第4話 笑うオオカミ





7月になりました。世間は夏真っ只中でテンションが上がっているみたいです。うちの店長は相変わらず狼の被り物をしています。見ているだけで暑いです。



『今ならピリキュアのフィギュアのクレーンゲーム、100円ですよー』



メガホンを通じて陽気にそう言いながら店内を回っている。それを横目に私はピーさんの入ったガラスケースに鍵を掛けた。


クレーンゲーム騒動からちょうど一週間経過したが、私は店長の素顔にかすりもしてなかった。特別何かをしたわけではない。今は作戦を練っている期間なのだ。



「あ、オオカミさんいるよ」


「マジで!?会いに行こー」



オオカミ店長の人気も相変わらずだ。露出の高い私服を着たギャル達がヒールの高い靴を履いてパタパタと走り出す。


露出の高い服だと店長は喜んで受け入れてくれるよ。私は彼女たちとすれ違い、スタッフルームに直行した。





「なんだ一ノ瀬か」



スタッフルームに入ると既に椿さんがご飯を食べていた。



「誰だと思ったんですか」



私は更衣室に向かいながら彼に聞く。彼は前髪をサラッと動かした。



「俺の執念深いファンかと思った」



背中でその言葉を受け取り、無視して私は更衣室へ入る。ドアの向こうから「無視すんな!!」と聞こえるが気にしない。


ロッカーを開けて、財布とコンビニの袋を取り、またスタッフルームに戻った。椿さんは塩むすびを食べながらこちらを睨んでいる。



「なんで無視した」


「椿さん、おにぎり似合わないですよね」


「質問に答えろ!!」



またそれも無視して私は自販機でメロンソーダを買った。暑い夏にはこれが限る。私は椿さんの座るソファの向かいのソファに座った。椿さんは足を組みながら、態度でかくおにぎりを食べている。



「そういえば、店長の顔見えたか?」


「見れるわけないでしょう」



痛い所をつく。第一、見てたら報告しますよ。



「諦めろって。店長ブサイクだって」


「椿さんはブサイク説なんですね」


「お前は思わないのか?」



そう言われて私は考える。ブサイク、というより格好いい気がする。なんとなくだけど。低い声や、仕草一つ一つが男らしい。人を指差すのは置いといて。 あと、筋トレしてたし。


その旨を伝えると椿さんはしかめ面をした。



「格好良かったら隠さないだろ」



それはおっしゃる通りです。でもブサイクだから隠すってそんな。何らかの理由はあるに違いない。



「なんで隠してるんでしょう」


「だからブサイクなんだって。まあ俺以外の男なんてみんなブサイクだけどな」


「あっそうですか」



椿さん相手に相談しても意味無いことだと悟った。いつか野田さんに聞いてみよう。





「なんで隠してるかって?知らないなあ」



平日、野田さんとシフトが一緒だった時に仕事終わりに私は野田さんを捕まえた。


店長のことについて聞いてみたがあっさり撃沈。一番長く店長を知ってる野田さんでも知らないなんて、もう誰も知らないだろう。私がうなだれていると、野田さんは空のペットボトルをゴミ箱へ放り投げる。本当、コントロール抜群だな。



「店長に聞いた方が早いよ」


「教えてくれると思いますか?」


「思わなーい」



ケラケラ彼女は笑っている。可愛いので腹は立たない。今がチャンスだ、店長についていろいろ野田さんに聞こう。



「店長って何歳ですか?」


「知らなーい」


「店長はどこ出身ですか?」


「知らなーい」


「店長って結婚してますか?」


「知らなーい」



えええ、身元一切不明じゃないですか!!もう本当に何らかの妖怪なんじゃないんですか?まあ野田さんが店長に無関心なのもあるかもしれないけど。



「あ、」



野田さんはふと呟く。私はバッと顔を上げた。野田さんは手を顎に添えて宙を見ながら何かを思い出してるようだった。



「いつも思うんだけどね?」


「はい!!」


「あ、大したことじゃないのよ?」



目を輝かせている私に野田さんは困った顔をする。大したことじゃなくてもいい、少しでも店長のことを知りたい。私は何度も頷きながら野田さんを見た。彼女は苦笑しながら口を開く。



