第2章
第5話 初めての後輩
「えー、この職場に新しい仲間が出来ました!!」
「二階堂瞬です!高校一年です」
「はい、拍手!!」
大上店長の一声でみんな拍手をする。夏休みだからね、今が稼ぎ時だよね。
二階堂くんは、ジャニーズみたいな顔立ちをした、可愛らしい顔だった。美形の椿さんとは違って、イケメンの部類。ただ黒髪に金のメッシュとか、耳につけてるピアスとか。やんちゃな印象を受ける。
「一ノ瀬さん、ちょっとちょっと」
私は店長から手招きをされる。前になんだかんだあったけど私は平常に戻りつつあった。私はトコトコとそちらへ近づく。
「君にも後輩が出来た!!」
「はあ、」
「一ノ瀬さんを二階堂くんの教育係に抜擢する!!」
「ええ!!」
いきなり何を言い出すんだ、この人は。店長はピンと人差し指を私に指している。やっぱり人差し指にはセンスのいい指輪。これもブランド物なのか。だけど今はそんなことはどうでもいい。
「無理ですよ!!私だってまだ2ヶ月ちょっとしか…」
「いやいや、一ノ瀬さん優秀だし。ちょっと生意気だけどね!」
生意気とはなんですか。ちょっと好奇心旺盛なだけです。私は何とかして教育係を断ろうとするが、
「一ノ瀬さん!!お願いします!!」
二階堂くんのそれはそれは可愛い笑顔で何も言えなくなった。こんちくしょう。覚えてろよ、あのオオカミ。
――――――――――――
―――――――……
「えーとね、ぬいぐるみには置き方があるの」
「はい!」
任されたからには真っ当しないといけない。それに二階堂くんはいい子だ。元気よく私の指示に答えてくれる。
私はぬいぐるみを彼に手渡した。うん、二階堂くんも手が綺麗。だけど店長にはかなわない。
「あ、そうそう。二階堂くんうまいね」
「そうっすか!?うれしいです」
うわあ、笑顔が眩しい。元々顔が整っているからもあるけれど、くしゃっと崩れる笑顔はとてつもなく可愛かった。
女としてますます自信が無くなる。二階堂くんがぬいぐるみを詰めたところで私はパタンとガラスケースを閉めた。それに鍵を掛ける。
すると、何人かの女の人が近づいてきた。
「初めて見た!!新しいバイトくん?」
「超かっこいいじゃん!」
「私達と遊ぼうよ」
でた、逆ナン。治安が悪いゲームセンターには付き物だ。私でさえ何回かナンパされてるのに、二階堂くんはもっと大変になりそう。
オロオロしている二階堂くん。ここは私が守らなきゃな。そう思い、女の人達と二階堂くんの間に割って入った。女の人達は私より背が低い。
私は笑いながら彼女達を見下ろした。
「今は勤務時間中ですので。お引き取りください」
「ち、ちょっとぐらいいいでしょ?」
「よくないです。彼はここの大切な人員です。少しでもいてもらわないと困ります」
営業用スマイルも長時間は大変だ。しかし、彼女達は文句を言いながらも去っていった。
私はため息をついて二階堂くんの方へ振り向く。彼はキラキラした眼差しで私を見ていた。
「す、凄いです一ノ瀬さん!!超、ウルトラ、スーパーかっこよかったです!!」
褒めすぎだし、褒め方がめちゃくちゃすぎてあまり嬉しくない。私は多少たじろぐが、教育係として彼に言った。
「それはありがとう。でも、これからは一人で対処してね?」
「え、ずっと一ノ瀬さんに守って貰いたいです!!」
何言ってんだ、嫌だよ。私は眉間に皺を寄せて彼に注意をしようとする。
「あのね、二階堂くん」
「あ、冗談ですよ!!それより、」
すると二階堂くんは急にもじもじし始めた。えーと、えーと、と呪文のように唱えている。だめだ、イライラしてきた。彼を急かそうと口を開けるより早く、彼は私の右腕を掴んだ。
「俺がいなきゃだめって本当ですか!?」
頬を赤らめてそう言う。私は自分より身長の高い彼を訝しげに見ながら、頷いた。
「そう、だけど。いなかったら困る」
私の仕事が増えるじゃないか。それは嫌だ。
