焼け木杭に火は付けない

コンビニからマンションまでの道のりを一人で歩いていると、後ろから歩いてきた順平に追い越された。


追い越した私なんか眼中にないのだろう。


私には目もくれずスタスタと歩いていく。


別にいいけどね。


最初から優しさなんか期待していない。


立ち止まり振り返って私を待つ優しさが順平にあれば、きっと私はあの時、もう少しだけでも順平の背中を見ていられたはずだ。


結局、私は見失ってしまったんだと思う。


夢に向かってつき進む順平の背中を。


どんなに手を伸ばしても追い付けなくて、置き去りにされた私は別の道を歩くことにした。


その道を照らしてくれる道しるべのような人を探し求めて、やっと見つけたのが壮介だった。


そう、思ったんだけどな。


過ぎた事を嘆いても仕方ない。


いつの間にか壮介も私とは別の道を選び、そこで見つけた彼女と歩いていた。


それだけだ。


人の気持ちなんて、いつどこで、どう変わるのかなんてわからない。


もしあの時、壮介が私に何も言わなかったら、私はきっと彼女の存在には気付かなかった。


そしてそのまま何事もなかったように壮介と結婚していただろう。


私はそれでも良かったのに。


知らない方が幸せな事だってある。


たとえ騙されていたとしても、壮介が言わなければ、私の世界は何も変わらなかった。


どうせなら隠し通して欲しかった。


だから今、私は背負っている。


壮介が明かしてしまった、裏切りという名の重い罪を。



かつて私が犯した罪と一緒に。





マンションの手前で、ひとつ大きなため息をついた。


あれこれ考えるのはもうよそう。


どんなに考えたところで、過ぎた時間が戻るわけじゃない。


順平との関係も、壮介との関係も、もうやり直せないのだから。





部屋に戻り、牛乳を冷蔵庫にしまってテーブルの上にバターロールの入ったコンビニ袋を置いた。


順平はシャワーを浴びているようだ。


私は自分の部屋で着替えを用意しながら、順平がシャワーを終えて出てくるのを待った。


自分の荷物をいつ取りに行こうか。


今月末にはあの部屋を引き払うと壮介は言っていた。


手伝ってくれる人も車もない私は、何度も往復して重い荷物を運ぶ事になるだろう。


壮介と暮らし始めた頃はたいした荷物はなかったけれど、同棲していた2年の間に、かなりの量の物が増えたはずだ。


壮介と一緒に買った物はどうなるんだろう?


