第3話 奮闘!!一之瀬波瑠
それから私は土曜、日曜は必ず7時に出勤して店長と攻防していた。しかし、店長は強い。
ソファの上から落とそうとしてもびくともしないし、手作りケーキを持ってきてもその場で食べようとしないし。強行突破で無理やりとろうとしてもとれなかった。
しまいには、
「一ノ瀬さんまたケーキちょうだいよ」
と相手はへらへら笑っている始末。
「一ノ瀬さんごどきに俺の被り物なんてとれないよ」
「……」
腹が立つ腹が立つ。両手を上げて首をふっている狼に馬鹿にされて。何が何でも被り物とってやりたい。スタッフルームで私がギリギリと店長を睨んでいると、
「一ノ瀬、ケーキなら俺にもくれ」
椿さんが更衣室から出てきた。誰がやるか。店長にだってもう渡さない。
「嫌です。椿さんぐらいなら毎日女の子からもらってるんじゃないんですか?」
「あ、ああ!!俺ぐらいになるとな!!毎日、ケーキどころか指輪貰う感じだな」
嘘つけ。
「お前まだ店長の顔気になってんの?」
下準備中、コインのメダルを整える私の横で椿さんがそう辛辣に言った。彼はこまめにゲーム機の汚れを拭いている。
「そうですよ。悪いですか」
「いや別に…でも無理だろ」
無理じゃない。私が軽く椿さんを睨むと、彼は少し躊躇した。大体、無理って言われたらまた粘りたくなる。私の頑固で負けず嫌いな性格のせいだ。
「無理じゃないです。絶対に暴いてみせます」
「イケメンじゃなかったらどうすんだ。世の中甘くないぞ」
「顔とかどうでもいいんです」
…とか言ったけどちょっと嘘。少しは期待してしまってる。
「大体、店長の役職だから若くもないだろ。おっさんかもしれない」
「だとしたら子供みたいなおっさんですね」
「そうだな」
多少失礼なことを言ったが椿さんは否定しなかった。それぐらい店長は自由気ままな人だ。
他のバイトさんも揃って、店は今日も開店した。ゲームセンターなんてほぼ行ってなかったからバイト始めはこのゲームやBGMの轟音(ごうおん)がきつかった。
だけどそんなのも慣れた。いいのか悪いのか。
朝からちらほらお客さんが来ては、クレーンゲームやらメダルゲームやらに人が集まる。私はサービスカウンターでほのぼのとそんな様子をみていた。
『ピーさんの巨大ぬいぐるみがゲットされましたー!!』
カランカラン、と鐘の音と店長の陽気な声がどこからか聞こえてくる。
すごいなー、私クレーンゲームとか全然できないや。とぼうとしていると、ガガガと内線が聞こえた。
『一ノ瀬さん?ぬいぐるみ入れる大きな袋持ってきて』
店長の声。私は「はい」と言って、カウンターから店の大きな袋を取り出して、ピーさんのコーナーへ向かった。
「ありがとうございましたー」
ピーさんをゲットしたのは、カップルの彼女の方だった。そこは彼氏だろ、と思いながらも2人を笑顔で見送る。
「普通彼氏だよね」
店長はカップルが見えなくなったのを確認して同じことを呟いた。私はこくり、と無言で頷いてカウンターへ戻る。
店長はクレーンゲーム得意なのかな、とそこでまた考え事をしてしまう。最近私は店長のことしか考えてない。好きじゃない、決して。ただ興味があるだけ。
気づけば13時。お客さんのピークを迎える。私はカウンターから出てぬいぐるみの補充やらに移動した。
14時になって遅い昼食を食べる。昼食はコンビニのパン。ここでのバイトに明け暮れてる私には食費ぐらい痛くはない。
一人スタッフルームのソファに座って食べていると、狼が入ってきた。
「げ、また一ノ瀬さんいる」
「飲み物ですか。買ってください」
私がそう言ったら店長はやっぱやーめたと言って、向かいのソファへ座る。
