第3話「神無月」

散らかった部屋の中、アラームが鳴り響いた。

布団から出した手が寝る前に読んでいた雑誌やリモコンに触れた。

顔を上げて、アラームを止めようとリモコンのボタンを乱雑に押していく。

すると突然テレビの電源が入り、朝の情報番組が画面に表示された。

おはようございますというアナウンサーの挨拶が耳に入る。

勝彦は眉間に皺を寄せて、目を細めながらリモコンを乱暴に投げた。

そして、耳障りに感じる音を発し続けている携帯電話の捜索を再開させた。

「今日の最高気温は38度で、今年一番の蒸し暑い日になるでしょう。外に出られる方は、熱中症などにお気をつけください。」

その言葉に顔を顰めながら、乱雑に積み重なり散らばっている本をどかして携帯電話を掴んでアラームを切った。

勝彦はため息を吐きながら携帯電話を布団の上に投げた。

「倒れても困るし・・・今日はお茶を多めに持っていくか・・・。」

頭を掻きながらあくびをして、洗面台へと向かった。


「明日には退院できますよね?そうじゃないと困るんです。」

聞きなれた棟梁の声が遠くで聞こえた。

ぼやけた視界の中、真っ白い塊が目の前で苦笑しながらなにかを言っている。

聞き取りたくてもまとまらない思考回路にはそれが無理だった。

「こんにちは。」

突然真っ白い世界の中に双子の子供が目の前に現れた。

その姿は他のぼやけた真っ白い世界の中で唯一鮮明に見えた。

子供たちに手を握られた瞬間、今まではっきりしなかった頭の中が明瞭になった。

「こっちに来て。」

笑顔で二人は同時に言った。

首を傾げながら勝彦はその子たちに引っ張られるままに付いて歩いた。

しばらく歩くと、目の前に赤レンガで建てられた西洋風の喫茶店が見えた。

子供たちはその店の前までくると、勝彦と向き合うように振り返った。

「さて。」

二人は一斉に言う。

「私たちはどちらが男でどちらが女でしょうか?」

クスリと笑みをこぼしながら双子は困った顔をしている勝彦を見つめる。

同じ顔の双子は鏡のように対照的な容姿をしていた。

「どっちだと思う?」

片割れが楽しそうな顔をして言った。

「えっと・・・右かな?」

全く分からなかったから、適当にさっき話さなかった方を指差しながら言った。

すると、双子は顔を見合わせてから勝彦を見た。

「答えは内緒!」

笑顔でそういうと、双子は勝彦の服の裾を掴み、店の扉を開けて中へと招き入れた。


「いらっしゃいませ。」

中に入ると同時に気だるそうな少年の声が聞こえて来た。

店内を見回すが、その声の主はいない。

眉間に皺を寄せながら双子に話しかけようとしたが、いつの間にかその姿はどこにも無かった。

「誰に用があんの?」

また気だるそうな声がカウンターの方から聞こえてきた。

そこへ視線を向けると、茶髪で目つきの悪い少年がカウンターの下から姿を現した。

少年は黒いエプロンを身につけながら勝彦を見ている。

「さっき、双子がこの店の中に入ったと思うんだけど・・・。」

すると少年は不機嫌そうに顔を歪めて舌打ちをし、勝彦を睨んだ。

それを不快に感じた。

「ここは・・・お前みたいに死にかけの奴が生き残ろうとあがこうとする所だ。」

死にかけ?