どっちにしたって、大きな物は運べない。


ここだって居候の身だから、あれこれ大きな物を置くわけにもいかない。


仕方ない。


大きな物はあきらめて、自分の運べる物だけを持って来よう。


物よりも、お金を返してくれないと困る。


壮介の勝手な都合でこうなったんだから、少し無理をしてでも、ある程度は返してもらおう。


壮介の都合ばかりが通るのはおかしい。


裁判になったら、壮介に勝ち目はないはずだ。


それでも私はそんな事を望んでいない。


自分の恥を晒して争うよりも、お金と平穏な暮らしを取り戻せたら、それでいい。


シャワーを終えた順平が、タオルで髪を拭きながらリビングに戻ってきた。


下は履いてるけど、上半身は裸だ。


服着ろ、服。


相変わらず細身ではあるけれど、昔よりたくましくなった腕とか胸板とか、とにかく目のやり場に困るじゃないか。


「人の体ジロジロ見てんなよ。」


「ジロジロは見てない。見られて困るなら服着てよ。」


「はぁ?オマエが見なきゃ済む事だろうが。」


ハイハイ。


おっしゃる通りですね。


別にアンタの裸なんて見たくもないし。


「それより、もうしばらく布団借りてていい?今は布団買う余裕なくて…。」


「そんなに金ねぇのか。」


「うん。ダメなら返すけど…。」


「なくても困らねぇ。」


「それじゃあ…もうしばらく借りるね。ありがとう。」


「別に。どうせ客用の布団だし。」


順平は冷蔵庫からビールを取り出してソファーに身を沈めた。


ビールを飲む横顔とか、首筋とか、あの頃に比べると随分大人っぽくなったなと思う。


「だからジロジロ見んなって。」


「ジロジロは見てない。」


「俺の体とビール狙ってるな?」


「…どっちも狙ってないから。お風呂入ってくる。」


私は買ったばかりのシャンプーなどが入った袋と着替えを手に、浴室へ向かった。



なんで私が今更、順平の体を狙わなきゃいけないんだよ。



…確かにいい体してたけど。




シャワーを終えてリビングに戻ると、順平はまだソファーでビールを飲んでいた。


私も飲みたいなぁ…ビール。


でも今はビールを買う余裕はないから、コンビニで迷ったけど我慢した。


私がソファーのそばを通り掛かった時、順平が私の腕を掴んで引き寄せた。


「うわっ!!」


その勢いで私は、順平にダイブする。


「いったぁ…。なんなの、もう?」


顔を上げると、順平は私の顔を覗き込むようにして、意地悪く笑っている。


近い、近過ぎる!


「俺、オマエの婚約者のフリすんだっけ?」


「そうだけど…あくまでフリよ、フリだけだからね?」


「ふーん…?じゃあ、婚約者らしく振る舞う練習でもしてみるか。」


順平はニヤリと笑って、私をソファーの上に押し倒した。


「ちょっと!冗談やめてよ!!酔ってるの?!」


「そうだなぁ…。シラフじゃできねぇか。だったらオマエも飲め。」


「はぁ?!」


順平はビールを口に含んで、私の頭を強引に引き寄せた。


そして口の中のそれを、口移しで私の口に流し込んだ。


「んんっ…!」


順平は重なった唇を離そうとせず、ビールの味のする舌先で強引に私の口を開かせ、舌を絡め取った。


あの頃とは違う強引で大人の味のするキスに、私の体から力が抜けそうになる。


順平は唇を離して、そんな私を鼻で笑った。


「エロい顔。誰にでもそんな顔すんだな。婚約者にもずっと触ってもらえなかったんだろ?もっとしてやろうか?」


「……バカッ!!」


私は慌てて順平から離れ自分の部屋に戻った。



自分の部屋のドアを閉めて、布団の上に体を投げ出した。


一体なんなの、あれ?


順平が何をしたいのか、あれに一体なんの意味があったのかはわからない。


ただ、順平の言った事は本当の事。


ここ数ヶ月、壮介は私の体に触れるどころか、キスさえしてくれなかった。


長いこと一緒にいるとそうなるものなのかなぁと思いはしても、それが寂しいとか悲しいとは思わなかった。


そんな人と結婚しようとしていたなんて、よく考えたらおかしな話だ。


愛しても、愛されてもいないのに。



順平のキスにも、愛なんて微塵もない。


それはわかってる。


だけどほんの少し。


そう、ほんの少しだけ、順平と付き合っていたあの頃みたいに体の奥が熱くなるのを感じた。


私もやっぱり女なんだな。


こんな時でも、誰かに求められたいと思っているなんて。


……ばかばかしい。


順平との恋は、ずっと前に終わったんだ。


もうあんな思いはしたくない。


順平が私の好きな順平であるほど、手の届かない虚しさと、順平が突然目の前から消えてしまうかも知れない不安に、何度も一人で泣いたじゃないか。


今更、元の関係に戻りたいなんて思わない。


私も順平も、あの頃とは違う。


私は確実に歳を取ったし、順平はあの頃みたいにキラキラした目で夢を語ったりしない。


もうずっと前に終わらせた恋だ。


さっきの事は、酔った順平の仕掛けた、単なる悪ふざけだろう。


何もなかったことにして、今夜はもう眠ってしまおう。


明日になればきっと、何事もなかったように、元通りの距離を保っているはず。


私も、順平も。





翌朝、目覚めた頃には順平はもういなかった。


私はグラスに注いだ牛乳とバターロールで質素な朝食を済ませた。


今日からカフェのキッチンでバイトする事になっている。


昨日の晩、“ランチの仕込みを教えるから明日は9時半に来て”と店長に言われた。


ランチタイムを終えて店が落ち着いたら、私のカフェでの仕事は終わり。


バーのバイトに入る6時まで、しばらく時間がある。


グラスを洗いながら、ふと思う。


順平はバーのバイトに入る晩の8時頃まで、何をしているのだろう。


なんの仕事をしているのか、今でも芝居を続けているのかさえ知らない。


だけど、それを知って何になるだろう?