「はー、つかれた」
と言ってパタパタと自分の顔を手で仰いでいた。顔と言っても被り物、仰ぐ意味は無い。私はつっこみたかったが、言ってもどうせかわされると思って口をつぐんだ。そして違う話題を出す。
「店長ってクレーンゲーム得意なんですか?」
「なに、急に」
「なんとなくです」
この人、私に怯えてるのか。私の言動一つ一つを探ってくる。この話題に関しては下心は一切ないというのに。
そんな店長の狼顔が私をじっと見つめながら、こくりと重たそうに頷いた。
「得意だよ。ずっとここにいるからね」
フフン、と得意気に胸をはっている。やっぱりそうだよな。
「私も長くここへ勤めてたらうまくなりますかね?」
「一ノ瀬さん、下手なの?」
下手とはなんだ、下手とは。しかも小馬鹿にしたような声音。ちょっと私のプライドに障ることを言われたが、事実なので仕方なく頷く。店長は私を見ながら、失礼にも「ハハハ!」と笑った。
「一ノ瀬さん、クレーンゲームできないんだ!!」
「だから何なんですか!!」
本当に失礼!!店長は私を指差している。その人差し指を折ってしまいたい。
「いやいや、ごめんごめん。一ノ瀬さん、私なんでもできます!みたいな顔してるから」
「…してるつもりないんですけど」
この人は私を怒らすのがうまいらしい。狼の被り物に笑われてるだけで腹が立つのに。
「出来ますよ!!クレーンゲームくらい!!」
私はそう豪語してしまった。店長は「そんな嘘つかなくても」と片手をパタパタとさせる。
「嘘じゃないですもん!!」
「嘘でしょ」
「嘘じゃないです!じゃあ私がピーさんをとったら店長、素顔みせてくれますか!?」
とっさに言ったことだった。言った後から無駄なことを言ってしまった、と後悔する。
私はすみません、と呟いてパンをかじった。菓子パンの甘味が口に広がる。店長は足を組みながらそんな私の様子を見ているだけだ。言いたいことあるなら言えよ。
そんな無言のスタッフルームの中でぽつり、店長の色っぽい、低い声が言ったのだった。
「いいよ」
店長の言葉に私は火がついた。ピーさんをとるだけで、店長の素顔が見られると。
残りの時間仕事に集中して、17時。私服に着替えた私はこのゲームセンターの客になる。ずかずかとゲームセンターを1人で歩く私にすれ違った野田さんは変な顔をしたが、すぐににこりと微笑んで会釈した。
ずん、とピーさんのクレーンゲームの前に仁王立ちをする。体長約50センチのぬいぐるみが3体だけ置かれていた。
「(一回200円か…)」
ちょっと渋ったが背に腹は変えられない。私は財布から小銭を出して、ゲームへ入れた。クレーンは変な音を出して光り輝く。横の矢印のボタンが点滅している。
「(こうゆうのはクレーンを首に引っ掛けるのよね…)」
と一般常識に捕らわれている私は、クレーンをピーさんの真上に移動させた、つもりだった。
クレーンはピーさんにかすりもせずに降下して、意味も無くアームを閉じる。そのアームを閉じたまま、ゆっくりと定位置に戻ってまた意味も無くアームを開けた。
奥に移動し過ぎたらしい。 どうすればいいのか、キョロキョロと見渡すとクレーンゲームを横から見てボタンを押してる人を発見した。
なるほど、横から見て前後を確認するのか。私は理解してまた200円を投入。今度こそ、と思ってボタンから手を離すと見事にクレーンはピーさんのところへ降下する。
「(よっしゃ!)」
と思ったのもつかの間。クレーンはピーさんを挟もうとしたにも関わらず、するりとピーさんの肌を這っただけで持ち上げなかった。私は思わずバン、とガラスケースを叩く。
クレーン握力弱いんだよ!!ピーさんぐらい持ち上げろよ!!
