13.機密

「アイは六歳の男の子で……コウの細胞から生まれた、戦後初のヒトのクローンだ」


 小野さんがそこで言葉を切り、あたしの目を見る。


「え……と、なんですかその黒ナントカって」

「クローン、だよ。……と、その前に。この技術は現在、国際的に禁じられているから、くれぐれも口外しないように」


 小野さんは硬い表情を崩さないまま、こんな話をした。




 北山さんは、「管理品」の大半は、両親の「恋愛」が原因で産まれた子供だ、という事を知っているかい?


 うん。そうなんだ。指定された結婚相手以外の人との間に子供をもうける。たまにそういう事が起こってね。でもそうなると子供は「会社」の管理外だから、戸籍や苗字は勿論、あらゆる権利を得ることが出来ない。

 それだけではない。「人間」としても認識されない。

 そういった子供の唯一の受け皿が、「管理品」なんだ。


 だが、コウはそうではない。

 コウは各方面で優秀な遺伝子をもとに、いわば人為的に「作られた」んだ。


 だよねえ。うん、私にその方法を訊かれてもちょっと困る。さすがに詳しく言う訳にいかないし、そもそも正確に話せる自信がない。

 「あの戦争」で失われた技術のうち、辛うじて残っていた「情報」の断片を、会社の研究所が拾い集めてなんとか形にした、とだけ言おうかな。

 とはいえ、戦前とはわけが違う。今の技術力では、コウの誕生はほぼ偶然みたいなものなんだ。

 そうそう、あいつの顔、特徴がなさすぎて不自然でしょう。ま、敢えて言えば瞳の色が多少珍しいかな。あれは、あらゆる遺伝子をいじっているうちに、特徴が相殺されたせいじゃないかな、なんて。まあ、素人考えだが。


 コウは小さい頃からずば抜けた能力を発揮した。

 例えば整備医の資格。普通は取得までに六年かかるのに一年かからなかったよ。

 運動能力もね。研究所がさんざん電気流したり傷つけたり……あ、すみません。省略します。いろいろ調べたけれど、未だに解明しきれていない。

 彼は、戦後科学のすいなんだ。ただし、偶然が生んだ。


 となれば、今後の研究のために同じような管理品が欲しい場合、同じ技術を使って偶然「コウタイプ」が出来るのを待つより、確実なクローンを、と考える奴が出てくるんだ。

 クローンというのはまあ、特定の細胞からコピーのような別の、と……いや、そういうコピーじゃない。戦前は広く普及していた技術なんだけど、さっきも言ったように、現在は禁じられている。

 だが、アイは生み出された。




「……なんていうか、いかにも庶民が想像する『会社』って感じの話です」


 心に浮かんだ正直な気持ちを言ってみる。


「返す言葉もない」

「あたし、コウが脱走した理由、分かった気がします。コウのこと見ていると、会社自体は嫌いじゃなさそうだし、仕事大好きみたいなのに、なんでアイ……君を置いて脱走したんだ、と思っていたんですよね。前にちょっと『死んでも捕まるわけにいかない』って言っていたけど、まさか」

「アイの実験が、その、失敗したから、次はコウで実験するつもりらしい。でもあいつが嫌なのはそこじゃない。今後何度も自分の『子供』達が実験台になって、アイの悲劇を繰り返すことなんだ。研究所はあくまでも『コウの』クローンを生み出そうとしているからね」


 子供。

 確かにある意味自分の子供だ。

 自分の体があるかぎり自分の意思とは無関係に生み出され続ける、実験用の子供。


「……吐き気がします」

「私にも子供がいるからね。許せないよ。それにコウの子供なら、ちょっとだけ私の孫だ」


 え? 何それ。


「本当にほんのちょっとだがね。コウの遺伝子の中には、私の情報も入っているんだよ」


 そう言って小野さんは自分の緑がかった茶色の瞳を指差した。




 帰り際、恥ずかしかったけれど思いきって小野さんに例の誤解を告白した。


「あたし実は、アイ君のことを大人の女性だと思っていたんです。コウが、あたしの……婚約者のことを『大切な人』って表現した直後に、アイ君のことを、大切な『子』じゃなくて、大切な『人』って言ったから」