必要以上に深く関わらない方がいい。


それがきっとお互いのためだ。


そこに未来はないのだから。




身支度を整え家を出た私は、カフェに足を運んだ。


キッチン用の制服を受け取り、それに着替えて店長から仕事の説明を受けた。


ランチタイムは毎日数種類の決まったメニューと、その日の日替わりランチがあって、大半の客が日替わりを頼むそうだ。


今日の日替わりはチーズチキンカツのトマトソース添えとグリーンサラダ。


ライスとランチスープはすべてのランチメニューに付いている。


私は早速、店長に手順を教わりながら、ランチの仕込みを始めた。


家で二人分の料理を作るのとはわけが違う。


たくさんの数を作るのだから手際よく、お客さんに出すものだから丁寧に。


客として食べる側から、店で作る側になった。


なんだか不思議な気分だ。




ランチの仕込みを終えた後は、他のメニューのレシピを書いたノートを渡され、それを見ながら店長の指示通りにいくつかの料理を作った。


店長は私の作った料理を一口ずつ味見して、満足そうにうなずいた。


「うん、合格かな。これバイトのみんなの賄いにするから、後で食べていいよ。」


「ありがとうございます。」


ただで食事にありつける有り難さ。


お金がない今の私には身に染みる。


今まで考えた事もなかったけど、まともな食事ができるって幸せだ。


よし、頑張って働こう。



ランチタイムは店長と二人で調理をした。


大きなミスもなく、初めての割には我ながらよく頑張ったと思う。


1時半を過ぎた頃には客足が落ち着き、ホールを担当している女の子と二人で賄いを食べる事になった。


恵梨奈という名前の21歳のその子は、男好きしそうな見た目が今時の女子という感じで、聞いてもいないのに自分の事をペラペラ喋る。


適当に相槌を打って聞き流していれば済むんだから、個人的な事を根掘り葉掘り聞かれるよりはましかな。


「この後ね、デートなんですよー。」


「へぇ、楽しみだね。」


とりあえず話を広げていろいろ聞き出してやれば、余計な事を話さなくて済む。


「彼氏も同じくらいの歳なの?」


ひとつ尋ねてやると、恵梨奈は嬉々として10ほど答える。


この子の扱いがわかってきた。


「彼氏は5つ歳上の26歳なんです。すっごくカッコいいんですよー!!」


「付き合ってもう長いの?」


「まだ3ヶ月くらいです。」


「じゃあ一番盛り上がって楽しい時期かな。」


「それがね、彼すっごく忙しくて、なかなか会えないんですぅ。」


「そうなんだ。ちょっと寂しいね。」


「この間もね…。」




ああ。


どうでもいい。


人のノロケ話ほどバカらしい物はないわ。



私は作り笑顔の下に本心を隠して、下らないノロケ話に耳を傾けているフリをした。


しかしそろそろ我慢も限界だ。


バイトの終わったあなたと違って、私には賄いを食べた後もまだ仕事が残ってるの。


そろそろ解放して欲しい。



「ねぇ、時間は大丈夫?早く食べて着替え済ませないと、彼氏待たせちゃうんじゃない?」


私はわざとらしく壁時計をチラッと見た。


恵梨奈も同じように壁時計を見上げる。


「あっ、ホントだ!!」


しめしめ、うまくいった。


「遅刻したら、順平くん怒って帰っちゃう!!」


………は?


26歳イケメンの順平?


…って、あの順平か!!


ふーん、彼女いるんだ。


それなのに夕べのあれはなんだ?


ああ、ここで今すぐバラしたい。


もちろんそんな、リスクしかないようなバカな事はしないけど。





「それじゃあ朱里さん、お先に失礼します。」


「お疲れ様。」


恵梨奈は目一杯おしゃれをして、ウキウキと楽しそうに笑って店を出た。


あーあ。


あの子絶対、遊ばれてるか勘違いしてるよ。


恵梨奈から聞いた彼氏の話は、当てはめると順平そのものかも知れない。


確かに見た目は抜群にいいと思う。


クールでシャイで無口?


