聞くは一時の後悔、聞かぬは一生の苦痛
慌ただしい年末をなんとかやり過ごして歳が明け、正月ムードだった世間が少しずつ平常のペースに戻り始めた。
気が付けばもう1月中旬。
壮介とカフェで会った日から、もう1ヶ月が過ぎている。
壮介と紗耶香の問題はどうなったのだろう?
気になりはするものの、こちらから尋ねるのもためらわれて、壮介とはあれから連絡を取っていない。
そういえば、クリスマスもお正月も、これと言って特別な事は何もしなかった。
私はバイトで忙しかったし、順平も相変わらず朝早くから夜遅くまで出掛けていて、一緒に過ごす余裕もなかった。
これは単なる同居だと、つくづく思う。
珍しく家にいるなと思っても、結局求められるのは体だけだ。
順平は事が済むと、さっさと自分の部屋に戻るか、昼間なら突然一人でどこかに出掛けて行ったりする。
順平にとって私って一体なんだろう?
日に日にその思いは強くなる。
おまけに、私があのネックレスを着けるようになってから1ヶ月が過ぎたけど、順平は全然それに気付いてくれない。
私の事なんか全然見ていないんだなと、悲しくなってしまう。
私が急にいなくなっても、順平はなんとも思わないのかも知れない。
昔みたいにもっとそばにいて、たくさん話をして、一緒に笑って過ごせたらいいのに。
私は少しでも順平に歩み寄ろうと、努力はしているつもりだ。
でも順平はそれを疎ましがっているような気がしてならない。
何度か料理を作ったけれど、順平は黙々と食べるだけで、美味しいとも言ってくれなかった。
順平が好きだったはずの料理を作っても、反応は薄い。
この前なんか、順平が好きだったアスパラとニンジンを牛肉で巻いて焼き肉のタレに絡めて焼いたのを作ってみたけれど、アスパラは嫌いだと言って、アスパラだけ残された。
順平、味覚まで変わったのかな?
昔は美味しいって食べてくれたのに。
一緒に過ごすほど違和感が大きくなる。
そしてその違和感を感じるたびに、この人は本当に順平なのかと疑ってしまう。
だけど名前も顔も、確かに順平だ。
それはそうそう変えられない。
私と順平だけが知っている事、何かあったかな?
いろんな事がモヤモヤと心に引っ掛かったままで、時間だけが過ぎて行く。
確かめてみたいような、知りたくないような複雑な気持ち。
そうとはいえ、このままでいるわけにもいかない。
何かきっかけさえあれば、真実の扉は開くかも…なんて、大袈裟か。
ただ、その真実の扉が開いた時に、私たちはどうなってしまうんだろう?
カフェでのバイトが終わり、部屋に帰った。
朝からなんだか体がだるくて寒気がしていた。
今は身体中が熱い。
そういえば、体温計なんて持ってなかった。
だけど体が重く朦朧とした感覚で、高熱があるという事だけはわかる。
なんとか部屋着に着替えて、必死で敷いた布団の上に体を横たえた。
仕事中はなんとか気力で耐えたけど、帰って横になると一気にしんどさが増した気がする。
今日はファミレスのバイトは休みだ。
大人しく寝ていよう。
熱い…。
ぼんやりと目を開いても、その先には暗闇が続いていた。
どれくらい眠っていたんだろう。
窓の外も、部屋の中も真っ暗だ。
リビングの明かりがドアの隙間から細く差し込んでいる。
ドア越しに電話の着信音が聞こえた。
順平はきっと私が部屋にいる事にも気付いていないんだろう。
リビングで電話に出た順平は、誰かと楽しそうに話している。
私とはあまり話してくれないのに。
一体誰と話しているんだろう?
「おー、その後どうだ?無事生まれたか?そうか、良かったじゃん。」
友達に子供が生まれたのかな。
「俺?ああ…ちょっと予定外の邪魔が入りそうになったんだけどな。…そう、あいつ意外とモテんだな。まぁなんとかうまくいった。…ハハッ、俺、意外と役者だからな。」
なんの事だろう。
「何言ってんだ、俺があんなオッサンに負けるわけないじゃん。で?オマエはどうよ?旦那にバレてねぇだろうな?」
……電話の相手、人妻だ。
時々そんな気はしてたんだけど…もしかして、私以外にも付き合ってる人がいるのかな?