急いで私はまた財布を開けた。
――――――――――――――――……
―――――――――…
「とれねえ」
私はクレーンゲームの前で柄悪くそう呟いた。
もう何時間たったか分からない。ただ分かるのは私はこのピーさんに3000円は貢いだということ。3000円もかけてとれないなんて。おかしい、詐欺だ!!ぼったくり!!と自分の勤めている店に悪態をつく。
「(これじゃあ、店長の素顔が見れない)」
一番はこれだった。せっかくのチャンスなのに。
3000円かけたらもう逃げられない、いくらでもかけてやる!!と思って財布を覗くと、野口さん一枚しか残ってなかった。
「(あと5回か…)」
15回やって出来なかったのにあと5回か。まあでも明日また挑戦すればいい。私は両替をして、200円を投入する。
ボタンを押そうとした時、
「一ノ瀬さん、まだやってたの?」
聞き覚えのある声が、私の背後からした。
名前を呼ばれたけど、振り返らなかった。いや、振り返れなかった。だって、顔向けする顔がない。できると豪語して3000円かけてるなんて。ただの赤っ恥だ。
私を呼んだ声はまた言う。
「一ノ瀬さん、まだやってたの?」
「…」
「もう19時過ぎてるけど」
「うそっ!!」
驚いて思わず振り返ってしまった。後ろにいた狼は「ほんと」とだけ言う。そんなつぶらな瞳を見れなくて、私は思わず俯いた。ああ、2時間も我を忘れてこれをやってたのか私は。
狼は気にせずそんな私の隣に立つ。そしてコンコンと人差し指でガラスケースをこついた。
「一ノ瀬さん、ぬいぐるみの置き方覚えてるでしょ?」
「はい」
「置き方はね、お客さんがとりやすいように決めてるの」
「…とれないんですけど」
私は上目遣いで狼を睨む。とりやすいように置いてるのに何故私はとれないんだ。
しかし狼は私の方を見ない。
「お客さんには簡単な捕り方を見つけ出してもらうの」
「…そうなんですか」
私は目を伏せた。捕り方、なんて見つけ出せないし。分からないし。じゃあ一生私はとれないじゃないか。上から視線を感じるが、それに応えられない。
「…これのコツは腹だよ」
ぽつり、上から声が落ちてきた。
「これは元々、2回やらないととれないんだ。お客さんには申し訳ないけど」
返事がない私に気にせず1人話している。
「だから今こうやって座ってたのが倒れてしまってるけど、これは正解」
「そうなんですか?」
少し光が見えたから顔を上げるが、狼は未だピーさんを見つめていて。
「クレーンを腹に近づける。ポイントは掴むんじゃなくて、引き寄せる」
ベラベラと喋って狼はここから去ってしまった。
掴むんじゃなくて、引き寄せる。私はクレーンゲームのボタンの前に立って、そっとそれを押してみる。
「(引き寄せる…)」
クレーンの中央をピーさんより少し入り口よりに設定してみる。
アームは大きく開くので、これなら入り口に引き寄せることができるのでは、と。そして前後は言われた通り、腹あたりにしてみた。ゆっくりとクレーンは落ちていく。
そしてアームはゆっくりと開いて、また閉じる。その時、片方のアームだけピーさんに触れてそれを動かしていった。―――入り口の方へ。
私の胸は高まった。ゆっくり、ゆっくりとピーさんは入り口へ『引き寄せ』られる。そして、ドサッとピーさんは落ちたのだった。
「っ……」
胸に何かが湧き上がる。‘店長’に急いで報告しようと振り返った途端、
『ピーさんの巨大ぬいぐるみがゲットされましたー!!』
そんな声と同時にカランカラン、鐘が鳴って。その鐘を鳴らしている狼が私に歩み寄ってきていた。
「店長!!私、とれました!!」
私は思わず跳ねて、入り口に落ちてるピーさんを指差す。狼の被り物はうんうん、と頷いているだけだ。
「君は今客だから俺のことは店長と呼ばなくていいの」
冷静にそう言われてハッと我に返る。狼は入り口からぬいぐるみを取り出して、丁寧に大きな袋へ入れた。それを私へ差し出す。
「いったいいくら使ったの?」
「…3200円」
「うわ、」
うわ、とはなんだうわとは。どうせ私は下手だったんですよ。認めざるを得ない。
袋を持つとやはり重かった。これを持って電車に乗るのは恥ずかしいな、と思う。
「オオカミさん」
店長と呼ばなくていい、と言われたから私はそう呼んだ。狼は無言でこてん、と首を傾げる。
「明日、絶対見せてくださいよっ」
それだけ言って私はゲームセンターを出た。久しぶりの外は真っ暗で。携帯を見るともう8時前だった。だけど気にしない。だって、明日店長の顔が見れるから!!