 あたしは大笑いされること覚悟で誤解の数々を話したが、小野さんは冷静に告白を聞いてくれた。


「確かにそれはコウの説明が悪い。ただね、未婚の男女の同室を許可するほど会社は寛容じゃないよ」

「そうですよねー。本当やだもう、あたしったら」

「いやいや、悪いのはあいつだ。だけど……この話、できればコウにしないほうがいいな。あいつ純粋培養だからこういう話に免疫ないし、それに」




 小野さんから借りたキャスター付きの大きな鞄と、鞄の上に適当に載せた謎の機械をごろごろ引っ張ってロビーに降りた。

 丁度お昼休みに入ったらしく、スーツに短髪の「普通の」社員や、黒ずくめにかっちり頭の「総合職」と言われていた社員が溢れていた。

 灰色の半袖の制服姿の人は見かけない。外へ食事に行かないからだろう。


 しかし重い。本当に重いよこれ。ロビーには仕事上の色々な登録申請のために大きな機械を引っ張った人が結構いるから、別に目立ちはしないんだけれど。

 機械と紙類が私物の殆どって、今までどんな生活していたんだ。本当に服とか持っていなかったのか。


 そういえばお金もあるし、いい加減お父さんのお古以外の服も買わなきゃ。

 どんなのがいいかな、何が似合うかな、あんまり着映えしすぎても目立つしなあ……。


「ミキちゃん」


 いきなり声を掛けられて、あたしは思わずびくりと身をすくませた。


「びっくりした? 偶然だね。まあ、今月は免許の更新月だからありうるか」


 竹田さんだ。


「あ、あれー、こんにちは。竹田さん、車椅子いらなくなったんですね。凄い、よかったぁ」


 竹田さんは杖だけで本社に来ていた。

 元気になって嬉しい。この気持ち自体は本当だ。だけど今は、一刻も早く家に帰らなければいけない。

 左手には、管理品蔵匿罪の証拠を握っている。

 けれども竹田さんはあたしの荷物を見て眉をひそめた。


「ん? どうしたのその荷物。随分大きいね」


 まあ、目に留めるだろう。どうしよう、竹田さんに下手な嘘を言っても同業者なんだからすぐにばれるし、嘘は重ねると途中で矛盾を生む。


「ですよね。これ、人からの預かりもので。あたしも実はよく分かんないんです。でも高そうだから早く運ばないと」


 よし、これなら一応嘘は言っていない。もう、だから早くあっちに行ってよ。


「ふーん? なんでミキちゃんに託したんだ?」


 うん、そうだよね。なんでだろ。言い訳を考えて頭をひねっているとき、竹田さんは思わぬ方向から攻撃してきた。


「この鞄、男物だよね。だから持ち主は女性じゃないよね。誰のこれ」


 えっ、そう来るか。


「これ庶民が買えるようなものじゃないから、お父さんのじゃないよね。ミキちゃん、『会社』で誰に会ってきたの。ねえ、この荷物、仕事関係じゃないでしょう」


 そりゃ仕事関係じゃないけど、でも、男物の鞄持っているだけで何事?


「何、君、『会社』の人みたいなのがいいの。そりゃそうか。庶民の何倍もの収入があるし、色々楽しいでしょう。この間の『管理品』だって、本当に何もなかったのかどうか」


 竹田さん、どうしちゃったの? いくらなんでも飛躍しすぎでしょ!

 なんでそこまで話が飛ぶの?

 なんでそこまであたしを疑うの?


「この鞄の中には、本当に機械とかしか入っていないです。あたし、何か変な疑い持たれているんですか?」


 もうやだ。この人おかしい。結婚したらこんなのが一生続くの? やだよそんなの。

 それに今ここで下手に言い争いなんかして、「会社」の人に目をつけられたら……。


「北山さん、こんなところで何しているの」

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