十七
十七
安くてそこそこ質のいい定食屋を見つけた。毎日昼に起きて人造肉丼を食べていると、ある日ガスマスクの男が入ってきてマスクを外し、うまくなさそうに飯を食べると白に対して「凪のとこで働いてた奴だろ? 違うか?」といきなり話しかけてきた。「そうだけどあんたも?」「時折色々融通してもらってたってだけの顧客な、夕蓮は元気なのか?」「さあどっか行ったよ」「よくあることだ、この街じゃ皆知らない間にどっか行っちまう。あんた時間あるか?」「忙しそうに見えないと思うけど」「そうだ。ちょっと来てくんないか? 良い指屋がある、指輪が付いたままのやつとかもあるな」「指を必要としてないんで好意を無碍にするようだけど良いや」「なら今度色々紹介してやるよ」
その後も男には何度か出くわしたが別に彼が提供する上物を必要としていなかったので毎度見るだけ見て断っていた。代わりに仕事の話を色々と聞くことができた、「あんたらは有毒な代物を探してるようだな?」そう尋ねると男は忌々しそうに頷き、「有毒だ、都市にとってもそうだけど即効性じゃないから誰もが平気だと思い込む。オレたちにとっては致命的だから猛暑でもこのクソ暑い装備はかかせないな、浄化法人はそいつを回収して再利用してるってことだが悪用だな、暗殺がいかにこの都市に蔓延ってるかあんたらはご存知ないだろ白、あまりに多くの有毒な概念が蔓延りすぎてる、オレたちみたいなのがそのすべてに割り当てられてるわけじゃないから早晩毒でみんな死ぬよ、住人だけじゃなく都市そのものが死につつある、そいつに気づいてない自覚症状のない市民が哀れでならないけどオレたちがするのは自前の仕事をこなすことだけだから悪いけど死んでもらうしかないな」「その方がいい」
帝都の人体発火現象は増加の一途を辿っている。恐らく男の言うところの有害な概念のひとつがそれをもたらしているのは明白だが、人が何人死んでもそれが都市や企業群にとって有益でなけりゃ誰も手出ししない。「この街が壊死していくのを一番近くで見ることができんのは幸福だよ。前にもあったことだ。塵の下に前の都市が埋もれていてその上にまた都市を建てる。その繰り返しでどんどん月に近づいているんだけど誰もそいつを気にすることはなくてその度に灰色に青ざめていくし羽音が大きくなっていくんだ」「羽音? あんたも〈島〉の出身か何かか?」男は違うと言った、島の血が入っているって自覚がないか幻聴かあるいは実際に何かが飛んでるけど他の全員がそれを聞くことのできない症状なのかも知れなかった。「夜になると羽音はどんどん大きくなっていってそいつもまたオレには毒なんだ、羽に毒のある鳥がきっとすぐ近くにいるんだけどそいつを見ることはできやしないな。これからどうするか真剣に考えなきゃいけない、あんたもだぞ白、深刻な毒を見ないでいると内蔵が腐っていくんだ、そいつは心臓の近くにある臓器で退化しつつあるけどもともとは毒に対抗するための薬を作り出す免疫器官だ、だけど塵とか羽音とかの毒、月由来の毒が蓄積するとそれは弱っていっていずれ誰もが都市が塵に還るのを止めることができなくなる。呪いだ」表で怒号が飛び交った。少年たちの抗争らしい。銃声が聞こえてガラスの割れる音がした。「オレたちが少しでも毒を取り除くしかないんだ。そうしなきゃ今すぐにみんな死んじまうな。無線接続で人様の声を聞いてる場合じゃない、テレパシーで体が弱る前に毒を一個でも売りさばいておかなきゃな」「あんたも大変そうだ」「全員大変だよ。誰もが」
白はそれから一週間いて下宿を引き払った。
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