「なに言ってんだよ。こんなに元気な俺が死にかけ?」

一歩前へと出ると、少年はカウンターを軽々と飛び越えて、勝彦に迫った。

「お前こそなに言ってんだよ!お前はどっからどう見たって、死にかけなんだよ!じゃなかったら、この店に来られる・・・」

少年が怒声に似たような声で言い切る前に、ゴンという鈍い音が店内に響き渡った。

なにが起こったのか理解できない様子で勝彦は、床に崩れるように倒れていく少年を見つめた。

「失礼な態度をとってしまい、誠に申し訳ございません。」

突然、眼鏡をかけた優男が少年の後ろからお盆を両手に持って現れた。

そのお盆をよく見ると、少し凹んでいた。

「なあ、俺が死にかけってどういうことなんだよ?」

勝彦は信じられない気持ちで話の通じそうな優男に迫った。

「話すと少々長くなりますので、どうぞ、こちらへおかけください。」

別の店員によって少年が引きずられるように退場していく側を通って、優男はカウンターの中へと入った。

そして、促すように目の前のスツールに向かって手を伸ばした。


「私の名前は師走と申します。」

促されるままに勝彦がスツールに座ると、相変わらずの優しそうな笑みを顔で師走は言った。

「病気だってここ何十年もしてないし、持病もないのに、なんで俺が死にかけなんだよ。」

胸中に浮かんだ疑問を師走に投げかけると、苦笑いをされた。

「当店では、現実世界で居づらくなった方がもう一度前へ進むためのサポートを行っております。」

そう言いながら師走はコーヒーの入ったカップを勝彦の前に差し出した。

「原則、契約前に当店へお越しになられた理由をお話するのはルール違反になりますが・・・。」

師走は少年が連れて行かれた扉にチラッと視線を向けた。

「今回は私どもの不手際でこうなってしまったので、特別にお応えします。今、担当の者をお呼びいたしますので、少々お待ちください。」

少し疲れたように見える顔をしながら師走は、カウンター横の扉を開けて中に入って行った。

師走が出てくるまでの間、暇つぶしに店内を見回した。

どこにでもあるような喫茶店と代わりがなかった。

しばらくすると、師走が入っていった扉から、仏頂面の男が出てきた。

良いところお坊ちゃんみたいに小奇麗な印象を受けた。

「初めまして。神無月と言います。」

そう言うといきなり勝彦の右手を掴んで、手のひらに左手の人差し指を置いた。


ジリジリと焼け付くような暑さと重くのしかかるようにまとわりつく湿気を感じながら、勝彦は額から流れ落ちる汗を汚れた軍手で拭った。

空を見上げると、黄色いヘルメットを照りつける太陽しか真上になかった。

「あつい・・・。」

喉を潤わそうと家から持ってきたお茶を飲もうと辺りを見回したとき、神無月の苦しそうな声が聞こえて来た。

声のする方へと視線を向けると、まるで火傷してしまいそうなくらいに熱せられたコンクリートの上に力なく横たわる神無月の姿が見えた。

「おい、お前!!こんな所でなにやってんだよ!」

勝彦は急いで神無月を抱き上げて、テントの中へと連れて行った。

神無月を手近にあったパイプ椅子に座らせて、奥に置いてあったクーラーボックスから氷を掻き出して袋の中に入れた。

椅子に凭れるように座っている神無月の首筋と脇、股に氷嚢を置いた。

袖から露出していた腕は、コンクリートと密着していたせいか、軽く赤くなっていた。

「おい、そいつお前の知り合いか?」

そんなことをしていると、首から下げている手ぬぐいで顔の汗を拭っている先輩がテントの中に入ってきた。

「あ・・・ええ、そんなもんっす。」

苦笑いをしながら曖昧に返事した。

先輩はさして気にも止めていないのか、机の上に置かれている飲み物を勢いよく飲んだ。

普通なら、嫌な顔をしてさっさと出て行くように言うはずなのに・・・なんで言わないんだ?

