6.管理品の能力

 コウが家に来て一週間が経った。


その間警察が一度来たが、「まさか『管理品』だったなんて!」という態度で押し通したら、なんとかなった。竹田さんも特に疑ったりしている様子はない。

 こうして、あの事件は終わったことになった。


 でも、あたしの周りの環境は大きく変わった。




「おはようございます山本さん!」

「おはようヒカル君、相変わらず元気だねえ」

「はい! あ、おはようございます上田さん!」


 朝っぱらから、爽やかなんだか暑苦しいんだかよく分からないコウの大声が玄関先に響く。家の入口の掃除をさせているのだが、いつの間にか近所のおばちゃん達と仲良くなっていた。


「ミキちゃん、面白い子が来たね。ヒカル君がいると毎日楽しいでしょう」

「はあ……」


 コウは、「遠い親戚のヒカル十四歳」ということにしている。本当は八歳位の設定にしてやりたいが、体格がいいので仕方がない。

 名前はコウを漢字で書くと「洸」なので、読み方を変えただけ……。


「どうしたのミキちゃん、顔真っ赤よ」

「なななんでもないです……」


 ――で、ミキは漢字でどう書くの。

 ――「美姫」だよ。

 ――ああ、なるほどぴったりだ。美しいお姫様。ミキそのものだね。


 この調子で毎日褒めたおされている。どういうつもりなんだろう。


 コウが「大切な人」と言っていたアイさんのことを思う。

 アイさん、コウが他の女の人に対して、ぺらぺら歯の浮くような台詞を吐いていたら、嫌じゃないのかな。

 もし竹田さんが他の女の人をこんな調子で褒めていたら、あたしは……。


 ……ん?


 いまいち想像できない。

 竹田さんが「誰々ちゃんはきれいだねー」とか言っている姿も。

 それに腹を立てているあたしも。


 


「ねぇ、ヒカル君って前はどこにいたの?」

「会し……えーと、えーと、が、外国」

「え、他の国へ移動なんか出来るの?」

「うーんと、外国じゃないです。が、外国人がいっぱいいるところ、かな」

「そんな所あるんだ。じゃあヒカル君、外国語、何か喋れる?」

「えーっと、何十か国語だっけな、いや論文読み書きレベルじゃなく日常会話だけなら」

「すみませんこいつ、いい加減なことばっかり言ってー」


 ばかもん! ああ本当、こいついつになったら常識が身につくんだろう。

 これ以上近所の人と話すとボロが出るので家の中に放り込む。


「あのね、もう、どこから何を言ったらいいのか分かんないんだけどさ、とりあえず庶民で外国語知っている人なんかいないの。それ以前に字が読める人は七割なの。いい?」


 私の言葉に、コウはこくこくと頷いた。


 コウを使った実験内容は、「改造しないで人体はどれだけのことができるか」だって言っていた。

 現在、一般的に販売されている人体用機械の基幹部は「会社」が製造しており、合法機械は全て「会社」の管理下に置かれている。

 けれども製品によっては完璧とは言い難いものもあるので、それらの改良のためには、機械を使った実験の比較対象用として、コウみたいな「管理品」が必要らしい。

 そして噂によると、知能向上用の機械も開発中らしい。だからコウは体力だけじゃなく知力もつけさせられているんだろうけれど。

 にしても。


 朝食の時、もりもりと食べるコウに訊いてみる。


「あのさ、『管理品』全員が、あんたみたいにものを覚えたり体を動かしたりできるわけじゃないんでしょ」

「うん。できるのは多分俺とアイだけ。おかわり」

「あのさ、うち、増えた食い扶持一人なのに、食費が三倍以上になっているんだよね。どういうことか、わかる?」

「現代人はごはん食べなすぎだよ。だから体温も下がるし平均寿命も短くなったんだ」


 整備医の専門意見なのか大食漢の言い訳なのか分からないことを言いながら、今朝もせっせとおかわりをする。

 さっきの会話で出てきたアイさんの事は、話したくなさそうだったので、あたしも食事の愚痴を言って話をそらす。




 そのアイさんの事で事態が急展開したのは翌日だった。


 その日の昼前、あたしはいつものように、いかに安い食費でお腹にたまる昼食が作れるかで頭を悩ませながら廊下を歩いていた。


 部屋からコウの話し声が聞こえる。


 どういう原理なのか知らないが、たまにコウは薄い手のひら位の大きさの板みたいなものに向かって話している。どうも電話らしいのだが、板に向かって話す姿はSFみたいだ。


「……了解しました。報告感謝します。……はい。私は大丈夫です。お気遣い頂きありがとうございます」


 聞き慣れない「会社語」の会話が終わった。


「コウー、ごはん作るの手伝って」


 ドアの外からこう声をかけると、大抵「ごはん!」と叫びながら人形ヅラが飛び出してくる。だが、今日は返事がない。


「コウ?」

「……ごめん、今日ごはんいらない」


 語尾の震えた、細い声。

 あたしはノックして部屋の中に入った。


 コウは部屋の真ん中に突っ立って、虚ろな瞳でこちらを見た。


 紙のような顔色

 わずかに震える唇

 足元には取り落としたらしい薄い板。


「コ……」

「アイが」


 一度、息を飲む。


「……死んだ」

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