九~十二
九
次に潜り込んだのは
「第二大陸で疫病が流行った時」薬間は新鮮な死体を見上げながら言う、「ものを言ったのは情報の力でそれで何だって売れた。磁石、バナナ、処女の生き血、寄生虫、効くって根拠は何だっていいんだ。オレは一日中のろく道を歩いてるよ、あんただってそうだろ、時間は大事にしねえと腐る。広告の中に暗号文を仕込んどくやり方についてはもう聞いたかな?
このイカれた男はその後自分も首吊り通りにぶら下がった。
十
それから三日ぐらいしたころ首吊り通りに足元をじっと見ている青白い顔の男がいて近づくといきなり顔を上げ白を見た、そいつの肩には二、三匹の蝶が止まっていてふと上を見上げると大量の群れもいてそれとは別にそいつの中に潮の香りと灰色の海を感じた。〈島〉の人間だ。「本質を切られた、有り体な言い方だとボラれたんだがそれはわたしの不注意もあってだから別に良いんだけど最悪な気分だよ、怪我するたびに痛みとは別の感覚があって喪失感とも違ってて指の先を切っただけでものすごい広い荒野を歩かされてる気がするんだ、それは体から根源的何かが抜けてるせいで臓器とか取られるとたぶん死ぬと思うんだわたしは。ところで君は薬間に会ったんだな?」男はまた足元を見た。「本質を切られたからその部分の空白がわたしに感じさせるから分かったんだけどやつが死ぬ前に最後に会ったのがあんたで間違いないのかな」
「どうかな」白は上の、首吊り死体と同じくらいの高さに漂ってる蝶を見ながら言った、「分かってるとは思うけど彼が死んだのは俺のせいではないよ」
「コトは連鎖的に始まってるからな別に責めるつもりもないしガキどもがドンパチやってるのが昨今の社会問題を端的に表しててそれは操られてるってことなんだな財閥とか政府とか軍とかその他のものじゃなく一個人の〈宿敵〉にだ、その戦い、聖戦、についてはまた今度話すとして今は君を同胞として感じているよ、五代前か? 四代かな、どちらにしても女性だ、自決だな? 出産の後か身篭っている最中にだ」
「五代前だ」自分が感じてるように向こうもこっちに〈島〉の名残を感じている。「その後で一族は島を出たんだ。流刑だよ。向こうが流刑地なのにそっからまた流されて帝都に来た。俺はそこからさらに流れてこの有様、あんた仕事してるか?」「ケチな工員だよ、空きがあるから紹介してもいいただ、条件があってわたしと少しばかり話をして欲しいんだ、猥談ってわけじゃないぜ創造的な話だ」
白は承諾した。男は
十一
この都市のこの区域にしては清潔で明るい酒場、露骨に虫や害獣の死骸が転がってたり生きてるのが走ってたり肉片や死体が転がっていないという意味で、しかし半世紀以上掃除はされておらず排泄物や吐瀉物や血液、アルコールの臭いが入り混じっている。離火の宿敵と戦わなくてはいけないというアジテーション的演説が空しく響いた。虚構に過ぎない塵都において穴居人的側面を持ちながら抗争が進み、荒廃、そんで人々は今や公然と武器を持って宿敵と戦うことになるだろうという〈島〉出身者一流の幻想的思想。興味のあるふりをしながら生き続ける。暗号文で会話する背後の軍勢は活力とは無縁だ。結果あり付いたのは油工場の作業員、この都市の主流は鯨油とか蒸気機関ではなく植物油でまあいつものパターン、そこから先は困難な一日十時間の単純労働だ。足元は培養液で長靴を履いて植物の合間をうろつくアメンボみたいな作業員である。
そのゴミ捨て場のカラスみたいな集団の中に
だから白は蒔の都市の曇り空と同じく灰色のよどんだ目を見て、彼が話す変電所爆破計画から抽出した、現在の時勢を用いながらさも他の工員の古くからの知り合いみたいに、そいつらの聞きたい台詞を用意してやったり喋りたいことを的確な相槌とともに聞いてやったりして退屈な十時間の仕事を乗り切っていた。
十二
珍しく晴れた日、油工場の屋上で仕事をサボって架島、離火とともに煙草を吸っていた。なけなしの青空は大部分建物で切り取られていた。「クソ人事のせいで班長の胃袋に穴が開いちまったよ」架島が言う。「それはつまり元々サボり班長のいた三班に真面目な班長が来て、サボリ班長の下で真面目にやってた奴らが真面目な班長に指示されるのが嫌だから嫌がらせをするっつう地獄の光景だな」「わたしは一日中サボってるほうがいいですがね。こんな害悪な人工着色電波の中でなんか働いてられない」
「どうすりゃいいんだか」白が言った。
「常にあんたのしたいようにしてりゃいいんだよ。常に」架島が笑いながら言った。「死んだ後もだ」
要財閥が敵対的買収を仕掛けただか仕掛けられたかで騒ぎ。電車で事故。通勤電車が止まるのはツイてる。蝶の飛んでる量が多い日は特に電車が止まりやすい。誰かがどこかで死にたくなる日だ。もちろん誰も彼も常に死にたがってるからその決行日ってだけの話だけど。
蒔が映画館にやって来た。「今日は誰かそこの道にぶら下がってた?」「ああ」蒔は答える、「若い女と男が一つのロープで首を括ってた。心中かな」「死ぬつもりはなくて気持ちよくなりたかっただけかも」「そんな馬鹿は死んで当然だぜ」何も上映されてない映画館の暗がりで安っちい
白は与太話としか思えなかったのですぐにその話を忘れた。数秒間寝てる間蒔は映画館からいなくなっていた。通勤に時間がかかりすぎるという理由で紹介してくれた離火の恩義にも関わらず工場の仕事はすぐ辞めたが、その後も架島や離火とはたまに会っていた。電車には日々人々が飛び込み続けるので線路の血を洗う暇もなく駅は血なまぐさくなっていって蝶の羽も駅構内じゃ少しずつ赤くなっていった。
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