二重人格バーテンダー




―――今思えば不運な人生でした。


お金持ちの家で生まれて、幼少期からは英才教育。それなりに親が願うような子供に育ったと思う。成績優秀で、運動神経も言うことなし。色んな習い事は全てパーフェクトにこなしてきて、沢山のお偉いさんから褒められた。


なのに、両親は私を置いて消えた。なにも言わず、いきなり私の目の前から消えた。


そこから私は親戚一同に見放されて孤独な一人暮らしを始めた。お金は両親の保険金で困ることなんて一切なかった。



私が死んでも困る人なんてだーれもいない。なんて悲しい人生だ。笑える。あー、おかしい。なんで私生きてるわけ。あーあ、爆笑もんだわ。



「…あー、おかしってあれ?」



目を開くとそこは汚い埃だらけの部屋だった。なにこれ、私天国に行ったはずなんだけどこれはなんていう極刑ですか?まさかの地獄行きですか、なんて。


体を動かそうとするとなにかで阻止されて起き上ることができなかった。ああ、腕が縄で柱に繋がれているのか。なんということだ。ガシガシッと、なんとか動かそうとするけれど当たり前のように動かない。


なるほど、私は誘拐というものをされたのか。そうか、ここは生き地獄…



「ちょっと待って…」



こんなの冷静でいられるわけがない…!!私は何度も繋がれている腕を動かすけれど動くわけがない。目には涙が溜まっていく、どうしよう…こんなことならいっそ死んでしまった方がマシだよ!



「外れろ~!!」



なんて意味のない抵抗を続ける。するとガチャリ、と扉が開く無機質な音が響いた。そこから入って来たのは、あの集団の中にいた金髪の男だ。



「起きた?」



彼は不潔なまでに長い金髪を揺らしながら私を見下ろしてくる。不潔なまでというのは肩ぐらいまでの長さだ。



「起きたので解放してください」


「なにー?涙目じゃん。かわいいねー“姫”は」


「は?」



何この人、姫って言った?なにその寒い単語。生まれて初めて聞いたレベル。


ぽかん、としている私の目の前にしゃがんだ金髪。彼は眉間に皺を寄せて「しらばっくれんなよ」と私に言ってくるけれど、本当に心当たりはない。



「てめー、ブラックヘヴンの姫だろ?」


「え?ぶら?え?ぶっらく…なんて?」


「だからしらばっくれんなよ!!ブラックヘヴン!!神橋の隣の南星宮を統治する族の姫だろって!!!」


「え?私が?」



ブラックヘヴンってなにそのダサイ名前。初めて聞いたんですけど。南星宮は分かる。昨日飲んだバーがある星宮の南に位置するまあまあ大きな街だ。噂によるとそこも治安が悪いらしい。


そこのブラックヘヴンという族――いわば不良集団の姫ってなに…なんか色々と意味が分からないけれど、誤解を招いているのは分かった。



「あの誤解…」


「はあ?てめー昨日ウノハナアスカと一緒に神橋に来てなに言ってんだよ!!しかも噂によると“ホワイトレディ”って言ってたらしいじゃねーか!!」




ウノハナアスカって誰だよ!今の言葉の中で分かったのはホワイトレディとかいう単語ぐらいだ。


いつまでも話を理解しない私に金髪はかなり苛立っている。そんな金髪はごん、と冷たいコンクリートの床を拳で叩いた。痛そう。



「ここ神橋は俺たち―楽園“パラダイス”―のものだって知ってるよな?」


「えっ、そんなダサイ名前の集団知らないです」


「てめー!!煽ってんのか!!」



金髪は吠える。だめだ、彼の中のなにかを切ってしまったらしい。彼は私の胸ぐらを掴み上げる。今度こそ終わりのようだ。


…アデゥー、私の不幸な人生。


そう決心してまぶたを下ろそうとした。―――その時だった。




ガシャアアン、と何かが激しく壊れる音。それはかなり痛々しく、耳には優しくないものだ。私のまぶたはふたたび開いて、私の胸ぐらを掴んでいる金髪は驚いたように瞳孔を広げる。


2人で同時にその音の方を見ると、煙草を口に咥えている昨日のバーテンダーのお兄さんがいた。




「うちの“姫”にとんでもないことしてくれたなあ?」




お兄さんは昨日とはまるで違う、悪役のようなニヒルな笑みを浮かべてゆっくりとこちらに足を進めてくる。金髪はというと、



「う、ウノハナ…アスカ…!!」



いつの間にか私の胸ぐらから手を離して体を小刻みに震わせていた。“ウノハナアスカ”…って、このお兄さんのことだったのか。お兄さんは座り込んでいる私たちの目の前に立って、、形のいい目で見下ろしてくる。


そして咥えていた煙草を右手で取って、ふうと紫煙を吐いた。昨日のような爽やか王子様オーラなんて全くない。ブラックなオーラだけを纏っている。


そんな彼はまた煙草を咥えると、



「グハッ」



見えぬ速さで金髪の顔面に蹴りを入れた。見事に倒れていく金髪。たらりと滴る鮮血に私が目を奪われていると、お兄さんは私の背中側に回って縄何かで切り落とした。



「立って」



彼は素っ気ない声でそう言ってくる。それに逆らえるはずもなく無言で私は立ちあがる。お兄さんはそれを横目にすたすたと扉に向かって歩き始めた。



「ついてきて」



笑顔なんて一つも見せない。やっぱり昨日のは営業スマイルというやつか。私は慌てて彼の後ろに着いて行った。




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ホワイト・レディ 朝比奈ヨウ @ashnyo

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