恋と喧嘩は一人でできぬ

志穂と別れてバーに向かった。


少し遅れるとマスターには連絡していたけど、バーに着いた私の顔をマスターは心配そうに見ていた。


頭の中はまだうまく整理できていない。


わかっているのは、壮介が私ではなく紗耶香を選んだと言う事と、紗耶香が私から壮介を奪ったと言う事。


そして二人が2年もの間、私を裏切り続けていたと言う事。


要約すると、それがすべてだ。


私の中には割り切れない感情が渦巻いている。


紗耶香の事が好きなら、壮介はもっと早く私と別れたら良かったのに。


そうすればこんなにイヤな気持ちにはならなかったはず。


だけど過ぎた事を悔やんでも仕方がない。


私はまた、未来に続くこの道を一緒に歩ける人を探すしかないんだ。





「朱里ちゃん、どうしたの?元気ないね。」


マスターが心配そうに声を掛けた。


「何かイヤな事でもあった?」


「イヤと言うか…すごくおめでたい話を聞いただけですよ。」


「おめでたい話?…にしては随分冴えない顔してるんだね。」


友達の悲願の結婚と妊娠はおめでたい話だ。


その相手が自分の元婚約者でなければ。


ああ、ホントにおめでたいのは2年も気付かなかった私か。


「結局世の中、手に入れた者勝ちです。残された者だけがバカを見るようにできてる。」


マスターはわけがわからないと言いたそうに首をかしげた。


「残念ながら私は後者でした。」


「でもね、因果応報って言葉もあるよ?」


もしかしたら壮介も紗耶香も、いつか同じ報いを受ける日が来るのかも知れない。


「報いを受けなきゃいけないなら、私もきっと痛い目に遭いますね。」


だって私は順平を捨てて逃げ出した。


その報いがいつか自分に訪れるとすれば、それは壮介が私を捨てた事ではなく、心から愛する人に捨てられる日が来ると覚悟しておかなければならない。




今日は珍しく順平が休みだったので、マスターと二人で閉店作業をした。


2時半過ぎにようやく終わり、マスターと二人で店を出た。


「遅いから送っていくよ。この間もそこで不審者が出たって言うし。」


「そうなんですか?じゃあお願いします。」


マスターは私の歩く速さに合わせて隣を歩いてくれた。


当たり前の事なのかも知れないけれど、いつも順平に置いてきぼりにされているので、マスターの優しさがやけに身に染みる。


ああ、そうか。


今日あんな衝撃的な話を聞いて落ち込んでいるから、余計にそうなのかな?


「順平と同居始めて、もうじき1ヶ月だっけ?うまくやれてる?」


急にキスされたり、押し倒されて襲われそうになったとか、さすがに言えないな。


当たり障りなく返事しておこう。


「お互いに干渉しないという点ではうまくやれてると思いますよ。順平はずっとあんな感じで家でもほとんど会話しません。だけどそれくらいがちょうどいいのかなって。」


「順平は掴み所がないと言うか、人に心を開かないからね。自分をさらけ出すような事もしないし執着もしない。おまけに素直じゃない。」


マスターの言う通りだ。


「確かに素直じゃないですね。いつもえらそうでわがままで基本的に上から目線です。」


私の好きだった順平とは正反対だな。


なのに順平はなぜ“順平”を名乗っているんだろう?


順平のふりをするつもりなら、少しくらい本物の順平に似せればいいのに。




二人で歩くのなんて珍しいから、少し寄り道をしないかとマスターが言った。


今日の私はそんなに元気なさそうに見えるのかな?