彼は何かに撃たれたかのように顔を固まらす。早く離して欲しいんだけど。早く次の仕事に行きたいんですけど。
「そうですか、」
やっと彼は離してくれた。何だったんだ。私は次の仕事へ彼を連れていった。
一通り説明し終わって、私達はスタッフルームへと昼食を取りに行った。私はいつも通りパン3個。二階堂くんは唐揚げ弁当×3だった。
「そんなに食べるの?」
「あっはい!!食べ盛りなもので」
…食べ盛りの域を越してると思うけど。スタッフルームは私達だけ。沈黙も気まずいので話題を出した。
「二階堂くん、学校どこなの?」
「あ、窓辺高校です」
ま、窓辺高校?この県一のおバカ高校じゃないか。まあでも彼の奇抜な出で立ちを見ると否定はできない。私は「へぇー」とパンをかじった。
「一ノ瀬さんはどこですか?」
「月並高校」
「げっ、めっちゃ賢いじゃないですか!」
一応ね。私はバイトばっかりしてるから成績は悪いけど。
気づけば二階堂くんが既に平らげた空のお弁当箱を私はパンを食べながら見つめる。やはり初対面で会話なんて無い。私達は食事に集中していた。
なんだか、前から視線を感じる。けど、前を向けなかった。
「一ノ瀬さん、」
その視線の主であろう、二階堂くんがぽつりと呟く。私が前へ顔を上げると、彼は真剣な表情で私を見ていた。
え、なに。この雰囲気。
「一ノ瀬さんって、彼氏いるんですか?」
「へ?」
いるわけがない。しかし彼の質問の意図が見えなくて、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
二階堂くんは未だに私を真剣に見つめていて。私がたじろいでいる時、
「あっつー、うわ、涼しい!!スタッフルーム涼しい!!」
聞き覚えの大声がいきなりスタッフルームに響いた。振り返ると狼の被り物をした人間が一人、うちわを仰ぎながら歩いてくる。私には突っ込む気力も無かった。ただ、助かった、とだけ思ったのだ。
店長は「ん?」と私達の方を見た。そしてこちらへ寄ってくる。
「また一ノ瀬さんパンとか食べてるの?」
「悪いですか」
「身体には良くないよね」
うんうんと狼は頷いている。大体、この人はいつも何を食べてるのだろうか。
店長は私から視線を外して二階堂くんに向けた。二階堂くんは唐揚げ弁当を片手にキョトンとしている。
「え?二階堂くん唐揚げ弁当何個食べてるの」
「3個です」
「え?なんでそんなに食べても太らないの?俺なんか毎日ストレッチしてんのよ。ヨガまでしてんのよ。だけど太る一方なのに…」
なんだかいきなり話し始めた。店長、気にしなくてもあなたは華奢ですから。それでも店長は二階堂くんにべらべらと喋っている。
二階堂くんはコクリコクリと頷くことしか出来ないようだ。お気の毒に。私はその隙にパンを一気にかじる。
「ふぅー、喋った喋った」
ひとしきり話して大上店長は私に顔を向けた。フサフサな毛は見ているだけで暑苦しい。
彼はまた私指差した。
「お礼は手作りケーキで」
「は?」
なんのお礼?と聞く前に店長は仕事場へ戻っていってしまった。
お礼…もしかして二階堂くんの話を逸らすためにあんな饒舌に話したのか?というか私達の会話を聞いていたのか?分からない。分からない、けど助かったのは確かだ。
なんのケーキを作ろうか…と考えていたとき二階堂くんは目を丸くして私を見ていた。
「一ノ瀬さん、店長に手作りケーキ渡すんですか!?」
「ええ?」
彼の口からボロボロと米が飛び出す。汚い汚い。
二階堂くんは勘違いしてると思う。私は自分がどうしても店長の素顔が見たいから、今までたくさんの作戦を実行してきたことを彼に話した。
「あ、じゃあ一ノ瀬さんはオオカミ店長のことが好きだから渡すんじゃないんですね。良かった」
屈託ない笑顔で彼はそう言う。なんでそんな思考になるのか。あんな狼の被り物、好きになるのであるわけがない。
って…良かった?