「うまく行って良かったじゃん。…ん?俺はこれからどうしてやろうかって考えてるとこ。…ああ、とりあえず手元に置いてるしな。時間はいくらでもある。」
なんの話なのか、さっぱりわからない。
「ああ、大事に育てろよ。…ハハッ、間違いなく美人になるよ、俺の子なんだから。」
………えっ?俺の子?
順平…今、確かに…俺の子って言ったよね?
「あんま俺に似たら旦那にバレるか、そりゃまずいな。でも大丈夫だろ、単純で鈍そうな男だもんな。あんなののどこがいいわけ?……ハイハイ、悪かったって。せいぜい大事にしてもらえよ。…大丈夫だ、朱里はなんにも気付いてない。」
私は気付いてないって…なんの事…?
頭の中を整理したいのに、高熱のせいで朦朧とする頭では何も考えられない。
だけど心のどこかで、考えるのを拒絶している私がいる。
もういやだ、何も知りたくない。
本当の事を知っても、どうにもならなくて泣くくらいなら、何も知らない方がいい。
せめてちゃんと騙してくれたら、私は嘘でも順平ともう一度夢を見られたのに。
あんなの、私の好きだった順平じゃない。
気が付くと、見慣れない白い天井の下にいた。
私はベッドの上に寝かされているようだ。
ここはどこだろう?
「気が付いた?」
声の方にゆっくり視線を向けると、そこには心配そうに私の顔を覗き込む早苗さんがいた。
「あ…。」
ひどく掠れた声が私の口からもれた。
慌てて起き上がろうとするけれど、体に力が入らない。
「まだ起きちゃダメだよ。横になってて。」
早苗さんは優しく私を制して、布団をかけ直した。
「ビックリしたよ。すごい熱だし…意識がなかったから。」
「え…?」
早苗さんの話によると、カフェのバイトに入る時間になっても私が来なかったので、店長が電話をしたらしい。
しかし何度電話しても繋がらず心配しているところに、ちょうど早苗さんが来たのだそうだ。
早苗さんは、私に何かあったのかと胸騒ぎを覚えてマンションに駆け付け、鍵がしまっていたので、管理人に事情を説明して部屋に入れてもらったところ、そんな状態の私がいたと言う。
急いで病院に運ぶと、私は高熱のせいでひどい脱水症状を起こしていたそうだ。
点滴をしたり検査をしたりしたようだけど、私は何も覚えていない。
「とりあえず…気が付いて良かった。あの時、俺が行かないと大変な事になってたよ。」
「すみません…。」
「ウイルス性の病気ではなかったから。…疲れてたのかな。少しゆっくり休むといい。」
「あ…ファミレスに電話しとかないと…。」
「郵便局のそばのファミレスだよな?代わりに電話しておくから。心配しなくていいよ。」
早苗さんは私の頭を優しく撫でてくれた。
久しぶりのこの感触に、胸が痛くなる。
「朱里の身内って事でいいかな。さすがに父親って言うのは自分でもヘコむし…。」
早苗さんは笑いながらそう言ってから、少し寂しそうに私を見た。
「ホントは…朱里の恋人です、って…言えたらいいんだけどな。夫です、っていつか言えたらもっといい。」
「……。」
何も言えなくて、早苗さんから目をそらした。
「ごめん、こんな時に言う事じゃないな。」
早苗さんはポンポンと私の頭を優しく叩いて立ち上がった。
「電話してくるよ。ついでに飲み物でも買ってくる。ゆっくり休んでて。」
早苗さんが病室を出て行くと視界がぼやけて、溢れた涙がこめかみを伝って流れ落ちた。
一緒に暮らしているのに、順平は私が熱を出している事にも、部屋にいる事にさえ気付いてくれなかった。
私に何があっても順平は気付かない。
私は順平に愛されてなんかいない。
私も、今の順平を愛せない。
一緒にいてなんの意味があるんだろう?
早苗さんはその後も私のそばにいてくれた。
順平はどうしたのかと聞かれたけれど、私は何も答えられなかった。
今頃順平がどこで何をしているのか、私にはわからない。
順平が何を考えているのか、私に何を隠しているのかもわからない。
早苗さんは“明日の昼前に迎えに来るよ”と言って、バーの開店時間を少し過ぎた頃に帰っていった。
その晩、病院のベッドで一人考えた。
順平は電話の相手に“俺の子”と言っていた。
相手は既婚者だ。
その人の旦那さんは、その子が順平の子である事を知らないようだった。
どこかで聞いたような話。
順平は旦那さんの事を知っているようだ。
“単純で鈍そうな男だもんな。あんなののどこがいいわけ?”
