2.反論

 警察官の言葉に、あちこちからひそひそ声が聞こえた。


「なんだよそれ。ありえないし」

「仕事でミスすると精神的な傷害は受けるけどな」

「あ、傷害ってもしかしてそれのこと? じゃあ俺ら全員被害者じゃないか」


 小野さんは話している人達をちらりと見た後、とぼけたように言葉を続けた。


「はあ、竹田さん。なんでまたその方に」

「被害者は協力者と目されている女の婚約者なんですが、被害者の言うには、その、容疑者が被害者の婚約者を誘拐した後、被害者宅に入って暴行を働いた、と」

「ふむ、なんでわざわざ協力者を誘拐なんかしたんでしょう」

「どうも容疑者はその協力者に逃亡中助けられたらしいのですが、そのとき協力者を気に入ったらしく、最近また協力者宅に戻ってきたようなのです。今回の件の前に、協力者の行動を不審に思った被害者が警察に相談していたのですが、警察官が協力者宅に行ったところ、もぬけの殻でした。だから容疑者が誘拐したのだ、と」


小野さんの質問に、警察はぺらぺらと答えている。警察でも、「会社」の人にはこうなっちゃうのかな。


「協力者が救いの女神みたいに見えたんでしょうかねえ。にしても協力者が家にいないから誘拐、って、うーん。まあ、それはともかく、暴行時、被害者の方とコウは初対面だったのですか」