スキップしたい気持ちを抑えて、私は早足で家に帰った。
――――――――――――――――……
―――――――――…
「おはよう、一ノ瀬さん」
「おはようございます。約束ですよ」
次の日また7時に出勤すると狼顔の店長はV字バランスをしていた。筋トレしてるんだ、と思うがどうでもいい。私は店長に詰め寄る。狼顔は慌てて「待って待って!!」と私を抑えた。
「昨日一ノ瀬さんがとれたのは俺のおかげじゃん!!」
「そうですけどとったのは私です」
「だからって、君はできると断言したのに出来なかったじゃん!!」
…そう言われたら何も言えない。大上店長はちょっとうろたえた私の隙を見て一気にしゃべり始める。
「昨日俺のアドバイスがなかったら君はとれなかったんだ!!だから、一ノ瀬さんがピーさんをとったことにはならない!!」
「じゃあアドバイスしなかったら良かったじゃないですか!!」
「俺の良心が許さなかったんだよ!!」
狼顔で良心とか言われても。朝から大声を出しすぎた。とりあえず制服に着替えよう。店長を少し睨んで私は更衣室へ向かった。そして自分のロッカーを勢いよく開ける。
と、中には1000円札3枚と100円玉2枚。合計3200円が入っていた。
「なにこれ?」
思わず独り言を呟く。これ、私が昨日ピーさんに貢いだ金額と同じだ。こんな金額を知ってるのは、あの人しかいない。
「オオカミ店長!!」
「違う、オオガミだからガだからガ」
勢いよくスタッフルームに入ってきた私にマイペースにつっこみを入れる店長。
私はそのつっこみに答えず、バンッとお金をテーブルの上に置いた。
「いらないです」
それだけ言って、ソファに座ってる狼頭を見下ろす。何故お金を返されなきゃいけない。余計に惨めだろうが。
「いやいや、元はと言えば俺のせいだし」
「じゃあ、素顔見せてください」
「それは無理」
なんなのよ、なんでそんなに隠したがるのよ。なんで、狼のくせにそんなに考えてんのよ。私は無性に腹が立った。
「私が嘘をついたのが悪いんですよ!!お金なんていりません」
「だって、一ノ瀬さんは俺の素顔が見たいからピーさんをとりたかったんでしょ」
狼は悪びれもなく首を傾げている。私はため息をついて、200円だけとった。
「これは店長からアドバイスをもらってとれた分のお金です。これだけ貰います」
「3000円は?」
「いらないです。お金なんかで済まされる好奇心じゃないですので」
余裕綽々で足組んで私を見ているオオカミ店長に私は笑いかける。
「絶対、素顔を暴いてみせます。言い訳できないほど」
そう私が言うと店長は無言で3000円を持って立ち上がり、自販機の前に立った。そして1000円札をその自販機に入れる。みるみる飲み込まれていく1000円札。
店長は片手だけポケットにつっこんでいる形で自販機のボタンを押した。
なかなかその姿は様になる。首から下はイケメンだ。
ガコン、そんな音がして店長は腰を折る。彼は自販機から取り出した缶をまたいつかのように私に投げた。それをキャッチするとやはりメロンソーダ。
「それ、おごりね」
店長はいつものように私を指差す。私はタブを開けてゴクゴクとそれを飲んだ。
「ありがとうございます」
一気にそれを飲み干して、ゴミ箱へ捨てる。ずかずかと仕事場へ向かおうとすると低い笑い声が聞こえた。振り返ると店長は肩を震わしていて。
「女の子はね、クレーンゲーム出来ない方が可愛いんだよ」
それだけ言って、私を追い抜かして仕事場へ入る。その背中を見て、
ドキリとしたのは内緒。
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