いや、多分しゃべるのが面倒なんだと思う。


ぶっきらぼうで仏頂面で、わがままで傲慢で、それに加えてかなりのサドだ。


優しさのかけらもない。


それでも恵梨奈本人が喜んでるなら、特に問題ないのかな。


私が気にする事じゃない。


だけど順平には彼女がいるのに、私は一緒に住んでいていいのかな。


それから、誰にでもあんな事するのは、どうかと思う。


“誰にでもそんな顔すんだな”?


それは順平の方でしょ。


もう引っ掛からないようにしよう。


まんまと順平のペースに乗せられて、妙な関係になってはいけない。


順平には彼女がいるんだから。


とりあえず早くお金を貯めて、あの部屋を出ないと。


今言えるのはそれだけだ。




カフェでの仕事が終わった私は、店長の淹れてくれたカフェラテを飲みながら、レシピノートをめくっていた。


バーの仕事が始まるまで、特に行く場所も予定もない。


壁際のカウンター席で、のんびりカフェラテを飲んで寛ぐ至福のひととき。


これで煩わしい現実がなければ最高なんだけどな。




やるべき事はすべてやったはず。


結婚式に招待していた友人にも、一人一人連絡を取って事情を説明した。


ひとつ気掛かりなのは、結婚式の招待状の返事がなかった親友の紗耶香の事だ。




私には二人の親友がいる。


初めて勤めた会社で知り合った、同期の志穂と紗耶香。


新入社員研修で出会った時からすぐに仲良くなり、いつも一緒に仕事をして、よく3人で食事に行ったり家を行き来したり、いろんな話をした。


その会社を一番先に辞めたのは私。


順平との別れを決め、もう会わないようにと少し離れた場所に引っ越して、ついでに前から気になっていた仕事に必要な資格を取る勉強をするために会社を辞め、派遣の仕事をしながら勉強を始めた。


その後しばらくして、志穂は夢だった語学留学とファッションの勉強をするため退職し、会社には紗耶香だけが残った。


最後に3人で会ったのは、私が壮介と一緒に暮らし始めてから半年ほど経った頃、志穂が留学する直前だったと思う。


志穂とは今でもたまに電話やメールで連絡を取ったりはしているけど、紗耶香とは次第に連絡を取る回数が減って、ここ最近は電話をしても繋がらないし、メールをしても返信がない。


壮介との結婚が決まった時、志穂と紗耶香には招待状を送る前に電話をした。


志穂は仕事で海外に長期出張中だから、結婚式には出席できないと言っていた。


結局連絡が取れなかった紗耶香にも招待状を送ったけれど、返事はなかった。


返事がないので、招待状が本当に届いたのかもよくわからない。


一応メールは送ったけれど、これ以上どうしようもない。


メールを読んでくれている事を祈るばかりだ。


志穂と紗耶香にだけは本当の事を話したいとは思うけれど、それはすべてが終わって落ち着いてからにしようと思う。



それにしても紗耶香とは、最近どうしてこんなに連絡が取れないんだろう?