首を傾げながら先輩の顔をまじまじと見つめた。

「なんだよ・・・。俺の顔になにかついてるのか?」

眉間に皺を寄せながらも人懐っこい笑みを顔に浮かべながら先輩は止めどなく吹き出てくる汗を手ぬぐいで拭う。

「いえ・・・なにも・・・。」

そう答えると、先輩はへんなやつと言ってテントから出て行った。

「俺が周りに違和感なく受け入れるのは、この世界を作ったのが俺だからです。」

先輩の背中を見送るように見つめていると、神無月の弱々しい声が聞こえてきた。

「現実世界とこの世界はリンクしていないので、好きに行動しても、それが原因で今後の人生に支障はでないので安心してください。」


いつものようにホルマリンの入った瓶を隣に置いて、カウンターに突っ伏して眠っていたときのことだった。

「睦月、仕事中に居眠りはいけませんよ。」

背後から師走の声が聞こえたと思うと首根っこを掴まれた。

「な、何すんだよ!どこで寝ようと俺の勝手だろ?」

子猫のように摘まれながら睦月は両手足をバタバタとさせた。

「そんな自分勝手な都合、許しませんよ。」

低いトーンの声で師走は言った。

眉間に皺を寄せながら不機嫌そうな顔をして睦月はふてぶてしい態度で師走に謝った。

「まあ、いいでしょう。」

ため息を吐きながら師走は頭を抱えるように額に手を当てた。

「ところで睦月、どうしてここに居るんですか?」

「いちゃいけないのか?」

舌打ち混じりに睦月は答えた。

「そうではなく、神無月とともに行ったのではないですか?」

眉間に皺を寄せて睦月は少し考え込んだ。

「はぁ?師走に殴られてから気を失って、目が覚めたら如月しか居なかったぞ?」

すると師走は顔を真っ青にした。

「神無月は私と違って、時を逆行することがまだできません。ですから同じ世界を作るんですが・・・その世界から出る術を覚えていないんです。ですから、睦月とともに行ってもらおうと思ったのですが・・・。」

考え込む師走の周りを双子の文月と葉月が走り回った。

「師走のおバカさん!」

楽しそうにクルクルと回りながら二人は言った。

「文月、葉月・・・馬鹿って言った方が馬鹿なんだからな。」

そう言うと睦月は師走の肩を二回軽く叩いて、側にある壁に右手を付いて深く息を吸った。

普段見ない真剣な様子の睦月の姿を見て、双子は首を傾げた。

「睦月、神有月を探してください。そうすれば、帰れるはずです。」

壁の中に体を沈ませる睦月に向かって、師走は真剣な表情をして言った。


「それで、この場所は俺があの店にくる羽目になった理由とどう関係があるんだ?」

相変わらず、力なく椅子にしがみつくように座っている神無月に質問をした。

「あんた・・・じゃなくて、ここは貴方の意識が途絶える半日前の世界になります。なんで、ここでいつも通り行動してもらえれば、どうして当店にくることになったのかが分かります。」

勝彦は納得できず、首を傾げた。

「おい、事の顛末を少なからず俺は知ってるんだから、その日と同じ行動をとるとは限らないんじゃないのか?」

すると神無月は眉間に皺を寄せて、深く考え込む素振りを見せた。

「確かに・・・。不慮の事故なら分かるけど自分の不注意とかだったら、あの店にくる理由が起こらない可能性もあるな・・・。」

嫌な予感が頭の中をよぎる。

「なあ、俺は不慮の事故じゃなくて、自分の不注意で死にかけてるのか?」

神無月は理由を知っているのだろうと思い、聞いてみると首を左右に振られた。

「知っていたらこんなことはしない。今回は、契約前だから俺がこんなことをしてるだけであって、本来は師走が全部やってくれるんだ・・・。こんなイレギュラー、滅多に起きないから・・・慣れてないんだ・・・。」