その気遣いが嬉しくて、じゃあ少しだけ、と答えた。


帰り道から少しだけ外れた道沿いにある公園に足を踏み入れた。


頼りない外灯にぼんやりと照らされ、静まり返った真夜中の公園は、真っ暗な夜の海にぽっかりと浮かぶ、名もない小島のようだ。


今日はマスターがいるから大丈夫だけど、この時間に一人でここに立ち入る勇気はない。


私はマスターと並んでベンチに座り、公園の手前にある自販機でマスターが買ってくれたコーヒーを飲んだ。


あったかいな。


コーヒーのあたたかさまで身に染みる。


「朱里ちゃん、意外と順平の事わかってるんだなぁ。」


マスターがポツリと呟く。


「そうですか?」


「朱里ちゃんには、なんでも話せる相手はいるの?」


私はコーヒーを飲みながら考える。


なんでも話せる相手はいるだろうか?


思えば私はいつも、どんなに親しい友人にも自分の気持ちをすべてさらけ出すような事はなかったと思う。


部分的には話せても、どこかで自分を隠してきた気がする。


「なんでも、って言われると…いないかも。」


「朱里ちゃんはなんでも一人で溜め込むタイプなのかな。今日も何かあっただろ?」


マスター、私を気にかけてくれてるんだ。


心配かけちゃったかな。


今日知ってしまった事を自分の胸の内に秘めておくのは苦しくて、気が付けば私はマスターに壮介と紗耶香の事を打ち明けていた。


マスターは真剣に話を聞いてくれた。


すべてを話し終わると、なんとなく胸のつかえが取れたような気持ちになった。


「私ってそんなにわかりやすいですか?」


マスターは缶コーヒーをベンチに置いて、少し私の方に体を向けた。


「どうかな。他の人はどうかわからないけど、俺にはわかる。少しでも朱里ちゃんがラクになれるなら、俺には遠慮せずなんでも話してくれていいんだよ。」


大きな手が私の頭を優しく撫でた。


「こんなオジサンじゃイヤかな?」


「オジサン…?」


「朱里ちゃんは29だっけ?俺は40だから、やっぱりオジサンだ。」


「そんな事ないですよ。大人って感じです。」


「物は言い様だね。」


マスターはおかしそうに笑う。


歳は確かに私より11歳も上だけど、ヤンチャな大人の男という感じで、私の中のオジサンのイメージには程遠い。


壮介にも順平にもない優しさとか、色気とか、大人の余裕みたいなものがある。


これが包容力って言うものなのかな。


「なんかあったかくて、ホッとします。」


「ホント?俺はね、朱里ちゃんが心を許せるたった一人の相手になりたい。」


どういう意味かと首をかしげる私を、マスターは愛しそうに見つめている。


「女の子の弱味につけ込む趣味はないんだけどな。バツイチのオジサンじゃ、若い男には敵わないだろ。」


えーっと…それはつまり…。


予想だにしなかった展開に、私の心臓がドキドキとうるさいくらいに音を立てた。


「今こんな事言うの卑怯かも知れないけど…俺と付き合う事、真剣に考えて欲しい。」


どうしよう。


無性に照れ臭くて、マスターの顔がまともに見られない。


私、きっと今、顔真っ赤だ。


「返事は今すぐじゃなくていいよ。朱里ちゃんの気持ちの整理がつくまで待つから。」


「……わかりました…。」


気の利いた言葉のひとつも思い浮かばず、私はただうつむいて、コーヒーの缶をギュッと握りしめた。


「とりあえずさ…。」


マスターは私の手からコーヒーの缶を取ってベンチに置くと、そっと私を抱きしめた。


「少しだけ、こうさせて。」


マスターのあたたかい腕の中で、心に張りつめぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が、ゆっくりとほどけていくような気がした。