「一度、容疑者を見かけたらしいのですが、そのときの容疑者の身なりが、その、こちらの制服に似ていたので一度通報しています。会ったのはその時だけみたいですね」

「まぁこの制服、悪目立ちしますからね。しかし協力者とコウの間に何かあったんでしょうか」

「さぁ。被害者の方の言うには、容疑者が一方的に気に入っていただけということですが、まあ協力者も『協力』していたわけですし、その辺のことは正直どうも……」

「ほぉー。あの堅物が。実は彼には木本サキの誘惑を鼻先で退けたという武勇伝がありましてね。じゃあその協力者という人はさぞかし綺麗なんでしょうね」


 あのさ小野さん、途中から面白がっているでしょう。あたしの方ちらちら見てさあ。


「ところで、もしコウが本気で暴行を働いていたら、被害者の方の命に関わる問題になっていたと思うのですが、その方の具合は……」




 ふと小野さんから視線を外して見ると、前田さんが何やら机の上で機械をいじっていた。

 この機械、コウもよく使っていた。書籍端末に文字盤がついたような機械。


「……あった。これと」


 機械をパン、と指で叩くと同時に、そばにあった小型の印刷機みたいなのから紙が出てくる。

 いつもの調子なら、コウが警察に疑われていると知ったら、顔を真っ赤にして警察官に食ってかかりそうなものなのに。今日はやけに静かだ。


「閲覧権限ないのか」


 そんなことを言ってデスクにある普通の電話をかける。


「……そう。それ俺んとこ飛ばして……来た来たありがとう」


 何も飛んでいないし何かが来た様子もないが、また印刷機から紙が出てきた。何やっているんだろう。


「確実にデータを積み上げなさい。矛盾点をこう簡単に指摘されるようでは、仕事をしたとは言えません」


 前田さんはそう呟いて、にやりと笑った。




 警察官の一人が無線で何かを話している。


「管理品の居住棟の捜索が終わったそうです。容疑者も協力者もいなかったそうです」


 だろうね。容疑者は地上で、協力者はここだもん。

 どうでもいいけど脚、痛い。誰だよ仕事中にハイヒールを履くなんてことを考えついた奴は。

 脚が痛くてもじもじしていたあたしを見て、警察官が声を掛けた。


「どうしました」


 まずい。


「あの……立っていたら、気分悪くなっちゃって」

「ああ、座っていて下さい」


 いやでも座れって言われてもあたしの椅子ないし。そう思っていたら、女性社員の一人が椅子をすっと差し出してくれた。私の顔を見て、黙って頷く。

 ここにいる人達、あたしのことをどの程度把握して、こうして受け入れてくれているんだろう。


「ん?」


 警察官の一人があたしの顔を覗き込んだ。眉間に皺を寄せてポケットの中から写真を取り出す。


「……違うか」


 そう言ってまた写真をしまった。


 ちらりと見えたその写真、竹田さんに渡した婚約証明書用の写真だ。自分でも感心するほど変な顔に写っていたやつ。

 でもそんなに違って見えたのかな。まあいいや。変な写真のおかげで助かった。




「恐れ入ります。よろしいでしょうか」


 その時、前田さんが警察官の前に進み出た。


「前田と申します。先程からお話を伺っておりましたが、少々気になる点がございますので、私から話をさせていただいてもよろしいですか」


 前田さん、警察官相手に随分と丁寧な対応だな。あの高圧的な物言いはしないんだろうか。

 そう思いながら周りを見渡すと、小野さんも社員の皆も、上目遣いになって面白そうに前田さんを見ている。中には明らかに笑いをこらえている人もいる。


 あ、この口調。

 鬼係長の物真似だ。


「被害者の方が弊社のコウを『見かけた』と言っておりますが、実際にはこの方、整備医の有資格者であるコウの治療と整備を受けておりますね。薬の発注履歴がこちらにございます。整備医が各自所有している専用端末は、現在の技術では偽装不可能です。整備医の治療費がそれなりの金額なのはご存知ですよね。ですがここでは治療費を請求しておりません。それどころか薬代の引き落とし先はコウの口座になっております。被害者の方が料金を踏み倒したのでなければ、おそらくこの治療は好意だったのでしょう。それなのにわざわざ後日暴行のために家を訪れるというのは不自然に思えます」


 そういえば板電話に似た機械で薬の発注していたな。

 薬代まで払ってくれていたんだ。なんで、そこまで竹田さんに……。


「あと、違法改造に関する犯罪歴は弊社も共有しておりますが、この被害者の方、開発中止になったはずの機械を購入していますね。これは体や脳に深刻なダメージを与えます。使用はされていたんでしょうか」

「え」


 警察官はいきなり話をふられて「どうだったっけ」などと声をひそめて話していた。


「失礼いたしました。使用後、整備師である協力者と目されている女性に取り外されています。おや、この件、警察の方は把握されていますよね? ご存知のはずですよね?」


 うわー、感じ悪いなー前田さん。

 その時、あたしの後ろにいた社員が、隣の人に笑いながら囁いていた。


「俺もやられた、今の攻撃」


 これもコウの物真似かい。ちょっとやだ、いくらなんでもこれは感じ悪いよ。


「この機械を使用しますと、感情の制御が難しくなり、記憶が曖昧になります。被害者が機械使用時、何をしたか記録がございません。この違法機械の使用場所は整備師の女性の自宅です。そして彼女に取り外されています。彼女は何も思うところなくその後被害者の方に接していたのでしょうか」


 間接的に、あたしが嫌な思いをしたかもしれない可能性を示唆している。もし警察がきちんと調べてくれたら、あたしが婚約解消の申請をしていることを突き止めるだろう。


「で、傷害の件ですが。先程の話で、被害者の方の受けたとされる外傷ですが、被害当日とされる日につくはずのない傷もあるようです。この背中の打撲は機械装着時のものですね。この機械は背骨に沿って外付けする種類のものですから。あと被害者の杖で殴られたとありますが、こちらがコウの腕力のデータです。機械は入っておりませんので、出力調整云々はしていないでこの力です。分かりますか。先ほどお話にあったような被害で済むということは、相当力を抜いています。わざわざ杖を奪って殴っているのにここまで力を抜く理由が、少なくとも私には分かりません」


 警察官はコウのデータを見て、「こいつ本当に人なのかよ」などと失礼なことを言っている。

 まあ、人扱いしない「会社」よりはましなのかもしれないけれど。


「最後に。誘拐の件ですが、コウは管理品の中でも出自が特殊なため、他のもの以上に社会と隔絶されてきております。店頭での買い物や宿泊先の確保、食堂での食事も全て経験ありません。そのため『市民を誘拐する』『連れまわす』という行為を取ることは非常に難しいでしょう。被害者の方はそのようなことはご存じないですよね。そしてなぜ『誘拐した』と断定したのでしょうか」


 そこで前田さんは大きく一つ息をついた。


「コウが弊社を脱走していることは事実です。本件に関しましては警察の方にご迷惑をおかけして社員一同申し訳なく思っております。しかし少なくとも今回の傷害および誘拐に関しましては、差し出がましいことを申し上げますが、被害者の方の背景も含め今一度お調べになった方がよろしいかと存じます。その際、もし傷害に関する件が虚偽であった場合、弊社でも然るべき訴えを起こさなければなりませんが、もし『勘違い』だというのであれば、それ以上は追及いたしません。そのことを被害者の方へお伝えいただけますと嬉しく存じます」




 警察官が帰った後、前田さんはどっかりと椅子の上に崩れ落ちた。


「疲れたー……物真似が」


 それを聞いて何人かが声を上げて笑う。


「お疲れ様、前田君。じゃあ設備係、会議室へ集合」


 小野さんの号令に皆がぞろぞろと隣の部屋に向かった。


「ほら、あなたも」


 さっき服を貸してくれた女性社員があたしの肩を叩いた。


「え、あたしもですか?」

「当たり前だよー」


 いつの間にか背後に立っていた佐々木さんが、朝と同じ邪悪な笑みを浮かべていた。

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