14.新人達と婚約者
黒ずくめに声をかけられ一瞬ぎょっとしたが、さっきの「総合職」の新人達だった。お昼休みに外へ行くところだったのか。
「あ、前田さん……」
「どうしたの喧嘩? この人誰?」
前田さんはそう言いながら、あたしが鞄の上に載せていた機械の向きをさりげなく変えた。
「喧嘩じゃないです。この人あたしの……婚約者で、さっき小野さんから預かった荷物のことを訊かれていたんです」
前田さんは鞄をしばらく見ていたが、やがて竹田さんの方へ向き直り、「会社」の人独特の高圧的な態度で言い放った。
「これは我々がこの人に託した荷物だ。あなたは内容を知らなくていいし、知る権利もない。この人も何も知らない」
前田さん、さっきの雰囲気とは全然違う。「会社」の人にこう言われたら、庶民は何も言い返せない。
「先程二人の話が聞こえたが、あなたはこの人の何を疑っているのか」
あ、そこに踏み込むの? 気がつくと、他の黒ずくめ二人はあたしの荷物を隠すように立っている。
「いえ、彼女、以前『管理品』の奴を家に上げたことがあるんですよ。それで」
「竹田さんやめてその話」
あたしは竹田さんを庇ったつもりなのだが、そうは取ってもらえなかった。
「そいつと彼女、やけに親しげだったんで、正直今でも疑っているんです。そいつ、『管理品』のリーダー格なのか黒い服着て役職者みたいななりしていまして、しかも管理品のくせに結構な男前でね。彼女もあっさり口説き落とされたんじゃないかと。僕の見た目はほら、こんなですから」
「な……っ!」
「『管理品』のリーダーの制服は半袖です。役職者のものとは違います」
顔を真っ赤にして竹田さんのことを睨み付け、今にも飛び掛かりそうな前田さんを制止して一人が前に出た。
「あなたは彼女のことを疑って、こうして公衆の面前で詰問していますが、具体的な不貞の証拠はあるのですか。その様子ですとないのでしょう。ではなぜ疑うのですか。そしてなぜ容姿の話が急に出てくるのですか。まさか自分の容姿に関する劣等感を彼女への猜疑心に転化しているのではないでしょうね。いずれにしても本当に疑うなら申し立てをすればいいわけですし、今のあなたは周囲の人達の迷惑でしかありません。退去して下さい」
竹田さんは逃げるようにロビーから飛び出して行ったが、話を聞いていた黒ずくめ二人は途中からぶるぶる震え、竹田さんが見えなくなった途端に吹き出した。
「佐々木お前すげー似てるー!」
「まーなー。ダテに入社一週間毎日トイレで泣いてねーよ」
佐々木と呼ばれた人、なんで敬語なのかと思ったら、コウの物真似をしていたのだ。
前田さんが鞄の上の機械をずらして見せながら、あたしに耳打ちをした。
「北山さん、荷物気をつけて。この数字、管理品の識別コードだから」
「あ……」
黒ずくめの人達を見上げると、皆黙って頷く。
「あ、あの、もし『万が一』コウ、さんと話す機会があったら言います。皆さんが助けてくれたって。ありがとうございます」
「俺が物真似したのは言わないでね」
「あははどうでしょう」
黒ずくめにかっちり頭で、やべーこえーまだ死にたくねー、と騒ぐ佐々木さんをよそに、前田さんは言った。
「もし『万が一』コウさんに会うことがあったら伝えて。俺ら皆コウさんの味方です。何でも協力します。あ、業務に支障のない範囲で、って」
そうして小さな紙に何かを書き、手渡してきた。
前田さんの電話番号だった。
ごはんを作る時間がなかったのでお弁当を買って家に帰ったら、ちょうどコウが近所のちびっこを引き連れてどこかから帰ってきた所だった。
「おかえり。ありがとうミキ。荷物重いでしょ」
重かったよふざけんな、と思ったが、コウはその大荷物を片手でひょいと掴んでお父さんの部屋に入れた。
「コウ、ちょっといい?」