「なんでも一人で我慢して抱え込む必要なんてない。話したい事は話せばいいし、俺がいつでも聞いてあげる。甘えたって泣いたっていいんだよ。」


ずるいな、大人は…。


そんな事言われたら、簡単に泣いて甘えるだけの弱い女になってしまいそう。


誰もそんな事は言ってくれなかった。


私の弱さを受け止めてくれる人なんて、今まで一人としていなかったのに。


「あったかい…。」


溢れそうになる涙を見られないように、マスターの胸に顔をうずめた。


タバコの匂いと微かなフレグランスの香りが鼻孔をくすぐり、初めて感じる大人の男にゾクゾクする。


マスターは私を抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた。


「俺で良ければ、いくらでも胸貸すよ。」


「あんまり甘やかすとためになりませんよ。どんどんダメになっちゃいます。」


「いいよ。そん時は俺が守ってあげるから。」


私を甘やかす優しい言葉が心地いい。


この人なら私のすべてを受け止めてくれるのかも知れない。


過去も未来も、何も考えずにこの腕の中で甘えていられたらいいのに。


心のどこかで、そう思った。



ずるいのは、私も同じだ。




それからしばらくの間、マスターはただ黙って私を抱きしめ、何度も何度も優しく頭を撫でてくれた。


今までに経験のなかった、私の知らない心地よさだった。


公園を出てからマンションまでの道のり、マスターはあたたかい手で私の手を引いて歩いてくれた。


まるでそうするのが当たり前とでも言うように自然な流れで、マスターと手を繋いで歩くのはちっともイヤな気がしなかった。


マンションの下まで来ると、マスターは私の顔を見つめながら“おやすみ”と言って頭を撫でてくれた。


軽く手を振って帰っていくマスターの背中を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。


いつもより熱い吐息と、少し速い鼓動。


こんなふうに男の人にドキドキしたのは、いつ以来だろう?


順平と初めて会った時に感じたときめきとも、少し違うと思う。


それはまだ恋なんて呼べるものではないけど、

私は久しぶりに胸が高鳴るのを感じていた。




部屋に帰ると、お風呂上がりの順平がチラリと横目で私を見た。


「ただいま…。」


なんとなく気恥ずかしくて、順平の目を見ずに

リビングを横切ろうとした。


「遅かったな。」


「ああ、うん。マスターにコーヒーご馳走になってたから。」


「ふーん…コーヒーね…。」


マスターにコーヒーをご馳走になってたのは本当の事だし、マスターとの間にやましい事は何もないはずなのに、順平の視線が私とマスターの関係を疑い、勘ぐっているのではないかと思わせた。