「それじゃあ・・・ここに居る意味は無いのか?」

額から汗を流しながら勝彦は神無月に迫った。

「それに関しては大丈夫ですよ。それにしても、この日も大分暑かったんですね。」

そう言って神無月は服の袖口で汗を拭った。

勝彦は信じられない気持ちでそんな神無月を見つめながら、そばにあった新しいタオルを投げた。

「これで汗を拭け。」

神無月はそれを受け取ると、汗を拭いた。

「ありがとう。」


「一日頑張って働いたな。今日は、これから帰って寝るだけだろ?」

オレンジ色の空の下、仕事が終わってテントへと行くと、ようやく元気になった神無月がそう話しかけてきた。

「まあ、そうなるが・・・・。これから一回家に帰って寝て、それからまた夜中から仕事だ。」

荷物を無造作に取りながら勝彦は机の上に置いていた自前のお茶を飲んだ。

「そんなので体がもつのか?」

当然とも言えるような心配そうな顔をして神無月が聞いてきた。

「仕方がないだろ。こうでもしないと、生活ができないんだ。それに、今は人で不足で俺がいないと現場が困るし・・・今は大事な時期だから俺一人の勝手な都合で休めないんだよ。」

神無月が椅子から立ち上がった。

「あんたが休んだって、困るのはその一時だけだろ。どうせ、あんたの代わりなんかいくらでも居るんだ。体を壊してまで働いて、なんの意味があるんだ?」

それに腹が立った。

「お前、俺の話を聞いてなかったのか?こうしないと、金がなくて生活ができないんだよ。それに、今そんなことをしたら、仕事場に俺の居場所がなくなって、すぐに路頭に迷うことになるだろ。」

何も知らない青二才め・・・。

「そんな調子でいけば、いつか必ず体を壊すだろ。少しは大義名分なんか捨てて、自分の体をいたわったらどうなんだ?」

「俺の体は俺自身が一番わかってるんだ。今までだって働き過ぎで何度も倒れて病院に運ばれてきたが、なんとかなってきた。だから、大丈夫なんだよ。」

苛立ちをあらわにさせながら勝彦は神無月を置いて帰るように、歩む速度を早めた。

現場から少し離れた先で立ち止まって後ろを振り返ったが、神無月の姿は無かった。


去っていく勝彦の後を追いかけようとしたとき、蕎麦を持った睦月が突然目の前に現れた。

「やっと会えた・・・。」

そう言うと睦月は側にあった机の上に蕎麦を置いた。

「その蕎麦、どうしたんだ?」

アツアツな湯気のたっている蕎麦を指差して言うと、睦月は神無月の方に向かってそれを押した。

「師走が店から出る直前に神有月を探せって言ったから、ここに来る直前、出雲に行ってきたんだよ。それで、どこぞの知れない神社の境内でこれ持って神有月を待ってたんだけど、全くこねぇから、仕方がなくこっちに来たんだよ。」

照れくさそうに睦月は顔を赤くして言った。

どうやらこいつは、神有月を動物と勘違いしているらしい・・・。

「神有月はそんな簡単に出てこないって、どうやってこの世界に入ってきたんだ?」

すると睦月は背負っていたリュックを親指で差した。

「粋に聞いてその通りにしたらここに来れた。」

粋?