荷物を開くコウの背中に声をかける。
「小野さんから聞いたよ。アイ君のことと、クローンのこと」
下手にもったいつけるより簡潔に言った方がいいと思い、前置きなしで切り出した。
コウの手が止まる。
「これももらって来た。……アイ君の制服」
あたしの鞄に大事に入れておいた包みを渡す。コウは震える手でその小さな制服を受け取ると、胸に押し当ててその場で蹲った。
「アイ……」
慈しむように「子供」の名前を呼ぶ彼の側に、一緒にかがむ。
あたしはひどい奴だ。愚かしい嫉妬に阻まれて、本当の意味で彼に寄り添えていなかった。
事実を知って改めて向き合うと、その心の痛みの深さに堪らない気持ちになる。
どんなに悲しかっただろう。しかも国際的な違反行為が絡む以上、具体的な事を共有できる人は限られている。あたしにも勿論言えない。
そういえば、小野さんはなんであたしなんかにこんな重要な事を話そうと思ったんだろう。
「……ミキ、色々ありがとう。そうだ、荷物は後でいいや。先にごはんにしよう」
潤んだ瞳に無理矢理笑顔をかぶせてコウは立ち上がった。だからあたしも気持ちを切り替えたふりをする。
「あ、ごはんね、作る時間なかったし、この嫌がらせみたいに重い荷物があったから、お弁当買って来ちゃった」
「お弁当!」
そういえば、出来合いのもの食べるの初めてか。一応四個買って来たが、案の定三個ぺろりと食べて「たりない……」と不満顔だ。
「そうそう。今日帰り際、偶然竹田さんに会っちゃってさ、荷物疑われたり変な因縁つけられたりしたけど、新人の前田さんとか佐々木さんに助けてもらっちゃった。コウがうちにいるのもなんとなく察しているみたいだったけど、気がつかないふりしてくれていた。皆コウさんの味方です、業務に支障のない範囲で協力します、ってさ」
これはきちんと報告しないとね。でも佐々木さんの物真似は内緒にしておこう。
「そんな事を言ってくれたんだ……。皆、優秀で熱心で、素晴らしい人達なんだよ。有難いことだよ」
そう言って優しげな笑顔を浮かべる。
だからさ、その顔、もっと会社で見せてあげれば良かったのに。
「あと、あたし、謝んなきゃ。本当の意味でコウの気持ちが分かっていなかったこと」
言いたくないけれど、やっぱりこれは告白しておこう。あたしの感情以外は。
「あたし実はアイ君の事、クローンなんて知らなかったし、思いもよらなかったから、てっきり大人の女性だと思っていたの」
コウは怪訝そうな顔をして首をかしげた。
「『凄く凄く大切な人』なんていいかたしたら、そう思うよ。その後一緒に暮らしているって言うし、恋愛の事聞いたら何か凄い濃厚な事言うし、挙げ句結婚しないで子供を持ったなんて言うから、あたしもうてっきりそういう関係の人なのかと思ってさ、コウの本当の悲しみに寄り添えていなかった……ん?」
話している途中から、コウの顔色はみるみるうちに赤紫色に変色していき、頭と顔からだらだらと汗を流しはじめた。目は見開かれているが何も映っていない。
「何、どうしたの? ごめんなさい、不愉快だった?」
コウは首を横に振ったが、
「一緒に……子供……俺、そんな……」
そんな事をぶつぶつ呟いていたかと思うと、
「……うぅ」
と呻いて、失神してしまった。
「ええぇぇー!」
仕方がないので引きずってベッドに寝かせる。
もう、本当に機械の電源切らなくて良かった!
小野さんの言うとおり、本当に純粋培養で免疫ないんだ。でも、あれは冗談だよね。
――あいつ純粋培養だからこういう話に免疫ないし、それに、今少し話に出ていたコウの恋愛話ね、それ十中八九相手は、北山さん、あなただよ。
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