「店長ってよくネックレスとか指輪とかしてるでしょ?」


「そうなんですか?」


「うん。それをね、じっと見てるんだけどあれブランド物だと思うんだよねー」



野田さんは何に納得してるのか、うんうんと頷いている。



「あんな高そうなブランド物、普通のゲームセンターの店長じゃつけないよなー」


「確かに不自然ですね。しかも年齢も若そうですね」


「だよね。若者向けのブランドっぽいし」


「それに店長のつけてる腕時計。あれもすっごい高いと思う」



大人の女性ならではの着眼点だ。私はどんな時計が高いとかよく分からない。でも値段が高い時計はとことん高いのは何故か知っている。



高級なアクセサリーや腕時計…しかも案外若いかもしれない…なんだかますます分からなくなってきてしまった。



「なんか分からないですね」


「うん。まあ、どっかの金持ちのボンボンかもしれないけどね」



その線の可能性は高いな。あんな自由で常識にかけ離れている人が金持ちのボンボンだと言われたら納得できる。


だからって顔隠す理由にはならないよなあ。私は野田さんにお礼を言って、仕事場を離れた。



「(金持ちのボンボン、金持ちのボンボン)」



一人で家に帰りながらそう頭で唱えていると、一つの考えが浮かぶ。


店長はどこかの会社の御曹司で跡取りになっていた。しかしあの変な店長だ。彼は自分の会社を継ぎたくなく、勝手にこのゲームセンターの会社へ入社。身内に身元がバレてしまったら、会社へ連れ戻されてしまう。だから狼の被り物を被って顔を隠し、ここで働いている…



――――我ながらなんて想像力、そして妄想力。でもこの考えはすごくしっくりした。


そうに違いない。店長はだから顔を隠しているのか。告げ口をされたくないから従業員にも見せないんだ。私はそんなことしないのに。今度それを確認して、今度こそ顔を見せてもらおう。





―――――――――――――……

―――――――…


「あははははは!!一ノ瀬さん、君は天才だね!!」



次の日の木曜日、私のシフトが終わった時店長が休憩に入ったので、昨日の考えを言ってみた。そしてこの笑い声はそれに対しての店長の返答だ。なに?なんで笑ってるの?私、天才?



「違うに決まってんじゃーん!!ぶふっ」



尚も笑っている店長。そうですか、違いましたか。だからってそんなに笑わなくてもよくないですか?私は狼の被り物を見上げた。



「じゃあなんで被り物してんですか!!」


「え?なんとなく。あと敬語おかしいから」


「こっちは本気で聞いてるんです!!」



その被り物をバコバコと叩きたい気分である。でも一応上司だからそんなことはできない。店長はゴメンゴメンと軽く謝った。



「いやね。実は、狼の被り物をして演奏しているバンドがあるんだ」


「はあ、」


「俺そのバンドのファンでさー!!真似したくって」



あはは、じゃない。じゃあ別に素顔を見せたっていいじゃないか。



「そのバンドも決して素顔を晒さないからさ、かっこよくね?」


「…そうですか」



ため息をつきそうになる。そんな理由で?くだらない。だけど、私は店長の素顔が見たい。自分のこの執着は何なのだろうか。店長はそのバンドについて語っているのか、ぶつぶつ1人で呟いている。


私服にも着替えてるし、もう帰ろうかなと思ったけれど、野田さんの言葉を思い出した。ちらっと店長の首もとを見てみると確かにネックレス。お洒落なのは分かるけど、ブランドとかはよく分からない。


手っ取り早く分かる方法は時計しかなかった。時計のこともよく分からないけど、アクセサリーよりかは分かる。何とかして、バレないように手を見たいが、店長はスッポリと両手をズボンに入れてて見れない。