その疑わしげな視線に耐えかねて、私は思わず立ち止まり順平を軽くにらんだ。


「何よ。」


順平は意味ありげにニヤニヤ笑っている。


「別に?どうせならマスターの部屋に泊まってモーニングコーヒー飲んで来れば良かったのになーって思っただけ。」


その言葉は、さっきまでマスターに抱きしめられていた私にとって、妙に生々しい。


あろうことか、マスターと裸で抱き合った翌朝を想像してしまったじゃないか。


「…バカ言わないで。」


頭の中が順平に見えるわけでもないのに、ばれないように思わず目をそらすと、順平はまたニヤッと笑った。


「なんで?いい人そうに見えても男なんてロクなもんじゃねぇぞ?下心のまったくないやつなんて絶対いねぇんだからな。」


「それアンタの事でしょ?」


順平は、呆れて部屋に行こうとした私の腰を引き寄せ顔を近付けた。


「それわかってて俺と暮らしてんの?オマエもなかなかエロいね。もしかして誘ってる?」


カッとなった私は、順平のお腹に思いきり肘鉄を食らわした。


順平は痛そうにお腹を手で押さえ顔を歪めた。


「んなわけないでしょ、バカ!!最低!」


「こいつ…襲ってやる!!」


慌てて逃げようとしたけれど、順平は軽々と私を捕まえ腕の中に閉じ込めた。


「さぁ、どこをどうして欲しいんだ?ん?」


「やだ、離して!」


「離さん!!ここか!!」


脇腹をくすぐられ、私はくすぐったさのあまり身をよじって大笑いした。


「やだ、やめて!お願い!!」


「もっとやってやる!!」


「きゃあぁ!!もうダメだってば!」


順平がくすぐるのをようやくやめた時には、笑いすぎて息が上がっていた。


「どうだ、まいったか。」


「ま…いり…まし…た…。」


「じゃあこれで許してやる。」


ようやく解放されると思ったら、順平はぐいっと私を抱き寄せて、唇を重ねた。


今までの乱暴なキスとは違う、優しいキスに私は戸惑う。


大好きだった順平にそうされているような錯覚に陥り、抗う事も忘れて目を閉じた。


他の人に、あの頃の順平と同じキスができるわけないのに。


長いキスの後、順平は私を抱きしめた。


「今日はイヤじゃなかったのか?」


「……わかんないよ…。」


「…何考えてる?」


「…秘密。」


「またそれか…。」


順平は苦笑いを浮かべて、私から手を離した。


「おやすみ。」


「…おやすみ。」


自分の部屋に入り、目を閉じて指先で唇に触れた。


まだ順平の唇の感触が残っている。


なんで急にあんなに優しいキスなんて…。


順平が何を考えているのかわからない。


好きでもないくせに、私を惑わせてどうしたいんだろう?





告白めいた事を言われた翌日から、マスターは以前にも増して私を気にかけてくれるようになった。


バイトが終わった後、順平が休みの日には寄り道して公園のベンチで一緒にコーヒーを飲みながら話した後、マンションまで送り届けてくれる。


だからと言って返事を急かすわけでもなく、ただ私のどうでもいい話をニコニコしながら聞いてくれたり、時にはマスター自身の話をしてくれたり。


マスターはいつも優しい。


時折私を抱きしめて、頭を撫でてくれる。


マスターに抱きしめられると、少しドキドキするけれど、あたたかくて安心する。


あたたかくて心地がよくて、このままこの優しさに甘えてしまいたいと思ったりもする。


それが恋なのかと言われると、自分でもハッキリとは答えられない。


壮介との事があってから、まだ日も浅い。


恋をするには、もう少し時間が必要かも知れない。



順平はあれから、ほんの少し優しくなった気がする。


いや、確実に優しくなった。


バイトの後はいつも私を置いてさっさと帰って

いたのに、一緒に歩いて帰るようになった。


そしてなぜだか、たまに缶コーヒーを買ってくれる。


家にいる時も、前のように強引にキスしたり押し倒したりはしない。


マスターと寄り道をして帰ると、順平は必ず起きていて、何も聞かずに“おかえり”とだけ言う。


以前は“おかえり”なんて言ってくれなかったのに、順平に一体何が起こったんだろう?





そんな日が1ヶ月ほど続いたある日。


いつものようにバーにバイトに行って、キッチンでレモンを絞っていると、マスターが私の隣にやって来た。


「朱里ちゃん、明日定休日だけど…暇?」


「ハイ。今のところは特に用もないし…。」


マスターは手に取ったレモンを絞りながら、チラリと私の方を見た。


「デートしない?」


「デート…ですか?」


ポカンとしている私の顔を見て、マスターは少し笑った。


「イヤなら断ってくれていいんだよ?」


「イヤじゃないです。」


「それは…OKという事でいいのかな?」


「ハイ。」


うわぁ、デートなんて久しぶりだ。


「じゃあ、明日の11時に迎えに行くよ。」


「わかりました。」


ニコニコ笑ってカウンターに戻るマスターの背中を見ながら、私は少しドキドキしていた。


いつもはバーからマンションまでの道のりを一緒に歩いて、公園で缶コーヒーを飲む程度だけど…。


デートって…どんな感じ…?


やっぱり大人の雰囲気なのかな?