「え?良かった?」
「良かったですよー。俺、一ノ瀬さんのこと好きですもん」
「……」
…………はい?さらっと重大発言したよね。彼。
私はまばたきを何回もして二階堂くんを見る。彼ははにかんだ。
「俺、ここのバイトに入る前から一ノ瀬さんのこと気になってたんです。テキパキ働いている人だなって」
「はあ、」
「別に好きとかではなかったんですけど、」
そこまで言って彼は3個目の唐揚げ弁当を口にかき込んだ。そして美味しそうにそれを噛み、飲み込む。
「いてくれないと困る、とか言われたら好きになっちゃいますよね!!」
「いや、それは仕事のことで…」
「分かってますよー。でもキュンとくるフレーズですよね」
なんて可愛らしい笑顔。それだけで心があったかくなるが、だめだだめだ。
私は咳払いをして彼を見上げる。
「あの私、そういうのは…」
「いいんですいいんです!!これからですから!」
「これから?」
「はい!!俺、一ノ瀬さんのこと押して押して押しまくりますから!!」
押して押して押しまくる!?可愛い顔して言っていることが怖い。
私は耐えきれなくなって、ばっとソファから立ち上がった。二階堂くんは大きな切れ長の目で私をただ見上げている。
「仕事に戻るよ!!」
「は、はい!!」
慌てて彼も立ち上がる。そして私を見て頬を赤らめながら、にこりと笑った。
「一ノ瀬さんは俺の思ってた通りの人だ」
――――――――――――――
――――――――……
「ふうー」
困ったものだ。私はバターや小麦粉が入ったボウルをかき混ぜながらため息をついた。
今は店長のためにケーキを作っている。考えるのが面倒くさいので前にもあげたチョコレートケーキにすることにした。
しかし今は店長どころではない。二階堂くんどころだ。あれからもずっとバイト中はじっとにこにこしながら私を見ていた。
仕事しないわけじゃない。要領がよく、飲み込みが早い…のはいいんだけど。あの顔にじっと見つめられたらこちらが仕事出来ないじゃないか。
「はー」
またため息。店長に言って教育係をやめさせて貰おうか。でも、なんとなく店長に二階堂くんが私に惚れてる、なんて言いたくなかった。
茶色い生地をカップに注いで、余熱しといたオーブンに入れる。
…店長、喜んでくれるかな。ふとそんなことを思った。
「おはよー、一ノ瀬さん」
次の日また7時に出勤すると、大上店長はY字バランスを決めていた。身体柔らかいな、おい。
「おはようございます」
「どう?教育係は」
「……」
痛い所を突かれる。ここで言えばいいのだろうか。でも、やっぱり言いたくない。
私は狼の被り物に笑いかけながら、
「二階堂くん、飲み込み早くて助かります。格好良いですしね!!店長、いい人採用しましたね」
そう言った。嘘ではない、嘘では。ただ大事なことを言ってないだけだ。店長はY字バランスをといて、普通の態勢に戻る。そしていつものポーカーフェイスで、
「ふーん…」
とだけ言うのだった。
なんでだろうか、微妙な雰囲気が2人の間に流れる。そういえば私、大事なことを忘れてた。
「あ、店長、ケー…」
「おはようございます!!」
私が持っていた紙袋を店長に差し出そうとした時、後ろから元気な声。振り返ると、やはり派手な格好の二階堂くんがいた。
耳にピアスの光る二階堂くんは私を見て、顔を輝かす。
「一ノ瀬さんっおはようございます!」
「お、おはよう。朝早いのね」
「一ノ瀬さんは朝早く来るって椿さんから聞いたので」
おのれ、椿さん…。何故か私は椿さんに腹を立てた。そんな私の様子を二階堂くんはまじまじとみている。
「な、なに?」
「あ、いや。今日はスカートなんですね!!」
「まあ、スカートもたまには…」
