4.通報
竹田さんはコウを見て、露骨に怪しむ表情をしていた。
「夜分に失礼致します。
流れるような
「ミキちゃんに助けられたそうですね」
「はい。お恥ずかしい話ではございますが」
「医者の不養生、ってところですか。風邪ひいたら、子供でも分かると思うんですがね」
コウの事を上から下までじろじろと眺めまわした挙げ句、鼻で笑いながらそう言い捨てた。そんな竹田さんの態度を、コウは軽く笑って受け流す。
なんだろう、竹田さんが変だ。こんな人だっけ。なんか、違う……。
整備医の治療って初めて見た。
気の遠くなるような細かい問診の後、触診だの聴診だのを延々と繰り返し、機械の整備にもやたら時間をかける。
コウがのろいわけじゃないのは整備師のあたしが見て分かる。とにかく細かくて丁寧なのだ。これじゃ治療代が高いのも納得だ。
機械口を大きく開けた竹田さんの背中は、痩せて土気色に乾いていて、沢山詰め込んだ機械でごつごつしている。
ふと、昨日見た、コウの鍛え上げられて引き締まった健やかな背中を思い出し、なんだか切なくなった。
「先生、あんた随分体格いいね。健康そのものって感じだ。羨ましいよ。僕みたいな人間の気持ちなんか分からないだろ」
背中の機械をむき出しにした状態で、敬語も使わずそんなことを言う。一体、どういうつもりなんだろう。
コウは竹田さんの言葉をさっきみたいに受け流し、機械口を閉じた。
ポケットから小さな板を取り出してつつく。こうすると後日薬が届くのだそうだ。
なんで板をつつくと薬が届くんだ。電話や手紙じゃなきゃ物を注文できないだろうに。
「以上です。具合はいかがですか」
竹田さんは体のあちこちを触ったり動かしたりした。
明らかに今までとは動きが違うのに、無言でそっぽを向く。
……やだこの人。感じ悪い。
「凄いね。でもこんなん出来るのに、なんで自分の風邪は分かんなかったの?」
「あれは……えっと、だって風邪ひいたの初めてだったんだもん」
「あー、ナントカは風邪ひかないって言うもんね」
「えー、俺バカじゃないよ」
「あたし、バカなんてひとことも言っていないけど」
「あ」
竹田さんはそんなあたしとコウのやり取りを見て、口の端を歪めた。
「あんた、人の婚約者に対して随分となれなれしいな」
うっかり口調が変わってしまったことに気が付いたのだろう。コウは慌てたように頭を下げて挨拶をすると、ぱっと家を出て行ってしまった。
「あ、ちょ」
「ミキちゃん」
竹田さんが耳打ちした。
「あいつの後を追って引き留めて。今から通報するから」
「通報?」
いつになく厳しい竹田さんの表情。
「ミキちゃん、あんまり人を信用するんじゃないよ。あいつの服装、見たでしょ。『会社』の『総合職』の制服そっくりな黒ずくめの。腕前からして整備医資格は本物だろうけど、総合職の人が、我々なんかにあんな丁寧な態度取るわけがない」
会社の総合職。
そうか、どこかで見かけた服装だと思っていたけど、あれ、たまに行く会社で見かける、偉そうな人の制服だ。
「会社」は、この国の権力そのものだ。機械の製造販売だけでなく、政治的なものも全て握っている。そこの「総合職」といえば、東京の頂点だ。
だが、コウは「管理品」だ。総合職とは正反対の世界の人。なのになんであんな大層な服を着ていたんだろう。
「だからあいつの正体の可能性はふたつ。制服泥棒か、たしか総合職と制服がそっくりな」
竹田さんは、そこでまた蔑むように口を歪めた。
「『管理品』のリーダー格のどちらかだ」
大通りを歩く、黒ずくめに人形の顔を乗っけた、めちゃめちゃ目立つコウを見つけた。あたしは有無を云わさず路地裏に引っ張り込む。
「あ、ミキ」
「あ、じゃない!」
かっちり撫で付けられた髪をごちゃごちゃにし、襟元のボタンを外す。
「何アンタ、これ『会社』の制服だったの? 目立つよ! さあ捕まえて下さい、って言っているようなもんじゃん」
「アンタじゃないよ。コウだよ。だって俺、これしか服持っていないんだもん」
口を尖らすコウの手を引っ張る。
「……竹田さんが通報した」
それを聞いて、コウはあたしの手をそっと外した。
「ああ、やっぱり『管理品』ってばれていたかあ。だよね。あの話し方、普通の人にしたら失礼だもんね」
今一つ緊張感の欠如した笑顔でそう言うと、あたしに向かって手を振った。
「じゃあね、ミキ。色々ありがとう。俺こっちに逃げるから、警察にはちゃんと言ってね」
後ろを向き、歩き出す。
そこへあたしは思い切りタックルを食らわせた。咄嗟に振りほどこうとしたコウは、あたしの顔を見てバランスを崩し、そのまま仰向けにひっくり返った。
通りの向こうから声がする。
「どこへ行った」
「通報では、この辺をうろついているらしいって」
警察だ。
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