十三~十五
十三
月から降って積もる塵が希薄化し都市を灰色の概念で満たしている、灰から呼気として吸引するのではなく精神や存在そのものの内部を循環している。未だ何者でもない存在が何かになるのを抑制していることすら気づいていない市民は暴力か怠惰のどちらかに侵食されつつある。水銀灯の下で密売人がカモから毟り取って二束三文の錠剤を渡す、そいつらを廃墟同然の宿の二階から見て飲むソーダ割の薬物的アルコールは酔わせてくれやしない。「支柱はまた老朽化が進んでて複眼の
十四
公共事業としての人工太陽建造計画はずさんそのものでそれより宗教的側面が強く見えた、外郭において虚無的な女が月を一瞥して祝詞みたくほざいた小額の無心は離火を苛立たせたしその場に居合わせた架島にとっても同様だ。眠り薬を渡すことで虚無的な女は納得して階段を降りて行った、「あいつは親のカネで暮らしてる寄生虫のくせにこっちにまで庇護を求めるクソ蛆虫みたいな存在だな」「そりゃあんたも同じですよこの前鉄火場で貸した七十五圓は虚無的な円環に消えてしまったのかとわたしは危惧してるわけだ」「それは間違いなく円環軌道に消えた。ところで煙草持ってねえ? 離火」猫を飼っている少年はどこぞの地主にプロデュースされた解決屋でしかし何一つ解決しない。放送終了後あるいは最初からアンテナ線の繋がってないテレビ画面の青白い砂嵐みたいに無意味かつ始末に終えない娯楽だ。最近は海賊放送や電波ジャックのせいで必ず番組欄に穴が開いてその穴が都市の深部に通じているようにほの暗く砂嵐を三十分から四十五分放映する。指屋の前で二人は第三の男に出会った、虚無的な女が渡した紙片をそいつに渡すと爪が剥がされてない指をおごってくれた。ミイラ化してないだけ上物だから文句を言うなって口調。「工場のほうがましだなんて思うとは予想もつかないだろ」「こっからさらに地獄的になる、そういう予感がしますがね」街は依然として錆と塵と水銀灯の青白い光と揮発したアルコールに塗れて転がっている、また雨が降る。
十五
もと公衆浴場だった鉄火場は汚れを取り除くって習慣がなく蝿が飛ぶに任せている。血液銀行の頭取が二人に言うことには「友好的関係っていうのは長続きしない、あんたらの個人ナンバーを見れば一発でそれが分かるな」「旦那、もっと下世話な冗談を言ってくれよ。あたしを少しでも救ってくれ」「帝都にいたころ」頭取は足元の虫を踏み潰しながら言う、「人体発火現象の現場に出くわしたことがある。甘い匂いってやつは本当にするんだな。柑橘系の匂いだった。あれは単なる事故ではなく発明だったのだ。概念的発明だな」「どういった話だ? 火葬場がいらなくなるって概念か?」「いいや、つまり殻を破る方法の一つが追加されたってことを言いたい、灰になる過程での悟りを得る機会を我々が平等に得たんだ、とはいえ分布図では貧困層に発火者が一番多かったがね。ここからが肝心な話だ、君たちが今から会う人物はひどく気難しいぞ。彼がいれば一日が病気に感染する。出会った時間によるが朝に会うのは危険だ。昼間にしておくべきだ。一度会ったら時間を隔離する必要がある。連続させてはいけない。時間を通して後日に感染したらそこから一週間すべてが壊死する可能性があるからな」「どうしろって?」「薬物で意識を朦朧とさせておくか彼の同胞を向かわせる必要がある、〈島〉の人間をだ」
離火を見やるが彼は足元を見ている、架島は代役を用意することにした、「別のやつがいる、前の職場の同僚で掴みどころのない野郎だ、連絡できないけど彼の話をしていれば四十分以内には来ると思う、彼の幽霊をここいらに漂わせておけばそれが本人を引き寄せるだろうからさ」「そいつの名前は?」「白だ。来たら仕事の話をしよう」
来たのは一時間後、店内の青い灯りのすべてに白は蝶を見ている。頭取は床の上の蟻に興味を示しててそれどころではない。「呼ばれて来たんだけどあんたらは本当に時間を無駄にするのが好きだな」「まずは天気の話だぜ」架島は言った。もちろん天候の話題を用意するために全員がその場の空気を停滞させてるうちにいつも通りの灰色のにわか雨のほうが先に店の中に侵入して来た。鉄火場の天井はない。雨に打たれながら博打うちは周りの、建造後百年過ぎたみたいに草生している廃墟みたいな建物を見上げた。猫を飼っていることしか分からない少年が誰かの指をばら撒いている。先ほどの指屋で中古の薬指を買い漁っていたらしくそれらはミイラ化してないし爪もあるけど第一関節から先しかなかった、「潮時だよ」白はそれだけ言って帰った。
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