自分のスカートを見下ろしてからまた顔を上げる。二階堂くんは頬を赤らめながら、私にはにかんだ。
「スカート、似合いますね!すっげえ可愛いです」
「…あ、うん。ありがとう…」
直球だ。ドストレートだ。少しでも気を緩めたら持っていかれる。
二階堂くんはへへへ、と笑いながら私から目を逸らす。そして、私の奥にいる店長を見て目を丸くした。
「店長!!いたんですか!おはようございます!!」
「………うん」
本当、まるで空気だったな。でも店長、おかしい。そんなこと言われたら、いつもは「さっきからいたよ」ぐらい言うはずだ。
それになんだか狼の被り物がぽかんとして見える。そこで私ははっとした。二階堂くんにアタックされてる所を見られてしまった、と。私があたふたしている間に店長は、
「下準備してくるわ」
とスタッフルームから出ていってしまった。気にして、ないのか。当たり前だよな、私ただのバイトだし。
…そう思うと何故か無性に悲しくなってきて。ああ、ケーキ渡せなかったな。でも今日中に渡せばいいや。
私は無言で更衣室に向かった。
今日もまた二階堂くんと昼食を食べる。今日の彼の昼食はおにぎり5個とパン2個だった。なんて財布に優しくない胃なんだ。バクバクと美味しそうにご飯を食べている彼を見つめる。
すると彼はこちらに気づいたようで、
「な、なんですか?」
と挙動不審に言った。やっぱり頬は赤くて。私は「なんでもないよ」と言ってパンをかじる。
また沈黙。
「…あの一ノ瀬さん、」
二階堂くんが私に手を伸ばしてきたとき、
「あ、お取り込み中だった?」
タイミングよく店長が休憩に入ったきた。二階堂くんは慌てて私に伸ばした手を引っ込める。
そんな様子を見た店長は「ごめん」と低く呟いてスタッフルームから出て行こうとする。
待って、
―――「違います!!」
…自分でも大きな声を出し過ぎたと思った。狼の被り物はゆっくりと振り返る。
ああ、どうしよう。
「け、ケーキ!!ケーキ渡したいんですけど!チョコレートケーキです!」
私は慌ててそう言った。心臓がドキドキしてうるさい。なんでこんなに緊張しているんだろう。店長はちょっと間沈黙して、「ああ」と思い出したように呟いた。
私はソファから立ち上がってケーキの入った紙袋を取りに行こうとする。が、
「いいよ」
と店長がそれを制した。
え…?私はゆっくりと振り返る。店長は本当の顔じゃない顔をポリポリと掻いて「あー、」と声を零した。
「ケーキ、いらないよ」
「え、なんで…」
「俺、チョコレート無理だから、さ」
嘘つけ、私が前に渡したのはチョコレートケーキだ。それを一回渡しただけで、店長、調子に乗ったじゃないですか。「またちょうだいよ」って言ってたじゃないですか。
だけどそんなこと言えなくて。
「そうですか、」
と言って私はソファへ戻った。なんで私、泣きそうになってんだろ。
「ごめん、」
店長はぽつりとそう言って、スタッフルームから出て行った。
「店長、ひどいですね」
二階堂くんが心底怒った顔をして言う。いつもの私だったらそう怒ってるだろう。
でもなんだか、今はショックだった。怒る気にもならない。
「うん」
私はそれだけ言ってパンをかじった。二階堂くんはそんな私を心配してくれているのだろうか、にこっと笑顔を作った。
「ケーキ、良かったら俺貰いますよ!?」
「いや、自分で食べるよ。ごめんね」
なんて可愛くない。でも二階堂くんは「そうですよね!すみません、調子に乗って」と謝ってくれた。
きっと私の言葉は嘘になるだろう。あのケーキは家で捨てることになる。
「(せっかく作ったのに…)」
その日から私は店長から避けられるようになった。
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