エピローグ
あれから4カ月の時が流れた。
あの蒸し暑かった夏の気配はもうどこにもになく、時折、山から吹きこんでくる冷たい風の息吹が肌を叩き、寒い季節の到来を告げては通り過ぎていく。
制服も新調し、心機一転、こちらに来てから2回目の冬が訪れようとする中、
私はひとり学校へ行く道を歩いていた。
「纏~」
その私の姿を見つけたのか、聡子が私の方へ駆けてくる。そして私の隣で止まると、私の手の中にある折り畳み傘を見て驚いたような声を上げた。
「え?今日って雨降るの?」と、
私は、晴れた空を指さし、
「ちゃんと天気予報は見てきた方がいいよ。午後から曇りがちになり、帰りには雨が降ってくると思う。ちょど下校時刻くらいからかな・・・」と答えた。
健一君のお父さんが居なくなったことで、私の力はなくなったのかと思ったけど・・・
「何それ?天気予報じゃそこまで言ってなかったよ」
どうも、そうではないらしい・・・今でも割とこのテの予想は当たる。ただ、あの時ほどの精度はない。せいぜい天気予報よりも少し確率が高い程度だ。
これもまた、技術が発達することにより、意味のないものとなっていくのだろう。スマホがそうであったように、いずれはみんな、もっと確率の高い便利な方法を手に入れていくのだと思う。
「また、健一君からの手紙を読んでるの?どれどれ・・・」
と聡子が私の手元をのぞき込む。私はそれを見えないように隠した。
「お、やっぱり纏でも、友人に彼氏からの手紙を読ませるのは気が引けますか?」
「そうよ、何か悪い?」
「いやいや、妬けちゃいますね~」
と冷やかすように聡子が言う。全く、この子は・・・
あの後、聡子と私はとても仲良くなった。
確かに面白い子だと思う。話していて飽きない。他の子とも結構仲良くなったけど、彼女はやはり特別だ。
こちらに来て初めて出来た友人ということもあるけど、他の子とはちょっと目線が違う。それは彼女の特別な趣味に起因することもあるけど、時折常識では考えられないような発想が出てくるのがとても面白い。
勿論、裏表のないその性格も気に入っている。一緒に居て一番楽しい気分になるのはやはり彼女だ。
彼女は、自分で「民俗研究会」というサークルを立ち上げていた。その栄えある会員第一号が私と言うことになる。
この前、ホームページの設立を手伝った。彼女もまたそういうのはからきしダメで、主に私が主体となり、よく使われるCMSを使ってホームページを立ち上げた。
今は、そこに対する記事のアップに余念がない。入門本を片手に、調べてきた伝承などを次々とアップしている。
そうだ。伝承と言えば・・・
私は昨日健一君から届いた手紙に目を落とした。
健一君は、割とまめに手紙を送ってくる。大体1週間に1回くらい。その手紙を読むのが今の私の一番の楽しみだ。
勿論、いつもスマホで言葉を交わす友人たちとは、頻度が違うけど、こうやってゆっくりと紙に書かれた文字に目を通しながら、書かれていないその間に起こった事などを色々と想像するのもまた楽しい。
今、彼は、再び、野球のレギュラー獲得のために頑張っているらしい。私は野球の事はあまり知らなかったけど、最近はちょっとずつ試合を見るようになってきた。
いつかは、彼の事を観客としても応援したいと思う。勿論、彼女としてもだけど・・・
私は、昨日の手紙に添えられる形で送られてきたメモに目を落とした。
そこには、「
「黒ん坊」について・・・
『
飛騨美濃の
色黒く毛長くして よく人の
人これを殺さんとすれば、先その
そして付記があって、『
結構有名な妖怪で、別の名前を「サトリ」とも言うらしいけど・・・
だけどこれは・・・
「私、真っ黒じゃないもん」
「え?なんか言った?」
「何でもない!」
今度会った時、彼の真意を問いたださなければならないだろう。
どういうつもりでこんなものを送ってきたのか、時間をかけて、じっくりと・・・
冷たい風が髪を揺らし、私は思わず身を震わせた。
今日も肌寒い一日になりそうだ。
そして再び私は歩き始める。学校までの道のりを、
ゆっくりと、確実に・・・
かつて色んな人の想いが辿ったこの道のりを・・・
ここは、岐阜県大垣市青墓町。
かつては、遊女の宿として栄えた場所。
今は人影もまばらで、かつての面影はほとんど残っていない。
だけど、人は変わらず歩く。この場所を、
道は伝える。その想いを、
そして、私は歩く。この場所を、
まだ見ぬ未来を目指して。
彼への想いと共に・・・
道は続いていく。どこまでも・・・
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