2.管理品
家に帰ったあたしは、熱くなった「管理品」を修理台に載せた。
あたしの仕事は身体整備師だ。体内に埋め込んだ機械の修理なら慣れている。だが彼は、オーバーヒートを起こしているのではなかった。
修理しようと背中によくある機械口を探したけれど、どこにもついていない。まさかと思って全身透視写真を撮ってみたら、なんとどこにも機械が埋められていなかった。
そうか、だからこいつが倒れた時、あたし一人の力でタクシーに乗せられたのか。
にしても……。
「会社」が作っている合法の「機能増進用機械」なら、背中に埋めた小さな機械と、必要に応じた場所に埋める受信機だけで、ほぼ全身がカバーできる。あたしの場合、その受信機は左腕だけに入っている。
こうした医療目的ではない機械で出せる力やスピードは、「戦前の成人の平均能力まで」と、法律で厳密に決められている。
機械は小型で軽いし、苦労せずに力を出せるから、大体の人は埋めているんじゃないかと思う。
だが、違法機械が入っているとなると話は別だ。物にもよるが、それらは大抵大型で、重い。全身違法改造ともなれば、その重量はとんでもないものになる。
昨日彼が見せた身のこなしや力。
あれは気のせいだったのだろうか。
浅い眠りを繰り返し、気がつくと朝を迎えていた。
頭が重い。それにしてもあたしって本当にお人好しだ。どうしようもう、本当に。
「もう大丈夫みたいね」
一晩寝まくった彼の額に手を当てると、大分熱が引いている。ただの風邪かなんかだったのかもしれない。今日明日くらい家に置いてやってから叩き出そう。
「アイ……」
昨日から、彼はこのセリフを何度も繰り返している。でも「管理品」の情報を余計に得ても何もいいことはないので、うわごとは極力聞かないようにしていた。
あたしは善良な市民だ。これ以上「会社」に反するようなことはしたくない。
彼は一度大きな欠伸をしてから、ゆっくりと目を覚ました。
のろのろと体を起こす。半開きの目のまま、周囲を見渡す。
そしてあたしの姿を目に留めると、ぼさぼさの頭をぼりぼりと掻きながら首を傾げた。
ひどいもんだ。いくら作り込んだ顔でも、これじゃあ台無しだ。
「おはよう。昨日は助けてくれてありがとうね。どう具合は。熱は下がったみたいよ」
「助けて、くれたの?」
尋ねながら、右腕を左手で隠すような仕草をした。
「助けるっつーか、ここに転がしておいただけだよ。修理してやろうかと思ったら機械入っていないんだもん。あたしは整備師で医師じゃないから治療は出来ないし。ま、調子よくなったらここ出ていって。ガキがあんまり無茶するんじゃないよ」
「ガキって。俺十七だよ。二年前に成人しているよ。そんなにガキくさいかなこの顔」
唇を尖らせて反論する。なんだこいつ、あたしと同い年だ。
「そんなに作り込んだ顔で年齢なんか分かるわけないじゃん。雰囲気がガキくさいの」
「作り込んだ? 俺の顔、何も作っていないよ」
「あのさ、何もしないでそんな顔の人間がいるわけないでしょ。そんな左右対称の、目とか鼻とか計ったように整った顔がさ。あたしの知ったこっちゃないけど、なんだってそんなに変えちゃったの」
言ってからしまったと思って口をつぐんだ。もしこの顔が「会社」の実験結果だとしたら、まずいことを言っちゃったかもしれない。
そうだ、彼は「管理品」、つまり「会社」の研究・実験用サンプルなんだ。
「えー。俺、もとからこんなだよ。俺はどこも改造しないで人体はどんだけのことができるか」
そこまで言って、小さく「あ」と呟いて口をつぐんだ。
こいつ、相当間抜けだ。
「大丈夫、もう『管理品』だってばれているから。だからさ、助けてくれたお礼で少しの間だけ置いてあげるけど、もしこれからどこかへ逃げるにしても捕まるにしても、あたしのことは絶対に誰にも云わないでよ」
しかし大丈夫なんだろうか。こんなに隙だらけの間抜け、「会社」に捕まるのは時間の問題だ。
「うん……ありがとう」
右腕を左手で押さえながら下を向く。と同時に、冗談みたいな大きな腹の虫を鳴らした。
本当に大丈夫なのか全く!
「朝食作ってあげるからさ、その間にシャワー浴びておいで。とりあえずあたしのお父さんの服貸してあげるから」
お父さんは一年前に病気でなくなった。腕利きの身体整備師で、どんな仕事も完璧にこなす、あたしの自慢だった。
本当はお父さんの服を貸したくはなかったけれど、仕方ない。「困っている人には手を差しのべなさい」って言っていたのはお父さんだもん。
服を手渡された彼は、「お父さんはどうしたの」みたいな野暮な質問はせず、黙って頭を下げた。そして少し恥ずかしそうに顎に手を当てる。
「剃刀ない?」
よく見ると、確かに伸びている。これだけ顔を整えているのに無精髭が生える状態にしておくとはちょっと考えづらい。ということは、本当に何もいじっていないんだろうか。
浴室に向かった彼は、ドアを閉める前にこっちを見た。
「見ないでね」
「誰が見るかい!」
そう怒鳴った後、「見ないでね」の意味がずれていることに気が付いた。
ごめん。背中だけだけど、見ちゃったよ。
新旧さまざまな、いくつもの傷痕。そのそばに入れられた、記号の刺青。
彼が管理「品」と呼ばれている理由を。
お父さんの体に人形の頭がくっついたような姿をした彼は、出来上がった朝食を見て目を輝かせた。
「ごはんだ!」
さらにテーブルに乗ったナイフとフォークを見て、興奮気味に叫んだ。
「本物のナイフとフォーク! ナイフとフォークでごはん!」
「ナイフとフォークがどうしたの。お箸しか使ったことないとか?」
「ううん、スプーンだけ。
こうやって使うんだよね、とかなんとか言いながら、案外器用に食事をする彼の嬉しそうな顔を見て、胸が少し苦しくなる。
昨夜の動きやさっき口を滑らせかけた実験内容を考えると、その食餌は、きっと身体機能を最大限に引き出すために考えられたものなのだろう。
けれどもそこに、「人としての楽しみ」はどこにもない。
「そういやさ、名前、なんていうの。『あんた』とかじゃ呼びにくいからさ、偽名でもいいから教えて。あ、あたしは北山ミキ。同い年だよ」
「コウ」
小麦蛋白を口いっぱいに頬張りながら答えた。
「苗字ない」
食事をきれいに平らげたコウは、こちらを真っ直ぐ見て微笑んだ。
「ミキ」
会って間もない人の名前をいきなり呼び捨てか。「北山さん」とかじゃなくて。竹田さんですら「ミキちゃん」なのに。
「いきなり呼び捨て?」
「変かな。だっていい名前じゃない、ミキ。似合うよ」
コウは頬杖をついてこっちを見つめたまま、にこにこと言葉を続けた。
「きれいなミキにぴったりの名前だ」
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