いつか誰かに似たような事を私も言われたなと思い出す。
いつだったかな。
“どこが良かったんだ、あんな男。”
思い出した。
食事会に向かう電車の中で、順平は私に、なぜ壮介と付き合っていたのかと尋ねた。
その時、順平に言われたんだ。
あれ……?
ちょっと待って。
頭の中で、散らかっていた情報がパズルのピースのように、音を立ててカチカチとはまっていく。
志穂の言葉が、やけに鮮明に脳裏に蘇った。
“ありもしない事、よく本当にあった事のように話せるよね。結局、紗耶香の子は壮介さんの子じゃないって…一体誰の子なんだろ?”
もしかして…。
紗耶香の産んだ子供は…順平の子?
順平と紗耶香は少しは面識があって、私がなぜ順平の前から姿を消したのか、紗耶香は知っている。
順平に私のありもしない事を吹き込んだのが紗耶香だとして…。
私に仕返しをしようとしていた順平と、私から壮介を奪いたかった紗耶香が、二人で仕組んだ事だったとしたら…。
壮介を自分のものにするために、順平の子を壮介の子だと嘘をつき、私から壮介を奪った…。
全部、辻褄が合う…。
もしかしたら紗耶香は、ずっと好きだった壮介と付き合っていた私を、恨んでいたのかも知れない。
私から壮介を奪うだけでなく、私が好きだった順平の子を身籠った事も、私への復讐だったのかも…。
紗耶香の執念深さに身震いがした。
ハッキリと確かめたわけではないけれど、どこかで確信めいたものを感じる。
もうひとつ気になるのは、順平の事だ。
どんなに考えても、やっぱり昔の順平と今の順平が同一人物とは思えない。
よくよく考えてみたら、私はこの前まで順平の事を、なぜか確信的に偽者だと思っていた。
同じ名前で同じ顔をしているにも関わらずだ。
どうしてそう思ったんだろう?
そして私はどうして、昔の順平と今の順平が同一人物だと思ったんだろう?
翌日のお昼前、早苗さんが迎えに来てくれた。
財布も何も持って来なかった私の代わりに、早苗さんは会計を済ませてくれた。
「すみません…。後で保険証持ってきて精算したらお返しします。」
「いつでもいいから気にしないで。」
早苗さんは私を車に乗せて、自分のマンションに連れて行った。
てっきり送り届けられると思っていた私は、助手席でオロオロとうろたえてしまう。
「あの…私の家じゃないんですけど…。」
思わずわかりきった事を口走ると、早苗さんは事も無げに笑った。
「うん、知ってる。俺んちだね。」
エンジンを切って車を降りた早苗さんは、助手席のドアを開けてシートベルトを外し、私の手を取った。
「朱里に話したい事がある。それにお腹空いてるだろう?おいで。」
早苗さんに手を引かれ部屋に連れて行かれた。
この部屋に来るのはあの日以来だ。
「とりあえず昼御飯にしようか。用意するからゆっくりしてていいよ。」
ソファーに座ると、このソファーの上で早苗さんに抱かれた事を思い出して急に恥ずかしくなり、鼓動がどんどん速くなった。
ダメだ…心臓に悪い。
しばらくすると、早苗さんはダイニングテーブルに料理を並べて私を呼んだ。
私は少しホッとしてダイニングセットのイスに座り、早苗さんが作ってくれたスープやリゾットを二人で一緒に食べた。
「どう?口に合うかな?」
「とっても美味しいです。」
料理の味まであたたかくて優しい。
食事の後はミルクティーを淹れてくれた。
ミルクティーを飲みながら、早苗さんはゆっくりと話し始めた。
「昨日久しぶりに佐倉社長が店に来たんだ。」
「佐倉社長って…佐倉代行サービスの?」
「うん、古い知り合いだから。あの会社、佐倉社長が主宰してる小さい劇団の役者をサクラとして雇ってるんだよ。」
「昔、順平がいたあの劇団の…?」
「そう。順平をうちの店に紹介してくれたのは佐倉社長だから、何か知ってるかもと思って、順平の事いろいろ尋ねてみたんだ。」
早苗さんは私の話していた昔の順平と、自分が知っている今の順平がどうしても同じだとは思えなかったらしい。
それは私も感じていた事だ。
「ちなみに今のバイトの俊希も佐倉社長の紹介で来たんだ。やっぱり劇団の役者で、昔の順平の事、俊希も知ってた。」
