゃ、立派なネット戦士失格だわ。


「うー……」


 あれは夢だったのか?


「はあ、ダリい」


 ヘッドマウントディスプレイを外し、椅子に倒れ込む。

 俺はこめかみをグリグリしながら、天井を見上げた。


「え」


 手が俺のものじゃないんだが!

 肌が褐色で、ほっそりとした指。長い爪。

 慌ててその手を裏返し、グーパーしてみる。

 意思通りに動くが、これ俺じゃないぞ!


「は? は? は?」


 俺は椅子から飛び起き、自分の身体を見下した。

 視界を覆う圧倒的おっぱい! おっぱい! でかい!

 あと服も俺のものじゃない!

 そして腰のベルトには朱鞘の大小が下がっている。


「まじでか」


 心臓の鼓動が高鳴る。

 俺はクローゼットの扉を開け、その裏についている全身鏡を凝視する。


 豊満な肉体に褐色の肌。

 銀髪に真紅の瞳。

 細長く伸びた耳に弧を描く眉。

 精巧というべき顔の造形に、身を包むエナメルボンデージと妖しき装飾の数々。

 中二病と言うなかれ、安心と信頼の鉄板こそが美の神髄なのだ!


 そこにはさっきまでVRMMORPGで俺が操作していた二刀使いのダークエルフ美女──タイガーバターが立っていた。

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