首を傾げると、睦月はため息を吐いた。

「友達・・・だよ。」

言いにくそうに言うと、睦月は蕎麦をさらに神無月へと近づける。

「それ、食べていいからな。別に、心配して腹空かせてるだろうなと思って、持ってきたわけじゃないんだからな。お前のために温め直してなんかないんだからな。」

うどんのように太くなった麺を神無月はじっと見つめた。

睦月のツンデレス具合がイマイチ分からない・・・。

一口食べて見たが、食べられたものじゃなかった。

「まずい。」

すると、睦月は口をへの字に曲げた。

「まずいって言うな。一生懸命運んできてやったんだからな。そんなに言うんなら、もう食べなくていい!」

神無月から蕎麦を取り上げようと手を伸ばしたが、その前に完食された。

「でも、腹ごしらえにはなった。ありがとう。」

すると睦月は顔を真っ赤にして、嬉しそうに顔を背けた。

「ところで、あの男はどこに行ったんだ?姿が見え当たらねえんだけど・・・。」

辺りを見回しながら睦月は言った。

「少し言い争いになったんだ。どうせ、また仕事でここに戻ってくることになるはずだから、ここで待っておこう。」


10

アラームの音が部屋の中に鳴り響く。

それを不快に思いながら、寝る前に枕元の側に置いたはずの携帯電話を手探りで探す。

勝彦は手をパタパタとさせた。

そうしているうちに、指先に硬い触りなれた携帯電話の感触があった。

それを手に取ろうとした瞬間、携帯電話が離れた。

「おはよう。」

神無月の声が聞こえた。

日中でのできごとが脳裏に浮かび、苛立ちながら顔を上げないで携帯電話をひったくるように腕を振った。

しかし、なかなかお目当てのものが取れない。

「一体、なんのつもりだよ。」

威圧するように勝彦は起き上がって、神無月の顔を見た。

「すぐに出る準備は整ってるから、あとは着替えるだけで十分だよ。」

綺麗に整えられた部屋の片隅に置かれた机の上を指差しながら神無月は言った。

そのありえない光景をじっと見つめていると、神無月は立ち上がった。

「戸崎さん、水分補給は大切なことだけど、ちゃんと塩分の入ったものじゃないと、熱中症になっちゃうんだ。だから、スポーツ飲料を持っていかないと駄目だよ。」

苦笑しながら神無月は、スポーツ飲料を勝彦に投げ渡した。

それを右手で受け取った。

その瞬間、あの店に入る直前に見た景色が病院であったことを今になって理解した。

「大丈夫。これから気をつければ、こんな目に合わないですよ。」

穏やかな笑みを浮かべて神無月は言う。


11

いつものように働いていると、吐き気がしたんだ。

前にも何度も熱中症になって病院に運ばれていた。

だから、どこまで症状が出たら危ないかは分かったつもりになっていた。

今は深刻な人で不足で休んでいる暇なんかない。

吐き気だけなら大丈夫と思い、仕事に没頭したんだ。

そしたら、吹き出すように止めどなく汗が全身から出てきて、そのうちピタリとそれが止まったんだ。

これはまずいと思って、家から持ってきたお茶をたくさん飲んだんだ。

それで、また働き始めたら体が痙攣して・・・棟梁に連れられて病院へと行ったんだ。

そしたら、呆れたような顔をした看護婦と出会い、「人で不足なんだ。明日には退院できますよね。」と話す棟梁の声が聞こえて・・・。

「そっか・・・熱中症で死にかけたんだっけ・・・。」

神無月から受け取った飲料水を見つめながら言った。

「熱中症を甘く見てはいけませんよ。若い人ほど体力がありますから、倒れたときにはもう手遅れというのもザラではありません。それで運良く助かったとしても、その余韻を受けることもあるんですからね。今のような生活を続けられないかもしれませんよ。」