思えば壮介とは付き合い始めた頃に水族館とか植物園くらいは行ったけど、少し経つとデートらしいデートなんてしなかった。


久しぶりに男の人にデートに誘われてドキドキしてるあたり、やっぱり私も女なんだなぁ。


大丈夫。


私はまだまだ、女である事や男の人に対して希望を捨てていない。




バーからの帰り道、ずっと黙って歩いていた順平が自販機の前で立ち止まり、2本買った缶コーヒーのうちの1本を私に差し出した。


「ありがとう。」


私が受け取ると、順平は缶コーヒーのタブを開けて一口飲んだ。


「なぁ…。」


「ん、何?」


「オマエ、マスターと付き合ってんの?」


順平の思わぬ問い掛けに驚いて、私は缶コーヒーを落としそうになった。


「付き合ってはないけど…。」


「けど、何?」


「…何?って言われても…。」


付き合って欲しいって言われたんだー、なんて笑って言えない。


「ふーん…。マスター、もう40だろ?マスターもオマエもストライクゾーン広いんだな。」


「何それ…。だいたい、私が誰と付き合おうがアンタには関係ないでしょ?」


「…そうだな。関係ねぇよ、オマエが誰と何しようが…。俺には全然関係ない。」


「…だったらそれでいいじゃない。」


「…そうだな。」


ほんの少し、順平の横顔が寂しげに見えた。



それから順平は、一言も話さなかった。


私は順平の言葉が気になって、布団に入って目を閉じてもなかなか寝付けなかった。


順平はなぜ、急にあんな事を言ったのだろう?


昔付き合っていた順平が言うのならまだしも、彼は同じ顔をした他人だ。


私がそれに気付いている事に驚いただろうか?


彼はどこまで私と順平の事を知っているのだろう?


そしてなぜ、順平のふりをしているんだろう?


順平のふりをしているのに、どうして昔の事をひとつも話そうとしないのか。


考えてみると謎だらけだ。


いつかはすべてをハッキリさせるべきなのかも知れないとは思うものの、今はまだ、本当の事を知るのが怖い。


それはきっと、まだ私の中にはあの頃のままの順平が生きているからだ。


もし万が一、順平が同一人物だとすると…。


なぜ、突然いなくなった私を責めないのか。


なぜ、別人のふりをしているのか。


どちらにしても謎だらけ。


だけど、謎は謎のままでいいのかも知れない。


知らないままでいた方が幸せな事もある。


順平との時間を止めてしまおうとしたのは私。


思い出の中の順平はあの頃のまま、私の中で鮮やかな色を放ち続ける。


たとえ私がどんなに変わっても、他の誰かのものになったとしても、それだけは変わらない。


上書きされる事のない順平と過ごした日々の記憶を、大切に守って生きていこうと、あの日私は決めたから。



私は今もまだ、恋をしている。



あの頃の順平に。






ふわふわとあたたかな夢から醒めた私は、ぼんやりとした頭で壁を見つめた。


なんだ、この感じ。


夢の中の私は、誰かの腕の中で幸せそうに笑っていた。


私を抱きしめていたのは誰だろう?


なんとなく壁時計に目を向ける。


そうか、10時半か…。


ん…?確か今日はマスターと…。


「ああっ!!」


夕べなかなか寝付けなかったせいで、予定より大幅に寝過ごしてしまった。


慌てて飛び起き、マスターとの約束の時間になんとか間に合わせようと、必死で身支度を整える。


珍しく部屋にいた順平がリビングでコーヒーを飲みながら、バタバタと行ったり来たりしている私を横目で見ている。


「やっと起きたと思ったそばから慌ただしいやつだな…。」


誰のせいでこうなったと思ってんだ!


「出掛けるのか?」


「うん。もう少しで遅れるとこだった!」


「やけに着飾ってんな。化粧濃いぞ。」


「ほっといてよ。」


「ふーん…。デートか。」


だからほっといてって言ってるのに。


順平は立ち上がり、返事をしない私の腕を掴んで引き寄せた。


「行くな。」


「…え?」


「…って言ったらどうする?」


何それ、バカじゃないの?


「時間ないの。離して。」


「そんなにマスターが好き?」


責めるような目でまっすぐに見つめられ、私は咄嗟に目をそらして、順平の手を力いっぱい振り払った。


「…アンタには関係ない。」


順平は何か言いたげに立ち尽くしている。


私は順平の方を見ないようにして、急いで部屋を出た。


































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