ベラベラとなんか語っている店長。私はなんだかじれったくなって、彼の右腕を握り無理やりズボンのポケットから引っ張った。


そして時計を確認。確かに高そうだ。これは私でも分かる。銀がメインだがところどころゴールド。ダイヤモンドみたいなのもついている。凄い、こんなの初めて見た。


じっとそれを見つめていると、次は自分の腕を握られてる感覚。恐る恐る時計から目を離すと、



「ねえ」



今度は店長の左手が私の右手を掴んでいた。


自分が熱を帯びていってるのが分かる。私の手を握っている店長の手は綺麗だ。細くて骨っぽい、人間の手だ。



「あ、あの」



ただ無言で店長は私の手を握っている。店長の熱が直に伝わってくるのが、余計に心臓に悪い。この部屋、クーラー効いてないんじゃないか?と、どぎまぎしていると店長は私の手を顔の前に持っていった。


顔はやっぱり狼で。狼の瞳は私の手を捉えている。



「一ノ瀬さんの手、綺麗だね」


「そ、そうですか」



それはあなたもでしょ、とか私には言えない。そんなスキル私にはない。店長は私の手をまだ見ている。



「小さくて、可愛いしね」


「っ」



バッと私は反射的に店長の手を振り払った。店長の右腕から手を離し、急いで距離をとる。



「せ、せ、セクハラですよ!!」



自分の右手を抱えながら叫んだ。右手はまだジンジンと火傷したように熱い。心臓は何故か痛い。狼の被り物は表情を変えない。変えるはずがない。



「先に触ってきたの一ノ瀬さんじゃん」


「そうですけど!!」


「じゃあいいでしょ」



あっけらかんと言う。私は何も言い返せなくて、「さようなら!!」と可愛げなく叫んで裏口から出た。


ドシドシと大股で駅までの道を歩く。なんでこんなにドキドキしてるのよ。きっとあれだ、男の人に初めて触れられたから、ってあの狼を男と認識してしまってる自分にまたやるせなくなる。



「(こうなったら、とことん闘ってやる!!)」



私はそう心に誓い、家へ帰った。





―――――――――――――――……

――――――――…


土曜日、また私は7時に出勤をする。最近はずっとそうだ。



「おはよー、一ノ瀬さん」



裏口からスタッフルームへ行くとオオカミ店長はヨガをしていた。ストレッチに筋トレにヨガってオールマイティーだな。しかし私は気にせず変なポーズをとっている狼頭に近づく。狼はいつもの顔で私を見ている。


私は珍妙なポーズの狼男の人間の手をとった。やはり高そうな時計を身につけている。 その手をじっと見てみるが、やはり綺麗だ。私の手なんか比べ物にならないのに。



「一ノ瀬さん?」



狼の被り物は不思議そうな声を見ながら私を見上げている。足だけはまだヨガのポーズをしていて気持ち悪い。


私は昨日の事を思い出す。今でも頭から火を吹きそうだ。しかし意を決して言ったのだった。



「店長の方が、ずっとき、綺麗な手をしてますよ。私なんかより」



少し噛んでしまった…だけど言いたいことは言った。私は乱暴に店長の手を離し、彼に背を向ける。


きっと今、顔真っ赤だ。私はずんずんと更衣室へ向かう。



「かーわいいなー…」



後ろからぼそりと何か聞こえたが聞き取れなかった。不思議に思い、振り返ってみる。



「何か言いました?」


「いーえ、なんでも」



店長はいつの間にやらあぐらを掻いていた。質問をかわされ、不安に思うがかまわず更衣室に入る。



「っは~」



あの店長、全く取り乱してなかったよな。昨日の自分のリアクションがさらに恥ずかしくなる。闘うとは言ったけど、強敵すぎて…いや!!諦めたらだめだ、一ノ瀬。



もうすぐ夏休み。ここでシフトを入れまくって私は絶対に店長の素顔を見てやる。



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