「あ…覚えてます、俊希くん。何度か一緒に飲みに行った事もあるし…。」
「朱里が辞めた後に入ったから会った事なかったんだね。」
早苗さんが佐倉社長から聞いた話によると、順平は最近、佐倉代行サービスを辞めたそうだ。
特に理由を言うわけでもなく、ただ辞めたいと言ったらしい。
「知らなかった…。私、順平がなんの仕事をしていて、いつもどこで何してるか、何も知らないんです。家でもほとんど話さないし、一緒にいる事もほとんどなくて…。」
「えっ…それって一緒にいる意味あるの?」
「……わかりません。」
早苗さんはミルクティーを一口飲んで、ためらいがちに口を開いた。
「あのさ…朱里には酷な話するよ。いい?」
「…ハイ。」
「あいつ…他にも女がいる。一人や二人じゃないよ。朱里と付き合い始めた後も、それは変わってないみたいだ。順平が女と一緒にいるの俺も何度か見てるし、俊希もそう言ってた。」
…やっぱり。
そんな気はしてたんだ。
「昔からそうだったわけじゃないですよね。」
「3年くらい前に、一生懸命舞台の稽古してたのに、急に来なくなったらしい。それまでの順平は明るくて優しくて素直で、すごくいいやつだったって。主役で舞台に立つのを彼女に見せたいって言って、すごく頑張ってたって。」
私の好きだった順平だ。
いつも一生懸命頑張っていた順平の笑顔は、今でも忘れない。
「その彼女って…朱里の事だよね?」
「…そうだと思います。」
「それから半年くらい経って、突然フラッと現れて…朱里の居場所を知らないかって、何人か聞かれたらしい。その時には随分雰囲気が変わってたから、みんなビックリしたって。その時に佐倉社長がサクラの仕事しないかって誘ったらしい。」
それからの順平は劇団に戻る事もなく、人と関わる事を避けていたようだったと、佐倉社長は言っていたそうだ。
私と離れてから何があったのかは、順平にしかわからない。
「俺も気になって、履歴書とか見てみたんだけど…身分証明もあるし本人じゃないって事はないはずなんだよなぁ…。」
「身分証明って…。」
「ん?車の免許証。見る?」
早苗さんはバッグの中のクリアファイルから、順平の履歴書と免許証のコピーを取り出した。
確かに順平のものだ。
椎名 順平。
名前も誕生日も証明写真も間違いなく順平だ。
「…ん?」
私と付き合っていた頃、順平は免許を持っていないから運転はできないと言っていた。
その後免許を取ったのなら、病気が治ってからのはず。
「早苗さん…これ、おかしいです。」
「何が?」
「ここ…交付年月日。私と付き合ってた時、順平は車の免許は持ってなかったはずなんです。でもこの免許証…私と付き合う前に交付されてる。」
「免許持ってないって嘘ついてたのかな?」
「それ、何か得になります?」
おかしい。
何かが腑に落ちない。
「俊希、他に何か知らないかな。ちょっと電話してみようか。」
早苗さんはポケットからスマホを出して俊希くんに電話をかけた。
「あ、俊希か。今ちょっといいか?」
俊希くんに順平の事で何か知っている事はないかと早苗さんは尋ねている。
「うん、うん…。そうか…。わかった、ありがとう。」
早苗さんは電話を切って、スマホをテーブルの上に置いた。
「昔、順平の部屋に遊びに行った事があるらしいんだけど…その時、チラッと写真を見たらしい。順平はすぐに隠したそうだけど…。」
「写真?」
「あいつ…双子の兄弟がいる。」
「…双子?」
「そっくりだったって。一卵性双生児ってやつかな。」
双子の兄弟がいて…でも順平は順平で…。
ダメだ、混乱してきた。
「双子の兄弟がいたとしても、順平は順平なんですよね。」
「うーん…。」
早苗さんは顎に手をあてて考え込んでいる。
しばらく黙って考え込んでいた早苗さんが、順平の履歴書を見ながら口を開いた。
「こうは考えられないか?朱里の付き合っていた順平が、本物の順平のふりをしていたって。つまり、朱里の付き合っていた順平が偽者の順平だったとしたら…。」
「……偽者の順平?」
ますます混乱してきた。
「双子の兄弟が、何かわけがあって順平のふりをしていたんじゃないか?」
「えっ…。」
だとしたら…私と付き合っていた順平は今どこにいるんだろう?
