二十二~二十四

   二十二


 非常につまらない倉庫内作業員の仕事を見つけた。商店街の外れの薬屋で、配達用の錠剤とか水薬を梱包剤を詰め込んだダンボール箱に指示通りに入れる。フルタイムじゃなく週三、その日の分が終われば終了って具合で景色を見ながらのんびりやれれば良かったけど窓のない暗い倉庫で一人きりだからなるべく早く終わらせて帰るようにしていた。店長は魔術師じみた四十がらみの男でレキって名前だった。この人物は客の状況を感知してはそれを白と混同してその話を毎回していた。「おめえ、火遊びも大概にしろよ」「何ですって?」「青霊家の幹部の未亡人に手ぇ出すのはやめとけって」「俺じゃないですよ」「さっきはああ言ってたが本当に天使灰エンジェルアッシュはやってねえんだろうな。冗談を真に受けて目やにで目が腐っちゃ末代までの恥だぞ」「ああ、そうですね」「熱帯魚代はあとで払うからよ」「ええ、頼みます」どうやら客にこっそり売りつつ自分でもやってる違法な薬物が店長の症状をひどいものにしてるらしかった。彼のテレパシーがひどいときは相槌すら打つのも面倒になったが休まず毎日通っていた、それも店長が刃物を持ち出してくるまでのことでなんとか薬瓶を投げつけてひるんだ隙に逃げ出すことができた。給料は未払いだったが店に近づくことはもうなくなってそれからしばらくして店長が隣の卵屋の主人を殺傷したと聞いた。


   二十三


 その薬屋があったのとは別の商店街に移り住んだ。黄色く変色した新聞紙ばっかりを売ってる古新聞屋の上に部屋はあってその店はわざわざ新聞をしばらく寝かせた後薬液に漬け込んで日干しして古新聞を作っていた。隣は薬缶屋で向かいは小石屋、小石屋の隣は秒針専門店だったがどこも客が入ってるのは見たことがなかった。労働者の流出が続いている、帝都の人工太陽製造計画は思ったより大規模だったらしい。とはいえ貧乏人と失業者はあとからあとから湧いて出てるって感じだったし街はいつも通りに人でごった返して灰色に霞んでいるし湿度は高くてすぐに具合が悪くなりそうだった。酒場で声をかけてきた爺さんに使い走りの仕事を頼まれた。爺さんが毎日億劫に思っている買い物を代行するって仕事で楽だった。朱色の絵の具を爺さんは日々求めたので絵を描いてるのかと思ったらそんなことはなく廊下に積んであるだけだった、日々廊下は狭くなっていくので多少心配だったけど本人が欲しがってるのだから異論は挟まなかった。絵の具屋の店主には赤を基調とした大作を描いてるって思われてるだろうなと想像しがら毎日人で溢れてるけど両脇の店には誰一人として入らない商店街を歩いた。


   二十四


 それからしばらくして白の金が尽きるころ、人工太陽が完成したというニュースを拾った新聞で読んだ。人体発火現象は収束に向かっている。なんとかという芸能人が薬をやって捕まった。そういうニュースに混じって小さく、帝都の空に燦然と輝く光の写真があった。しかし塵都は暗いままだ。爺さんが死んで使い走りをやめたあと人夫をやってきつくてすぐやめ、スーパーマーケットで働き一ヶ月ほどでやめ、また工場で働いてて上司になぜかものすごく嫌われてすぐクビになったりした。蝶が飛んでいるのはいつも夜だったが塵都では昼にもよく見た。街を出る道路の横の歩道を白はのろのろと歩いていた。持ち物は瓶の底のほうに少し残ってるだけの月光酒ムーン・シャインのみで髭は伸ばしっぱなしだし風呂にだいぶ入っていなかった。少年が血を流してぶっ倒れてる。うつ伏せでどこを怪我してるのか分からないがたぶん死ぬ、近づくと少年は言った、「あんたに幸運を」白は答えなかった。「あんたのほうでもオレの幸運を祈っててくれよ」白はそうしようと思ったが結局しなかった。ジェット機が爆音を上げて都市から飛び立っていく、そして霞の向こうに消えて見えなくなった。また雨が降ってる、いつもと同じ風に長ったるく街を曇らせている、靴に水がしみこんでくるのを感じた、蝶は上空に数匹だけ。街外れに来ると目の前にこれまであまり見なかったもの、青空があった。塵都を出るとそこで区切られたように霞も雲も途切れてて青空。月からの塵は下手をすると一週間後にでもあの都市を埋めてしまうかもしれない。そしたらそこに新しい街ができるだろうからそのころにまた来るとしようか、あるいは一生来ないか。


 街と言うより既に霞んだ影でしかないそれを一度振り返って白は歩き出した。

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塵都乱 澁谷晴 @00999

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