人懐っこい笑みを浮かべて神無月は言う。

「病院にも同じようなことを言われた気がするよ。」

苦い笑みを浮かべながら勝彦が言った。

「仕事を続けていこうと思うなら、自分の体のことを主観的ではなく、客観的によく知ることは大切ですよ。」

そう言うと、神無月は玄関へと向かった。

「それでは僕の役目は終わったので、神無月と会ってきてください。」

なんのことを言っているのか分からず首を傾げた瞬間、強い目眩を感じた。

「僕の名前は神有月です。」

薄れていく視界の中、神無月のそう言う声が聞こえた。


12

「おい、大丈夫か?」

神無月の心配する声が頭の中で響いた。

眉間に皺を寄せながら目を開けると、神無月とあの目つきの悪い少年の顔が見えた。

「ここは?」

自分の部屋の中にいたはずなのに、現場に設置されているプレハブ小屋の天井が見えた。

「ここはお前の職場だ。テントの中で戻ってくるのを待ってたら突然、仰向けになって倒れてるあんたを見つけたんだ。」

神無月が言った。

ゆっくりと起き上がった。

「自分の体は自分が一番わかってる。」

神無月に言い放った言葉を呟いて、自嘲した。

「なんだよ・・・一番わかってないのは俺じゃないか・・・。」

家の中で神無月・・・神有月に言われた言葉を半数しながら、それに答えるように勝彦は言った。

「こいつが何かしたのか?」

少年が神無月を指差しながら言った。

それを不快に思ったのか、神無月は口をへの字に曲げた。

「いや、神無月によく似た奴がさ・・・思い出させてくれたんだ。俺がこの店に来なくちゃいけなかった理由を・・・。」

その瞬間、少年と神無月が勢いよく立ち上がって勝彦の手を引っ張った。

「おい!神在月はお前の家に居るんだよな?」

大きな声で少年は言った。

それに肯定すると、神無月が少年と顔を見合わせて頷いた。

「早くしろ!じゃないと、この世界から・・・・。」

そう少年が言った瞬間、世界が暗転した。

プツリと紐が切れるように思考回路が機能しなくなった。


13

目を覚ますと見慣れない真っ白い天井が見えた。

体が重く、起き上がることが難しかった。

視線だけを動かすと、点滴の袋が見えた。

「ちゃんと水分補給を行ってくださいね。今回は、稀に見る回復でしたけど、次回はないと思ってください。」

いきなり部屋の中に入ってきた看護師がそう言ったとき、棟梁が病室に入ってきた。

「今のうちにゆっくり休めよ。だけど、回復したらまた働いてもらうからな。」

苦笑しながら棟梁は言った。

そのあと棟梁と医者が廊下でなにかを話していたが、あの夢で起こった出来事が頭から離れなかった。

しばらくそれについて考え込んでいると、開けられていた病室のドアから廊下を走っていくあの目つきの悪い少年が視界に入った。

それに驚き、ベッドから降りると看護師に引き止められた。

「トイレに行ってくる。」そう言って病室を出た。

廊下に出て、あの少年の姿を探すように辺りを見回したが無駄だった。

病室から少し離れた先で別の看護師に見つかり、いい具合の言い訳が見つからなかった。

結局、本当にトイレへと行って自分の病室に戻った。


14

「あー気持ち悪い・・・。」

睦月は真っ青な顔をして、隣に置いてある瓶を指で力なくつつきながらカウンターに持たれた。

つつく度に、瓶の中に入っている未知の生物の片腕がホルマリンの中で揺れている。

「睦月、二日酔い?二日酔い?」

葉月が目を輝かせながら言った。

「違えよ。」

舌打ち混じりに睦月は答えた。

「仕方がないだろ。今回は全て君のせいなんだ。そうやって責任を取るのは普通だろ。」

涼しい顔をして弥生はそんな睦月の横に座った。

「おい、神無月。神在月にもうちょっと気分が悪くならないように気を使って帰れないのかって言ってくれないか?」

不機嫌そうな顔をして、コーヒーを作っている神無月に言った。

「そんなの無理だ。あいつはいつも俺のいない所で勝手に現れて、助言してあの世界から強制退場させるんだ。」

そう言うと、神無月は睦月の側に入れたばかりのコーヒーを置いた。

「蕎麦のお礼。」

すると睦月はまるで動物のようにコーヒーの臭いを嗅ぎ始めた。

しばらくすると、眉間に皺を寄せてカウンターに突っ伏した。

「俺、コーヒー嫌い。」

「別に飲まなくても気にしないから良いさ。」

穏やかな口調で言っていたが、コーヒーカップを握る手に力が入っているのがわかった。

そんな様子を見かねたらしく、弥生はため息を吐いてそのコーヒーを飲んだ。

「私はこの味が好きだよ。」

すると神無月は弥生に背を向けて、黙々とカップを磨き続けた。

「照れてる?」

葉月がそんな神無月に首をかしげながら言った。

「別に・・・。」

素っ気なく答えたようだが、その声は少し上ずっていた。

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