「やっぱり確かめてみるしかないな。」
「正直に話すと思いますか?」
「本人はきっと口を割らないよ。まずは外堀を埋めないと。」
「外堀を埋める…?」
具体的にどうすればいいのか、私は混乱する頭でぐるぐると考えた。
早苗さんは真剣な顔をして、テーブルの上で私の手をそっと握った。
「順平の事がハッキリしたら…もう一度、俺との事も考えてくれないか。」
それからしばらくして、早苗さんは私をマンションまで送り届けてくれた。
このまま早苗さんの部屋にいたらどうかと言われたけれど、そういうわけにもいかない。
私自身の目で確かめたい。
私の大好きな優しい順平は、私の事を何よりも大事にしてくれる。
私のいやがる事や悲しむ事は絶対しない。
二人で一緒にいると、嬉しくて楽しい。
もし順平が私の好きな順平なら、同じように思ってくれるはずだ。
部屋に帰ると、珍しく順平がいた。
「ただいま。」
「なんだ、出掛けてたのか。」
「うん。」
順平は夕べ私がいなかった事に気付いていないみたいだ。
「ほら、これ見て。いいでしょ?」
私が順平からもらったネックレスを見せると、順平はそれを興味なさそうに見てから、一応話を合わせるふりをした。
「おお、いいじゃん。買ったのか?」
買ったのは順平だ。
「ううん。プレゼントでもらったんだけどね。チェーンが絡まって取れなくなったから、ずっとしまってたの。この間チェーンだけ取り替えてきた。」
「プレゼントって…。前の男?」
「そうかもね。」
確かに前の男には違いない。
「ね、今日は晩御飯どうする?」
「いい。これからまた出掛けるし。」
「そうなの?順平、一緒に暮らしててもあまり家にいないから…寂しいよ。」
「ん?ああ…。」
「私、いてもいなくても一緒みたいだね。昔はあんなに優しかったのにな…。やっぱり、私の事なんかもう好きじゃないんでしょ?」
「そんな事ない、好きだぞ。」
気持ちのこもっていない言葉が白々しい。
「ふーん…。この前、順平が女の子と楽しそうにイチャイチャしながら歩いてるとこ見たんだけど。」
もちろん嘘だけど。
順平は少し驚いているみたいだ。
「いつ?」
否定もしないのか。
「心当たりあるんだ。」
「いや…。」
心当たりありすぎて、どれの事かなって思ってるのかも。
「ああそうだ。美和がね、久しぶりに順平に会いたいって言ってたよ。」
「えっ…。」
「覚えてないの?よく一緒に御飯食べたり飲みに行ったりしたじゃない。ほら、髪の長いメガネの…。」
「ああ…。メガネの…。」
「思い出した?」
「ああ、うん。」
嘘ばっかり。
髪の長いメガネの美和なんて友達いないよ。
「あ、俺そろそろ出掛ける。ごめんな。」
「行ってらっしゃい。」
順平は少し焦った様子で出て行った。
やっぱり順平は私の好きな順平じゃない。
私の好きな順平なら、このネックレスを忘れているはずがないし、会った事もない友達の話をしたら“それ誰?俺知らない”と言うはずだ。
もしかしたら順平は、ボロが出るのを恐れて、私とあまり一緒にいないようにしていたのかも知れない。
その夜、順平は帰って来なかった。
きっと私と一緒にいたくなかったんだと思う。
私は布団の中で、これからの事を考えた。
順平が私の好きな順平でないなら一緒にいる意味なんてないけれど、本当の事を知っても、私にとって何もいい事なんてないかも知れない。
本当の事を知るのは、少し怖い。
翌日。
今日一日、大事をとって休みをもらった。
布団の中でゴロゴロしながら、帰って来ない順平の事を考えていると、早苗さんから珍しく電話が掛かってきた。
私の体を心配して電話をくれたようだ。
早苗さんに昨日の順平の事を話すと、やっぱりそうか、と言って何か考えている様子だった。
それから志穂に、時間がある時に電話をしてくれるようメールした。
お昼になってすぐに志穂から電話があり、紗耶香の子が順平の子かも知れないと話した。
志穂は、それは壮介に協力してもらってハッキリさせるべきだと言ったけど、壮介はどう言うだろう?
もし壮介の子でないとハッキリしたら、壮介は紗耶香と別れるのだろうか?
そうなると子供が不憫な気がする。
だけどどっちにしても、大きくなるほど壮介に似ていないと子供自身が気にするのかも…。
紗耶香にそっくりならいいんだけど。
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