鳴り響く警告音




「ホワイトレディってお酒知ってる?」


「しらねー」


「結構強いお酒でさ、でもでもお洒落なんだよー」


「どーでもいー」



翌日、研究室で私は同じ研究室に所属している麻紀に早速昨日飲んだお酒の話をしているのだが。もう21歳の癖にツインテールという髪型をしている麻紀は私の話などどうでもよさそうに携帯を弄っている。


麻紀はいつもこうだ。私が話しても大体携帯弄っていて楽しくない友人である。そんな彼女は携帯を弄っている指をぴたりと止める。そして大きな目で私を見てきた。



「…ホワイトレディ?」


「だからさっきから言ってんじゃん」


「どこで飲んだんだよ」



先に言っておくけれど、麻紀はすこぶる口が汚い。セリフだけ聞いたら男と間違うレベルだろう。私も初めて話した時、こんな美少女からこんな言葉が出てくるとは思わなかった。



「えっと、星宮のとこにあるバーだけど」


「はあ?」



私が答えると、麻紀の眉間はさらに深いしわができていく。どうやらお気に召さない何かがあるらしい。麻紀は携帯を机の上に置いて、私と顔の距離を縮めてきた。彼女の大きな目はいつもの半分ぐらいに細くなっていて、逆に迫力が増す。



「安海(あずみ)、そのことあんま大きな声で言わない方がいーよ」


「え、なんで」


「なんでもだよ」



そう言いながらまた麻紀は携帯を持ち始めて。そして何事も無かったかのようにいじり始めた。


昨日のお兄さんといい、麻紀といいなんなんだ。理由も言わずに意味深な指示をしてくる。ちょっとくらい真相を教えてくれたっていいんじゃないか?



「というのもさ、私は昨日陸と別れたんですよ」


「へー」


「振られたわけです。“好きじゃなくなった”ってさ。でも嘘でしょ。絶対他に女いたでしょ。最近なにかと会ってくれてなかったし。絶対他の女と会ってたじゃん」


「うーん」


「てなわけでお酒に飲まれたかったわけですよ…かわいそうでしょ…」


「かーわいそー」



…ひどすぎる。なんて非情な友人なんだ。麻紀だって陸と知り合いのはずなのに。


そう、陸とは同じ学科なのだ。だけど3年になった今、それほど授業も無いから会う事なんて滅多にないだろうけど。でも実際に会ったら私はどんな反応をしてしまうのだろう。


まあ、王子様フェイスで誰にでも優しい陸が他の女の子を捕まえるなんて少し考えたら分かることだけどさ。もしその女の子と一緒にいるところを見てしまったら、さすがの私も発狂してしまうかもしれない。しないけどさ。と、



「あ、安海」



麻紀が私の苗字を呼ぶ。そう、麻紀は私のことを名字で呼ぶのだ。



「なに?」


「なにかあったら私にすぐ連絡して」


「なんで?」


「なんでもだよ」



あれ、またこのやりとりデジャヴだな?そう思ったけれど麻紀はこれ以上なにも話さないような気がしたから、私は「わかった」と素直にそれを聴き入れた。


でも麻紀が連絡して、なんて初めて聞いたな。だって何事にも無頓着だし、私のことなんて尚更無頓着だ。さっきの陸との別れ話の時のように。だから私もなにかに警戒しないといけないのかもしれない。




――――そう思っていたけれど警戒の仕方なんて知らなかった。





大学からの帰り道。いつものように電車に乗って、神橋で降りる。そして駅を抜けてまっすぐに家に帰ることが日常だった。たまにコンビニに寄るけれど。


だから今日もいつも通りに神橋で降りて、南口から出る。そして定期を鞄の中にしまって歩きだそうとした時だった。



「……安海 真白」



後ろから聞こえてきた、私の名前を呼ぶ声。その声に無意識に振り返ってしまった。そこには金・青・赤・緑、色とりどりの髪の毛の色をした、見るからに野蛮な集団。5,6人ぐらいだろうか。あたかも“不良”かのような人たちが私を真っ直ぐ見据えていた。



「な、なんですか?」



そう答えてから、『やばい』と気づいた。その返答は私が“安海真白”だと肯定しているのと同じで。彼らもそれが狙いだったのか、にたりと気味悪く笑った。


そしてゆっくりと彼らは私に近づいて来る。


なんで私の名前を知ってるの?

なんで私に近づいて来るの?

私になにか用があるの?


疑問がいっぱい頭に浮かんでくるけれど、それは言葉にできない。いつの間にか体は小刻みに震えていて、足さえ動かすことができなくなっていた。



――「“ホワイト・レディ”」



集団の中の一人が歌うようにそう呟く。ホワイトレディ、それは昨日私が飲んだ辛口のカクテル。



“安海、そのことあんま大きな声で言わない方がいーよ”



ふと浮かんだ、昼に友人が言った言葉。私、麻紀にしか言ってないのに。


そうしている間に男たちは私の目の前にいて。あまり人通りの少ない神橋の南口には人はいなく、この状況を助けてくれそうな人なんていなかった。



「……」



きゅ、と拳を握る。この事態を打破するためには、方法は一つ。



「安海真白さん、俺たちに着いてきてよ」


「……いや」


「は?」



この人たちを真っ向から相手すること。



「なに言ってんの?俺ら不良よ?ふりょう」


「…はい」


「あんたみたいなほっそい女の子が相手するの?」


「…できる限り」


「俺らがなんであんたに話しかけたかグッハア」



話が長い。私は赤色の男が話し終わる前にその右頬に拳をぶつけた。集団の中では比較的華奢なその男はゆっくりと倒れていく。その様子を他の人たちは口を開けて眺めていた。



―――よし、今だ。私はその隙を見計らって走り出す。すると後ろからは「待て!!」と叫び声が聞こえた。



やばい、やばいやばい。これはどういうことだ。なんて語彙力のない考えを浮かべながら私はがむしゃらに走る。どうしたらいい、どうしたら。



“なにかあったら私にすぐ連絡して”



「そうだ、麻紀…!!」



私は彼女の言葉を思い出してポケットから携帯を取り出す。そしてSNSアプリを開いて麻紀への通話ボタンを押した、と



―――「おーいついた」



なにか柔らかいもので後ろから口を塞がれる。すると一気に体から力が抜ける感覚に陥った。


かつん、と手から携帯が落ちる。携帯の画面には、“三井 麻紀”の表示。ああ、間に合わなかった。それが落ちていくのを視界の端で見つめながら私の意識は遠のいた。




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