忙しいのか、面倒なのか。


それとも私はもう友達じゃないと思われてるのかな。


もしそうだとしたら悲しい。


会社を辞める時、“今みたいに頻繁に会えなくなっても、私と志穂と紗耶香の友情は続く”と思っていたから。


会社を辞めてから3年。


それぞれのおかれている環境が変わったせいもあるのかも知れない。


紗耶香だけはまだあの会社に勤めているはず。


大事な人でもできたのかな。





バーでの仕事を終えて、私はまた順平の背中を目で追いながら、夜道を歩いていた。


今日も順平はさっさと自分のペースで歩く。


もう待ってとは言わないけど。


バーで顔を合わせても、順平は昨日の晩の事なんてなかったような顔をしていた。


それは私も同じ。


偶然とは言え、順平に彼女がいる事がわかったし、私はもう昨日みたいな隙を見せないようにしようと決めた。


これ以上波風を立てないように、余計な事は考えないように。


いつ沈んでもおかしくない泥舟を守るのは、私しかいない。


食事会が済んで落ち着くまでは気が抜けない。


それが済んだら、できるだけ早くお金を貯めて新しい部屋を探そう。


そしてまた新たな道を見つけなくては。




今夜もまた、お風呂上がりの順平は上半身裸のままでリビングをウロウロしている。


私が着替えを持って浴室に向かおうとすると、順平はまた私をジロッとにらむ。


「シロジロ見んなよ。」


「見てません。」


見るなと言うなら服を着ればいいのに。


イヤでも視界に入るじゃないか。


夕べはそこになかったはずの、胸元についた赤いものとか。


それは紛れもなくキスマークというやつだ。


恵梨奈につけられたんだな。


マーキングでもしたつもりなのか。


その赤いアザは、他の女を寄せ付けないようにするにはじゅうぶんな存在感を放っている。


「そんな物欲しそうに見んな。」


「誰がアンタなんか…。」


「へぇ?夕べは今にも襲い掛かりそうな顔してたけどな。」


やっぱ覚えてたか。


「冗談やめてよ。私は彼女持ちの男をどうこうする趣味はないの。」


「彼女持ち?」


なんの事かと言いたげに順平は顔をしかめた。


「いるんでしょ?今日、アンタの彼女本人から聞いたけど。」


「彼女なんていないけど。」


なんでしらばっくれるかな。


「そういう嘘はいいから。恵梨奈に聞いた、付き合って3ヶ月だって。彼氏が忙しくてなかなか会えないって言ってたけど。」


「ああ、あいつか…。」


ほれごらん。


あっさり認めたじゃない。


「あれ、彼女じゃない。」


「は?」


「付き合うとか一言も言ってないし。」


「えぇっ?!でも今日デートだったんでしょ?」


「デートじゃない。彼女じゃないから。」


「でもそれ…。」


私が胸元についたキスマークを指差すと、順平は悪びれもせず涼しい顔をした。


「ちょっと時間があったからホテル行って、やることやって別れたけど。」


「はぁ?!」


「あいつ、なんか勘違いしてんな。こんな目立つとこにこんなもんまで付けて…。めんどくさいからもう会うのやめよ。」


待て待て、ちょっと待て。


それって俗に言う…。


「もしかして…セフレ?」


「そんないいもんでもねぇ。会いたいってしつこいから会って、本人の希望通りホテル行ってやっただけなんだけど。」


「…最低…。もういいわ。」



お風呂から上がって、床に就いた。


目を閉じてぼんやりと考える。



恵梨奈、やっぱり遊ばれて勘違いしてた。


恋をすると女は、男の美しいところだけを見ようとするものなのかもね。


例えば悪魔のように整った顔立ちとか?


私は…どうだったっけ?


確かに順平は誰が見てもイケメンなんだと思うけど、私が惹かれたのはそこじゃなかった。


少なくとも昔の順平はこんな男ではなかった。


昔の順平と今ここにいる順平は別人だ。


私だって、純粋に人を好きになれたあの頃の私とは違う。



私は壮介のどこが好きだったんだろう?


順平みたいにわかりやすい美形でもない。


どこにでもいそうな普通の男だ。


特別優しいとか、ものすごく面白いとか、めちゃくちゃ仕事が出来るとか、何かが突出していたわけでもない。


極々平凡な、普通の会社員だと思う。


だからなのかな。


無理して合わせようとしたり、高い理想を追いかけたりしなくて済んだ。


この人となら、平凡で普通の暮らしが出来ると思ってた。


当たり前のように、空気みたいにずっと一緒にいてくれると思った。


考えれば考えるほど、壮介を“結婚相手”としか思っていなかった自分に気付く。


壮介の事を考えても、腹が立ちこそすれ、涙が出るほど胸が痛んだりはしない。


自尊心を傷付けられた事に対しての怒りは、もちろんある。


ただ、それだけだ。


壮介との間にあった感情は、愛なんて呼べるものではなかった。


その証拠に壮介は、なんの迷いもなく私を捨てて彼女を選んだ。


一緒に暮らしていても、私の事は便利な家政婦かタダでセックス出来る相手くらいにしか思っていなかったのかも知れない。


壮介が私とのセックスで避妊を欠かさなかったのは、きっと子供が出来たら本当に困るからだったんだろう。


結局、壮介は私と一緒になる気なんか最初からなかったんだと今更気付く。


それなのに壮介はなぜ、私と3年も一緒にいたんだろう?


























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